ソフィアとオーネリー5
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。再開します。
ソフィアの行動範囲については、離れ周辺しか許されていない。侯爵の見解は分からないが、侯爵代理である侯爵夫人の見解なので、ソフィアに意見を述べる権限はない。
朝の日射しの弱いうちに温室や菜園の手入れを手伝ったソフィアは、午後は何をしようか考えながら厨房で昼食の準備をしていた。
ワイズリー家の食事事情は特殊だ。
一般的に、貴族の食事は1日2回。朝と夜。昼過ぎにお茶の時間がある。これは王宮でも同じだ。
使用人は違い、早朝、昼、夕方の3回で、基本的にお茶の時間はない。ただし、夜勤のある警備や侍従、侍女には夜中過ぎにお茶の時間があるようだ。でなければ腹が減って倒れてしまう。
そしてワイズリー家のソフィアの食事は1日3回。早朝、昼、夕方である。
一般的には雇用主とその家族は、使用人と同じものを食べない。
厨房には二人の料理人がいて、一人は主に雇用主とその家族のために、もう一人は使用人のために料理をする。
ワイズリー家のソフィアの食事は、基本的に使用人と同じものだ。朝と夕方はそこにデザートが一品つく。デザートは果物であったりお菓子であったり色々だが、屋敷にいるデザート専門の調理師が用意しているものだ。使用人の食事には基本的にデザートはないが、ソフィアが食べきれない、と判断したものはモリーやジェファーソン、ベティにも分けている。(これがケントにバレると大変怒られるので、秘密裏に行われている)
因みに、一番下っ端とされる使用人は侍従や侍女の見習いで、執事や侍従、侍女の給仕や部屋を整えたりする者だ。そこで学んでから、雇用主に仕えることが許されるようになる。
ワイズリー家におけるソフィアの立ち位置は、上級使用人と雇用主の家族の中間ぐらいだ。継子であれば屋敷追放などの話も聞くので、ソフィア自身はかなり恵まれていると思っている。
家庭教師もつけてもらっているし、読みたい本も取り寄せてもらえる。外出はあまり出来ないが。
いつもは厨房係が直接持って来る昼食のメイン料理を、今日はケントが持って来てくれた。豆と燻製肉のスープだ。
鍋を離れの厨房に置いてから、ケントはおもむろにポケットから手紙を取り出した。王宮でソフィアの部屋にあった便箋と封筒だ。
「ウォーレン殿下から、ソフィア様へのお手紙でございます。先程、早馬で届きました」
ソフィアは急いで封を切る。
「殿下は何と?」
「プリシア様のお見舞いに夕方、来られると。あの手紙が偽物だったと、お知らせしたほうが良いかしら」
「手段がございませんでしょう」
ソフィアは唇を噛んだ。確かに、王宮からの自分の手紙が届かなかった以上、ここからの手紙が届かない可能性は高い。届かないならまだしも、すり替えられたりしたら一大事だ。
「ソフィアお嬢様、この件、私に預からせていただけますでしょうか」
ケントは優秀だ。それ故に多忙を極める。侯爵の使用人を使って良いものかどうか。
「お屋敷のお仕事に差し支えのない程度にお願いします」
「かしこまりました。
あの花籠のことですが、オーネリー様が大層喜ばれておられましたよ」
「良かったわ」
では、と頭を下げてケントは出て行った。
ソフィアはため息をついて厨房の椅子に腰を下ろす。
ケントに任せてしまったが、本来はソフィアが指示を出さなくてはならないことだ。
まだまだ子供ということなのだろうが、それでは困るのだ。
ウォーレンはソフィアを正妻にすると言っている。妻は無理でも、妾にはするだろう。
そうなれば、他人の言いなりになるばかりではなく、より国のため、民のためになる選択をしなければならない。無能ではウォーレンの側にいることはできない。
かと言って、判断力も知性もそう簡単に身に付くものでもない。
プリシアが、ソフィアはウォーレンに相応しくないというのは、もっともなことなのだ。
ジェファーソンが庭仕事を終えて帰ってきたので、ソフィアは温めなおしたスープとパンを二人分、キノコと人参、ほうれん草の蒸したものを皿に盛って手渡した。
「ベティの具合はどう?」
「はい。だいぶ良くなりましたので、午後からは仕事に戻れると思います」
「そう、無理しないように伝えてね」
ジェファーソンを送り出すと、モリーがやって来たので、二人で食事にした。
馬の足音と車が回る音が聞こえ、ソフィアはそっと窓の外を見る。オーネリーを乗せた侯爵家の馬車が門を出て行くところだった。
「オーネリーはどちらのお茶会へ行くのかしら」
「エイマーズ子爵のクレア嬢だそうです」
エイマーズ子爵は、確かミランダの父親、ヘイリー公爵の一派だった。ミランダもいるかもしれない。
舞踏会の時の礼の手紙は届いているのだろうか。祖父に出した手紙はどうだろう。
一体、誰が何の為に。
ケントに預けるとは言ったが、手紙の行方は気になる。
視線を食卓に戻すと、モリーがそういえば、と言った。
「お嬢様、先程、ミシェルのところへ行って参りましたよ」
「ありがとう。ミシェルは元気?」
「ええ、それはもう。次のドレスをどうするか、午後にでも相談しに行きたいと言って、侍従長へ手紙を書いてましたから。でも、侍従長に渡す前に手紙を奥様に取られちゃったんですよ」
ソフィアは額を押さえる。
「内容は分かってたんで、侍従長には口頭で全部伝えておきましたから」
「そう、良かったわ。ありがとう」
だが、ミシェルが来るのはだいぶ先になるだろう。ウォーレンが来るのはどうだろうか。さすがに王族の訪問は断れないと思うが。
プリシアの病気はソフィアの勘違いだとウォーレンに伝わっていれば良いのだが。でなければ、ソフィアはウォーレンを騙して帰ってきた悪い娘になってしまう。
悪い噂は悲しいが、それよりも、ウォーレンが騙されたと思ってしまうのが悲しい。
スカーレットも少し言っていたが、ウォーレンはとても繊細で傷付きやすい。
「お嬢様、午後はどうなさいます?」
モリーはソフィアの心情などお構いなしに空いた皿を片付けながら尋ねる。
「そうね、午後は温室で過ごすわ」
「分かりました。お部屋はもう片付けましたから、いつでもお使いいただけますよ」
「ええ、ありがとう」
モリーはいつも通りだ。
悩み事があるのはいつものこと。
ソフィアも口を拭いて立ち上がった。




