第33話 「進軍路」
七日目の、夕方。
百四十四人が、丘を、越えた。
そして、その先に。
村が、見えた。
フェアウッド村。
「……着いた」
レオンが、呟いた。
「……はい」
ミアが、頷いた。
彼女の目に、涙が、浮かんでいた。
「……帰ってきました」
「……ああ」
十六人は、その村を、見つめた。
家。
畑。
水路。
そして、石碑。
「……あれは」
テオが、聞いた。
「……何ですか」
バルドは、答えた。
「……墓です」
### 二
「……墓?」
テオは、聞いた。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……誰の」
彼は、聞いた。
バルドは、答えた。
「……ホルム砦の、八百人の」
テオの、動きが、止まった。
「……名前が」
彼は、聞いた。
「……刻まれていますか」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……全員分」
テオは、その言葉を、聞いた。
そして、言った。
「……確認したいです」
### 三
百四十四人は、村に、入った。
そして。
村人たちが、駆け寄ってきた。
「……帰ってきた!」
「……あいつらだ!」
「……無事か!」
七百三十二人が、集まってきた。
そして。
十六人を、囲んだ。
「……ただいま」
レオンが、言った。
「……おかえり!」
老婆が、叫んだ。
そして、彼を、抱きしめた。
「……よく、帰ってきたねえ」
彼女は、泣いていた。
### 四
そして、村人たちは。
その後ろに、気づいた。
三十二人の、子供。
九十二人の、傭兵。
そして。
一人の、痩せた男。
「……あれ」
一人が、言った。
「……誰だ」
ジャンが、前に、出た。
そして、その男を、見た。
「……宰相閣下?」
彼は、言った。
アルヴィスは、頭を、下げた。
「……元、です」
彼は、答えた。
### 五
「……どういうことだ」
ジャンは、聞いた。
バルドが、答えた。
「……説明します」
彼は、続けた。
「……でも、その前に」
バルドは、言った。
「……三十二人を」
彼は、三十二人を、見た。
「……紹介させてください」
そして、バルドは、村人たちに、言った。
「……この子たちは」
彼は、続けた。
「……北の施設で」
バルドは、言った。
「……実験されていた、子供です」
### 六
村人たちが、ざわめいた。
「……実験?」
「……子供が?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……生まれてすぐに」
彼は、続けた。
「……親から、引き離されました」
「……」
「……そして」
バルドは、言った。
「……感情を、削られました」
村人たちは、その説明に、絶句した。
「……感情を」
老婆が、呟いた。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……つい、三日前まで」
彼は、続けた。
「……泣くことも、できませんでした」
### 七
老婆は、その言葉を、聞いた。
そして。
三十二人の、前に、歩いていった。
そして、一人ずつ、顔を、見た。
「……名前は」
彼女は、聞いた。
テオが、答えた。
「……テオです」
「……テオか」
老婆は、頷いた。
「……いい名前だね」
彼女は、言った。
そして、次の子供を、見た。
「……あんたは」
「……リオ・ハルトです」
「……リオね」
老婆は、頷いた。
そして、次。
その次。
三十二人、全員に。
名前を、聞いた。
### 八
「……よし」
彼女は、言った。
「……覚えた」
十六人が、驚いた。
「……全部、ですか」
エマが、聞いた。
「……当たり前だろ」
老婆は、答えた。
「……名前だよ」
彼女は、続けた。
「……覚えるさ」
そして、老婆は、テオを、見た。
「……テオ」
「……はい」
「……腹、減ってるかい」
テオは、その問いに、答えた。
「……確認します」
そして、しばらくして。
「……減っています」
### 九
「……よし」
老婆は、笑った。
「……ココ!」
彼女は、叫んだ。
「……はい!」
ココが、答えた。
「……飯だ!」
老婆は、言った。
「……何人分?」
ココが、聞いた。
老婆は、答えた。
「……全員分」
「……八百七十五人!?」
リナが、叫んだ。
「……そうだよ」
老婆は、頷いた。
「……できるかい」
ココは、笑った。
「……できます」
### 十
その夜。
村の広場。
八百七十五人が、集まっていた。
そして、大きな焚き火が、いくつも、焚かれた。
ココが、料理を、作った。
しかし。
一人では、ない。
村の女たち。
避難民の女たち。
元盗賊たち。
そして。
九十二人の、傭兵たち。
「……おい」
一人の傭兵が、言った。
「……俺たちも、やるのか」
「……当たり前だ」
ジャンが、答えた。
「……食うんだろ」
### 十一
「……そうだけどよ」
傭兵は、言った。
「……俺、料理なんて」
