第29話 「三日間」
夜が、明けた。
施設の、食堂。
十六人と、三十二人が、そこにいた。
一晩中、名前を、読み上げた。
そして、朝が、来た。
「……眠いです」
ミアが、呟いた。
「……はい」
リナが、頷いた。
「……徹夜、久しぶり」
十六人は、疲れていた。
しかし。
三十二人は、疲れていなかった。
いや。
疲れていた。
しかし、それを、感じていなかった。
「……あの」
エマが、言った。
「……皆さん、眠くないですか」
三十二人は、答えなかった。
そして、テオが、言った。
「……不明です」
二
「……不明?」
エマが、聞いた。
「……はい」
テオは、頷いた。
「……眠気という、感覚を」
彼は、続けた。
「……知りません」
「……でも」
エマは、言った。
「……体は、疲れています」
「……はい」
「……瞼が、下がっています」
彼女は、続けた。
「……そして、反応が、遅くなっています」
テオは、自分の、手を、見た。
そして、言った。
「……確認しました」
彼は、続けた。
「……動作速度が、平常時の、八割です」
三
「……それが、眠いということです」
エマは、言った。
「……理解しました」
テオは、答えた。
「……では」
彼は、続けた。
「……どうすれば、いいですか」
エマは、答えた。
「……寝てください」
「……許可が、必要です」
テオは、言った。
そして、ハーヴィスを、見た。
しかし。
ハーヴィスは、首を、振った。
「……私は、もう、命じません」
彼は、言った。
「……施設は、閉じます」
ハーヴィスは、続けた。
「……つまり」
彼は、言った。
「……君たちは、自由です」
四
三十二人は、その言葉に、反応しなかった。
いや。
反応の、仕方が、わからなかった。
「……自由」
テオが、呟いた。
「……はい」
ハーヴィスは、答えた。
「……定義を、お願いします」
テオは、言った。
ハーヴィスは、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……自分で、決めることです」
「……何を」
「……すべてを」
彼は、答えた。
テオは、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、考えた。
そして、言った。
「……不可能です」
五
「……不可能?」
バルドが、聞いた。
「……はい」
テオは、頷いた。
「……なぜですか」
彼は、答えた。
「……決め方を、知りません」
テオは、続けた。
「……たとえば」
彼は、言った。
「……今、私は、眠るべきですか」
「……眠りたければ」
エマが、答えた。
「……『たい』が、わかりません」
テオは、言った。
「……」
「……私は」
彼は、続けた。
「……何かを、したいと、思ったことが、ありません」
六
「……昨日」
エマが、言った。
「……はい?」
「……『試したいです』と、言いました」
テオは、その言葉に、動きを、止めた。
「……はい」
彼は、答えた。
「……あれは」
エマは、聞いた。
「……何でしたか」
テオは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……不明です」
彼は、続けた。
「……口から、出ました」
「……」
「……思考より、先に」
テオは、言った。
エマは、微かに、笑った。
「……それです」
彼女は、言った。
七
「……それ?」
テオが、聞いた。
「……はい」
エマは、頷いた。
「……『したい』は」
彼女は、続けた。
「……考えて、出すものでは、ありません」
「……」
「……勝手に、出るものです」
エマは、言った。
テオは、その説明を、聞いた。
そして、言った。
「……制御、できませんか」
「……できません」
エマは、答えた。
「……それは」
テオは、続けた。
「……非効率です」
「……はい」
彼女は、頷いた。
「……とても、非効率です」
エマは、笑った。
「……でも」
彼女は、続けた。
「……それが、人間です」
八
その日の、午前。
バルドは、十五人を、集めた。
「……三日です」
彼は、言った。
「……はい」
「……三日後、王国軍が、来ます」
バルドは、続けた。
「……そして、三十二人を、連れて行きます」
「……止められないのか」
ガルドが、聞いた。
「……止められません」
バルドは、答えた。
「……王命だからです」
「……じゃあ」
「……だから」
バルドは、言った。
「……三十二人に、選んでもらいます」
九
「……選ぶ?」
レオンが、聞いた。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……何を」
「……行くか、行かないかを」
彼は、答えた。
「……でも」
ミアが、言った。
「……あの子たち、決められないって」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……だから」
彼は、続けた。
