ソフィアとオーネリー3
久し振りに戻った自分の部屋は、あちこちに白いシーツが掛けられ、全く主人を待ってはいなかった。
ジェファーソンと一緒にシーツを剥がして周り、モリーの小言を聞きながらベッドメイクをする。
べティの腰の調子を聞きに小さな厨房に入る。老婆というほどの年でもないだろうに、ベティは少しの間に小さくなったようだった。
「ベティ、私が留守の間に何かあった? プリシア様に何か言われたの?」
ベティは首を横に振った。
「いいえ。ここ数日、腰の調子が悪くて身動きが取れずにおりまして、そのせいか、体が縮んでしまったようでして」
ベティは厨房の隅の安楽椅子に座ったまま、頭を下げる。
「動けないのは辛いでしょう。痛むのなら、明日の朝は無理に起きて来なくてもいいわ。最近は朝晩に冷たい風が吹いているもの。そうだ、ベティ、カレンを覚えてる?」
ベティの顔が一瞬曇ったが、すぐに思い出せたようで、笑顔で頷いた。
「カレンに会ったのよ、彼女、王宮で王族付きの侍女になっていたの! 私、もう、嬉しくて」
「それはよぅございました。あの子が元気でやっているのなら」
にこにこと笑うベティを見て、ソフィアもほっとする。
あまりにも痛みが激しいようなら侯爵に頼んで医者を呼んでもらおう、と思う。
「はいはい、お嬢様、お湯の支度が出来ましたよ。全く、お嬢様がいると仕事が倍増ですよ。ほら、早く上がる!」
モリーはやって来るなり、ソフィアの手を引っ張って、厨房を出ようとする。
「おやすみなさい、ベティ! お大事に!」
なんとかそれだけ言うと、ソフィアはモリーについて自分の部屋に入る。
「王宮からお嬢様がお戻りになれない、どうやら殿下に失礼なことをしたらしいって聞いて、倒れちゃったんですよ、ベティさん。その時、膝も痛めて、歩く時に足を引きずるんです。それをお嬢様に見られたくないからって、あそこでじっとしてるんです。職務怠慢ですよ」
寝間着の用意をしながら、モリーはぶつぶつと言う。
「ごめんなさい、モリー。後でみんなにも謝るけど」
「で、何があったんです?」
「舞踏会でね、ウォーレン殿下と2曲も踊ったの。それからお話をして。ただ、ウォーレン殿下はオーネリーではなくて」
自分を気に入ってくれたようだ、と自分で言うのは、淑女らしくないように思う。が、モリーは容赦なかった。
「ああ、お嬢様をお選びになった、と。で、それが気に入らないプリシア様の矛先がこっちに向いたんですね、迷惑な話です」
前々から思っていたが、もしや自分はモリーに嫌われているのではないか。あまりにも意地悪だ。
「で、ウォーレン殿下と仲良くなれたんですか?」
「ええ。毎日お茶の時間には会いに来てくださったし」
二人で過ごす時間はとても楽しくて、幸せで、ふわふわとした、夢のような時間だった。
ウォーレンはどう思っていたのか分からないが、それでも言葉や態度の端々から、ソフィアを憎からず思っていることは伝わってきたので、やはり
「妾に召されたりするかも」
口に出すとそれだけで恥ずかしい。
「はあ? お嬢様、本当に馬鹿ですね」
恐らくではなく、確実にモリーはソフィアを嫌っている、とソフィアは思った。
「今の話の、何をどうすれば妾になるんですか。正妻ですよ、正妻にされそうになってるんです‼」
「正妻って、妻?」
「そうですよ。婚約式までの間に、お嬢様の身辺調査をなさっておられるんでしょう。殿下でなくても、その近くの人がやってるはずです。それで、お嬢様に問題無しとなれば無事に婚約式、後は王宮に監禁されて結婚式でしょうね」
ソフィアを嫌っているモリーは、清々するわ、と呟いた。傷付くが仕方ない。
しかし王宮に監禁とはなかなか出来ない物言いだ。
「それで、こちらにはいつまで?」
「分からないの」
「なんで?」
「あのね、王宮にプリシア様がご病気だっていう嘘の手紙が届いたの。それで、殿下が私を屋敷に返してくださったのだけど、プリシア様が外出禁止っておっしゃられて」
「あんの陰険強欲婆」
モリーは憎々しげに言うと、湯から上がったソフィアにタオルを投げつけた。ソフィアは「ありがとう」と受け止めたタオルで体を拭いた。
「それで、帰ってきちゃったんですか」
「ええ、でも、プリシア様はお元気だって、殿下に伝えないと、明日、殿下がお見舞いに来られるって」
「ほう、お見舞い、ですか」
モリーが、ニヤリと笑った。
ソフィアの体がふるり、と震える。
夜の冷え込みは厳しいのだ。寝間着の上に腹巻きでもしたほうが良いだろうか。
「それではお嬢様、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい、モリー」
モリーは出て行き、ソフィアは少しため息をつく。
何もかも見張られていた王宮の生活は窮屈だが、タオルを投げつけられるお嬢様というのはいかがなものだろうか。
寝間着の袖に腕を通しながらソフィアは思った。




