第120話 何処④
老婆に教えてもらった情報を基にたどり着いたのは、『近藤宗家夢庵』。数年前に開店した店だと言うが、立派な門構えには趣があって、前情報がなければ老舗だと思ってしまうような装いだった。
門をくぐると綺麗に管理された庭園が俺たちを迎えてくれる。こうした格式高いようなところは石畳にしなければならない決まりでもあるのだろうか。
真っ直ぐに伸びたそれは、古民家風の店舗に向かって伸びている。歩く度に石の硬い感触が伝わってきて、思わず体に力が入った。
柳也さんが先陣を切って建物の中に入ると中年の女中が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
「いえ、迎えを頼まれたのですが、時間を忘れてしまいまして……会食中なのか電話も通じず直接尋ねてみたんですが」
申し訳なさそうな調子で柳也さんが尋ねると、女中はカウンターから帳簿を取り出してペラペラとめくった。
「それは大変でございますね。そのお客様のお名前は何とおっしゃるのかしら」
「えーっと、櫻田か近藤で予約していると思うんですが」
紙を捲る女中の様子をじっと見守る。ようやく紙の動きが止まり、指で上から順になぞってお目当ての予約がないか確認をしてくれている。
「あ!はい、11時30分から近藤様でご予約ございますね。お食事は済んでいると思いますが、お声がけいたしましょうか?」
ビンゴ!ようやくたどり着いたぞ!時間的には本当にギリギリの滑り込みだ。
「場所を教えていただければ、自分たちで声をかけるので大丈夫です。お忙しいようですし」
「それは助かります。こちらの廊下を真っ直ぐ進んで1番奥の左側の部屋でございます」
女中はにっこりと笑って奥に引っ込んでいった。これで邪魔者はいなくなった。いよいよ戦いの始まりだ。
玄関から右手側に進むとツヤツヤの廊下が続いていた。左側の部屋と言われたものの右側は庭園が広がっていて部屋はない。予約をした客だけが通される部屋なのか、廊下に他の客はいない。部屋は複数あったが、1番奥の部屋は間違えようがなかった。
部屋の扉は鍵のかかりそうな頑丈な鉄の扉なんてことはなく、和風建築に相応しく襖1枚だけだ。中に人がいる気配はあるが話し声は聞こえない。俺は柳也さんと目を合わせてタイミングを計る。
3、2、1……勢い良く襖を開け放った!
「な、なんだぁ」
ピシャッとした音に驚いたおじさんが情けのない声をあげた。立派な床間のある和室だ。
スーツ姿のおじさんの向かい側には綺麗に着飾った咲良さんが、これまた高そうな木製の机を挟んで座っている。明るいところで見る咲良は、俺の記憶通りの姿をしていた。
部屋の中には2人だけだ。今の時間は、後は若い2人でゆっくりとってパターンのやつなのかもしれない。片方は中年男性で若くはないのだが。
その髪、その肌、その姿を見ただけで込み上げてくるものがある。ここには咲良がいる。それだけで勇気凛々としてくる。
しかし、今日の彼女の髪型は、2人で公園に行ったあの日と同じだった。そのことに気がついてしまうと、俺たちの思い出が上書きされていくような気持ちになって、無性に腹が立った。これは嫉妬なのか。
「き、北上君じゃないか!?どうしてここに!?」
急な見知った顔の登場に動揺を隠せないおじさんは、机にぶつかる。その衝撃で、おじさんのものとは対照的にたっぷりと残っていた、咲良の飲みかけのコーヒーが少しこぼれてしまった。
まぁ、驚くよなぁ。熱心な就活生を演じていた男が自分のお見合いの場に突然現れるなんて、想像できるはずもない。それにしても「どうしてここに!?」か。この場に他の男が現れる理由なんて、そうあるわけじゃない。どうしてもこうしてもないだろう。
「咲良、俺たちと一緒に行こう」
俺は狼狽えるおじさんの顔は無視をして、咲良に向かってそう語りかけた。
「清隆くん……その話はもう済みましたよね?」
咲良は誰と目を合わせることもなく、壁に向かってひとりごとのようだった。用事が済んだのなら帰ってください。そう言われた気がした。
「咲良、お前はこのままで良いのか?頑張って勉強してきたことも無駄になってしまうんだぞ?」
「いいの、私決めたの。頑張って卒業してもしがない雇われ生活でしょ?いいじゃない、社長。なろうと思ってなれるものじゃないよ?」
それはそうなのだが、咲良のやついったいどうしたんだ?俺の知っている咲良はこんなことを言う人ではなかったはずだ。
「あっはっはっはっ、こりゃいい」
おじさんは、狐につままれた俺たちを指差して笑い出した。
「君たちがそんな関係だとは気が付かなかったなぁ。そうかそうか。でも、残念だったね」
おじさんが軽い調子で俺に向かってそう言う。どこか勝ち誇ったようなにやけ顔だ。この様子では、俺が近づいた目的もが就職活動のためではなかったことは見抜かれているのだろう。今気付いたと言った方が適切かもしれない。
「……なにが残念だって言うんですか?」
「私達の婚姻は、家同士がもう決めちゃったことだもんね!いくら北上君が泣いたってどうしようもない。現実はドラマみたいにはいかないってことだよ!」
立ち上がったおじさんは勝ち誇った顔を見せる。咲良の方に歩み寄ろうとしたので、目で牽制した。流石に男2人を相手にしたくないのか、その場で「やれやれ、困ったなぁ」と立ち尽くす。
「いいかい?もう1度言うけど、もう決まったことなんだよ」
「まだ決まってない!最後は気持ちだろうが!」
思わず言葉が荒げる。内に生じた感情が、すぐに言葉として口から出てしまった。
「君、さっきの話を聞いていなかったのかな?彼女は君にもう済んだ話って言ったんだよ?それってつまり、もう終わりってことなんじゃないのかな?違っていたらごめんね」
俺が目を逸らしていたところを的確に突いてくるなんて、なんていやらしいやつだ。可愛い咲良と直接会って気持ちが昂るのは良く分かる。俺だってぐっと堪えているんだ。しかし、本当にあのおじさんか?こんな嫌味を言うなんて、俺に対抗意識を燃やしているつもりなのか?
「ほぉほぉ、なんじゃ、随分と盛り上がっていると思ったら懐かしい顔がいるのう」
気がつくと、俺たちがやってきた廊下を和装の老人が歩いてきた。その傍には麗子さんと見知らぬ白髪混じりのオールバックの男が連れ添っている。初めて会うが、この声を俺は知っている。
「惣一郎……っ!」
柳也さんが、その老人を睨みつける。それでも惣一郎は、たじろぎもせずに余裕をみせていた。
次回更新は、3月22日(水)の予定です。




