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第122話 何処⑥

 康介がにやけた笑みを見せる。そして、咲良をねっとりとした目線で嘗め回した。


「これ、兼信の倅よ。なに勝手なことを言っとるんじゃ」

「へ?」

「わしは別に柳也でもかまわんぞ。縁談の話は、わしとの結びつきを確実にしたい兼信からの提案じゃ。わしとしても娘婿が余りに商才がなさすぎて追い出してしまったから助かる部分もあるがのう。どうじゃ麗子?お前さんたちの望んだ展開にしてやったぞ?」

「旦那様それは……」


 言葉を濁しているが、麗子さんと俺たちの関係もその企みも筒抜けのようだ。まさか裏切られていたのか?


「……どういうつもりだ。どこまで知っている?」


 竜也さんは惣一朗から視線を外さないままそう言った。麗子さんはバツが悪いようで目を伏せた。


「なーに。難しいことではなかろう。麗子が昔から陰でこそこそと柳也に連絡をとっとったのは知っておった。何年か前にちーとばかし麗子を突いてやったら、白状しおったわ。それからはわしの遊びに付き合ってくれてのう。今日の余興まで用意してくれたというわけじゃ。いささか柳也が有利になるようにしておったようじゃがのう」


 惣一郎の話ぶりからすると、麗子さんと惣一郎は初めから繋がっていた。先日の侵入の件も把握済みだろう。しかし、俺たちがこうしてここにいるということは、警察にはその情報を流していないということになる。おそらく、惣一郎がこの余興とやらを行わせた方が面白いと判断したためだ。


「申し訳ありません、柳也様。そして、清隆様。旦那様のおっしゃるとおりです」


 麗子さんは俺達に頭を下げる。突然の暴露によって受けた衝撃は、俺よりも柳也さんの方が大きいのは言うまでもない。長年信じていた人が、憎んでいる相手と繋がっていたのだから。


「怒らんでくれよ。これも柳也が戻る場所をなんとか作れないか麗子なりに考えた結果なんじゃから」


 心配をよそに柳也さんは落ち着いていた。しかし、その目には麗子さんは映っていない。


「俺たちがこうして動くことを知っていながら、余興として受け入れたのはまだ良い。最後の情報を俺たちに与えなかったのはどうしてだ?こうして盛り上がることはなかったかもしれないぞ?」

「それも遊びじゃよ。自分で探し当てた方が楽しいじゃろ?どうじゃ?見つけた時の高揚感は?なかなかなものじゃったろ?」


 ここまでたどり着くのに俺たちは必死だった。そのことを考えれば、気持ちが昂ることは当然のことじゃないか。俺たちは、いや、俺は咲良を助けるためにここに来たんだ。そのためなら、世界だって敵に回せる。その気持ちだけが武器だった。

 

 今、面と向かって惣一郎に問いかけられると、ヒロイックな行動に酔いしれていた。心のどこかでそれを否定できないでいる。


「そもそも、本当は仙台の馴染みの店にする予定だったんじゃ。高速道路でどこぞの馬鹿者が事故を起こさなければ、兼信の世話になることもなかったしの。お前さんたちラッキーじゃったな。いや、お見事と言った方が良いかの?ゲームに勝った相手は褒めるものじゃろ?」


 どこまでもふざけたやつだ。惣一郎からすると、勝っても負けても損をする点がない。最悪、遊びに本気になりおって、とかなんとか言って有耶無耶にされることだってあり得る。そして、この男の恐ろしいところは、全てを手のひらの上で転がし、全員が言いなりになってしまっている状況を作り出しているところだ。まるで王様のように。


 今の状況だって、自分が不利益を被ることであったのなら、俺たちを野放しにすることはなかったはずだ。金の匂いに敏感だからこそ、遊びの範疇をわきまえているのだろう。


「ちょっと待ってください!話が違いますよ!」

 

 冷静でいられなくなったのは兼信だ。ひとり息子のお見合いを遊びと言われれば無理もない。それとも、自分の儲け話が想定外の方向に転がるのを嫌ってのことか。


「兼信、頭になる者には余裕も必要じゃよ。いや、そんなことも言ってられない財務状況じゃったか?原因はお主ではないんじゃ、どっしり構えんしゃい。ま、時流を読むのも経営者の素質じゃけどな」


 兼信は見るからに怒りを隠しきれていない。惣一郎の態度は失礼極まるものだ。その屈辱を飲み込んででも、この話を成功させなければならない強い意志が、彼をこの場に留まらせていた。


 会社を、あるいは社員を守るために、それを確実なものにするためにこの縁談は成功させなければならない。

 その心意気は褒められるべきことなのだろうが、俺からすれば惣一郎同様に家族を道具としてしか考えることができない、金に取り憑かれた男でしかない。そこに同情も感傷もない。あるのは嫌悪感だけだ。


「さて、余興も盛り上がったところじゃし、お礼をせんと礼儀に欠ける」


 惣一郎が何か企んでいるような歪んだ笑みを浮かべた。全員の視線が集まる。憎たらしいやつだが、この発言力の強さが経営者としての力量なのか。


「その前に……1度、わしの家に移動じゃ」


 もはや兼信は何も言わない。代わりに大きなため息をついて立ち上がった。何を言っても無駄だと理解したのだ。柳也さんも麗子さんも何も言わずに立ち上がる。そうであれば、俺はそれに従うだけだ。


「ち、ちょっと待ってくださいよ!私の結婚の話はどうなるんですか!?」


 黙っていられなかったのは康介だ。可愛い女子大生と何事もなく結婚できると思っていたら、余興に巻き込まれてしまったわけだ。しかも場所を移動すると言うから驚くだろう。

 放っておいたら、そのまま惣一郎に掴み掛かりそうな雰囲気があったが、兼信にいさめられてそのまま外に連れて行かれてしまった。名残惜しく咲良のことを見つめていたが、ここで暴れてしまったら、それこそこの話が無かったことになる。最善の行動だと言えるだろう。


「柳也、今度は勝てると良いのう」


 惣一郎が麗子さんを連れて部屋を出る時、すれ違いざまにそう言った。柳也さんの側にいた俺ですら、聞き取るのがやっとの小さな声だったが、そのねっとりとした言い方がどうにも耳の奥にこびりついて気持ちが悪い。


 部屋にのこったのは、俺と黙ってしまった柳也さん。そして、座ったまま動かない咲良。真意は分からないが、あんな話をされた後だ。なんとも声をかけづらい。


「あ、あの、えーっと」


 沈黙に堪えられずに声を出しながら言葉を探す。こういう時って、何を話せば良いんだ?どうしてあんなことを言ったんだ?無事に会えたね?助けに来たよ?駆け落ちしよう?


 若干、焦りながら頭を回転させていると、俺の胸が暖かくなった。


「どうして来ちゃったんですか?清貴くんは馬鹿です。阿呆です」


 いつの間にか立ち上がっていた咲良が胸に飛び込んできたのだ。声色が潤んでいて、胸が張り裂けそうになる。


「せっかくおじいさまの矛先が清貴くんに行かないようにしていたのに全部無駄になっちゃいました」


 そうか、やはり惣一郎の言葉は嘘。咲良が俺を守ろうとした言葉だったのだ。大丈夫。俺には分かっていたから。


 俺の視界には、彼女の綺麗な髪の毛と明後日の方向を向いている柳也さんの姿が映っていた。

 これはそういうことだよな?誰に確認するわけでもなく、自問自答をしてしまう。きょろきょろと周りを見渡してから、咲良を優しく抱きしめた。

 次回更新は、3月28日(火)の予定です。

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