蛇姫様の温室6
「姫殿下、こちらのお花は見たことがございません。これも異国のものでございますか?」
温室の中を案内して欲しいとウォーレンが言い、三人はのんびりと花壇を見て回っていた。
ソフィアもワイズリー家の温室にはよく入っていたが、やはり侯爵家と王家では、温室一つとっても規模も質も圧倒的に違っている。
「それは南国の花でな、二年ぶりに花を咲かせたのじゃ。兄者が戦のついでに持って帰ってきた花で、名前は分からぬ。適当に呼べ」
「あら、葉が裂けておりますね」
「元からじゃ。そういう種類らしい」
「南国のものは大振りなものが多いですね」
貿易や戦の戦利品として集めた諸外国の植物が、その地域ごとに分類され、温度と湿度を管理されている。
「あら」
ソフィアは足を止めてしゃがみこんだ。
「どうした?」
ウォーレンが覗き込む。
「小さなカエルがおります」
大きな葉の上にカエルが一匹、じっとしていた。
「紛れ込んだのか?」
「そこに池を作ったのでな、時折、見掛ける。我の餌だ」
「は?」
「ほれ、蛇はカエルを食べるであろうが」
スカーレットがからからと笑う。
自分がどんな陰口を言われているのか、この年でそれを知ってしまうのは辛いだろうに、スカーレットは懸命に強いふりをしているように、ソフィアには見えてしまう。
「ソフィア殿、これは見たことがあるかの?」
スカーレットがソフィアに掌を向けた。白い手袋の上で、真っ白な小さい蛇が、とぐろを巻いている。
「おい、スカーレット、危ないだろう」
ウォーレンがソフィアとスカーレットの間に立ちはだかる。ソフィアからは何も見えなくなってしまった。
「これは毒を持たぬ種類じゃ。本当に兄者は」
スカーレットが掌を近くの葉に近付けると、白い蛇はするすると葉を伝って見えなくなった。
「白い蛇は初めて見ました」
「ああ。あれは元々は青黒い体の蛇なのだが、稀にああいう白い個体が生まれるのじゃ。白いと目立つからか、あまり長生きは出来ぬ。他と違うというだけで、仲間からも疎外されやすいしな」
スカーレットの言葉に、ソフィアは何も言えなくなってしまう。
蛇姫と呼ばれ、自らと蛇とを重ねて見てしまう小さな姫君に、憐れみをむけるな、と言うほうが無理だ。それが失礼なことであっても、ソフィアの心の中にもやもやと煙が立ち込める。
「失礼いたします、ウォーレン殿下」
カレンが声を掛けてきた。呼ばれたウォーレンがそちらに向かい、二言、三言、交わすとこちらへ戻って来る。
「すまない、スカーレット、ソフィア。雑用が入った。続きはまた後日」
ウォーレンが言って、ソフィアに腕を差し出した。
「そうか。仕事なら仕方あるまい」
スカーレットが踵を返す。
「あの、姫殿下」
その後ろ姿を呼び止めた。
「また、この温室に来とうございます。私は小さなカエルも好きですが、小さくて白くて毒のない蛇も好きになりたいと思っております」
「もの好きなご令嬢じゃな」
呆れたようにスカーレットは言い、こちらに背を向けながら答える。
「元からこの温室に鍵など掛けておらぬ。好きな時に来られると良い。時間が合えば、顔を合わせることもあろう」
スカーレットの後にカレンが続く。
二人を見送ってから、温室を出ると、衛兵が一人、温室の前に立っていた。ウォーレンを見て敬礼をしてくる。
「お疲れ様です」
ソフィアとそう大差なさそうな年齢なのに、堂々とした敬礼に自然と頭が下がる。
「名は?」
ウォーレンが足を止めた。
「ロブ・ベイカーであります! 衛兵第六分隊所属であります!」
大きな声にソフィアは思わず仰け反った。ふらついたソフィアをウォーレンの腕が支える。
「こら、ロブ。貴婦人やご令嬢の前では声の大きさに気を付けろ」
「はっ、申し訳ありません!」
ほとんど変わらない声の大きさにウォーレンがソフィアを見て、同じように苦笑を浮かべる。
「ロブ、こちらはワイズリー侯爵家のソフィア。俺の妻になる女性だ。これからここへ顔を出すようになるだろうから、紹介しておく」
妻、とはっきり言い切ったウォーレンに動揺したものの、顔には何も出さずにソフィアはロブに手を差し出す。
ソフィアの手を見たロブは内心の動揺を激しく表面に噴出させながら両手をバタバタさせた。
挨拶代わりに手を差し出して、こんな反応されたのは初めてだ。思わず自分の手を見たソフィアに、堪えきれなくなったのか、ウォーレンが吹き出してしまった。
その笑い声に余計混乱し、固まってしまったロブの手を無理矢理取り、ソフィアは握手しておく。
これで一応、知り合いだ。
「ウォーレン様、お時間が」
「ああ、そうだな」
まだ笑いで震えている声でウォーレンは言って、ロブの肩を叩く。
ソフィアの腰を抱いて温室を後にした。