「……三日で、教えます」
「……何を」
バルドは、答えた。
「……決め方を」
十
「……どうやって」
トムが、聞いた。
バルドは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……わかりません」
「……おい」
「……でも」
彼は、続けた。
「……僕たちも、一年前は、決められませんでした」
十五人は、その言葉に、考えた。
「……確かに」
レオンが、呟いた。
「……俺、何も、決められなかった」
彼は、続けた。
「……親父の言う通りに、剣を振って」
「……」
「……失敗して、怒られて」
レオンは、言った。
「……で、勘当されて」
十一
「……私も」
ミアが、言った。
「……家で、言われるままに」
彼女は、続けた。
「……『お前は駄目だ』って言われて」
「……」
「……『そうですね』って、答えてました」
ミアは、言った。
「……私も、です」
エマが、続けた。
「……血が、怖いのに」
彼女は、言った。
「……家業だから、医者になれって」
「……」
「……断れませんでした」
十六人は、それぞれの、過去を、思い出した。
そして、バルドが、言った。
「……僕たちは」
彼は、続けた。
「……どうやって、変わりましたか」
十二
沈黙。
そして、トムが、答えた。
「……小さいことから、だと思う」
「……小さいこと?」
「……うん」
彼は、頷いた。
「……僕、最初、先生に、聞かれたんだ」
トムは、続けた。
「……『今日、何を、練習したい?』って」
「……」
「……で、答えられなかった」
彼は、言った。
「……何でもいい、って答えた」
「……」
「……そしたら、先生は」
トムは、続けた。
「……『では、何もするな』と、言った」
十三
「……何もするな?」
リナが、聞いた。
「……うん」
トムは、頷いた。
「……で、一日、何もしなかった」
彼は、続けた。
「……座ってた」
「……」
「……で、夕方になって」
トムは、言った。
「……すごく、嫌になった」
「……嫌?」
「……うん」
彼は、頷いた。
「……何かしたい、って思った」
トムは、続けた。
「……そしたら、先生が、言った」
彼は、言った。
「……『それが、選ぶということだ』と」
十四
十六人は、その話を、聞いた。
そして、バルドが、言った。
「……なるほど」
彼は、続けた。
「……つまり」
バルドは、言った。
「……選ばせるには」
彼は、続けた。
「……選ばない時間が、必要です」
「……そういうことだと、思う」
トムは、頷いた。
バルドは、しばらく、考えた。
そして、言った。
「……でも、三日しか、ありません」
彼は、続けた。
「……一日、何もさせる余裕は」
「……ないね」
トムは、答えた。
十五
「……では」
バルドは、言った。
「……小さい選択を、たくさん、させます」
「……小さい?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……たとえば」
バルドは、続けた。
「……何を、食べるか」
「……」
「……どこに、座るか」
彼は、言った。
「……どちらの道を、歩くか」
「……」
「……そういうことです」
バルドは、続けた。
「……失敗しても、誰も、困らない選択」
彼は、言った。
「……それを、何百回も」
十六
その日の、昼。
食堂。
ココが、料理を、並べた。
しかし。
今日は、一種類では、なかった。
三種類。
「……はい」
彼女は、言った。
「……選んで」
三十二人は、その三つを、見た。
そして、動かなかった。
「……どれでも、いいよ」
ココは、言った。
「……基準が、ありません」
一人が、答えた。
「……基準?」
「……はい」
その子供は、続けた。
「……どれが、正解ですか」
十七
「……正解は、ないよ」
ココは、答えた。
「……では」
子供は、聞いた。
「……何を、根拠に、選ぶのですか」
ココは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……好み」
「……好み」
子供は、繰り返した。
「……定義を、お願いします」
ココは、笑った。
「……えっとね」
彼女は、続けた。
「……見て、食べたいと思った方」
「……『たい』が、わかりません」
「……うん」
ココは、頷いた。
「……じゃあ」
彼女は、言った。
「……見て、目が、行った方」
十八
子供は、その言葉を、聞いた。
そして、三つの料理を、見た。
一つ目。
二つ目。
三つ目。
そして。
もう一度、二つ目を、見た。
「……あ」
ココが、言った。
「……今、二番目を、二回、見た」
「……はい」
子供は、答えた。
「……それが、好みだよ」
ココは、笑った。
子供は、その言葉に、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……理解、しました」
そして、二番目の、料理を、取った。
十九
その光景を。
三十一人が、見ていた。
