第32話 「傷一つ」
「……石」
シルフィが、呟いた。
「……そうだ」
ヴェルナーは、頷いた。
「……一時間ほど前」
彼は、続けた。
「……お前は、跳んだ」
「……はい」
「……そのとき」
ヴェルナーは、言った。
「……足元の、石を、蹴った」
シルフィは、その瞬間を、思い出した。
確かに。
跳ぶとき、地面を、蹴った。
そして、何かが、飛んだ気が、した。
しかし。
気にしなかった。
「……それが」
彼女は、言った。
「……当たったんですか」
### 二
「……ああ」
ヴェルナーは、頷いた。
「……なぜ、避けなかったんですか」
シルフィは、聞いた。
彼は、答えた。
「……見えなかった」
十六人が、驚いた。
「……見えなかった?」
バルドが、聞いた。
「……ああ」
ヴェルナーは、答えた。
「……剣は、見える」
彼は、続けた。
「……棒も、見える」
「……」
「……しかし」
ヴェルナーは、言った。
「……蹴られた石までは」
彼は、続けた。
「……見ていなかった」
### 三
「……つまり」
トムが、言った。
「……偶然、ですね」
「……そうだ」
ヴェルナーは、頷いた。
「……完全な、偶然だ」
彼は、続けた。
「……しかし」
ヴェルナーは、言った。
「……戦場では」
彼は、続けた。
「……偶然で、人は、死ぬ」
「……」
「……だから」
ヴェルナーは、言った。
「……これは、私の、負けだ」
### 四
十六人は、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、誰も、動かなかった。
そして。
リナが、叫んだ。
「……勝った!」
彼女は、跳び上がった。
「……勝ったよ! シルフィ!」
「……え」
シルフィは、戸惑った。
「……でも、私、何も」
「……何もしてない人が」
リナは、言った。
「……勝ったの!」
彼女は、笑った。
「……最高じゃん!」
十六人が、笑った。
疲れ切った顔で。
しかし、確かに、笑った。
### 五
「……待て」
ヴェルナーが、言った。
「……喜ぶのは、早い」
十六人が、彼を、見た。
「……なぜですか」
バルドが、聞いた。
ヴェルナーは、答えた。
「……契約は、破れた」
彼は、続けた。
「……しかし」
ヴェルナーは、言った。
「……それを、認めるのは」
彼は、続けた。
「……王国だ」
十六人は、その言葉に、気づいた。
「……あ」
バルドが、声を、上げた。
「……そうだ」
ヴェルナーは、頷いた。
「……王国は、認めない」
### 六
「……では、どうなりますか」
バルドは、聞いた。
ヴェルナーは、答えた。
「……二つだ」
彼は、続けた。
「……一つ。私が、契約違反として、処罰される」
「……」
「……二つ。私が、逃げる」
ヴェルナーは、言った。
「……どちらを」
バルドは、聞いた。
彼は、答えた。
「……逃げる」
「……いいんですか」
バルドは、聞いた。
「……ああ」
ヴェルナーは、頷いた。
「……傭兵だからな」
彼は、続けた。
「……逃げるのは、得意だ」
### 七
「……ただし」
ヴェルナーは、続けた。
「……九十二人、いる」
「……傭兵団の、方々ですね」
バルドは、言った。
「……ああ」
彼は、頷いた。
「……こいつらも、巻き込む」
ヴェルナーは、続けた。
「……そして」
彼は、言った。
「……三十二人も」
「……」
「……合わせて、百二十四人」
ヴェルナーは、言った。
「……どこに、隠す」
### 八
「……村に」
バルドは、答えた。
「……村?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……フェアウッド村です」
バルドは、続けた。
「……七百三十二人、住んでいます」
「……」
「……百二十四人、増えても」
彼は、言った。
「……なんとか、なります」
ヴェルナーは、その提案に、驚いた。
「……本気か」
彼は、聞いた。
「……はい」
バルドは、答えた。
### 九
「……お前」
ヴェルナーは、言った。
「……私を、信用するのか」
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……では」
「……信用は、していません」
彼は、答えた。
「……でも」
バルドは、続けた。
「……あなたは、たぶん」
彼は、言った。
「……三十二人を、守ります」
「……なぜ、そう思う」
ヴェルナーは、聞いた。
バルドは、答えた。
「……二時間、手を、抜いたからです」
### 十
ヴェルナーは、その答えに、笑った。
「……そうか」
彼は、言った。
「……そうだな」
そして、彼は、剣を、鞘に、納めた。
「……ヴェルナー・カイル」
彼は、言った。
「……以降」
ヴェルナーは、続けた。
「……お前たちに、従う」
十六人が、驚いた。
「……従う?」
ガルドが、聞いた。
「……ああ」
彼は、頷いた。
「……傭兵は」
ヴェルナーは、続けた。
「……勝った者に、従う」
### 十一
「……いや」
