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ソフィアとオーネリー2

 侯爵は健康管理も貴族の勤めと言って、十歳を越えたあたりから、ソフィアが風邪をひいたり、少しでも怠そうな態度を見せると厳しく罰を与えた。

 オーネリーが風邪をひいた時にも同じことをしようとして、プリシアに止められていたこともあった。

 ソフィアには止めてくれる人もいなかったから、厳しい処罰を受けるしかなかった。手のひらを教鞭で打ったり、長い時間直立不動の姿勢を取らせたり。さすがに高熱でふらふらしている時は後日とされたが。(そして必ず実行された)


 貴族の男子は隙を見せてはならないと熱があってもなくても上半身裸で庭を走ったりして鍛練する、おまえは女だからそれは許してやろう、と侯爵はいつも言っていたが、それが本当かどうかは分からない。

 ただ、そこまで厳しく貴族であろうとする侯爵が、プリシアの容態をどう思っているのか。


 屋敷が近付くにつれ、ソフィアは緊張する。


 屋敷の扉前に停まった馬車から降りると、ワイズリー家の侍従が、上着の袖に腕を通しながら出て来た。


「ソフィアお嬢様、おかえりなさいませ。しかし、お帰りになられるという知らせは頂いておりませんでしたが」


「え? プリシア様の容態が悪いと報せが来たから戻ったのだけれど」


「誰の何の報せですって?」


 ソフィアは手にしていた侍従からの手紙を見せる。


「お嬢様、これは私の字ではありません」


 言ってから、侍従は手紙に目を走らせ、顔色を変える。


「お嬢様、馬車にお戻りください!」


「え?」


「早く!」


 侍従がいきなりソフィアの手を掴み、馬車へと押し戻そうとする。


「なあに、ジェファーソン。随分うるさいわね」


「……失礼いたしました、奥様」


 侍従は頭を下げた。舌打ちの音が聞こえたのは、恐らくソフィアの空耳だろう。


「あら、帰ってくる知らせもなく戻るなんて、行儀の悪い娘ね。早く離れに行かせなさい。こちらへ入る許可は出していませんよ。それからくれぐれも、外出はさせないように。外聞も悪いから来客もしばらくは断りなさい。いいわね、ジェファーソン?」


「かしこまりました、奥様」


 頭を下げたまま胸に手を当てる侍従を見て婉然と微笑むプリシアは、とても健康そうで、とても今生の別れになるような病人には見えない。


「王宮の御者殿には、何をお渡しすれば良いでしょうか、奥様」


「銀貨で良いわ」


「かしこまりました。では、そのように」


 侍従が頭を下げたまま、プリシアを見送る。

 遊戯の途中だったのだろう。遊戯部屋から明かりが漏れていた。


「ソフィアお嬢様、こちらへ」


 侍従はそう言って玄関から外へ出た。ソフィアも後ろに続く。

 侍従は王宮の御者にポケットから金貨を取り出すと、「よろしくお伝えください」と手渡した。


 御者は渡された物を見て、帽子を脱いで挨拶すると馬の向きを変えて帰っていく。


「お嬢様は本当に人が良いというか、ただの馬鹿というか」


 ワイズリー家の侍従長、ケント・ジェファーソンは、実は口が悪い。父親のカーター・ジェファーソンは寡黙な男で滅多に口を利かず、母親のべティ・ジェファーソンは明るくのんびりした性格でよく笑うのに、どうしてこの親からこの子供が? とソフィアなどは思う。


「ケントさん、プリシア様はご病気ではないし、貴方は手紙も出していない、そういうことよね?」


「その通りでございます」


 オーネリーかプリシアの嫌がらせだろうか。


「あ、私からの手紙は届いてる?」


 ケントは足を止めてソフィアを見た。


「手紙をお出しになられた? いつですか?」


「ええと、舞踏会のあった日の深夜と、その次の日に」


「どちらも届いておりません。何かご不自由がございましたでしょうか?」


「いえ、大丈夫」


 少し淋しいだけだ。


「不幸中の幸いです」


 再び歩き出したケントの後ろを、ソフィアはとぼとぼと歩く。

 離れに着くと、ケントは呼び鈴を鳴らした。対応に出たのはケントの父親のカーターだ。

 ソフィアの中で『ジェファーソン』といえばこちらのカーターのことで、プリシアがケントを『ジェファーソン』と呼ぶことに抵抗があった。


「ソフィアお嬢様がお戻りになられました」


「かしこまりました」


 老ジェファーソンは多くを尋ねず、若いジェファーソンも多くは語らなかった。


 ケントが離れの扉を閉めて出て行くと、奥からモリーがバタバタと駆け寄って来た。


「お嬢様! 大丈夫ですか? 王宮で何をやらかしたんですか? 罰を受けて王宮に閉じ込められたって聞きましたけど」


 恐らくはオーネリーあたりの情報だろう。


「開放されたってことは許してもらえたんですか? そ、それとも、まさか逃げ出して来たんじゃ」


 この使用人はどうしても主人を犯罪者にしたいらしい。


「それにしてもきれいなドレスにネックレス……これ、紅玉じゃありませんか! どこで手に入れたんですか!」


 手に入れた、が、盗ってきた、に聞こえたのは空耳に違いない。失礼過ぎる。


「あの、モリー、悪いのだけれど、明日一番にミシェルのところへ行って欲しいの。あのドレスが幸せを運んでくれたから。お願いね」


「嫌ですよ。自分で言ってくださいよ」


「じゃあ、手紙を」


 言い掛けて、ソフィアは口をつぐむ。

 書いた手紙は、どこに行ったのだろうか。


「どうしたんですか、お嬢様。馬鹿になったんですか?」


 ――やはりモリーは口が悪過ぎるわ。

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