第31話 「二つの戦場」
フェアウッド村。
指揮官の、手が、下りた。
そして。
八百の、弓が、引かれた。
「……!」
七百三十二人が、身を、固くした。
ジャンは、目を、閉じなかった。
ただ、前を、見ていた。
そして。
「……撃て」
指揮官が、言った。
その瞬間。
「……待て!」
別の声が、響いた。
### 二
八百人が、動きを、止めた。
そして、その声の方を、見た。
村と、軍の、間。
そこに。
一人の男が、立っていた。
甲冑。
そして、大柄な体。
「……!」
ジャンが、その顔を、見た。
「……あんた」
彼は、呟いた。
男は、答えた。
「……久しぶりだな、ジャン」
ガレス・オルディン。
第一師団長。
三年前、村を焼いた男。
そして、一年前、村を救った男。
### 三
「……オルディン師団長」
若い指揮官が、言った。
「……何を、されているのですか」
「……見ればわかる」
ガレスは、答えた。
「……止めている」
「……なぜ、ですか」
「……理由が、要るか」
ガレスは、聞いた。
指揮官は、答えた。
「……要ります」
彼は、続けた。
「……これは、王命です」
「……知っている」
ガレスは、答えた。
「……では」
「……それでも、止める」
彼は、言った。
### 四
「……師団長」
指揮官は、言った。
「……あなたは、一年前」
彼は、続けた。
「……同じことを、しました」
「……ああ」
ガレスは、頷いた。
「……そして、処分を、受けました」
指揮官は、続けた。
「……階級は、そのままですが」
彼は、言った。
「……実権は、剥奪されています」
「……知っている」
ガレスは、答えた。
「……では」
指揮官は、続けた。
「……あなたには、私を、止める権限が、ありません」
### 五
ガレスは、その言葉を、聞いた。
そして、頷いた。
「……その通りだ」
彼は、言った。
「……では」
「……しかし」
ガレスは、続けた。
「……私は、ここに、立っている」
彼は、言った。
「……撃つなら、私ごと、撃て」
指揮官は、その言葉に、動きを、止めた。
「……師団長を、撃てと?」
「……そうだ」
ガレスは、答えた。
「……できません」
指揮官は、言った。
「……なぜ」
彼は、聞いた。
「……軍法に、触れます」
### 六
「……そうか」
ガレスは、頷いた。
そして、少し、笑った。
「……便利だな、軍法は」
彼は、言った。
「……人を、殺すときも」
ガレスは、続けた。
「……止めるときも」
「……使える」
指揮官は、答えなかった。
そして、しばらくして、言った。
「……師団長」
「……なんだ」
「……何が、したいのですか」
ガレスは、答えた。
「……償いだ」
### 七
「……償い?」
指揮官は、聞き返した。
「……ああ」
ガレスは、頷いた。
「……三年前」
彼は、続けた。
「……私は、村を、焼いた」
「……」
「……三百人が、死んだ」
ガレスは、言った。
「……それは、命令でした」
指揮官は、答えた。
「……ああ」
「……師団長の、責任では」
「……いや」
ガレスは、首を振った。
「……私の、責任だ」
彼は、続けた。
「……火を、つけたのは、私の部隊だ」
### 八
「……そして」
ガレスは、続けた。
「……一年前」
彼は、言った。
「……この村を、囲んだ」
「……はい」
「……そのとき」
ガレスは、続けた。
「……七百人が、頭を、下げた」
彼は、言った。
「……武器も、持たずに」
「……」
「……あのとき」
ガレスは、続けた。
「……私は、剣を、抜いた」
彼は、言った。
「……そして、斬ろうとした」
### 九
「……しかし」
ガレスは、続けた。
「……できなかった」
彼は、言った。
「……止められたからだ」
「……大賢者殿に、ですか」
指揮官は、聞いた。
「……いや」
ガレスは、首を振った。
「……では」
彼は、答えた。
「……三年前の、子供にだ」
指揮官は、その答えに、困惑した。
「……夢に、出る」
ガレスは、続けた。
「……毎晩」
彼は、言った。
「……五歳くらいの、女の子だ」
### 十
「……その子が」
ガレスは、続けた。
「……私を、見ている」