「……できるだろ」
ジャンは、言った。
「……なんで、わかる」
「……傭兵だからだ」
彼は、答えた。
「……野営で、飯、作るだろ」
傭兵は、その指摘に、頷いた。
「……まあ、そうだが」
「……なら、できる」
ジャンは、言った。
そして、鍋を、渡した。
「……やれ」
「……へいへい」
傭兵は、笑った。
そして、鍋を、受け取った。
### 十二
三時間後。
八百七十五人分の、料理が、できた。
そして。
全員が、食べた。
「……うまい」
誰かが、言った。
「……本当に」
そして。
三十二人も、食べた。
しかし。
彼らは、周囲を、見ていた。
「……テオさん」
バルドが、聞いた。
「……どうしましたか」
テオは、答えた。
「……観測しています」
「……何を」
彼は、答えた。
「……音を」
### 十三
「……音?」
バルドは、聞いた。
「……はい」
テオは、頷いた。
「……多いです」
彼は、続けた。
「……施設では」
テオは、言った。
「……食事中は、無音でした」
「……はい」
「……しかし」
彼は、続けた。
「……ここでは」
テオは、言った。
「……音が、多い」
彼は、周囲を、見渡した。
笑い声。
話し声。
食器の、音。
そして、子供の、泣き声。
### 十四
「……不快ですか」
エマが、聞いた。
テオは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……いいえ」
彼は、続けた。
「……では」
エマは、聞いた。
テオは、答えた。
「……安心します」
「……安心?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……理由は、不明です」
テオは、続けた。
「……しかし」
彼は、言った。
「……音が、あると」
テオは、続けた。
「……誰かが、生きている、とわかります」
### 十五
エマは、その言葉を、聞いた。
そして、微かに、笑った。
「……テオさん」
「……はい」
「……あなた」
彼女は、続けた。
「……詩人ですね」
「……詩人」
テオは、繰り返した。
「……定義を、お願いします」
エマは、笑った。
「……言葉が、綺麗な人です」
「……理解しました」
彼は、言った。
そして、しばらくして。
「……嬉しいです」
テオは、言った。
### 十六
宴の、終わり。
バルドが、前に、立った。
そして、八百七十五人に、言った。
「……皆さん」
彼は、続けた。
「……話が、あります」
広場が、静かになった。
「……十日後」
バルドは、言った。
「……戦争が、始まります」
ざわめきが、広がった。
「……そして」
彼は、続けた。
「……第一師団が」
バルドは、言った。
「……この村を、通ります」
### 十七
「……通る?」
ジャンが、聞いた。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……何人だ」
彼は、聞いた。
「……千人です」
バルドは、答えた。
「……千」
ジャンは、その数字を、噛みしめた。
「……そして」
バルドは、続けた。
「……たぶん」
彼は、言った。
「……この村を、潰します」
八百七十五人が、凍りついた。
### 十八
「……なぜだ」
ジャンが、聞いた。
アルヴィスが、前に、出た。
「……私が、説明します」
彼は、言った。
「……あんた、誰だ」
一人の村人が、聞いた。
「……アルヴィス・グレイル」
彼は、答えた。
「……元、宰相です」
村人たちが、ざわめいた。
「……宰相!?」
「……なんで、ここに」
「……追われているからです」
アルヴィスは、答えた。
「……王に」
### 十九
「……説明します」
彼は、続けた。
「……この村は」
アルヴィスは、言った。
「……王にとって、不都合です」
「……なぜ」
ジャンが、聞いた。
彼は、答えた。
「……三つ、理由が、あります」
アルヴィスは、続けた。
「……一つ」
彼は、言った。
「……ここに、大賢者殿が、います」
「……」
「……王は」
アルヴィスは、続けた。
「……大賢者殿を、恐れています」
### 二十
「……二つ」
彼は、続けた。
「……ここに、七百三十二人が、います」
「……それが、なぜ」
ジャンは、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……多くが、避難民です」
彼は、続けた。
「……北から、逃げてきた人たちです」
「……はい」
「……彼らは」
アルヴィスは、言った。
「……証人です」
「……証人?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……砦が、落ちたこと」
アルヴィスは、続けた。
「……そして、王国が、助けなかったことの」
### 二十一
「……三つ」
彼は、続けた。
「……この村は」
アルヴィスは、言った。
「……成功しています」
村人たちが、その言葉に、困惑した。
