2章・化け物症候群
寒さで震えてるのか、恐怖で震えているのか。武者震いなのか。……いや、武者震いでは無いだろう。
今すぐ逃げ出したい。
あんな風に担架切った後でも、恐怖とは簡単に覚悟を捩曲げてしまう。
けれど、
恐怖に立ちはだかることをやめ無かった。
やめられなかった。
さっきのメールの内容は、開かなくても解る。
つまり、アレは僕の売り言葉を買ったわけだ。
狙いの外だったら、死ぬことだけは免れたかもしれない。
だがアレはもう、切り裂きジャック。
これで結末は『僕の死』で確定した。
いや……確率的には『僕の勝利』ってのがあるが、それは切り捨ててもいいくらい少ない数字だろう。
ジャックは鉈を2本振り下ろし、
二つの三日月状の衝撃波を生みだす。
例えるならその速度は野球選手の剛速球、大きさは部屋のドア位だ。
衝撃波を左右の動きで避けた後、ジャックに向かって走る。
勝てるとは思わない。
何故?
その行動の理由は曖昧だ。
『逃げても殺されるから』か?
『僕が逃げてたら、遊を殺しにかかるかもしれないから』か?
『勝てないと解ってヤケクソになった』から?
いや多分ちがう。
『怒り』だ。
瀧澤をあんな目に合わせたアイツへの『怒り』だ。
遊を殺そうとしたアイツへの『怒り』だ。
僕らの日常を最悪な形でぶっ壊したアイツへの『怒り』だ。
「うあああああああッ!!」
間合いを一気に詰める。
しかしそれは自殺行為に等しい。
衝撃波を喰らわないために近距離に詰めよったが、
鉈という狂器は本来なら近距離のモノだ。
甲高い笑い声と共に、ジャックは右手の鉈を振り下ろす。
「みえてんだよッ!!!」
鉈の側面を手の平で押し払い、軌道を逸らした。
左手の鉈を振りかぶる前に僕は
渾身の力でぶん殴った。
すると、大男は4mほどノーバウンドで飛び、ゴロゴロと転がり合計7mほど吹っ飛んだところでとまった。
「ハァ……ハァ……ハァ………!?」
自分でも、あんなに吹っ飛ぶなんて思わなかった。
僕の身体は、さっきからおかしかった。
背中に人をおぶりながら階段を飛び降りてもバランスを崩さず、また足首に負担を感じなかったり
それほど助走した訳でもないのに、階段の踊場から踊場までの距離を跳び越え
野球選手の剛速球にも思えた衝撃波を捉え、避け
鉈の軌道を読み、その動きを捉え、手で押しのけ軌道を逸らしたり
おまけに鉈から身を守ったりして、助走の勢いは完全に死んだのにあれだけの威力のパンチをくりだした。
どれも、今まで人生の中でやったことのないような動きだ。
しかし、不思議なほど この火事場のクソ力のような事態 を納得していた。
そう、納得した瞬間。僕から敗北の2文字は消えた。
勝てるという自信が満ち溢れた訳ではない
ただ、あのバケモノと同等の立場に立てた気がした。
ジャックはすぐに立ち上がるとともに、こちらに全力で走り、人間とは思えない脚力でジャンプし跳びかかる。
跳びかかりながらジャックは右手の鉈を振り下ろす…が
それは、今の僕にとってさほど脅威ではない。
僕はそれをバッグステップでかわした。
ジャックのコートは先程の衝撃でボタンが外れ、コートの中に広がる闇が見えた。
ドスッ
「ッッ!!!」
僕の右肩に黒い槍が突き刺さる。
激痛が走る。
しかしジャックの得物は両手の鉈のはず…
自分の右肩を貫くこの槍は一体なんだろうか…
そう槍の根本を見ると、それはコートの中の闇から出ていた。
というよりその闇自体が槍そのものだった。
ドスッドドスッ
そう理解した時には
左肩と左右の太股を新たに闇から生まれた槍が貫く。
「なッ…あ゛ッ…!」
貫かれた痛みより、有り得ない事態に対しての驚きが勝った。
影のような槍は肩、太股から引き抜かれコートに戻ってゆく。
傷口からはドクドクと赤黒い血液が流れ出る。
「う゛ッ…」
鉈を使った追撃をそれでも何とか後ろに下がってかわした。
距離は開いて7mほど…。
「なんだ…よ……アレ……!!」
しかし、距離が離れということは
素早さを要求される接近戦では封じられていた《衝撃波》を撃ってくるということ。
あんなのが直撃したら五体がバラバラになってしまうだろう。
八つ裂きという言葉を冗談でも、比喩でも何でもなく本当に体験することになるだろう。
ブンッ
空気を裂く音と共に、予想通り衝撃波はこちらに向かってくる。
「……ッ…!?」
両太股の怪我が致命的だった。
足に痛みが走り、動かない
「……ごめん。遊……!!」
ドゴアア
衝撃波は左側に逸れ、アスファルトを破壊した。
「ぐッあ……!???」
アスファルトの破片が僕を襲う、
破片の一つが額にあたり、額から血が流れた。
何んで?
何んでアスファルトを狙った??
もう僕は標的だ。
なんで一撃で葬らない!!?
今回にいたってはジャックだって余裕があるようにはみえない。
と考えていると、ジャックが鉈をアスファルトに打ち付け苛立ちを表しているのを見つけた。
狙ってやったわけじゃないのか!?
すると、先程までにも衝撃波が自分に当たる前に不自然に軌道が逸れたのも…
狙ってやったわけじゃな 無かったのか……
その考えから、ある仮説が…浮上する。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
初めてジャックが怒りを示した。
コイツにとっちゃ僕はただの前菜。
主菜は遊なのだ。
前菜がここまでしぶといことに怒っているのだろう。
コートの隙間、隙間にみえる闇……
その闇から無数の槍が出現し…
僕に物凄い勢いで襲いかかる
その槍の数は10や20では収まらないだろう。
それに夜の闇に隠れ見つけるのさえ困難だ。
こんどこそ死んだ
さっきから、何度死を覚悟しただろうか?
放つタイプの攻撃である衝撃波は当たらない。
だが、闇の槍は違う。先程同様、僕の身体を容赦なく貫くだろう。
闇の槍は凄まじい速さで伸びた。
ドスッ ドドドドスッ
槍が貫く音が短く児玉した。