彼は、言った。
「……何も、言わない」
「……」
「……ただ、見ている」
ガレスは、続けた。
「……一年前」
彼は、言った。
「……剣を抜いたとき」
ガレスは、続けた。
「……その顔が、見えた」
「……」
「……だから、抜けなかった」
彼は、言った。
指揮官は、その話を、聞いた。
そして、言った。
「……同情します」
### 十一
「……しかし」
彼は、続けた。
「……私は、命令を、実行します」
「……そうか」
ガレスは、頷いた。
「……お前の、名は」
彼は、聞いた。
「……ルード・マルカムです」
指揮官は、答えた。
「……ルードか」
ガレスは、頷いた。
「……年は」
「……二十九です」
「……そうか」
彼は、言った。
「……戦争は」
ガレスは、聞いた。
「……行ったことがあるか」
ルードは、答えた。
「……ありません」
### 十二
「……そうか」
ガレスは、言った。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……ルード」
「……はい」
「……一つ、教えてやる」
彼は、続けた。
「……人を、殺すとな」
ガレスは、言った。
「……戻れなくなる」
「……」
「……お前は、今、二十九だ」
彼は、続けた。
「……あと、五十年、生きる」
「……」
「……その五十年」
ガレスは、言った。
「……毎晩、夢に、出るぞ」
### 十三
ルードは、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……覚悟の上です」
「……そうか」
ガレスは、頷いた。
「……では、撃て」
彼は、言った。
「……私ごと」
ルードは、その言葉に、動けなかった。
そして、後ろを、振り返った。
八百人。
その全員が。
弓を、構えていた。
しかし。
その手が。
震えていた。
### 十四
「……構え、解け」
一人の兵士が、言った。
「……何をしている」
ルードは、叫んだ。
「……申し訳ありません」
その兵士は、答えた。
「……しかし」
彼は、続けた。
「……師団長を、撃てません」
「……!」
そして、また一人。
「……無理です」
さらに、一人。
「……撃てません」
弓が、次々と、下ろされた。
十人。
五十人。
百人。
「……貴様ら!」
ルードは、叫んだ。
### 十五
「……ルード」
ガレスが、言った。
「……何ですか」
「……お前の兵は」
彼は、続けた。
「……お前より、賢い」
「……何?」
「……あいつらは」
ガレスは、言った。
「……知っているんだ」
彼は、続けた。
「……人を、殺した後の、五十年を」
「……」
「……だから、撃たない」
ガレスは、言った。
「……それは、臆病ではない」
彼は、続けた。
「……知恵だ」
### 十六
ルードは、その言葉を、聞いた。
そして、拳を、握った。
「……私は」
彼は、言った。
「……命令を、受けました」
「……ああ」
「……そして、実行できませんでした」
ルードは、続けた。
「……これは、私の、失敗です」
「……そうだな」
ガレスは、頷いた。
「……処分を、受けます」
ルードは、言った。
「……ああ」
「……しかし」
彼は、続けた。
「……撃ちません」
ルードは、言った。
そして、手を、下ろした。
### 十七
「……全軍、撤退!」
彼は、叫んだ。
八百人が、動いた。
そして、北へ、去っていった。
ルードは、最後に、ガレスを、見た。
「……師団長」
「……なんだ」
「……一つ、聞いても」
「……ああ」
ルードは、聞いた。
「……あなたは、後悔していますか」
ガレスは、答えた。
「……毎日」
彼は、続けた。
「……しかし」
ガレスは、言った。
「……今日は、していない」
### 十八
軍が、去った。
そして、村に、静寂が、戻った。
七百三十二人が、その場に、座り込んだ。
「……助かった」
誰かが、言った。
「……本当に」
そして、ジャンが、ガレスに、近づいた。
「……あんた」
彼は、言った。
「……なんだ」
「……なんで、来た」
ガレスは、答えた。
「……知らせが、来た」
「……誰から」
彼は、答えた。