そして。
一人ずつ、動き始めた。
三つを、見る。
そして、二回、見た方を、取る。
「……」
十六人は、それを、見ていた。
「……すごいな」
ガルドが、呟いた。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……これは、まだ、選択じゃ、ありません」
「……え?」
「……『二回見た方を取る』というのは」
バルドは、言った。
「……ただの、規則です」
彼は、続けた。
「……あの子たちは」
バルドは、言った。
「……新しい命令を、受け取っただけです」
二十
「……じゃあ、意味ないのか」
ガルドが、聞いた。
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……意味は、あります」
彼は、続けた。
「……最初は、規則で、いいんです」
「……」
「……でも」
バルドは、言った。
「……そのうち」
彼は、続けた。
「……規則と、違うことを、したくなります」
「……なぜ」
バルドは、答えた。
「……規則は、完璧じゃ、ないからです」
二十一
その予想は、当たった。
夕方。
夕食の、時間。
ココは、また、三種類を、並べた。
そして。
三十二人が、選び始めた。
「二回見た方」を。
しかし。
一人が、動かなかった。
リオ——七号だった。
「……どうしたの」
ココが、聞いた。
リオは、答えた。
「……問題が、あります」
「……なに?」
彼は、言った。
「……三回、見ました」
二十二
「……三回?」
ココが、聞き返した。
「……はい」
リオは、頷いた。
「……一番目を、三回」
彼は、続けた。
「……そして、三番目を、三回」
「……」
「……規則が、適用できません」
リオは、言った。
ココは、その報告を、聞いた。
そして、笑った。
「……じゃあ」
彼女は、言った。
「……どっち食べたい?」
「……『たい』が」
「……わかんないよね」
ココは、頷いた。
そして、言った。
「……じゃあ、こう聞く」
彼女は、続けた。
「……どっちを、食べないと、嫌?」
二十三
リオは、その問いに、動きを、止めた。
そして、しばらく、考えた。
そして、言った。
「……三番目です」
「……なんで」
ココは、聞いた。
リオは、答えた。
「……昨日」
彼は、続けた。
「……同じものを、食べました」
「……うん」
「……そして」
リオは、言った。
「……胸が、痛くなりました」
「……」
「……もう一度」
彼は、続けた。
「……確認したいです」
二十四
ココは、その答えを、聞いた。
そして、言った。
「……それ」
彼女は、続けた。
「……選んだよ」
「……え?」
「……今、自分で、選んだ」
ココは、言った。
リオは、その言葉に、驚いた。
「……規則を、使っていません」
彼は、言った。
「……うん」
ココは、頷いた。
「……理由を、言ったよね」
彼女は、続けた。
「……『確認したいから』って」
「……」
「……それが、理由」
ココは、言った。
「……自分の、理由」
二十五
リオは、その説明を、聞いた。
そして、しばらく、動かなかった。
そして、言った。
「……ココさん」
「……ん?」
「……質問が、あります」
彼は、続けた。
「……昨日の、あの料理は」
「……うん」
「……何ですか」
ココは、答えた。
「……名前?」
「……はい」
リオは、頷いた。
ココは、少し、考えた。
そして、笑った。
「……ないよ」
彼女は、言った。
「……あたしが、勝手に、作ったから」
二十六
「……名前が、ない」
リオは、呟いた。
「……うん」
ココは、頷いた。
「……つけますか」
彼は、聞いた。
「……え?」
「……名前を」
リオは、続けた。
「……つけます」
ココは、その言葉に、驚いた。
「……いいけど」
彼女は、言った。
「……何て?」
リオは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……わかりません」
彼は、続けた。
「……でも」
リオは、言った。
「……考えたいです」
二十七
二日目。
朝。
十六人は、三十二人を、外に、連れ出した。
施設の、外。
山の、風景。
「……何を、しますか」
テオが、聞いた。
「……歩きます」
バルドが、答えた。
「……目的地は」
「……ありません」
彼は、答えた。
「……では、意味が」
「……ありません」
バルドは、答えた。
テオは、その答えに、困惑した。
「……理解、できません」
彼は、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……でも、歩きましょう」
二十八
四十八人が、歩き出した。
山道を。
そして、しばらく行くと。
道が、二つに、分かれていた。
「……」
三十二人が、止まった。
「……どっちに、行きますか」
テオが、聞いた。
「……どっちでも」
バルドは、答えた。
「……基準が」
「……ありません」
彼は、答えた。