「……成功?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……人口が、三倍になりました」
アルヴィスは、続けた。
「……畑が、五倍に」
「……」
「……そして、飢えていません」
彼は、言った。
「……それが、なぜ、問題なんだ」
ジャンは、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……王国が、できていないからです」
### 二十二
「……つまり」
トムが、言った。
「……比べられる」
「……そうです」
アルヴィスは、頷いた。
「……この村は」
彼は、続けた。
「……『王国がなくても、人は、生きられる』という」
アルヴィスは、言った。
「……証明に、なっています」
「……」
「……それは」
彼は、続けた。
「……王にとって」
アルヴィスは、言った。
「……最も、危険な、思想です」
### 二十三
八百七十五人は、その説明を、聞いた。
そして、沈黙した。
そして、ジャンが、言った。
「……で」
彼は、続けた。
「……どうする」
バルドは、答えた。
「……二つ、選択肢が、あります」
「……言え」
「……一つ目」
バルドは、言った。
「……村を、捨てて、逃げます」
「……」
「……八百七十五人で」
彼は、続けた。
「……南に」
### 二十四
「……二つ目は」
ジャンが、聞いた。
バルドは、答えた。
「……残って、止めます」
「……千人をか」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……勝てるのか」
ジャンは、聞いた。
バルドは、答えた。
「……戦えば、負けます」
「……では」
「……戦いません」
彼は、言った。
「……また、それか」
ジャンは、笑った。
「……はい」
バルドは、答えた。
### 二十五
「……ただし」
彼は、続けた。
「……前とは、違います」
「……どう、違う」
ジャンは、聞いた。
バルドは、答えた。
「……前は」
彼は、続けた。
「……相手が、村を、潰しに来ました」
「……ああ」
「……今回は」
バルドは、言った。
「……戦争に、行く途中です」
彼は、続けた。
「……つまり」
バルドは、言った。
「……急いでいます」
### 二十六
「……なるほど」
トムが、言った。
「……時間が、武器になる」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……どういうことだ」
ガルドが、聞いた。
バルドは、答えた。
「……相手には、期限が、あります」
彼は、続けた。
「……十日後に、戦争が、始まります」
「……ああ」
「……そこに、間に合わなければ」
バルドは、言った。
「……第一師団は」
彼は、続けた。
「……任務失敗です」
### 二十七
「……つまり」
バルドは、続けた。
「……村を、潰すのに」
彼は、言った。
「……時間を、かけられません」
「……」
「……一日。長くて、二日」
バルドは、続けた。
「……それ以上は」
彼は、言った。
「……使えません」
ジャンは、その分析を、聞いた。
そして、聞いた。
「……で」
彼は、続けた。
「……どうする」
バルドは、答えた。
「……二日、耐えます」
### 二十八
「……耐える?」
ジャンは、聞いた。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……どうやって」
彼は、聞いた。
バルドは、答えた。
「……わかりません」
「……おい」
「……でも」
彼は、続けた。
「……方法は、あると、思います」
バルドは、言った。
「……そして」
彼は、続けた。
「……それを」
バルドは、言った。
「……八百七十五人で、考えます」
### 二十九
「……全員でか」
ジャンが、聞いた。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……僕一人では」
彼は、続けた。
「……思いつきません」
「……」
「……でも」
バルドは、言った。
「……八百七十五人なら」
彼は、続けた。
「……誰かが、思いつきます」
そして、彼は、八百七十五人を、見渡した。
「……皆さん」
バルドは、言った。
「……知恵を、貸してください」
### 三十
その夜。
村の広場。
会議が、始まった。
七十六組の、十人組。
そして、新しく、加わった人たち。
傭兵。
子供。
そして、元宰相。
「……まず」
バルドは、言った。
「……逃げるか、残るかを、決めます」
「……」
「……これは」
彼は、続けた。
「……多数決では、ありません」
「……え?」
リナが、聞いた。
「……なんで」
バルドは、答えた。
「……命の問題だからです」
### 三十一
「……多数決だと」
彼は、続けた。
「……少数派が」
バルドは、言った。
「……納得しないまま、死にます」
「……」
「……それは」
