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第115話 コウスケ⑤

「地元に帰るんですか?」

「そうなんだよ。さっき教えてもらった北上君の実家の隣町になるんだけど、親が仕事を手伝えってさ。都会で好きに伸び伸びやらせてもらってたのは嬉しいけどさ、こっちの意思なんか関係ないんだもの」


 おじさんはやれやれと両手を軽く上げてジェスチャーをしている。口ではそう言うものの、満更でもなさそうなのが気になる。


「その話って断れないんですか?」


 期待を込めて聞いてみた。膝の上に置いた拳に力が入る。おじさんが咲良の言う康介さんなのは、9割間違いなさそうだ。そうであるのならば、当事者が断ってしまえば全て終わりではないか。


「……無理かなぁ。若い子からしたら信じられないんだろうけど、うちって凄く家を守るって思想が強くて。自分が築き上げた財産を譲りたいって親心もあるんだろうけど、散々放っておいて今更かよって感じはあるんだけどね」


 ため息混じりにぼやいているが、顔から笑みは消えていない。

 おじさんも今の会社でのポジションや生活を築き上げるまでの苦労があったはずだ。親の都合で一方的にそれを捨てされと言われれば、恨み言のひとつも言いたくなるのは分かる。それでも地元に帰る選択をするのは約束された地位のためか、それとも……。


「なかなか厳しいお家なんですね。でも、満更でもなかったりして」

「……分かる?そうなんだよ。実は結構乗り気になっちゃっててさ」


 おじさんが急にでへへと笑い出す。


「実はお見合いすることになっちゃってさ。親父の仕事の手伝いのためだったら、絶対帰ることはなかったんだけど、そうなってくると話が違うよね」

「……もしかして、その相手ってうんと若かったりして」

「あ、分かっちゃったか。なんでも現役女子大生みたいでさ。まだ会ったことないんだけど、これがなかなか可愛いんだ。北上君にも見てほしいな……ほら、この娘なんだけど」


 そう言って、おじさんは鞄からスマホを取り出して、その画面を俺に見せた。

 なかなか可愛いだって?凄くとてもウルトラ可愛いの間違いだ。櫻田咲良はめちゃんこ可愛いに決まっているだろう。


 しかし、どういうことだ。咲良の話では、康介さんに大学を卒業するまでは通っても良いと言われたのではなかったのか。


「確かに可愛いですね。電話とかもまだなんですか?」

「もちろんだよ!お見合いの日に会えるのを楽しみしてるんだ」


 両手で自分自身を抱きしめて口を尖らせているおじさんに目もくれず、俺の脳みそは情報の整理を始めていた。


 おじさんは咲良に会ったも話したこともないと言う。それが本当のことだとすると、あの時の咲良の言葉は嘘だったというこということになる。諦めの悪い俺を逃すため咄嗟に出たものに違いない。その考えに至った俺の心に火が灯った。


 あの時、一切疑いを持たずに文字通り受け取って落ち込んだ上にすたこらと逃げ出した自分が情けない。あの後、咲良はどんな顔で俺を見送ったのだろうか。考えるだけで腹の奥を握りつぶされるような感覚に襲われる。


 現役女子大生と結婚できる可能性に目が眩んだ目の前でにやけているおじさんが、急におぞましいモノに見えた。おじさんの中に咲良はいない。若い女性であれば誰でも良いのだ。

 コスモスフューチャーに出てくるスペースパイレーツの船長のような賤しい笑い方だ。自身の信念も何もなく、若い女がいるだけで話に飛び乗るあたりもそっくりだ。


 そんなことは断じて許せない。咲良への思いが俺の独りよがりだとしても、許せるものではない。


 その後は、お見合いの話から離れて俺の就職活動の話に移っていった。社会人の大先輩からのありがたいアドバイスの数々は、俺の頭の中に入ることもなく、この時間が早く終わることを願っていた。


「おや、もうこんな時間か。ごめん、そろそろ仕事に戻らないと。お勘定はしておくから、ゆっくり食べていってね」

「すみません……今日はありがとうございました。また会いましょう」

「……?うん、また会えると嬉しいよ。けっこうプレゼンしたから、ぜひうちの会社のこと考えてくれよ?それじゃ」


 おじさんは、伝票を持ってレジの方に向かっていった。相槌を打つ事に専念していた俺の寿司下駄には、寿司が残ったままになっている。残念なことに表面が少し乾き始めて、大好きな玉子焼きも手付かずのままだ。


 しっかりとおじさんを見送った後、このままでは大将に申し訳ないと寿司に箸を伸ばしながら、おじさんとのことを振り返った。


 酒を飲まなければ親切なおじさんだと思っていたが、蓋を開けてみればとんだスケベ親父だった。ほんの少しだけ気を許してしまったことが悔やまれる。

 あの様子では、お見合いを断ってもらうことは難しいに違いない。それどころか、勢いで俺のことを結婚式に招待しそうだ。考えるだけで寒気がする。


 そうとなれば、咲良を説得するしかない。そして、そのチャンスはもはやお見合いの日しかない。直接会場に乗り込んで大立ち回りを演じてみせよう。

 こちらには協力者もいる。頼れる柳也さんもいる。後は俺の気持ちだけだ。


 決意を新たにぺろっと寿司を平らげ、店を後にした。覚悟はできた。後は決戦の日を待つだけだ。

 次回更新は、3月7日(火)の予定です。

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