三十二人は、動けなかった。
そして、五分。
十分。
誰も、動かなかった。
二十九
「……つらいですね」
ニナが、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……ここが、一番、大事です」
ニナは、その言葉に、頷いた。
そして、三十二人を、見た。
「……ねえ」
彼女は、言った。
「……はい」
テオが、答えた。
「……あたしも、昔、こうだった」
ニナは、続けた。
「……道が、わからなくて」
「……」
「……いつも、『こっちだと思います』って、言ってた」
三十
「……『思います』?」
テオが、聞いた。
「……うん」
ニナは、頷いた。
「……なぜ、断定しないのですか」
彼は、聞いた。
ニナは、答えた。
「……間違えるのが、怖かったから」
「……」
「……『思います』って言えば」
彼女は、続けた。
「……間違っても、許してもらえる」
テオは、その説明を、聞いた。
そして、言った。
「……合理的です」
「……うん」
ニナは、笑った。
「……でもね」
彼女は、続けた。
「……つまらないよ」
三十一
「……つまらない」
テオが、繰り返した。
「……定義を、お願いします」
「……うーん」
ニナは、考えた。
そして、言った。
「……自分が、いない感じ」
「……」
「……道を、選んでるのに」
彼女は、続けた。
「……選んでるのが、自分じゃない感じ」
テオは、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……わかる気が、します」
十六人が、驚いた。
「……今」
エマが、言った。
「……『わかる気がする』と、言いました」
三十二
「……はい」
テオは、答えた。
「……それ」
エマは、続けた。
「……推測です」
「……はい」
「……あなたたち」
彼女は、言った。
「……推測は、しないはずです」
テオは、その指摘に、動きを、止めた。
「……確認します」
彼は、言った。
そして、しばらく、黙った。
そして。
「……エラーです」
テオは、言った。
「……エラー?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……根拠のない、判断を、しました」
三十三
「……それ」
ニナが、言った。
「……はい?」
「……あたしと、同じ」
彼女は、続けた。
「……え?」
「……あたしも」
ニナは、言った。
「……根拠、ないの」
彼女は、続けた。
「……道を、選ぶとき」
「……」
「……ただ、『こっち』って、思う」
ニナは、言った。
「……理由は、後から、わかる」
テオは、その説明を、聞いた。
そして、聞いた。
「……それで、正しいのですか」
ニナは、答えた。
「……だいたい、正しい」
三十四
「……だいたい」
テオは、繰り返した。
「……うん」
ニナは、頷いた。
「……間違えることも、ある?」
「……ある」
彼女は、答えた。
「……そのときは」
テオは、聞いた。
「……戻る」
ニナは、答えた。
「……そして、別の道を、行く」
「……」
「……それだけ」
彼女は、言った。
テオは、その説明を、聞いた。
そして、二つの道を、見た。
そして。
右を、指した。
「……こっちです」
彼は、言った。
三十五
「……根拠は」
バルドが、聞いた。
テオは、答えた。
「……ありません」
彼は、続けた。
「……でも」
テオは、言った。
「……こっちです」
バルドは、その答えに、頷いた。
「……行きましょう」
彼は、言った。
四十八人が、右へ、歩き出した。
そして、三十分後。
道は、行き止まりだった。
崖。
その先には、何も、なかった。
三十六
「……失敗です」
テオは、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……謝罪します」
彼は、続けた。
「……時間を、損失させました」
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……なぜですか」
テオは、聞いた。
バルドは、答えた。
「……見てください」
彼は、崖の先を、指した。
そこには。
山々が、広がっていた。
朝の光が、その稜線を、照らしていた。
「……綺麗です」
ミアが、呟いた。
三十七
「……綺麗」
テオが、繰り返した。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……理解、できません」
彼は、言った。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……でも、見てください」
三十二人が、その景色を、見た。
しばらく。
沈黙。
そして。
一人が、言った。
「……あの」
「……はい」
「……胸に」
その子供は、続けた。
「……圧迫感が、あります」
三十八
「……それ」
エマが、言った。
「……何ですか」
子供は、聞いた。