バルドは、首を振った。
「……従わなくて、いいです」
「……何?」
「……対等で、お願いします」
彼は、言った。
ヴェルナーは、その言葉に、眉を、上げた。
「……なぜだ」
「……従う人は」
バルドは、答えた。
「……考えなくなるからです」
彼は、続けた。
「……僕は」
バルドは、言った。
「……あなたの、考えが、欲しいです」
### 十二
ヴェルナーは、その答えを、聞いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……お前」
「……はい」
「……いくつだ」
彼は、聞いた。
「……十九です」
バルドは、答えた。
「……そうか」
ヴェルナーは、頷いた。
「……十九で、それか」
彼は、続けた。
「……私が、十九のときは」
ヴェルナーは、言った。
「……人を、殺すことしか、考えていなかった」
### 十三
その日の、午後。
施設の、中庭。
そこに、百五十七人が、集まっていた。
十六人。
大賢者。
エリス。
ハーヴィス。
職員、二十七人。
白翼傭兵団、九十二人。
そして、三十二人の、子供。
「……多いな」
ガルドが、呟いた。
「……はい」
バルドは、頷いた。
そして、前に、出た。
「……皆さん」
彼は、言った。
### 十四
「……状況を、説明します」
バルドは、続けた。
「……この施設は、閉鎖されます」
「……」
「……そして」
彼は、言った。
「……ここにいる、全員が」
バルドは、続けた。
「……王国から、追われます」
ざわめきが、広がった。
「……理由は、三つです」
彼は、続けた。
「……一つ。施設長が、虚偽報告をしました」
「……」
「……二つ。傭兵団が、契約を、破りました」
バルドは、言った。
「……三つ」
彼は、続けた。
「……僕たちが、王命に、逆らいました」
### 十五
「……で」
一人の傭兵が、聞いた。
「……どうするんだ」
バルドは、答えた。
「……南に、行きます」
「……南?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……フェアウッド村です」
バルドは、続けた。
「……そこに、七百三十二人が、住んでいます」
「……」
「……匿ってもらいます」
「……匿う?」
傭兵は、聞いた。
「……百五十人をか」
「……はい」
バルドは、答えた。
### 十六
「……無理だろ」
傭兵は、言った。
「……食い扶持が、ねえ」
「……あります」
バルドは、答えた。
「……本当か」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……去年」
バルドは、続けた。
「……五百人の、避難民を、受け入れました」
「……五百!?」
傭兵が、驚いた。
「……はい」
彼は、答えた。
「……そして」
バルドは、続けた。
「……全員、生きています」
### 十七
「……どうやって」
傭兵は、聞いた。
バルドは、答えた。
「……畑を、増やしました」
彼は、続けた。
「……水路を、引きました」
「……」
「……家を、建てました」
バルドは、言った。
「……そして」
彼は、続けた。
「……全員で、食べました」
傭兵は、その説明を、聞いた。
そして、聞いた。
「……俺たちも」
彼は、続けた。
「……食えるか」
バルドは、答えた。
「……働けば」
### 十八
傭兵は、その答えに、笑った。
「……そうか」
彼は、言った。
「……働けば、食えるのか」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……簡単だな」
傭兵は、言った。
「……はい」
彼は、答えた。
「……そして」
バルドは、続けた。
「……難しいです」
「……なぜ」
傭兵は、聞いた。
バルドは、答えた。
「……毎日、続けるからです」
### 十九
そして、バルドは、三十二人を、見た。
「……皆さん」
彼は、言った。
三十二人が、彼を、見た。
「……選んでください」
バルドは、続けた。
「……何を」
テオが、聞いた。
彼は、答えた。
「……村に、来るかどうかを」
「……」
「……来なくても、いいです」
バルドは、続けた。
「……ここに、残っても」
彼は、言った。
「……別の場所に、行っても」
「……」
「……自由です」
### 二十
三十二人は、しばらく、動かなかった。
そして、テオが、聞いた。
「……村に、行くと」
彼は、続けた。
「……どうなりますか」
バルドは、答えた。
「……追われます」
「……」
「……そして、たぶん」
彼は、続けた。
「……また、戦うことになります」
「……」
「……安全では、ありません」
バルドは、言った。
テオは、その説明を、聞いた。
そして、聞いた。
「……行かないと」
彼は、続けた。
「……どうなりますか」
### 二十一
「……わかりません」
バルドは、答えた。
「……たぶん」
彼は、続けた。
「……王国軍が、来ます」
「……」
