蛇姫様の温室7
ソフィアを部屋まで送ってくれたウォーレンは、上機嫌で仕事に戻って行った。
お茶会の話題やソフィアの態度について何も言われなかったし、最後に衛兵にソフィアを紹介しておいてくれたから、ソフィアがスカーレットに会うことに問題はないらしい。
友人と言うには身分が違い過ぎるが、新しい知り合いが出来て、ソフィアは嬉しい。あの裂けた葉の花を押し花にして、二人でお揃いにしたらどうだろうか。気に入ってくれるだろうか。
いや、やはり高貴な身分のお方だから、そのような安い物に心など動かないかもしれない。押し花は次に会った時に話をしてみて、反応がよければ提案してみよう、とソフィアは思う。
「ソフィア様、申し訳ございません」
ウォーレンが出て行ってすぐ、ジーナが頭を下げてきたので、ソフィアはびっくりして後ずさる。
「押し花をされているとは知らず、本を触ってしまい、花を台無しにしてしまいました」
深々と頭を下げるジーナに、ソフィアは己の失態を知る。
王宮の侍女はモリーと違い、気が利くし、お願いしなくても全てを整えることが仕事だと思っているのだ。モリーのように、片付けを頼んでも「私は忙しいんですからお嬢様がご自分でなさってください」とか平気で言い放つ者はいない。
「ああ、ごめんなさい、私が言い忘れてしまったのだから気にしないで。花を見せてくださる?」
「はい」
ジーナがそっとテーブルの上に広げた作りかけの押し花は、確かに茎の部分がねじれてしまい、形が崩れているが、台無しと言うこともない。
「大丈夫だから気にしないで、ジーナ。よくあることだし。私も言い忘れないように気を付けるわ」
「本当に、申し訳ありません」
「いいのよ、まさか貴族が押し花なんかしてるとは思わなかったでしょう?」
「はい、あ、いえ」
ジーナの返答と慌てた表情を見て、ソフィアは少しほっとした。ジーナでも顔に出てしまうことがあるのだ。
「ピンセットと新しい便箋を用意して。すぐにやってしまいましょう」
ジーナがいつもよりも急ぎ足で部屋を出て行く。
やはり、貴族が押し花はおかしいのだ。
押し花の作り方は、祖母から教わった。亡くなってずいぶん経つが、優しい祖母のことを思い出さない日はない。
木の芽が大きく膨らむことや、花が咲くことをソフィアに教えてくれたのが祖母だった。そんな祖母の趣味が押し花だった。
プリシアはいい顔をしないし、オーネリーは馬鹿にするけれど、ソフィアはこれだけは辞めないと決めていた。押し花では今まで誰にも迷惑を掛けなかったからだ。花も道具も自分で用意出来たし、簡単だから誰の手も煩わせないで済んだ。
だが、王宮では勝手が違う。ここでは、ソフィアは何をするにも誰かの手を借りなくてはならない。今だって、ソフィアが押し花をしなければ、ジーナが謝罪する必要もなかった。
ウォーレンの妻になるということは、つまりそういうことなのだ。今までの全部を棄てる覚悟がなければ、きっと務まらない。
――出来るの、ソフィア?
「ソフィア様、どうでしょうか、こちらで足りますでしょうか?」
ジーナが心配そうな顔でピンセットを差し出してきた。ソフィアが家で使っていた安い物とは違う、恐らくは銀で出来たピンセット。
いちいち高級にしなくても良いのに、とソフィアは苦笑する。
だが、こういうところに財を掛けられることが、経済を活性化させ、産業の充実、引いては国の発展に繋がるのだと家庭教師から聞いた。
不要な物を買う必要はないが、必要なものを高い品質で買うことは貴族としての義務なのだそうだ。
義務となるとよく分からないが、ソフィアがミシェルの作る服を贔屓にしていられるのも、そういうことなのだろう。
「充分よ、ありがとう」
ソフィアはピンセットを手に取ると、そっと花を持ち上げた。千切れないように新しい紙に乗せ、ねじれた茎をさらにねじって大きな結び目を作る。
何とか形になった。
後は何度か紙を取り替えながらしっかりと乾燥させて、厚紙に貼り付け、上から薄紙を貼れば栞の完成だ。
完成までは一週間かかる。
「このピンセット、しばらく借りていて構わない?」
「はい」
ジーナに許可を貰い、ソフィアはピンセットの先を布で拭き取ってから机の引出しに仕舞う。
「完成までは一週間かかるから、この本はこのまま置いておいてくださいね」
「かしこまりました、ソフィア様」
ジーナがいつもの調子で言ったので、ソフィアも安心して、机に向かうと、手紙を書き出した。
祖父に宛てて一通と、ミランダに宛てて一通。
書き終わるとジーナに頼んで届けてもらう。封をするものはやはりなかったので、そのまま渡した。
ジーナが出て行った後、もしかしたら王宮の人が中身を確認するために封をさせないのではないか、という考えがソフィアの頭を過った。




