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第106話 櫻田邸②

 向こう岸に着いたものの、少しの遊具が置かれた広場があるだけで行き止まりだ。ここに一体何があるというのだ。まさか道を間違えた?


「あの……柳也さん。行き止まりみたいですけど」

「一般の人にとってはそうかもしれないな。だけど、今夜の俺達は違う。まさか、正面突破するとは思っていなかっただろ?」

「それはそうですけど……」


 正面から尋ねたところで門前払いとなるのが関の山。忍び込むという話からも、柳也さんに良い考えがあると思っていたが、この場所とあの家がどうしても結びつかない。


 そうしているうちに、柳也さんは茂みを掻き分け山の中へ入って行ってしまった。俺は慌てて茂みに飛び込む。ガサガサと大きな音がしたのは最初だけで、いざ森の中に入ると人が通れそうな道があった。道と言っても、大人1人がやっと通れそうな幅しかない獣道のようなもので、お世辞にも整備されているようなものではない。


 なるほど、道はあの家の方向に続いているようだ。迂回して近づくルートらしい。


「驚いただろ?僕が小さい頃に家を抜け出す時に使っていた道なんだ。聞いていたとおり、昔よりは荒れているけどなんとかなりそうだ」


 先導する柳也さんは、俺が通りやすいように時折木の枝を払ってくれている。おかげで足元に集中できるのだが、傾斜があり、足場は最悪だ。何度か植物に足を取られ、体勢を崩してしまった。俺を気遣いながらあの速さとは、まるで勝手を知る庭のようだ。


「ほら、あそこから家が見えるだろ?」

「はぁはぁ……ど、どこですか?」


 尾根にたどり着いた俺は、ふらつく視線の先に豪邸を捉えた。敷地は全て塀で囲まれていて、昼間は開いていた正面の門は閉じられていた。

 こうして、上から見ると正に城と言える造りをしていることが分かる。しかし、何かが変だ。誇張された人物画を見た時のような違和感を感じる。

 

「あれ……山側の方が塀が高いんですね」


 遠近感のせいで分かりにくかったが、違和感の正体はそれだ。昼間くぐった門のところと比べても、山側の塀は2倍以上の高さがありそうだ。とてもじゃないが、人力では乗り越える事ができないだろう。


「山側に塀があるのも変だろ?あの男は恐れているのさ」

「恐れてる?まさか、この山に熊でもいるんですか!?」


 そうであれば納得できる。実家がある街では熊が出没する度に防災無線で注意喚起がされていた。隣町にいない道理はない。急に背筋が寒くなってきた。


「熊はいないことはないけど、恐れているのは言い伝えさ」

「言い伝え、ですか?」

「この山が丁度鬼門に位置していてね。櫻田家を災厄から守護していると信じているんだよ。ほら、山に霊的な力が宿っているって、それなりに聞くだろ?だから、根拠もなくこの方角を恐るし、山を崇拝する。古いしがらみを捨てられないのさ」


 そう言う柳也さんの顔はどこか寂しげだった。


「さ、ここからは慎重にいくぞ。大きな音を立てたら、気づかれてしまうからね」

「はい……でも、あの塀どうするんですか?クライミングとかやったことないですよ?」


 期待されても俺にそんなバイタリティはない。せいぜい背丈ほどの柵をよじ登るくらいだ。そもそも、あの白い壁に掴まれそうなとこもない。現時点において、咲良のおじいさんにとっては俺達がその災厄なのだろうが、過剰過ぎる。心が折れそうだ。


「流石に僕もこの装備じゃ無理かなぁ。まぁ、行けば分かるよ。あれだけ立派でも、ちょっとしたことで役立たずになるんだから」


 下り道は上りよりも更に傾斜がきつい。足に力を入れ踏ん張るようにゆっくりと柳也さんの背中を追いかける。唯一の救いは、家の2階から漏れ出る明かりのおかげで、幾分足下が見えやすいことだろうか。


 時に木に体を委ねるながら、懸命に足を進める。先導していた彼が足を止めた頃、俺の足は平らな道の歩き方を忘れていた。


 あれだけ遠くに見えていた豪邸が目と鼻の先。高い塀に阻まれているが、咲良の近くに来たという事実だけでもう少し頑張れる。そんな気持ちにさせられるから不思議なものである。


「あそこから入るぞ。くれぐれも静かに」


 遠目では一面壁に見えたが、向かって左側に人が1人通れそうな小さな扉があった。辺りに人影はない。時折り遠くから草木が揺れる音がして、体が強張る。普段からこの状況なら、俺達が少しくらい音を立てても気になどしないだろう。


 家の裏側は、塀のせいで陽が当たらないのか、足を運ぶ度に少し沈み込む。進ほどに靴底に土が詰まって足が重い。しかし、そのおかげで足音は消え、無事に扉にたどりつく事ができた。柳也さんは慎重にその扉に手をかけた。


 強固な塀に組み込まれたその扉の向こう側に行けば、すぐに咲良に会える。だが、まだ安心はできない。

 こうしている間にも俺たちの動きが悟られるかもしれない。ここまで順調すぎた事が俺を不安にさせた。


 そもそも、柳也さんがこの家を離れて相当の時間が経っているはず。それなのに抜け道があれだけ綺麗に残っていたのは何故だ?それに櫻田家にとって鬼門とされ、これだけの塀を構えているにも関わらず、その扉がゆっくりと鈍い音をたてながら開いているのは何故だ?あまりにも不用心だ。


 俺の疑問とは裏腹に柳也さんは扉の中へ体を滑り込ませる。ここで考え込む時間はない。もはや覚悟を決めるしかあるまい。丹田に力を入れて、俺もその後に続いた。


 ここも正門同様に一見も新しく見えるが、年季が入っているのだろう。剥き出しになっている材木は乾燥し、色褪せてしまっている。そして、侵入したことが悟られないように扉を閉めた時に気が付いてしまった。内側に古ぼけた南京錠が解錠された状態でぶら下がっていたのだ。


「柳也さ――」


 俺が柳也さんを呼び終えるよりも先に懐中電灯の灯りが俺達を照らす。暗闇の中で俺達に色を取り戻させた人物の顔は、逆光によって判別ができない。

 

「お待ちしておりました。御坊ちゃま」

 次回更新は、2月8日(水)の予定です。

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