「……そして、連れて行かれます」
バルドは、言った。
「……戦場に」
テオは、頷いた。
「……理解しました」
彼は、言った。
そして、しばらく、考えた。
そして、聞いた。
「……もう一つ、質問が」
「……はい」
「……なぜ」
テオは、続けた。
「……私たちを、誘うのですか」
### 二十二
バルドは、その問いに、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……僕たちが」
彼は、続けた。
「……そうしてもらったからです」
「……誰に」
テオは、聞いた。
「……先生に」
バルドは、答えた。
彼は、大賢者を、見た。
「……僕たち、十六人は」
バルドは、続けた。
「……全員、捨てられました」
「……」
「……家族に。村に」
彼は、言った。
「……そして」
バルドは、続けた。
「……先生が、拾いました」
### 二十三
「……でも」
彼は、続けた。
「……先生は」
バルドは、言った。
「……命令しませんでした」
「……」
「……『来い』とは、言いませんでした」
彼は、続けた。
「……『来るか』と、聞きました」
「……」
「……そして、僕たちは」
バルドは、言った。
「……行くと、答えました」
彼は、続けた。
「……だから」
バルドは、言った。
「……今、ここに、います」
### 二十四
テオは、その説明を、聞いた。
そして、三十一人を、振り返った。
そして、言った。
「……全員に、聞きます」
彼は、続けた。
「……行きたい者は」
テオは、言った。
「……手を、挙げてください」
沈黙。
そして。
一人が、手を、挙げた。
リオだった。
そして。
「……理由は」
テオが、聞いた。
リオは、答えた。
「……料理に、名前を、つけたいからです」
### 二十五
十六人が、笑った。
「……いい理由だ」
ガルドが、言った。
「……最高の理由だね」
ココも、笑った。
そして。
また一人が、手を、挙げた。
「……理由は」
テオが、聞いた。
その子供は、答えた。
「……あの景色を」
彼は、続けた。
「……もう一度、見たいです」
「……どの景色ですか」
バルドが、聞いた。
子供は、答えた。
「……テオさんが、選んだ、崖です」
### 二十六
そして、次々と、手が、挙がった。
十人。
二十人。
三十人。
そして。
三十一人。
残ったのは、テオだけだった。
「……テオさんは」
バルドが、聞いた。
テオは、答えなかった。
そして、しばらくして、言った。
「……わかりません」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……行きたい、という感覚が」
テオは、続けた。
「……ありません」
### 二十七
「……では」
エマが、言った。
「……はい?」
「……行きたくない、ですか」
テオは、その問いに、考えた。
そして、答えた。
「……それも、ありません」
「……そうですか」
エマは、頷いた。
「……では」
彼女は、続けた。
「……どちらも、ないんですね」
「……はい」
テオは、答えた。
エマは、しばらく、考えた。
そして、言った。
「……テオさん」
「……はい」
「……一つ、聞きます」
彼女は、続けた。
「……三十一人が、行きます」
### 二十八
「……はい」
テオは、答えた。
「……あなたは、残ります」
エマは、続けた。
「……そうなると」
彼女は、言った。
「……あなたは、一人です」
テオは、その言葉を、聞いた。
そして。
しばらく、動かなかった。
そして、言った。
「……一人」
彼は、繰り返した。
「……はい」
エマは、頷いた。
「……そして」
彼女は、続けた。
「……誰の名前も」
エマは、言った。
「……呼べなくなります」
### 二十九
テオの、体が、微かに、動いた。
「……」
彼は、懐に、手を、入れた。
そして、あの紙を、取り出した。
三人の、死亡記録。
そして、その名前。
ハンナ・ベルグ。
トビアス・レイ。
ミナ・カルロ。
「……この三人は」
テオは、言った。
「……もう、いません」
「……はい」
エマは、頷いた。
「……そして」
彼は、続けた。
「……私が、覚えています」
### 三十
「……はい」
エマは、答えた。
「……しかし」
テオは、続けた。
「……私が、一人になれば」
彼は、言った。
「……私が、死んだとき」
テオは、続けた。
「……誰も、覚えていません」
「……はい」
エマは、頷いた。
テオは、その事実を、確認した。
そして、言った。
「……それは」
彼は、続けた。
「……困ります」
### 三十一
「……困る」
エマは、繰り返した。
「……はい」
テオは、頷いた。
「……それ」
彼女は、言った。
「……感情です」
テオは、その指摘に、動きを、止めた。
「……確認します」
彼は、言った。
そして、しばらく、黙った。
そして。
「……確認しました」
テオは、言った。
「……何を」
エマは、聞いた。
彼は、答えた。
「……私は」
