第117話 何処②
「え、えーっと……ですから、櫻田様という方の予約は本日ございません」
「では、近藤ではどうでしょうか?確かにここだと聞いたのですが」
「し、少々お待ちください」
眼鏡をかけた若い女性のスタッフがカウンターに設置されたパソコンを操作している。この客はどうしてこんなことを聞くのだろうと、予期していない問い合わせに戸惑っている様子が見てとれる。
麗子さんの情報を基に、おそらく町内で1番高い建物にたどり着いたのは、20分ほど前だ。紅葉の時期だというのに宿泊客はほとんどおらず、不思議に思ったが、玄関ホールに各部屋を使用する団体の名称を確認すると、企業向けのセミナーのために集まっている人が多いようだった。
柳也さんと俺は目を皿にして、パネルの隅から隅まで何度も確認したが、ここには櫻田の名前はなかった。
極秘に進めていることであるし、このホテルも惣一郎の弟が経営しているのだから、それくらいの融通は効きそうだ。そう思った俺達は、関係者を装ってホテルのスタッフに確認をお願いしているのだけれど、望んでいた回答が返ってこない。
アドレナリン全開でホテルに乗り込んだが、徐々に焦りが勝ってきている。それは、柳也さんも同じようだ。言葉尻に苛立ちが隠しきれていない。
「あのー、お調べしてみましたが、近藤様と言う方の予約もありませんでした。そもそも、今日は企業向けのセミナーのために貸切状態となっておりまして、一般のお客様が使用できるスペースを確保することも難しいと思います」
スタッフは、目で怒らないでくださいと訴えながら、再度ここには咲良はいないと告げる。
「レストランは使えないんですか?」
今度は、俺が質問した。柳也さんがやりとりしている間にレストランの表示を見つけていたのだ。
「今日、明日とセミナーのために一般のお客様はいらっしゃいませんので、設備の更新のためお休みをいただいております」
どういうことだ?やはり、咲良はここにはいないのだろうか。それとも上から口止めをされているだけなのだろうか。
「分かりました。ありがとうございます」
柳也さんは、そう言って会話を終わらせた。迷惑な客の対応が終わって、スタッフが胸を撫で下ろしたように見えた。
車に戻った俺達は、麗子さんに確認してみることにした。スタッフが教えてくれなくても彼女であれば、このホテルのどこに咲良がいるのか教えてくれるはずだ。それに、惣一郎の気まぐれで突如会場が変更になった可能性も捨てきれない。
しかし、柳也さんはスマホを耳に当てたまま一言も喋らない。スピーカー越しのコール音が繰り返し聞こえている。
「駄目だ……出ない」
柳也さんは、スマホを抱え込んで項垂れてしまった。
「麗子さんもお見合いの席について行っているんでしょうか?」
「あくまで櫻田の使用人だから、それはないと思う。……他にあてもない。1度、櫻田家に行ってみるか。本当にお見合いが今日であれば、あの男はいないはずだ」
「そう……ですね」
焦る気持ちを飲み込み柳也さんに同意した。咲良の居場所がここではないのなら、今は少しでも情報が欲しかった。俺達は麗子さんにすがるしかない。それが歯痒い。
体を起こした柳也さんは、車のエンジンを始動させて来た道を引き返した。
♢
再び訪れた櫻田邸は、鹿騒動なんてなかったかのように、静けさを取り戻していた。いや、庭園があろう場所に重機が置かれている。やはり、それなりの被害はありそうだ。
ざまあみろと思う気持ちと少しの罪悪感を持ったまま、周囲の警戒をする。静かだ。人の気配はない。今日も人は出払っているようだ。
前回と違うのは、インターホンを鳴らしても人が出てくる気配がないところだ。柳也さんがインターホンを何度鳴らしても応えてくれる人はいなかった。
「俺達のせいで麗子さんの身に何かあったんでしょうか?その……クビになってしまったとか」
先日の鹿騒動の際、鹿の侵入口は裏口からだと誰が見ても気付くだろう。そして、その原因は施錠をしていなかったことが原因とみなされる。俺達に協力したばっかりに、その責任を取らされたのではないだろうか。俺達の下に警察が来ていないことからすると、協力関係にあることは、漏れていないようだが。
「それは……どうかな。麗子さんはあの男のお気に入りだからね。それに昨日も連絡をくれたんだ。身動きが取れないってことはないはずだ」
柳也さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。咲良がいない嘘の会場を伝えた後から音信不通になっている。俺達にあそこまで協力してくれた麗子さんの行動が理解できない。
お見合いが始まる時間まで残された時間は少ない。そもそも会場の情報が嘘だった時点で、この情報もどこまで信じられるものなのか俺達には分からなかった。
「いったんこの場を離れよう。あまり長居をしてしまうと、近所の人に怪しまれるかもしれない。それに警察が見回りに来ないとも限らないしな」
「分かりました。でも、どこに行けば……」
手がかりはなし。闇雲に町内を走り回ったとしても、建物の中にいるであろう咲良を見つけることはできない。悪戯に時間を浪費するだけだ。
「……とりあえず、またそこの公園に行こうか。麗子さんと連絡が取れないか、もう1度やってみるよ。さ、車に戻ろう」
「はい……」
柳也さんが俺の返事を待たずに車に乗り込んだので、俺はそれに倣うしかなかった。
この場から手がかりを得ることができなかったという事実が俺達にのしかかる。車内の空気は重く、目指すべき光を見失った俺達の心に闇が押し寄せる。
公園の駐車場は、目と鼻の先だ。それでも、今の俺には数十分にも数時間にも感じられた。
次回更新は、3月13日(月)更新の予定です。




