蛇姫様の温室1
王宮での二日目の朝も、ソフィアはぱちりと目を覚ました。
カーテンを開ける。どうやら、昨日の朝よりも時間は早いようで、朝日が顔を出したばかりだった。
散歩に行きたいが、そう言えばウォーレンにまだ外出許可を貰っていなかった。
ソフィアは、うん、と伸びをして、朝日の中で刺繍を再開した。
今日は午後、ウォーレンの妹のスカーレット姫殿下とのお茶会がある。それまでに仕上げてしまおうと思ったのだ。
王家の呪いのことは気になるが、あまり気にしている様子を見せるのも、失礼にあたるだろう。
どんな様子でも動揺しない精神が肝要だ。しかしそんな精神、どのような勉強をすれば身に付くのか分からない。
呪いなんていうものは、お伽噺の中にだけあるものだと思っていた。
お話の中で呪いを掛けられた姫は、偶然通りかかった王子様や、優しい魔法使いに助けられて、幸せになるのだ。
魔法を使えるという人の話は稀に聞くが、ソフィアは魔法使いに出会ったことはないし、見たこともない。
スカーレットはどんなお姫様なのだろうか。ウォーレンとは似ているのだろうか。どんな話をすれば良いのだろう。
ソフィアが経験したお茶会は、客が三人から五人で、丸いテーブルを囲んで、招待した側が用意したゲームをしたり、絵画を見たり、音楽の演奏を聞いたり、ただお喋りをしたりするものだった。ソフィアは招かれることが多いので、感想を言ったり、相槌を打ったりするだけで良かったから気楽なものだ。
王家の姫君は、どのようなお茶会を好むのだろう。
ソフィアが相手でもちゃんと楽しい時間になるのだろうか。
一度参加したお茶会で、令嬢二人が喧嘩になってしまい、とても気まずい思いをした。あんなことにはならないだろうけど、やはり仲良く、礼儀正しく、分を弁えて、は基本だ。
外が明るくなってきて、ソフィアは顔を上げた。
カーテンの隙間から見ると、太陽もすっかり姿を現し、庭師が花の手入れをしているのが見えた。
ソフィアはきっちりとカーテンを閉めると、呼び鈴を鳴らした。すぐにジーナが扉をノックして入室の許可を求める。
刺繍をしていたのがバレないように、昨夜と同じ状態になっているのを確認して、ソフィアはジーナを招き入れる。
「おはようございます、ソフィア様」
「おはよう、ジーナ」
「お湯の仕度をさせていただきます」
「はい。お願いします」
きびきびと動くジーナを確認して、一体、何時から起きていたのだろうと考える。
髪はきちんと結っているし、服の皺もない。
朝早く起こすと機嫌が悪くて怖いモリーとは全然似ていない。
ジーナはきちんと寝ているのだろうか。過労で倒れたりしないだろうか。
朝の着替えは自分でするから、ジーナは来なくて良いと言ってみて良いだろうか。そんなことをしたらやはり令嬢らしくないだろうか。
湯の仕度を終えてソフィアを呼びに来たジーナに連れられ、ソフィアは脱衣室で寝間着を脱ぐ。若干、ジーナの視線が痛い気がするのは、気のせいだと思いたい。カレンは、胸がなくても問題ないと言ってくれたし、問題があれば侯爵が事前に医者を呼んで診せているはずだ。さすがに侯爵も期待していない娘とはいえ、令嬢が病気でも医者を呼ばないなどという外聞の悪い真似はしないだろう。
ジーナに背中を流してもらい、浴槽に身を浸す。ふんわりと柑橘系の果物の香りがするのは、湯に香油を垂らしてあるからだろう。
「ジーナ」
「はい」
「朝は何時から起きているの?」
「四時でございます」
「四時!?」
驚いてジーナを二度見した。
「まだ朝日も昇っていない時間でしょう?」
「はい。ウォーレン殿下が朝の鍛練をされますので」
しれっと何でもないことのように答えるが、昨夜遅くまで起きていたソフィアの胸がずきずきと痛む。
二度と夜更かしはすまい、とソフィアは心に決める。
「じゃあ、クリスさんも同じ時間に?」
「はい」
働き者だ。
仕事を奪うようなことはしてはいけないが、増やすことはしないように気をつけなくては。
「そう。殿下は鍛練をしてから朝食を?」
「鍛練の前は軽く食事を摂られます。鍛練後にかなりの量のお食事をなさいます」
ジーナをもってして“かなりの量”ということは、侯爵の三人分ぐらいかしら、とソフィアは思う。
お茶のお菓子はあまり食べていなかったので、もしかしたら甘いものは好まないのだろうか。
てっきりソフィアと同じで、あまり食べないのかと思っていたが、そうではないらしい。
「殿下は甘いものはお嫌いなのかしら?」
「そうですね、果物は甘いものをお好みですが、菓子類はお食べになられません」
淀みなく答えるジーナの言葉に、ソフィアはまだ自分がウォーレンのことをほとんど知らないことに気付かされる。
「私、殿下のことを何も知らないのね」
「婚約がお決まりになってまだ二日ですから、これからではないでしょうか?」
ソフィアの独り言に、ジーナが声を掛けてくれる。
「そうね。本当にそうだわ」
ソフィアは言って、大きく息をついた。