テオは、続けた。
「……行きたいです」
### 三十二
十六人が、笑った。
そして、リナが、叫んだ。
「……全員、決まり!」
「……はい」
バルドは、頷いた。
そして、ハーヴィスを、見た。
「……ハーヴィスさん」
「……はい」
「……あなたは」
バルドは、聞いた。
ハーヴィスは、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……私は、残ります」
「……なぜ」
「……記録が、あります」
彼は、答えた。
### 三十三
「……記録?」
バルドは、聞いた。
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……この施設の、全記録です」
彼は、続けた。
「……十三年分」
「……」
「……それを、整理します」
ハーヴィスは、言った。
「……そして」
彼は、続けた。
「……王国軍に、渡します」
十六人が、驚いた。
「……渡す?」
バルドは、聞いた。
「……はい」
ハーヴィスは、答えた。
### 三十四
「……それは」
バルドは、言った。
「……あなたの、罪の証拠です」
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……そして」
彼は、続けた。
「……王の、罪の証拠でも、あります」
十六人は、その言葉に、気づいた。
「……あ」
トムが、声を、上げた。
「……そうです」
ハーヴィスは、言った。
「……承認書が、あります」
彼は、続けた。
「……王の、署名入りで」
### 三十五
「……危険です」
エマが、言った。
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……消されます」
彼女は、続けた。
「……たぶん」
彼は、答えた。
「……では」
「……しかし」
ハーヴィスは、続けた。
「……写しは、作ります」
彼は、言った。
「……三通」
「……三通?」
バルドは、聞いた。
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……一通は、王国軍に」
彼は、続けた。
「……一通は、あなた方に」
### 三十六
「……もう一通は」
バルドは、聞いた。
ハーヴィスは、答えた。
「……ゲルニア公国に」
十六人が、驚いた。
「……敵国に!?」
ガルドが、叫んだ。
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……なぜ」
バルドは、聞いた。
彼は、答えた。
「……戦争を、止めるためです」
### 三十七
「……止める?」
バルドは、聞いた。
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……王国は」
彼は、続けた。
「……三十二人の、子供兵を、投入するつもりでした」
「……はい」
「……それが、ゲルニアに、知られたら」
ハーヴィスは、言った。
「……どうなると、思いますか」
バルドは、考えた。
そして、答えた。
「……非難されます」
「……そうです」
ハーヴィスは、頷いた。
「……そして」
彼は、続けた。
「……周辺国も、動きます」
### 三十八
「……つまり」
トムが、言った。
「……王国が、孤立する」
「……はい」
ハーヴィスは、答えた。
「……そして」
彼は、続けた。
「……戦争が、できなくなります」
「……」
「……少なくとも」
ハーヴィスは、言った。
「……来月には」
十六人は、その策に、驚いた。
「……あなた」
リナが、言った。
「……頭、いいですね」
「……いえ」
ハーヴィスは、首を振った。
「……十三年、間違えていました」
彼は、続けた。
「……頭が、いいとは、言えません」
### 三十九
大賢者が、前に、出た。
「……ハーヴィス」
「……はい」
「……一つ、言っておく」
彼は、続けた。
「……お前は、間違えた」
「……はい」
「……そして」
大賢者は、言った。
「……その間違いは」
彼は、続けた。
「……消えない」
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……しかし」
大賢者は、言った。
「……今日、お前は、正しいことをした」
### 四十
ハーヴィスは、その言葉に、俯いた。
「……先生」
彼は、言った。
「……なんだ」
「……一つ、聞いても」
「……ああ」
ハーヴィスは、聞いた。
「……あなたは」
彼は、続けた。
「……私を、許しますか」
大賢者は、答えた。
「……許さん」
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……しかし」
大賢者は、続けた。
「……お前を、弟子だと、思っている」
### 四十一
ハーヴィスの、目から。
涙が、こぼれた。
「……十六年」
彼は、言った。
「……待っていました」
「……ああ」
