蛇姫様の温室4
ウォーレンの妹、スカーレット姫殿下は九歳。
だが、尊大な口調と佇まいはどこか王者の風格を漂わせていた。
呪いを受けて全身を緑の鱗に被われていると聞いたが、スカーレットは手袋と襟の高いドレスと帽子についたベールで全身を隠しているため、どんな緑色なのかはソフィアには分からなかった。
温室の中に置かれたテーブルには、お茶の用意がすでに出来ており、スカーレットの傍にはカレンが控えている。
ウォーレンとソフィアが席に着いた時点でジーナは辞しており、ここには四人しかいなかった。
「なかなか来ないと思っていたら、こんな場所で発情しているとはな。庭を汚すな、兄者よ」
「スカーレット、遅れたことは謝る。だから拗ねるな」
ベールの向こうの表情は分からない。本当に拗ねているのか、怒っているのか、呆れているのか。
いずれにしろ恥ずかしい。
「それにしても、まさか兄者がそのような少女嗜好があるとはな。驚いた。十八と聞いたが、十一の間違いではないのか?」
カレンが吹き出したのを誤魔化そうとして妙な咳を始める。
さすがに十一にしては育ち過ぎだろうと思うが、姫殿下にはそう見えたようだ。情けなくて泣き出してしまいそうだ。
「スカーレット、ソフィアは十八だ。おまえの姉になる人に失礼なことを言うな」
いつになく厳しい声でウォーレンが言った。
「それにしては育っておらんな。きちんと食事を摂っているのか?」
また言われてしまった。
ソフィアは悲しくなって俯いた。
「スカーレット‼」
ウォーレンが怒鳴り付け、それからソフィアの手に、そっと自分の手を重ねる。
「すまない、ソフィア」
「ウォーレン様も、私がおかしいと思われますか?」
ソフィアはウォーレンの手を握り返した。
「ウォーレン様も、私のことを貧相な娘だと思われますか? もっとふくよかなほうが良いと思われますか?」
ソフィアはウォーレンだけをまっすぐに見つめる。小さな動揺や躊躇いも見逃すまいと、ウォーレンの手を強く握る。
ウォーレンは驚いたように目を見開いてソフィアを見つめ返した。
ずいぶん長い時間、ウォーレンは何も言わなかった。それから、ゆっくりとした動きでソフィアに顔を近付け、一瞬、唇を重ねた。息のかかる距離で小さく呟く。
「いいや、思わない。おまえほど美しい女は見たことがない」
もう一度、唇を重ねようとウォーレンが近付いたところで、「ごほん」というスカーレット姫殿下の声がして、ソフィアは、はっと我に返る。
ベール越しでも分かる冷ややかな視線に、気まずさが募り、ソフィアはウォーレンの様子を伺う。
目が合うと、ウォーレンはソフィアの髪をそっと撫でた。
スカーレットの視線など物ともしない態度に、軍神の生まれ変わりになるとこうも強いのか、とソフィアは妙に感心してしまう。
「兄者が馬鹿なことはよく分かった」
スカーレットが呟いてカップを手に取る。ソフィアも同じようにカップを取ると口をつけた。イチゴの香りがするお茶だ。
「イチゴの香りがしますね」
「ああ。アッシャーロ国から取り寄せた茶じゃ。マトリョーナ様から教えていただいてな」
「昨日は茶器を貸していただきましたが、あれもアッシャーロ国のものでしたね。今日の茶器も珍しい物のようですか、こちらもアッシャーロ国の?」
ソフィアはカップを掲げてくるりと回す。
変わった柄の服を着た女の子が、一人でお茶を飲んでいる絵柄だった。
「これはマトリョーナ様からの贈り物じゃ。我はあまり好かぬ柄じゃがの」
「そうなのですか? 可愛らしい絵だと思いますけど」
「何故一人なのじゃ。かわいそうではないか」
かわいそう? と、ソフィアは改めてカップを見る。絵の女の子はにこにこ笑っている。かわいそうには見えない。
だが、確か、絵画は見る人の気持ちを映す鏡となることがある、と何かの本で読んだことがある。
一人でお茶を飲むのがかわいそうなのは、スカーレットが孤独だからではないか?
思い至って、カレンを見る。カレンは静かにスカーレットを見ている。
先程、ウォーレンはスカーレットの言葉に怒ったが、席を立とうとはしなかった。
スカーレットは存在を秘匿された姫。
ジーナが、すぐに辞したことから分かるように、王宮内でも一部の人間としか接触を許されていないのだろう。
カレンがソフィアなら大丈夫だと言ったのは、ソフィアもまた、侯爵家で似たような立場にいたからかもしれない。
「姫殿下はお優しいのですね。でもこの女の子はにこにこ笑っておりますし、姫殿下に使ってもらえることが嬉しいのかもしれません」
ソフィアは言って、スカーレットとカレンに笑いかける。カレンもにこにこと返してくれた。
スカーレットは無言でカップを眺めていたが、何を思ったか、乱暴に帽子を脱ぐとカップの中身を一息に飲み干し、カレンに差し出した。
ウォーレンから言われていたとおり、ベールの下の肌は、緑の鱗に被われていた。




