第118話 何処②
土曜日の公園は、親子連れで賑わっていた。その一方、フナ釣りに勤しむおじいさん達の面子はあまり変わり映えなく、のんびりと糸を垂らしていた。
駐車場に車を停めた柳也さんは、再度麗子さんに電話をかけているが、やはり繋がらないようだ。ラジオからは、またしても高速道路が通行止めになっている情報が流れている。関係ない話だと思ったいたが、仮に咲良の居場所が仙台だとすると、高速道路が使えない状況はよろしくない。そもそも、こっちとは違って店が多いから雲を掴むような話だ。
柳也さんが大きなため息をついた。秋晴れの車外とは異なり、どんよりとした空気に包まれる。出発した時の勇んだ心は、既にしょぼくれてしまった。このままでは、咲良のお見合いが予定どおり行われてしまう。それを阻止したいが、それができない。
「こうなったら、手当たり次第乗り込みましょう!良いところの家がお見合いできる店なんて限られますよ!」
手がかりがなければ、残るのは力技しかない。もはや運に任せて、手当たり次第突撃するしかないだろう。
「……分かった。ただ、小さな町とはいえ、全てを回ることなんてできない。あの男が昔から懇意にしている店を可能な限り絞り込んでルートを構築するから、少し時間をくれ」
「分かりました。俺も手伝います!」
「いや、君は外の空気を吸ってくると良いよ。……酷い顔してるぜ?」
それはお互い様だ。しかし、裏を返せば柳也さんも1人になりたいのかもしれない。焦りが焦りを生み、全てが空回っている。確かに切り替えるためにも外の空気を吸うのは有りだ。
俺は車の外に出て自動販売機を探すことにした。缶コーヒーでも飲んで落ち着こう。そうすれば、何か良い考えが浮かぶに違いない。そう信じよう。
子ども達が楽しそうに走り回るのを脇目に見ながら、沼の周りを歩くと、ベンチの近くにお目当てのものを見つけた。大手メーカーのロゴが大きく書かれている。品揃えは悪くなさそうだ。
俺は目的を果たす前に、ベンチに座った。気持ちを落ち着かせなければいけないのは、俺も同じだからだ。
軽く深呼吸をして、空を見上げる。憎たらしいほどの快晴。ベンチの周りだけ、世界から切り取られたような気分だ。
状況は最悪。理由は分からないが、協力者である麗子さんと連絡が取れなくなった。町内に惣一郎のお眼鏡にかなう店がどれほどあるか知らないが、それほど多くはないだろう。しかし、移動時間が問題だ。狭い町内とはいえ、端から端まで早く見積もっても30分以上はかかりそうだ。
1店目で引き当てることができれば良いが、泥沼にはまってしまうと、その時点で俺達の不戦敗が確定してしまう。それだけは何としても回避したい。しなければならない。俺には土地勘も、惣一郎に関する情報もない。神に祈ることしかできないのか。
「あんれぇ?姫ちゃんのお友達でねぇの?なすてここさいんだぁ?」
顔を上げると先日会ったくしゃくしゃ顔の老婆が立っていた。服が土で汚れている。今日も畑仕事をしていたのだろう。
「あぁ、どうも……」
俺が精一杯の挨拶をすると老婆は満足そうに頷いて、俺の隣に腰掛けた。
「男わらしがそんな顔したら駄目だべっちゃ」
「やっぱり、そんなに酷い顔してますか?」
両手の手のひらで顔を擦ってから老婆に顔を見せる。会って2回目の人にそう言われてしまうくらいだ。余程酷い顔をしているのだろう。元々の顔が酷い顔だと思われていないか心配になる。
「酷いっちゃ〜。せっかくのイケメンが台無しだべ」
「ははは、そうすか」
乾いた笑いしか出せない。それでも、老婆の気遣いに少し救われた気がした。
「オラはてっきり、お兄さんが姫ちゃんのお友達だと思って安心してたんだけどな。オラの勘違いだったかぁ」
「勘違いが正解だと嬉しいんですけどね……」
咲良の友達には違いないが、老婆の言うお友達ではないのは確かだ。咲良には会えたものの、手放しで喜べる再会ではなかった。俺の心を燃え上がった心も、出鼻がくじかれたことで鎮火気味。
そこに老婆の言葉が追い討ちとなって、俺の心の火が完全に消えようとした。いや、1度は完全に消えたのだ。しかし、老婆の言葉の端に灯った小さな炎がそれを許さなかった。
「……どうして、俺が咲良のお友達じゃないって分かるんですか?」
前回と同じシチュエーションだ。落ち込んでいる様子を見られたとはいえ、これから櫻田邸に行くことだって考えられるはずだ。それなのに勘違いだと言った。それに咲良のお友達だと思っていた俺を見つけて驚いていた。咲良のお友達がここにいては可笑しいと言っているようなものではないか。
老婆はしまったという表情をしている。一瞬、ためらうような素振りを見せたが、俺のすがるような視線に負けたのか、俺だけに聞こえるように小さな声で話し始めた。
「近藤さんとこにお世話になってる息子が話していたんだけれども、社長の息子が東京から戻ってきて、姫ちゃんとお見合いすることになったんだ」
「はい、それは俺も知っています。おばあさんは、そのお見合いが今日行われることを知ってますよね。それも息子さんからですか?」
老婆は頷く。この件を知っていると言うことは、その息子さんは近藤家の会社でそれなりの役職にいる人物といえる。しかし、秘密を1人で抱えることができなくて母親に断片的に話してしまったのだろう。そして、それが勘違いを生んでしまったのだ。
「その場所は分かりますか?何でも良いんです。知っていることがあれば教えてください!」
ほんの少しのヒントで良い。俺達が戦場にたどり着くための道標が欲しいのだ。
「オラ詳しいことは分かんねぇ」
「そんな……」
「んでも、近藤さんとこで最近始めた料理屋だって話だ。オラ行ったことねぇから、場所も名前も分かんねぇ。ごめんなぁ、力になれなくて」
老婆が申し訳なさそうに俺の顔を見る。本当に申し訳なく思っているのだろう。話の終わり頃には、すっかり小声ではなくなっていた。
「そんなことないよ。助かるよ!これ以上ないってくらい!」
俺は老婆の両手を取ってぶんぶんと元気よく振った。
近藤さんの会社が最近始めた料理屋。これだけで咲良の居場所が特定できそうな情報ではないか。心の炎の勢いがどんどん増していく。それはやがて全身に広がっていった。
次回更新は、3月16日(木)の予定です。