大賢者は、頷いた。
「……遅くなって、すまなかった」
彼は、言った。
ハーヴィスは、首を、振った。
「……いえ」
彼は、答えた。
「……間に合いました」
### 四十二
翌朝。
出発。
百二十四人が、南へ、向かった。
十六人。
大賢者。
エリス。
白翼傭兵団、九十二人。
そして、三十二人の、子供。
合計、百四十三人。
ハーヴィスと、職員二十七人は、施設に、残った。
「……ハーヴィスさん」
リオが、言った。
「……なんですか」
「……名前を」
彼は、続けた。
「……決めました」
「……何の」
ハーヴィスは、聞いた。
リオは、答えた。
「……あの、料理の」
### 四十三
「……なんという、名前ですか」
ハーヴィスは、聞いた。
リオは、答えた。
「……『はじめて』です」
「……はじめて?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……理由は」
ハーヴィスは、聞いた。
リオは、答えた。
「……はじめて」
彼は、続けた。
「……泣いたからです」
ハーヴィスは、その答えを、聞いた。
そして、頷いた。
「……いい名前です」
彼は、言った。
### 四十四
南への、道。
百四十三人の、行列。
その先頭を、ニナが、歩いていた。
「……こっち!」
彼女は、叫んだ。
「……ニナさん」
テオが、聞いた。
「……なに?」
「……根拠は」
彼は、聞いた。
ニナは、答えた。
「……ない!」
テオは、その答えを、聞いた。
そして、言った。
「……理解しました」
彼は、続けた。
「……私も、練習します」
### 四十五
三日目。
ホルム砦の、跡地。
百四十三人は、そこを、通った。
そして、エリスが、足を、止めた。
「……」
彼女は、その門を、見つめていた。
「……エリスさん」
エマが、言った。
「……はい」
「……大丈夫ですか」
エリスは、答えた。
「……いえ」
彼女は、続けた。
「……でも」
エリスは、言った。
「……見ます」
### 四十六
そして、彼女は、砦に、入った。
三十二人が、後に、続いた。
テオが、聞いた。
「……ここは」
「……砦です」
エリスは、答えた。
「……知っています」
彼は、言った。
「……ホルム砦」
テオは、続けた。
「……八百名、死亡」
「……はい」
エリスは、頷いた。
「……記録で、読みました」
彼は、言った。
そして、聞いた。
「……誰が、殺したのですか」
### 四十七
エリスは、その問いに、答えた。
「……私です」
三十二人が、彼女を、見た。
「……あなたが」
テオは、聞いた。
「……はい」
エリスは、頷いた。
「……一人で、ですか」
「……はい」
「……八百名を」
「……はい」
彼女は、答えた。
テオは、しばらく、黙っていた。
そして、聞いた。
「……なぜ」
エリスは、答えた。
「……先生に、会いたかったからです」
### 四十八
「……それだけ、ですか」
テオは、聞いた。
「……はい」
エリスは、答えた。
「……それだけです」
彼女は、続けた。
「……理解、できません」
テオは、言った。
「……はい」
エリスは、頷いた。
「……私にも」
彼女は、続けた。
「……今は、理解、できません」
「……」
「……でも」
エリスは、言った。
「……そのときは」
彼女は、続けた。
「……それしか、なかったんです」
### 四十九
テオは、その説明を、聞いた。
そして、聞いた。
「……名前を」
「……え?」
「……八百名の、名前を」
彼は、続けた。
「……覚えていますか」
エリスは、答えた。
「……はい」
「……全員」
テオは、聞いた。
「……全員です」
彼女は、答えた。
テオは、頷いた。
そして、言った。
「……教えて、ください」
### 五十
「……え?」
エリスは、驚いた。
「……教えて、ください」
テオは、繰り返した。
「……なぜ」
彼女は、聞いた。
テオは、答えた。
「……あなたは」
彼は、続けた。
「……あと、百五十日ほどです」
「……」
「……その後」
テオは、言った。
「……誰が、覚えますか」
エリスは、その問いに、答えられなかった。
「……私が」
テオは、言った。
「……覚えます」
### 五十一
エリスは、その言葉を、聞いた。
そして。
膝を、ついた。
「……エリスさん!」
エマが、駆け寄った。
「……大丈夫です」
エリスは、言った。
しかし、彼女は、泣いていた。
「……なぜ」
テオが、聞いた。
「……なぜ、泣くのですか」
エリスは、答えた。
「……嬉しいからです」
「……嬉しい」
テオは、繰り返した。
「……悲しいときも、泣きます」
彼は、言った。
「……はい」
エリスは、頷いた。
「……人間は」
彼女は、続けた。
「……面倒です」
### 五十二
その夜。
砦の、跡地で。
百四十三人が、野営した。
そして、エリスが、名前を、語り始めた。
八百人の。
三十二人が、それを、聞いた。
そして、書き留めた。
一人ずつ。
丁寧に。
「……何日、かかりますか」