彼は、続けた。
「……嫌です」
バルドは、言った。
「……じゃあ、どうする」
ジャンが、聞いた。
彼は、答えた。
「……分けます」
「……分ける?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……逃げたい人は、逃げてください」
### 三十二
「……そして」
彼は、続けた。
「……残りたい人は、残ります」
「……それだと」
ミアが、言った。
「……村が、分かれます」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……いいんですか」
彼女は、聞いた。
バルドは、答えた。
「……よくは、ありません」
彼は、続けた。
「……でも」
バルドは、言った。
「……強制するよりは、いいです」
### 三十三
「……待て」
ジャンが、言った。
「……はい」
「……一つ、聞く」
彼は、続けた。
「……お前は、どうする」
バルドは、答えた。
「……残ります」
「……なぜだ」
ジャンは、聞いた。
彼は、答えた。
「……三十二人が、いるからです」
バルドは、続けた。
「……あの子たちは」
彼は、言った。
「……逃げても、追われます」
「……」
「……王国が、探すからです」
バルドは、続けた。
「……だから」
彼は、言った。
「……ここで、止めるしか、ありません」
### 三十四
ジャンは、その答えを、聞いた。
そして、頷いた。
「……そうか」
彼は、言った。
「……なら、俺も、残る」
「……ジャンさん」
「……当たり前だろ」
ジャンは、笑った。
「……俺、この村が、好きなんだ」
彼は、続けた。
「……それに」
ジャンは、言った。
「……家を、建てちまったしな」
彼は、三十二人を、指した。
「……三十二人分」
ジャンは、続けた。
「……住んでもらわねえと、困る」
### 三十五
三十二人が、その言葉を、聞いた。
そして、テオが、言った。
「……家?」
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……お前らの、家だ」
彼は、続けた。
「……見るか」
テオは、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……見たいです」
「……よし」
ジャンは、笑った。
そして、立ち上がった。
「……こっちだ」
### 三十六
村の、北側。
そこに。
新しい家が、並んでいた。
八軒。
「……八軒しか、ねえけどな」
ジャンは、言った。
「……四人ずつ、住んでもらう」
三十二人は、その家を、見た。
「……」
そして、動かなかった。
「……どうした」
ジャンは、聞いた。
テオが、答えた。
「……確認しています」
「……何を」
彼は、答えた。
「……これが、私たちの、家かを」
### 三十七
「……そうだ」
ジャンは、答えた。
「……お前らの、家だ」
「……根拠は」
テオは、聞いた。
ジャンは、少し、考えた。
そして、答えた。
「……作ったからだ」
彼は、続けた。
「……お前らのために」
「……」
「……それが、根拠だ」
ジャンは、言った。
テオは、その説明を、聞いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……理解、できません」
### 三十八
「……なんでだ」
ジャンは、聞いた。
テオは、答えた。
「……あなたは」
彼は、続けた。
「……私たちを、知りません」
「……ああ」
「……会ったことも、ありません」
テオは、言った。
「……そうだな」
ジャンは、頷いた。
「……なのに」
彼は、続けた。
「……なぜ、家を、作ったのですか」
ジャンは、その問いに、答えた。
「……頼まれたからだ」
### 三十九
「……誰に」
テオは、聞いた。
「……あいつらにだ」
ジャンは、バルドたちを、指した。
「……『三十二人、連れて帰る』ってな」
彼は、続けた。
「……だから」
ジャンは、言った。
「……家が、要ると、思った」
「……」
「……それだけだ」
彼は、言った。
テオは、その説明を、聞いた。
そして、聞いた。
「……もし」
彼は、続けた。
「……私たちが、来なかったら」
### 四十
「……どうなっていましたか」
テオは、聞いた。
ジャンは、答えた。
「……無駄になってた」
「……はい」
「……で?」
彼は、聞き返した。
テオは、その反応に、戸惑った。
「……無駄は」
彼は、続けた。
「……非効率です」
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……でもな」
彼は、続けた。
「……人間ってのは」
ジャンは、言った。
「……無駄なことを、するんだ」
### 四十一
「……なぜ」
テオは、聞いた。
ジャンは、答えた。
「……期待するからだ」
「……期待」
テオは、繰り返した。
「……ああ」
彼は、頷いた。
「……『来るかもしれねえ』って、思う」
