第113話 コウスケ③
改札口を出ると久しぶりの仙台駅の光景が目の前に広がった。待ち合わせにはまだ少し早い。最寄駅から仙台駅までは1時間に1本しかないためだ。風が強い日は、これまた田舎の駅で足止めをくらうことも多いが、幸いにも今日は快晴でそんな心配をすることもなかった。
平日の昼間だというのに学生から老人まで駅の構内をせわしなく人が行きかっている。東京に比べたら可愛いものだけれど、政令指定都市を名乗るには相応しい賑わいっぷりだ。地元とのギャップに毎回驚かされる。地元の日中で歩いている人を全員集めても、これくらいにはならなそうだ。
ステンドグラス前には既に多くの人達が、それぞれの待ち合わせのために集まっていた。俺もその群れの端に加わらせてもらい、約束の時間までの時間を過ごすことにした。
他の人達の例に倣って、スマホをポケットから取り出す。心を落ち着かせるために、いつものようにハロファクの情報収集を始めるが、全く頭に入ってこない。いつもならすぐさま食いつく動画配信サイトで行われる新企画の情報を見逃すほど、冷静な状態ではなかった。スマホを触っているふりをしているだけでしかない。
それでも時間というものは過ぎていく。20分、30分と過ぎ、約束の時間となったが、おじさんは現れない。あくまで12時頃という約束だから、少しくらい遅れるのは構わないのだけれど、周りの人達が入れ替わっていく状況に置かれた身としては、1人取り残されているようで落ち着かない。その反面、どこかホッとしている自分もいた。
「ごめ〜ん。遅くなっちった」
結局、約束の時間よりも30分くらい遅れて、おじさんは来てくれた。
申し訳なさそうに両手を合わせて謝罪の意味合いを込めたポーズをとっている。スーツ姿で走ってきたためか、髪型と服装が少し乱れていた。
「お忙しいところありがとうございます。……やっぱり忙しかったですか?」
おじさんは息を整えるために深呼吸をし始めた。すっかり息が上がってしまっている。俺と喋るどころではなさそうだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ぜぇぜぇ、ごめんごめん。いや〜歳はとりたくないもんだ。これでも、学生の頃はリレーの選手だったんだけどなぁ」
ハンカチで額を拭いている。呼吸が落ち着いた分、汗が吹き出し始めたようだ。おじさんは歳の割にスリムだし、若い頃に運動が出来ていたのは割とすんなり信じられる話ではあるが、加齢による衰えというものの恐ろしさに言葉を失ってしまった。
「あ、そうそう。好きな食べ物ある?」
「え、えーっと、玉子焼きですけど」
落ち着きを取り戻したおじさんの突拍子もない質問に、素直に答えてしまう。仮に敵だとした場合、俺のパーソナルな情報は渡さない方が良いと電話で相談した柳也さんにも言われたじゃないか。おじさんの雰囲気に流されて油断していた。気を引き締めなければ。
「えー、そんな遠慮しなくても良いのに。あ!でも、玉子焼きか。あそこが良いかな……」
おじさんは、身構える俺のことなどまるで気にしない調子で考え込んでいる。俺の気も知らないで呑気なものだ。その方が俺にとっては都合が良いのだけれど、なんだか調子が狂うなぁ。
「よし!決まり!」
おじさんは拳を上げて宣言した。当然、何事かと周りの人達に注目されてしまった。動画配信の企画かと思ったのか、スマホで撮影をする女子高生もいる。俺の顔も真っ赤っか。
「この間のお礼ってことでご馳走するよ。れっつらごー!」
当のおじさんは、やはり周りの視線に気がついていないようで、駅に隣接した商業ビルに向かって歩き始めていた。そこの地下にはレストラン街が広がっている。
「い、いや、大丈夫ですって!俺は話が出来れば十分なんですから、あ、ち、ちょっと待って!」
俺は、ここでやっとおじさんの質問の意図がお昼ご飯に誘うためのものだということを理解した。声を張って呼び止めようと試みるが、走ったのが足に来ているのかふらふらと歩いていってしまう。
「アカウント教えてもらってもいいですか?」
「へ?」
女子高生が追いかけようとする俺を阻むように立ち塞がる。手にしているスマホには、本体と同じくらいの長さがありそうなラバー製のウサギ耳が付いていた。どうやら、そういう趣のケースらしい。それより、学校はどうした。
「さっきのれっつらごー?ってやつ動画で使う独自の言葉ですよね?普通言わないし。それに動きも変だったし、撮影ですよね?」
「えっ?」
「んだから、あのおじさん面白そうだから配信しているアカウント教えてって言ってんの!」
まいったぞ。この女子高生は、おじさんのことを動画配信者だと思い込んでいるらしい。そうでなければ、あんな行動はとらないという。うーん、その気持ちは良く分かる。でも、お酒が入るともっと凄いんだぞ。
「ちょっと、無視しないでくれます?」
女子高生ににらまれてしまった。ぐいぐいと迫ってくるものだから、その分後退させられる。この女の子は、おじさんのどこにこんなに惹かれたのだろう。あれか、あの年代の男性に興味があるタイプなのか?きっと彼女のマイリストはおじさん一色だ。
「す、すみません。配信者とか、そういうのじゃないんです」
「みんなそう言うんですよね。そこまでがテンプレですか?」
誤解が解けそうにない。女子高生の背中越しにへろへろのおじさんも見えるし、周りの注目度も上がっている。ここで俺がすべきことは……
「本当に動画配信者じゃないんですよぉ!」
俺がすべきことは勇気ある撤退だ。群衆を掻き分け、柱に片手をついてくたびれていたおじさんの腕を掴んで走り出した。目指すのは目と鼻の先の商業ビルだ。
このおじさんがお見合い相手であればなんとかなるかもしれない。そんな期待を胸に自動ドアをくぐった。
次回更新は、3月1日(水)の予定です。