テオが、聞いた。
「……三日です」
エリスは、答えた。
「……村に、着くまでには」
彼は、言った。
「……終わりますか」
「……終わります」
エリスは、答えた。
### 五十三
六日目。
村まで、あと一日。
そのとき。
前方に、人影が、見えた。
「……止まってください」
シルフィが、言った。
「……何人ですか」
バルドが、聞いた。
彼女は、耳を、澄ませた。
そして、答えた。
「……一人です」
「……一人?」
「……はい」
シルフィは、頷いた。
「……馬車が、一台」
彼女は、続けた。
「……そして、護衛は、いません」
### 五十四
百四十三人は、前進した。
そして、その馬車に、近づいた。
古い、馬車だった。
装飾は、ない。
そして、その前に。
一人の男が、立っていた。
痩せている。
銀色の、髪。
そして、鋭い目。
「……宰相閣下」
バルドが、言った。
アルヴィス・グレイルは、頷いた。
「……お待ちしていました」
彼は、言った。
### 五十五
「……なぜ、ここに」
バルドは、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……待っていました」
「……一人で、ですか」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……危険では」
バルドは、言った。
「……危険です」
アルヴィスは、答えた。
「……しかし」
彼は、続けた。
「……護衛を、連れてくれば」
アルヴィスは、言った。
「……あなた方が、警戒します」
### 五十六
「……ご用件は」
バルドは、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……三つ、あります」
彼は、続けた。
「……一つ目」
アルヴィスは、言った。
「……報告です」
「……なんですか」
彼は、答えた。
「……昨日」
アルヴィスは、続けた。
「……私は、宰相を、解任されました」
十六人が、驚いた。
### 五十七
「……解任?」
バルドは、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……理由は」
彼は、答えた。
「……反逆の、嫌疑です」
「……」
「……第二期計画への、妨害」
アルヴィスは、続けた。
「……そして」
彼は、言った。
「……あなた方との、内通」
「……」
「……両方とも」
アルヴィスは、続けた。
「……事実です」
### 五十八
「……では」
バルドは、聞いた。
「……追われているんですか」
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……二つ目の、用件は」
バルドは、聞いた。
彼は、答えた。
「……お願いです」
「……なんですか」
アルヴィスは、頭を、下げた。
「……匿って、ください」
十六人は、その姿に、驚いた。
宰相が。
いや。
元宰相が。
頭を、下げていた。
### 五十九
「……三つ目は」
バルドは、聞いた。
アルヴィスは、顔を、上げた。
そして、答えた。
「……警告です」
「……警告?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……王が」
アルヴィスは、続けた。
「……動きました」
「……どう、動いたんですか」
バルドは、聞いた。
彼は、答えた。
「……戦争の、開始日を」
アルヴィスは、続けた。
「……前倒ししました」
### 六十
「……いつに」
バルドは、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……十日後です」
十六人が、息を、呑んだ。
「……十日」
ミアが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……そして」
彼は、続けた。
「……先鋒は」
アルヴィスは、言った。
「……第一師団」
「……!」
「……そして」
彼は、続けた。
「……その進軍路に」
アルヴィスは、言った。
「……フェアウッド村が、あります」
第32話終了。
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## 次話予告
第33話「進軍路」
戦争開始まで、十日。
そして、第一師団の進軍路上に、フェアウッド村がある。
八百七十五人が、住む村。
それは、偶然では、なかった。
「……村を、潰すつもりです」
アルヴィスは、そう、言う。
戦争のついでに。
邪魔者を、消す。
そして、十六人は、選択を、迫られる。
村を、捨てて、逃げるか。
それとも。
千人の軍に、立ち向かうか。
一方、王都では。
一人の男が、静かに、笑っていた。
「……ようやく、出てくるか」
王、ラインハルト三世。
そして、彼の手には。
一枚の、古い肖像画が、あった。
そこに、描かれていたのは。
若い頃の、大賢者だった。