「……宰相閣下だ」
### 十九
「……宰相?」
ジャンが、驚いた。
「……ああ」
ガレスは、頷いた。
「……三日前」
彼は、続けた。
「……手紙が、届いた」
「……なんて」
ガレスは、答えた。
「……『フェアウッド村に、退去命令が出た』と」
「……」
「……『三日後に、執行される』と」
彼は、続けた。
「……そして」
ガレスは、言った。
「……『間に合うか』と」
### 二十
「……それだけか」
ジャンは、聞いた。
「……ああ」
ガレスは、頷いた。
「……命令じゃ、ねえのか」
「……違う」
彼は、答えた。
「……ただの、情報だ」
ガレスは、続けた。
「……どうするかは」
彼は、言った。
「……私が、決めた」
ジャンは、その説明を、聞いた。
そして、頷いた。
「……そうか」
彼は、言った。
「……ありがとうな」
### 二十一
「……礼は、いらん」
ガレスは、答えた。
「……いや」
ジャンは、首を振った。
「……言わせてくれ」
彼は、続けた。
「……あんたは、三年前、村を焼いた」
「……ああ」
「……俺は、それを、許さねえ」
ジャンは、言った。
「……当然だ」
ガレスは、頷いた。
「……でもな」
彼は、続けた。
「……今日、あんたは、村を、守った」
ジャンは、言った。
「……それも、事実だ」
彼は、続けた。
「……だから、礼を、言う」
### 二十二
ガレスは、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……ジャン」
「……なんだ」
「……一つ、頼みが、ある」
彼は、続けた。
「……なんだ」
ガレスは、言った。
「……ここに、置いてくれ」
ジャンは、その言葉に、驚いた。
「……あんたが?」
「……ああ」
彼は、頷いた。
「……私は、もう、軍には、戻れん」
ガレスは、続けた。
「……二度目だからな」
彼は、言った。
「……今度こそ、処分される」
### 二十三
「……で、逃げてきたのか」
ジャンが、聞いた。
「……いや」
ガレスは、首を振った。
「……逃げては、いない」
彼は、続けた。
「……ここで、待つ」
「……待つ?」
「……ああ」
ガレスは、頷いた。
「……追手が、来る」
彼は、続けた。
「……そのとき」
ガレスは、言った。
「……素直に、捕まる」
「……なんで」
ジャンは、聞いた。
彼は、答えた。
「……裁判に、なるからだ」
### 二十四
「……裁判?」
「……ああ」
ガレスは、頷いた。
「……そこで、話す」
彼は、続けた。
「……三年前のことを」
「……」
「……誰が、命じたか」
ガレスは、言った。
「……そして」
彼は、続けた。
「……なぜ、証拠もなく、村を焼いたか」
ジャンは、その言葉に、気づいた。
「……あんた」
彼は、言った。
「……上を、告発する気か」
「……ああ」
ガレスは、答えた。
### 二十五
「……死ぬぞ」
ジャンは、言った。
「……ああ」
「……たぶん、裁判の前に、消される」
「……知っている」
ガレスは、答えた。
「……じゃあ」
「……しかし」
彼は、続けた。
「……記録は、残る」
ガレスは、言った。
「……私が、何を、言おうとしたかは」
彼は、続けた。
「……残る」
「……」
「……それで、十分だ」
### 二十六
ジャンは、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……馬鹿だな」
「……ああ」
ガレスは、頷いた。
「……いいぜ」
ジャンは、言った。
「……何が」
「……置いてやる」
彼は、答えた。
「……ただし」
ジャンは、続けた。
「……働け」
ガレスは、その言葉に、笑った。
「……何を、すればいい」
彼は、聞いた。
ジャンは、答えた。
「……家を、建てろ」
### 二十七
「……三十二人分だ」
彼は、続けた。
「……三十二人?」
ガレスは、聞いた。
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……子供が、来る」
彼は、続けた。
「……北から」
「……」
「……あいつらが、連れて帰ってくる」
