第119話 何処③
俺は自動販売機で缶コーヒーを買うという当初の目的も忘れて、柳也さんの車を目指してひたすら走った。
繋がった細い糸が切れてしまう前に柳也さんに伝えなければならない。周囲の目も息が切れるのも忘れて、ひらすら走った。
やっと車にたどり着いた俺は、運転席の窓を叩く。スマホで候補地の選定作業をしていた柳也さんが驚いて顔を上げた。すぐさまパワーウインドを操作して、顔を合わせる。
「そんなに慌ててどうしたんだ?候補地は絞り込みはだいぶできたぞ」
「り、柳也……さん……はぁはぁ。ち、ちが……」
呼吸が乱れて上手く話すことができない。惣一郎の関係を辿っても意味がない。櫻田家ではなく、近藤家の筋を辿らなければ駄目なんだ。
「血?血なんてどこも出てないぞ?ほら、深呼吸して息を整えたら車に乗ってくれ。そろそろ移動しないと」
柳也さんは少しあきれたような口調でそう言った。
「ち、違うんです。さ、咲良の居場所が絞り込めるかもしれません」
「……とりあえず車に乗ってくれ。それから話を聞かせてくれ。どこに関係者がいるか分からないからな」
俺は無言で頷き、柳也さんの指示に従った。まずは話を聞いてもらわなくては何も始まらない。
再び助手席に座った俺は、老婆から聞いた話をそのまま柳也さんに伝えた。これで行き先は決まったも同然だ。
「確かに今の僕たちにとって、これ以上は望めないくらい欲しかった情報だ」
「ですよね!それじゃ、早速向かいましょう!」
俺の胸に宿った闘志の赴くまま突き進もうと力強く提案するが、柳也さんの表情は俺ほど希望に満ちたものではない。落ち着いた口調で、何かを考えているようだった。
「……僕はそのおばあさんに会ったことがないから、こう思ってしまうのかもしれないけど、その情報を手放しで信じるのも危ない気がする。その情報が嘘だった場合、それこそ取り返しがつかないことになってしまうよ」
「それは……」
「その息子さんからすると、今回の結婚話が上手くいった方が嬉しいだろうし、母親が可愛い子どもの立場を失われるような真似をするかな?」
柳也さんの言うことはもっともだ。だが、俺だって指摘されるまで、その可能性に思い至らなかった訳ではない。咲良のことを姫ちゃんと可愛がるあの老婆を疑いたくなかったのだ。直接話したからこそ信じたい。
「でも、皮肉なことにあの男のことが憎いあまり、その視点がなかったのも確かだ。花婿の家の顔を立てるなんて、いかにもあの男が考えそうなことじゃないか」
「じゃあ……っ!」
「ああ、行ってみよう。100%信じられる情報ではないけど、麗子さんと連絡がつかない今、そもそも確実な手がかりはないんだ。君が掴んだ情報からすると、候補となる店はかなり限られるはず。僕が整理したルートに組み込んでみるよ」
「柳也さん、ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちだよ。やはり、君を連れてきて正解だった」
エンジンを吹かし、駐車場を後にする。まず目指すのは、惣一朗が昔から接待に使っているという、老舗の料亭だ。
♢
「申し訳ございません。櫻田様も近藤様も本日の予約はないようでして……」
「いえ、すみません。こちらの勘違いだったかもしれません。確認してから出直します」
これでハズレを引いたのは4件目だ。どこもかしこも、俺が入ったことがない高そうなお店だ。これら全てが惣一朗と何らかの繋がりを持っているというのだから、この土地での影響力の強さをひしひしと感じてしまう。
中には柳也さんを見て驚く店主もいた。おそらく、あの家を出るまでの間に柳也さんも連れてこられたことがあったのだろう。懐かしんだ店主にサービスするからと呼び止められたが、歯切れの悪い定型的な挨拶だけをしてすぐに店を後にすることになった。そもそも、柳也さんは店員に気付かれない方が安心するようだった。
立派な門構えの店を出て、スマホで時間を確認する。麗子さんの話では、お見合いが始まっている時間だ。もはや、その情報の信憑性は低い。それでも足を止めるわけにはいかなかった。
「次の店が近藤兼信が最近始めた料亭だ。工場に引きこもっていた近藤家が数年前にオープンしたばかりらしい。どおりで知らないわけだ」
「自社製品をふんだんに使ったコース料理が目玉らしいです」
「近藤の会社は、加工食品が主な商材だからな。創業時からの悲願ってやつかもな」
助手席でナビゲーションをしている俺の説明を聞いて、柳也さんが皮肉交じりにそう言った。公式サイトによると、その想像のとおりなのだが、どれもこれも都会の料亭で出されても遜色がないように見える。かなりの力の入れようだ。自社製品を1番美味しく調理する方法はこれだという主張が伝わってくる。
ここが正解であることを祈らずにはいられない。公園から近い順に巡ってきた店のリストも残り少なくなってきている。スマホに表示されている時間は13時過ぎ。予定通りにお見合いが始まっていたとすると、それなりの時間が経ってしまっている。
俺にはお見合いの作法も形式も分からない。しかも、両家立ち合いのパターンだ。ドラマの中のイメージしか持っていないから、今がどの段階まで進んでいるのか想像もできなかった。
せっかく当たりを引いても咲良が立ち去った後では意味がないのだ。ようやく通行止めが解除された高速道路のように、俺達の関係が動き出すためには、何としてもお見合いを阻止しなければならない。その思いは店を回るごとに現実味を帯びた強さになっていった。
次回更新は、3月19日(日)の予定です。