ジャンは、続けた。
「……で、準備する」
「……」
「……来なかったら、無駄だ」
彼は、言った。
「……でも」
ジャンは、続けた。
「……来たら」
彼は、言った。
「……今日みたいに、なる」
### 四十二
テオは、その言葉を、聞いた。
そして、家を、見た。
八軒の、新しい家。
まだ、木の匂いが、する。
「……」
そして。
彼の、視界が、歪んだ。
「……」
テオは、頬に、触れた。
濡れていた。
「……また」
彼は、言った。
「……泣いています」
「……そうか」
ジャンは、笑った。
そして、彼の頭に、手を、置いた。
「……おかえり」
### 四十三
その言葉に。
三十二人が、動いた。
一人が、泣いた。
そして、二人。
三人。
十人。
三十二人、全員が。
泣いていた。
声を、上げて。
「……」
村人たちが、それを、見ていた。
そして、誰も、何も、言わなかった。
ただ。
見ていた。
十三年分の、涙を。
### 四十四
翌朝。
会議が、再開された。
そして、バルドが、聞いた。
「……逃げる人は」
彼は、続けた。
「……手を、挙げてください」
沈黙。
そして。
一人も、手を、挙げなかった。
「……皆さん」
バルドは、言った。
「……本当に、いいんですか」
「……いいんだよ」
老婆が、答えた。
「……危険です」
彼は、言った。
「……知ってるさ」
彼女は、笑った。
### 四十五
「……でもね」
老婆は、続けた。
「……あたしら」
彼女は、言った。
「……ここに、家が、あるんだ」
「……」
「……そして」
老婆は、続けた。
「……昨日」
彼女は、言った。
「……三十二人、増えた」
「……」
「……守るものが」
老婆は、続けた。
「……増えたんだよ」
### 四十六
バルドは、その言葉を、聞いた。
そして、頷いた。
「……わかりました」
彼は、言った。
「……では」
バルドは、続けた。
「……八百七十五人で」
彼は、言った。
「……二日、耐えます」
「……おう!」
八百七十五人が、答えた。
そして、バルドは、続けた。
「……では、知恵を、出してください」
彼は、言った。
「……どんな案でも、いいです」
### 四十七
意見が、次々と、出た。
「……堀を、掘ろう」
「……無理だ、十日じゃ」
「……いや、村の周りだけなら」
「……水路の水を、使えばいい」
「……食糧を、隠そう」
「……いや、逆だ。見せるんだ」
「……見せる?」
「……ああ。飢えてないって、わからせる」
「……それが、何になる」
「……兵が、羨ましがる」
「……なるほどな」
議論は、続いた。
そして、バルドは、それを、聞いていた。
黙って。
### 四十八
三時間後。
一人の、老人が、手を、挙げた。
「……あの」
彼は、言った。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……わし、昔」
老人は、続けた。
「……街道の、管理を、してた」
「……街道?」
「……ああ」
彼は、頷いた。
「……道の、修繕とかな」
老人は、続けた。
「……で、一つ、気になることが」
「……なんですか」
バルドは、聞いた。
老人は、答えた。
「……千人の軍が」
彼は、続けた。
「……この村を、通る必要が」
老人は、言った。
「……あるんかね」
### 四十九
バルドは、その問いに、動きを、止めた。
「……え?」
「……いや」
老人は、続けた。
「……北に、行くならな」
彼は、言った。
「……この村を、通るのが、最短だ」
「……はい」
「……でもな」
老人は、続けた。
「……東に、回る道も、ある」
「……東?」
バルドは、聞いた。
「……ああ」
老人は、頷いた。
「……二日、余計に、かかるがな」
### 五十
バルドは、その情報を、聞いた。
そして、ニナを、見た。
「……ニナさん」
「……なに?」
「……東の道は」
彼は、聞いた。
「……本当に、ありますか」
ニナは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……ある」
「……通れますか」
「……千人なら、通れる」
彼女は、答えた。
「……ただ」
ニナは、続けた。
「……荷馬車が、きつい」
「……なぜ」
バルドは、聞いた。
彼女は、答えた。
「……橋が、細いから」
### 五十一
バルドの、目が、光った。
「……橋」
彼は、呟いた。
「……はい」
ニナは、頷いた。
「……その橋は」
バルドは、聞いた。
「……どこにありますか」
「……東の、谷」
彼女は、答えた。
「……幅は」
「……三メートルくらい」
ニナは、言った。
バルドは、その情報を、整理した。
そして、レンを、見た。
「……レンさん」
「……はい」
「……橋を」
彼は、言った。
「……広げられますか」
### 五十二
十六人が、驚いた。
「……広げる?」
リナが、聞いた。
「……敵の道を?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……なんで!」