ジャンは、言った。
ガレスは、その言葉を、聞いた。
そして、聞いた。
「……信じているのか」
「……ああ」
ジャンは、答えた。
「……あいつらなら、やる」
### 二十八
同じ頃。
北の、施設。
一時間が、経過した。
ヴェルナーは、その間、座っていた。
そして、十六人を、見ていた。
彼らは、三十二人と、訓練していた。
「揃える方法」を。
そして、一時間後。
バルドが、前に、出た。
「……準備、できました」
彼は、言った。
「……そうか」
ヴェルナーは、立ち上がった。
そして、剣を、抜いた。
「……では、始めよう」
### 二十九
施設の、中庭。
十六人が、並んだ。
そして。
その姿に。
ヴェルナーは、眉を、上げた。
「……ほう」
彼は、呟いた。
十六人は。
全員、同じ、構えを、していた。
同じ角度。
同じ高さ。
同じ、呼吸。
そして、武器も。
全員、木の棒を、持っていた。
同じ長さの。
### 三十
「……面白い」
ヴェルナーは、言った。
「……武器を、揃えたか」
「……はい」
バルドが、答えた。
「……剣も、弓も、使わないと?」
「……使いません」
彼は、答えた。
「……不利だぞ」
ヴェルナーは、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……誰が、誰か、わかりません」
ヴェルナーは、その答えに、笑った。
「……確かにな」
彼は、言った。
### 三十一
そして、ヴェルナーは、十六人を、見た。
一人ずつ。
じっくりと。
しかし。
「……」
彼の目が、細くなった。
判別が、つかない。
背丈は、違う。
しかし。
動きが、完全に、同じだった。
呼吸。
視線。
そして、重心。
すべてが、揃っていた。
「……なるほど」
ヴェルナーは、呟いた。
「……一時間で、これか」
### 三十二
「……テオさんが」
バルドが、言った。
「……教えてくれました」
「……そうか」
ヴェルナーは、頷いた。
そして、テオを、見た。
「……お前」
「……はい」
「……何を、教えた」
テオは、答えた。
「……呼吸です」
「……呼吸?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……全員の、呼吸を、揃えました」
テオは、続けた。
「……呼吸が、揃うと」
彼は、言った。
「……動きが、揃います」
### 三十三
ヴェルナーは、その説明を、聞いた。
そして、頷いた。
「……理に、適っている」
彼は、言った。
「……しかし」
ヴェルナーは、続けた。
「……一つ、問題がある」
「……なんですか」
バルドが、聞いた。
彼は、答えた。
「……呼吸は、続かない」
そして。
ヴェルナーが、動いた。
### 三十四
十六人には、見えなかった。
ただ。
風が、動いた。
そして。
三人が、倒れた。
「……!」
レオンが、振り返った。
ミア。
エマ。
そして、モモ。
三人が、地面に、転がっていた。
「……大丈夫か!」
「……はい」
ミアが、答えた。
「……痛いですけど」
彼女は、続けた。
「……骨は、折れていません」
### 三十五
「……なぜ」
バルドが、言った。
「……なぜ、あの三人が」
ヴェルナーは、答えた。
「……呼吸が、乱れた」
「……え?」
「……三人だけ」
彼は、続けた。
「……私が、動いたとき」
ヴェルナーは、言った。
「……息を、呑んだ」
「……」
「……それで、わかった」
彼は、続けた。
「……あの三人が」
ヴェルナーは、言った。
「……戦闘経験が、少ない」
### 三十六
十六人は、その指摘に、愕然とした。
「……つまり」
トムが、言った。
「……揃えても」
「……ああ」
ヴェルナーは、頷いた。
「……崩れれば、わかる」
彼は、続けた。
「……そして」
ヴェルナーは、言った。
「……人は、必ず、崩れる」
彼は、剣を、構え直した。
「……次は」
ヴェルナーは、言った。
「……誰だ」
### 三十七
十六人は、構え直した。
そして、呼吸を、整えた。
「……落ち着いて」
バルドが、言った。
「……はい」
「……崩れても、いいです」
彼は、続けた。
