蛇姫様の温室2
ドレス選びがこんなに難しいとは思わなかった。
もういいから、貴女が決めて、とジーナに言いたいが、きっとそうしてはならないのだろう。ジーナはソフィアの後ろに控えてじっとしている。だが、もう決めなければ、ジーナはまた他のドレスを持って来ようとしてしまうだろう。
今朝は昨日着なかったドレス三着に加え、新たに二着、合計五着のドレスが、整えられたベッドの上に並べられており、ソフィアは一着ずつ手に取って思案している振りをしている。
そうしなければ、気に入らないのかと、ジーナはさらに別のドレスを持って来て、選択肢がどんどん増えてしまう。
確かに今日はお茶会もあるので気合いを入れて選ばなくてはならないのだろうけれど、ジーナ達が持って来てくれたドレスはどれも素晴らしいの一言に尽きるのだ。ソフィアは目移りして決められない。しかも手に取るドレスによって、侍女達の表情が変わるのだ。それで、どうやらドレスは一人につき一着選んでいるようだと知れる。いっそ侍女の数を減らしてもらいたいが、そうもいかないのだろう。色々と事情があってこの四人なのだろうから。
ふう、と息をついて、昨日出されたドレスのうち、淡い桃色のドレスにした。
迷った新顔の二着も衣装箪笥に保管してもらい、着付けを手伝ってもらう。
昨日はカレンが一番近くであれこれしてくれたが、今日はジーナがその役をしている。
「ジーナ、今日はカレンは?」
「スカーレット姫殿下に呼ばれております。ご用でしたら、お呼びしますが」
「用事はないの。見えないからどうしたのかと思って」
大丈夫、と言って、ソフィアは姿見の前でくるりと回った。軽く柔かな布地がふわりと浮き上がり、そして元に戻る。見た目にも楽しく、着心地も良い。これは良いドレスだ。
「ありがとう。可愛らしいドレスね」
「お気に召されたようで、大変結構でございます。では、ソフィア様、ご朝食をお運びいたします」
カレンなら、ここぞとばかりに、かわいいですよ、とか、お伽噺のお姫様みたいですよ、とか誉めちぎるのに、ジーナは普通に返してくれた。少し物足りないが、もう子供ではないし、誉められて有頂天になれるほどソフィアももう素直ではない。
ジーナが傍に、もう一人の侍女が給仕について朝食が始まる。 初めて見る顔の侍女は、食事の用意が主な仕事のようだ。着替えを手伝ってくれた四人の侍女は部屋を整える係で、ジーナはソフィアの希望を聞き、全体に指示を出すのが仕事らしい。
ソフィアに直接話し掛けるのはジーナだけだ。ソフィアも他の侍女に対しては礼を言うぐらいで、要望を言うことはない。
無駄話で仕事の邪魔をするわけにもいかないが、色々王宮の話を聞きたいので、ソフィアとしては悩みどころだ。
時間を掛けて朝食を終えると、ソフィアは刺繍の続きに取り掛かる。
早起きして頑張った甲斐もあり、昼前に仕上がる。
「ジーナ、アイロンを借りたいのだけど」
「申し訳ありません、アイロンはお貸し出来ませんので、こちらで掛けさせていただきます」
ジーナはソフィアが刺繍したばかりのハンカチを持って部屋を出て行った。
図々しいお願いだっただろうか、とソフィアは反省する。
侯爵家の離れではソフィアがアイロン係だった。これは離れ以外では決して口にしてはならない。侯爵も、アイロンは侍従夫人がしていると思っているが、夫人は数年前に腰を痛めてから、長い時間屈むことが出来なくなっており、ソフィアがその役割を肩代わりしているのだ。
暑い季節に肌着姿で汗をかきながらアイロン掛けをする令嬢など居てはならないので、ソフィアも侍従も黙っている。
本来ならモリーの仕事だが、モリーはアイロンが嫌いだった。
嫌いだからという理由は、ソフィアもどうかと思うのだが、モリーが忙しいのは理解しているし、新たに人を雇うのは許してもらえなかった。
よって、ソフィアはアイロン掛けの出来るご令嬢になってしまった。
王宮ではアイロン掛けは出来ないようだ、とソフィアは悟る。
ここでは、ソフィアが何かする度に誰かの仕事が増えてしまう。
雇用が増えて良いと考えるべきか、贅沢を反省するべきか、よく分からない。
そして四隅をきっちり重ねられたハンカチがソフィアの元に届けられ、直後にウォーレンがお茶会へと誘いに来たのだった。