彼女は、叫んだ。
バルドは、答えた。
「……通ってもらうためです」
「……え?」
「……東の道を」
彼は、続けた。
「……通りやすくします」
バルドは、言った。
「……そうすれば」
彼は、続けた。
「……村を、通らなくて、済みます」
### 五十三
十六人は、その発想に、絶句した。
「……でも」
トムが、言った。
「……二日、余計に、かかるんだよね」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……なら、通らないだろ」
ガルドが、言った。
「……急いでるんだから」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……普通は」
彼は、続けた。
「……でも」
バルドは、言った。
「……村を、潰すのにも」
彼は、続けた。
「……二日、かかります」
### 五十四
十六人は、その計算に、気づいた。
「……あ」
ミアが、声を、上げた。
「……同じだ」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……村を潰しても、二日」
彼は、続けた。
「……東を回っても、二日」
「……」
「……なら」
バルドは、言った。
「……どちらを、選ぶか」
彼は、続けた。
「……それは」
バルドは、言った。
「……指揮官の、判断です」
### 五十五
「……でも」
リナが、言った。
「……相手は、村を潰したいんでしょ?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……なら、村を、選ぶよ」
彼女は、言った。
「……そうですね」
バルドは、答えた。
「……普通なら」
彼は、続けた。
「……だから」
バルドは、言った。
「……もう一つ、必要です」
「……何が」
リナは、聞いた。
彼は、答えた。
「……村を、潰すのに」
バルドは、続けた。
「……三日、かかると、思わせることです」
### 五十六
同じ頃。
王都。
王城。
その、最上階。
一人の男が、椅子に、座っていた。
年齢は、六十代。
白い髪。
そして、痩せた体。
王、ラインハルト三世。
彼の前に、一人の将校が、跪いていた。
「……報告を」
王は、言った。
「……はい」
将校は、答えた。
「……北の、施設ですが」
彼は、続けた。
「……閉鎖されました」
### 五十七
「……被験体は」
王は、聞いた。
「……逃亡しました」
将校は、答えた。
「……三十二名、全員」
「……そうか」
王は、頷いた。
「……行き先は」
彼は、聞いた。
将校は、答えた。
「……フェアウッド村と、思われます」
「……ほう」
王は、微かに、笑った。
「……あそこか」
彼は、言った。
そして、聞いた。
「……大賢者は」
将校は、答えた。
「……同行しています」
### 五十八
王は、その報告を、聞いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……ようやく、出てくるか」
彼は、呟いた。
「……陛下?」
将校が、聞いた。
「……なんでもない」
王は、答えた。
そして、立ち上がった。
そして、部屋の、奥へ、歩いていった。
そこに。
一枚の、絵が、掛かっていた。
布が、被せられている。
王は、その布を、外した。
### 五十九
そこに、描かれていたのは。
一人の、若い男だった。
二十代。
黒い髪。
そして、穏やかな、目。
「……」
王は、その絵を、見つめた。
そして、言った。
「……四十年だ」
彼は、呟いた。
「……四十年、経った」
王は、続けた。
そして、自分の、手を、見た。
皺だらけの、手。
「……私は、老いた」
彼は、言った。
「……しかし」
王は、続けた。
「……お前は」
### 六十
彼は、絵を、見つめた。
「……お前は」
王は、言った。
「……変わっていない」
そして、彼は、笑った。
「……そうだろう?」
王は、続けた。
「……あのときと」
彼は、言った。
「……同じ顔を、しているのだろう?」
絵は、答えなかった。
王は、その絵に、手を、伸ばした。
そして、触れた。
そして、呟いた。
「……なあ」
彼は、言った。
「……ライナス」
第33話終了。
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## 次話予告
第34話「三日と、二日」
第一師団を、東に、迂回させる。
そのために、必要なのは。
「この村を潰すには、三日かかる」と、思わせること。
八百七十五人の、準備が、始まる。
堀。
柵。
そして、偽の、防衛設備。
しかし。
その準備の、最中に。
一人の男が、村を、訪ねてくる。
第一師団の、斥候。
そして、その男は。
一年前、村を、囲んだ兵士の、一人だった。
「……俺、覚えてる」
彼は、言った。
「……あんたらの、飯の、匂いを」