「……でも」
バルドは、言った。
「……全員で、崩れてください」
「……え?」
リナが、聞いた。
「……一人だけ、崩れると、わかります」
バルドは、答えた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……全員が、同時に崩れれば」
「……」
「……わかりません」
### 三十八
ヴェルナーが、動いた。
そして。
十六人が、一斉に、息を、呑んだ。
全員が。
同時に。
「……!」
ヴェルナーの、動きが、止まった。
「……なるほど」
彼は、呟いた。
「……全員で、崩れたか」
彼は、続けた。
「……しかし」
ヴェルナーは、言った。
「……それは」
彼は、続けた。
「……演技だな」
### 三十九
「……はい」
バルドは、答えた。
「……演技です」
「……では」
ヴェルナーは、聞いた。
「……本当に、崩れたときは」
彼は、続けた。
「……どうする」
バルドは、答えた。
「……わかりません」
「……そうか」
ヴェルナーは、頷いた。
「……では」
彼は、言った。
「……崩してやろう」
そして。
彼は、消えた。
### 四十
次の瞬間。
十六人の、中央に。
ヴェルナーが、立っていた。
「……!」
そして、彼は、剣を、振った。
円を、描くように。
十六人が、跳んだ。
全員、同時に。
しかし。
「……ぐっ」
三人が、当たった。
ガルド。
ドグ。
そして、レン。
「……大きい者は」
ヴェルナーは、言った。
「……跳ぶのが、遅い」
### 四十一
「……体格で、判別されました」
トムが、叫んだ。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……どうする」
「……予想通りです」
彼は、言った。
「……え?」
「……体格は、隠せません」
バルドは、続けた。
「……だから」
彼は、言った。
「……そこは、諦めました」
「……じゃあ」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……六人、やられました」
彼は、続けた。
「……残り、十人です」
### 四十二
「……それも、予想通りか」
ヴェルナーが、聞いた。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……何人まで、予想した」
彼は、聞いた。
バルドは、答えた。
「……十二人です」
「……十二?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……十二人が、倒れた時点で」
バルドは、続けた。
「……作戦が、始まります」
ヴェルナーは、その言葉に、興味を、持った。
「……ほう」
彼は、言った。
「……では、倒そう」
### 四十三
三分後。
十二人が、倒れていた。
残ったのは、四人。
レオン。
シルフィ。
トム。
そして、バルド。
「……これが」
ヴェルナーは、言った。
「……最後の四人か」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……妥当だな」
彼は、頷いた。
「……回避に、優れた者」
ヴェルナーは、続けた。
「……そして、指揮官」
彼は、言った。
「……で」
ヴェルナーは、聞いた。
「……作戦とは」
### 四十四
バルドは、答えなかった。
代わりに。
彼は、後ろを、見た。
そこに。
倒れた、十二人が、いた。
そして。
その十二人が。
立ち上がっていた。
「……!」
ヴェルナーが、驚いた。
「……お前ら」
彼は、言った。
「……手加減は、していないぞ」
ミアが、答えた。
「……はい」
彼女は、続けた。
「……痛いです」
### 四十五
「……しかし」
ミアは、続けた。
「……立てます」
彼女は、言った。
「……なぜだ」
ヴェルナーは、聞いた。
「……エマさんが」
ミアは、答えた。
「……エマ?」
彼は、その名を、聞いた。
そして、倒れている、エマを、見た。
彼女は、動けなかった。
しかし。
その口が、動いていた。
「……何を、言っている」
ヴェルナーは、聞いた。
