ソフィアとオーネリー4
ソフィアの朝は早い。
日の出と共に目覚めるので、夏と冬で起床時間は変わるが、それでもソフィアの起きる時間に起きているのは、屋敷の方の厨房係と庭師、ジェファーソンぐらいだ。
ソフィアは普段着を身に付けると、手袋を着け、離れの厨房に入る。
明かりはついていたが、中は誰もいなかった。
ソフィアは小さく燃えていた種火に薪をくべて大きくすると鍋に水を入れて火にかけた。
湯が沸くまでの間に野菜の下拵えをしてしまう。
パンやメインの料理は屋敷の厨房係が届けてくれるが、付け合わせやピクルスなどの副菜は離れで調理することになっている。担当はベティなのだが、昨日の話だと動くのも辛いだろうから、出来るだけソフィアが肩代わりしようと思っていた。
ただし、手袋は必須だ。
淑女の手は常に白くなければならない。汚れていない手は、高貴な身分の証となるのだ。ナイフで切ったり、火傷をしていたり、土がついていたりしてはならない。
よって、ソフィアの衣裳箪笥には手袋が多い。厨房作業用、温室作業用、洗濯作業用、掃除用。
離れを維持する仕事で、ソフィアが把握していないものはない。
これは時折、抜き打ちで検査にやって来るケントのせいである。
ケントは鋭い目付きで離れをくまなく点検し、不備があれば報告してくるのだ。
離れと言えど、侯爵家。
適当なことは許されない。
朝食の彩りに、菜園で何か、と思ったソフィアは日傘を差して庭へ出る。
「おはようございます、お嬢様」
ジェファーソンが帽子を取って挨拶した。彼の足元には何かの球根が転がっている。
「おはよう、そのまま続けて。少し彩りがないかと思っただけだから」
「でしたら、ハツカダイコンがそろそろ使えるはずです」
「ありがとう」
侍従のジェファーソンに庭仕事もさせているのは悪いが、台所事情が苦しいので仕方ない。幸い、ジェファーソンは文句も言わずにやってくれていて、ソフィアは非常に助かっている。
裏の菜園のハツカダイコンと、クレソンの葉を彩りに選んだソフィアが温室の前を通ると、中には庭師のグレネルとケントが難しい顔で花を見ていた。
「おはよう、ケント、グレネル」
「おはようございます」
ケントは胸に手を当てて、グレネルは帽子を取って一礼した。
「お花がどうかしたの?」
「あ、いえ、問題は」
グレネルは言い掛けたが、ケントがそれを制した。
「オーネリー様が今日、茶会に出られる時の手土産にしようとしていた花なのですが、茎の長さが揃わず不格好な花束になってしまうので、どうしようかと」
ケントがそういったことをソフィアに言うのは珍しい。
よほど途方に暮れているのかもしれない。
「一番短い茎は?」
尋ねると、グレネルが見せてくれた。どれも今朝咲いたばかりの瑞々しい花びらだが、確かに茎が短く、かといって、それらを除くと貧相な花束になってしまう。
「籠に盛ったらどうかしら。レースやリボンで飾れば籠も可愛らしくなるでしょう? 籠の底には油紙を引いておけば漏れないし、後は花束の時と同じように茎の先を湿らせた布で包んでおけばいいわ。少し手間は掛かるけれど。お屋敷にダイアナって子がいるでしょ?」
「ああ、部屋係の」
「彼女、以前、とても上手に部屋の飾りつけをしてくれたから、頼んでみたらどう?」
ケントに提案すると、少し思案顔で花とグレネルを見ていたが、やがて頷いた。
「良いお考えでございますね。ダイアナに言ってみます。ありがとうございます、ソフィアお嬢様」
「いいえ。ワイズリー家温室花は、王宮の方もご存知なぐらい人気があるのですって。ケントとグレネルのお陰よ。これからもよろしくね」
ソフィアはそこで、鍋を火に掛けっぱなしであることを思い出した。
「ごめんなさい、失礼するわね」
日傘を差して温室を出ると、ソフィアは足早に離れの厨房に向かう。が。
「お嬢様! あれほど火をお使いになられる時は厨房を出ないように言っておいたことをお忘れですか? お嬢様は鳥にも劣る記憶力の持ち主なんですか?」
モリーの怒りは免れなかった。
「ごめんなさい、ほんのちょっとのつもりだったの」
「ほんのちょっとで、離れを火事になさるおつもりなんですか、お嬢様は!」
「ごめんなさい」
ソフィアは小さくなって謝罪を口にする。
時々、どうしてモリーはソフィアより遅く起きてきて、そのことを謝罪することもなく、こんなに偉そうに言えるのだろうかと考えもするのだが、いつもこうやって怒られて、反論も頭から綺麗に吹っ飛び、ひたすら謝ってやり過ごすのが流れになっていた。
この流れがいけないとは思う。だが、抜け出すきっかけが分からない。
「もういいですよ、バークリーさんから、メインのお肉とパンが届いてますから、すぐに仕上げてしまいましょう」
「ええ」
モリーに言われて、ソフィアは手袋のまま、ハツカダイコンとクレソンの土を洗い流し、ハツカダイコンを薄切りにしてから皿に載せる。
その間にモリーは肉とパンを切り分けている。
二人とも手際良く仕事を進めると、ようやく朝食となった。




