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泣き虫ソフィアとわがまま王子  作者: 浅井一希
第1章

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蛇姫様の温室5

 カレンが何も言わず、スカーレットの差し出したカップにお茶を注いでいる。


 その手元を見るとはなしに見ながら、ソフィアは考えた。


 蛇姫とはよく言ったものだ。

 庭にいる小さな蛇を見たことのあるソフィアは思う。その蛇はソフィアの掌に収まりそうなほど小さくて細い蛇で、一緒にいた侍従は、毒がないから大丈夫、と言っていた。スカーレットの深い緑の肌はその蛇と同じだ。鱗にお日様の光が当たり、時折、虹色に、神秘的な雰囲気を醸し出している。

 スカーレットの瞳の色はウォーレンと同じ、深く鮮やかな青色だが、白目にあたる部分が橙になっていて、どきりとした。

 前もってスカーレットの容姿についてウォーレンから聞かされていたのに、動揺が顔に出ていなければいいのだが。

 神秘的で、お伽噺の登場人物のような顔で、もっと良く見たいのだけれど、王族であるスカーレットの顔を凝視することは礼儀に反するし、王族でなくても初対面でそれは駄目だろう。

 もっと仲良くなって、本当の姉妹のようになれば、頬を撫でたり出来るだろうか。

 スカーレットはまだ子供だし、きっと毛穴もほとんどない、つるつるのすべすべの頬だと思う。


 ソフィアはどぎまぎしながら、カップをテーブルに戻す。


 昨日食べた、白く小さな焼き菓子が皿に盛られていた。


「姫殿下、あの、このお菓子は何というお菓子でしょうか。昨日、いただいてとても美味しかったのですけど、名前が分からなくて」


「これのことか?」


 スカーレットはテーブルにあった白い菓子をつまみ上げると、自分の口の中に放り込んだ。


「何であろうな。よく食べるが、我も名前までは知らぬ。カレンは知っているか?」


「メレンゲクッキーだと職人が申しておりました」


「メレンゲとは何か?」


「卵の白い部分のことです。あれを砂糖と一緒に混ぜて、焼くとこのようなお菓子になるそうですよ」


 カレンの答えをスカーレットと一緒に聞く。


 ソフィアも、鶏の卵を割ったことはある。あの液体がこのような塊になると思うと不思議だし、ゆで卵とまったく違う形状も不思議でならない。


「ふむ。メレンゲか」


 スカーレットは理解したのかどうか分からないが、また一つ口に入れた。スカーレットもメレンゲクッキーは好きらしい。


 すると何も言わずに座っていたウォーレンが手を伸ばし、メレンゲクッキーを摘まんだ。口に入れた瞬間、ん? と首を傾げ、すぐにお茶のカップを手に取り、カレンにお替わりを求めた。


「甘いな」


「だから美味しいのではないか。兄者は馬鹿か」


 スカーレットは容赦がない。


「そう馬鹿馬鹿言うな」


 口直しなのか、ウォーレンは皮を剥いて八切りにしてある林檎をフォークで突き刺すと口に入れた。

 そう言えば、ジーナが、ウォーレンは菓子よりも果物を好むようだと言っていたのを思い出す。これはウォーレンが来るからと用意されたものなのだろう。


「それで? スカーレットの目から見てソフィアはどうだ?」


 ウォーレンの言葉に、スカーレットはカップをテーブルに置いた。

 まっすぐにこちらに目を向けてくるスカーレットに、ソフィアは気圧されてしまい、すぐに視線を逸らせた。


「貧相な体つきだが、度胸は認めよう。だが、王弟となる男の妻としては、少々弱いように思うがの。悪意を全て受け止めていては身が持たぬだろう」


「王妃になるならともかく、王弟の妻など大して旨味のないものだろう?」


「だから兄者は馬鹿だと言うておるのだ。王の近くにあり、かつ軍の全権を持つ男の妻だぞ? その義理の父親になりたい男など掃いて棄てるほどおるわ」


「王の近くって、大した発言力はないし、全権なんてただの雑用と尻拭いなんだがな」


「そうは思わぬ者が多いということじゃ」


 捲し立て終わると、スカーレットはカップを手に取る。カレンがすかさずお代わりを注ぐ。

 ソフィアが見ていることに気付いたのか、カレンがソフィアのカップにも手を伸ばすが中身が残っているため、ソフィアを見る。


「今は大丈夫」


 すっかり王宮の、それも姫殿下の侍女になってしまったカレンに、ソフィアは微笑む。

 誇らしいような、寂しいような、複雑な気持ちに、まだ戸惑っているのだ。


「ソフィア殿は、幼い頃、カレンにべったりだったと聞いた」


「あ、はい、お恥ずかしい限りでございます」


「そしてそのソフィア殿に、今度は兄者がべったりか」


 ぎろり、とスカーレットの目がソフィアからウォーレンに動く。


「いい加減、身内の前でべたべたするのを止めよ、兄者! 鬱陶しくてたまらんわ!」


 先程からしきりにソフィアの髪を撫でたり、腰を擦ったり手にキスをしてみたりと、忙しくしていたウォーレンが、それぐらいのことで怒るな、と笑いながら言う。だが、菓子と林檎を摘まんだ時以外、ずっとのことなので、さすがにそろそろソフィアも止めて欲しいと思っていた。


「兄者がそんな様子だから、ソフィア殿が、っ!」


 何かを言い掛けたスカーレットは口をつぐみ、帽子を被りなおしてため息をつく。

 言ってはならない何かを言い掛けて、それを飲み込むための間だと、ソフィアにも分かった。それはソフィアに関する何かだが、ソフィアには知られてはならない何かで、恐らくはウォーレンが口止めしている何か、だ。


 ソフィアはメレンゲクッキーを一つ食べ、林檎を一切れ食べる。


「カレン、お替わりをいただける?」


 ソフィアがカップを差し出すと、ウォーレンも少し笑って、「俺にももらえるか」と言った。

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