エマは、答えた。
「……立ち方を」
### 四十六
「……立ち方?」
「……はい」
エマは、答えた。
「……どこを、打たれたか」
彼女は、続けた。
「……見ていました」
「……」
「……そして」
エマは、言った。
「……その傷で、どう動けば、痛くないか」
彼女は、続けた。
「……教えました」
ヴェルナーは、その説明を、聞いた。
そして、感嘆した。
「……医者か」
彼は、言った。
「……はい」
エマは、答えた。
「……まだ、見習いですけど」
### 四十七
「……なるほど」
ヴェルナーは、頷いた。
「……では」
彼は、続けた。
「……もう一度、倒せばいい」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……何度でも、立ちます」
彼は、続けた。
「……そして」
バルドは、言った。
「……あなたは、疲れます」
ヴェルナーは、その言葉に、笑った。
「……消耗戦か」
彼は、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
### 四十八
「……悪くない」
ヴェルナーは、言った。
「……しかし」
彼は、続けた。
「……私は、そう簡単には、疲れん」
「……知っています」
バルドは、答えた。
「……では」
「……でも」
彼は、続けた。
「……人間です」
バルドは、言った。
「……そして」
彼は、続けた。
「……人間は、必ず、疲れます」
ヴェルナーは、その答えに、頷いた。
「……その通りだ」
彼は、言った。
「……では、試そう」
### 四十九
戦いは、続いた。
三十分。
一時間。
一時間半。
十六人は、何度も、倒れた。
そして、何度も、立った。
エマの、指示で。
そして。
ヴェルナーの、息が。
少しずつ、上がってきた。
「……はあ」
彼は、呼吸を、整えた。
「……しぶといな」
ヴェルナーは、言った。
「……はい」
バルドは、答えた。
彼も、息が、上がっていた。
### 五十
「……しかし」
ヴェルナーは、続けた。
「……そろそろ、限界だろう」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……あと、十分ほどで」
彼は、続けた。
「……全員、動けなくなります」
「……正直だな」
ヴェルナーは、笑った。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……嘘は、つきません」
彼は、続けた。
「……だから」
バルドは、言った。
「……最後の、作戦を、使います」
### 五十一
「……まだ、あるのか」
ヴェルナーは、聞いた。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……何だ」
彼は、聞いた。
バルドは、答えた。
「……交渉です」
ヴェルナーは、その言葉に、動きを、止めた。
「……交渉?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……戦いの、最中にか」
「……はい」
彼は、答えた。
「……ノアさん」
バルドは、言った。
「……はい」
ノアが、前に、出た。
### 五十二
彼女は、倒れていた。
しかし、立ち上がっていた。
そして、ヴェルナーの、前に、歩いていった。
「……ヴェルナーさん」
彼女は、言った。
「……なんだ」
「……一つ、質問が、あります」
ノアは、続けた。
「……言え」
彼女は、聞いた。
「……あなたは」
ノアは、続けた。
「……本当に、勝ちたいですか」
### 五十三
ヴェルナーは、その問いに、動きを、止めた。
「……何?」
「……本当に、勝ちたいですか」
ノアは、繰り返した。
「……当然だ」
彼は、答えた。
「……嘘です」
ノアは、言った。
「……何?」
「……あなたは」
彼女は、続けた。
「……手加減を、しています」
「……当たり前だ」
ヴェルナーは、答えた。
「……殺す気は、ない」
「……いえ」
ノアは、首を振った。
「……そういう、手加減では、ありません」
### 五十四
「……では、何だ」
ヴェルナーは、聞いた。
ノアは、答えた。
「……二時間です」
「……何?」
「……戦闘開始から」
彼女は、続けた。
「……二時間、経ちました」
「……ああ」
「……あなたなら」
ノアは、言った。
「……三十秒で、終わらせられます」
ヴェルナーは、答えなかった。
「……なぜ」
ノアは、聞いた。
「……なぜ、二時間も、かけたんですか」
### 五十五
沈黙。
そして、ヴェルナーは、答えた。
「……観察していた」
「……いえ」
ノアは、首を振った。
「……観察は、最初の、十分で、終わっています」
「……」
「……あなたは」
彼女は、続けた。
「……それ以降」
ノアは、言った。
「……見ているだけです」
「……」
「……私たちが、立ち上がるのを」
彼女は、続けた。
「……何度も」
### 五十六
ヴェルナーは、その指摘に、答えなかった。
そして、しばらくして、言った。
「……なるほど」
彼は、頷いた。
「……お前、観察が、得意だな」
「……はい」
ノアは、答えた。
「……それが、私の、才能です」
ヴェルナーは、その言葉に、笑った。
そして、剣を、下ろした。
「……いいだろう」
彼は、言った。
「……認める」
ヴェルナーは、続けた。
「……私は」
彼は、言った。
「……勝ちたく、なかった」
### 五十七
十六人は、その言葉に、驚いた。
「……なぜ」
バルドが、聞いた。
ヴェルナーは、答えた。
「……エリスを、見たからだ」
彼は、続けた。
「……あいつは、変わった」
「……」
「……一年前、死にたがっていた奴が」
ヴェルナーは、言った。
「……今は、子供に、剣を、教えている」
彼は、続けた。
「……それを、見て」
ヴェルナーは、言った。
「……思った」
彼は、続けた。
「……『こいつらなら』と」
### 五十八
「……こいつらなら」
彼は、続けた。
「……三十二人も、変えられるかもしれん」
ヴェルナーは、言った。
「……では」
バルドは、聞いた。
「……渡して、くれるんですか」
「……いや」
彼は、首を振った。
「……なぜ」
「……契約だ」
ヴェルナーは、答えた。
「……しかし」
彼は、続けた。
「……契約には、抜け道がある」
「……抜け道?」
バルドは、聞いた。
ヴェルナーは、答えた。
「……『無傷で、預かる』だ」
### 五十九
「……つまり」
彼は、続けた。
「……傷が、あれば」
ヴェルナーは、言った。
「……預かれない」
十六人は、その言葉の、意味を、考えた。
そして、バルドが、言った。
「……まさか」
「……そうだ」
ヴェルナーは、頷いた。
そして、自分の、腕を、見た。
そこには。
傷が、あった。
浅い。
しかし、確かに、血が、出ていた。
「……いつ」
バルドが、聞いた。
ヴェルナーは、答えた。
「……一時間前だ」
### 六十
「……誰が」
バルドは、聞いた。
ヴェルナーは、答えた。
「……あの子だ」
彼は、シルフィを、指した。
十六人が、彼女を、見た。
「……え?」
シルフィが、驚いた。
「……私、当てていません」
「……当てた」
ヴェルナーは、答えた。
「……ただし」
彼は、続けた。
「……木の棒では、ない」
ヴェルナーは、言った。
「……石だ」
シルフィは、その言葉に、思い出した。
「……あ」
彼女は、言った。
「……蹴った、石」
第31話終了。
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## 次話予告
第32話「傷一つ」
ヴェルナーの腕に、傷が、ついた。
シルフィが、無意識に、蹴り上げた、小石によって。
そして、それは。
契約の、不履行を、意味する。
「……三十二人は、渡す」
ヴェルナーは、そう、言う。
しかし。
事は、それでは、終わらなかった。
王国は、契約の不履行を、認めない。
そして、白翼傭兵団は、追われる立場になる。
九十二人の、傭兵と。
三十二人の、子供と。
十六人と、大賢者と、エリス。
合計、百四十三人。
彼らは、村へ、向かう。
しかし、その道の、先で。
待っていたのは。
宰相、アルヴィス・グレイルだった。