エマは、答えた。
「……感動、と言います」
「……感動」
「……はい」
彼女は、頷いた。
「……原因は」
子供は、聞いた。
エマは、答えた。
「……綺麗なものを、見たからです」
「……」
「……理解、できません」
彼は、言った。
「……はい」
エマは、答えた。
「……でも、感じています」
彼女は、続けた。
「……それで、十分です」
三十九
バルドは、その様子を、見ていた。
そして、テオに、言った。
「……テオさん」
「……はい」
「……あなたの、選択は」
彼は、続けた。
「……失敗では、ありません」
「……道は、行き止まりでした」
テオは、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……この景色は」
バルドは、言った。
「……あなたが、選ばなければ」
彼は、続けた。
「……誰も、見ませんでした」
四十
テオは、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、動かなかった。
そして、言った。
「……記録します」
「……何を」
バルドが、聞いた。
テオは、答えた。
「……この景色を」
彼は、続けた。
「……そして」
テオは、言った。
「……私が、選んだことを」
四十一
同じ頃。
フェアウッド村。
ジャンは、一通の書状を、読んでいた。
『フェアウッド村、住民全員に告ぐ』
『三日以内に、村を、明け渡せ』
『理由:国防上の必要』
『違反者は、反逆罪として、処断する』
「……ふざけんな」
ジャンは、呟いた。
そして、その書状を、握りつぶした。
「……どうする」
三十四人の、一人が、聞いた。
「……どうもしねえ」
ジャンは、答えた。
「……戦うのか」
「……いや」
彼は、首を振った。
「……じゃあ」
ジャンは、言った。
「……待つ」
四十二
「……待つ?」
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……あいつらが、帰ってくる」
彼は、続けた。
「……それまで、耐える」
「……三日だぞ」
「……知ってる」
ジャンは、答えた。
「……無理だろ」
「……無理じゃねえ」
彼は、言った。
「……前も、やった」
ジャンは、続けた。
「……千二百人を、追い返した」
「……あれは、あいつらがいたからだ」
「……そうだな」
ジャンは、頷いた。
そして、言った。
「……だから、今度は」
彼は、続けた。
「……俺たちで、やる」
四十三
その日の、夜。
村の、広場。
七百三十二人が、集まっていた。
そして、ジャンが、前に、立った。
「……皆さん」
彼は、言った。
「……書状が、来た」
ジャンは、続けた。
「……『三日以内に、村を出ろ』と」
ざわめきが、広がった。
「……で」
彼は、言った。
「……どうする」
沈黙。
そして、老婆が、言った。
「……出ないよ」
四十四
「……ばあちゃん」
「……あたしゃ、もう、逃げないって、言った」
老婆は、続けた。
「……あのとき、言った」
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……だから、出ない」
彼女は、言った。
「……そうだな」
ジャンは、答えた。
そして、七百三十二人を、見た。
「……ただしな」
彼は、言った。
「……前と、違うことが、一つ、ある」
「……なんだ」
「……あいつらが、いねえ」
ジャンは、答えた。
「……十六人が、いねえ」
四十五
「……だから」
ジャンは、続けた。
「……今度は、俺たちが、考える」
彼は、言った。
「……あいつらの、真似をしてな」
「……真似?」
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……あいつらが、何をしたか」
彼は、続けた。
「……覚えてるだろ」
七百三十二人は、思い出した。
一年前。
壁を、越えて。
武器を、持たずに。
ただ、立った。
「……あれを、やる」
ジャンは、言った。
四十六
「……でも」
一人が、言った。
「……あれは、バルドくんが、考えたことだ」
「……そうだ」
ジャンは、頷いた。
「……俺たちに、できるか」
「……わからん」
彼は、答えた。
「……でも」
ジャンは、続けた。
「……あいつは、言ってた」
彼は、言った。
「……『見えたものを、伝えろ』って」
「……」
「……だから」
ジャンは、続けた。
「……全員で、考える」
彼は、言った。
「……七百三十二人で」
四十七
その夜。
村の広場。
七百三十二人の、会議が、始まった。
十人組。
七十六組。
そして、各組から、意見が、出された。
「……井戸の水を、増やしておこう」
「……食糧を、分散して、隠そう」
「……子供は、地下に」
「……いや、子供こそ、前に出るべきだ」
「……危険だ」
「……でも、効くのは、それだ」
議論は、夜通し、続いた。
そして、朝方。
一つの、方針が、決まった。
「……全員で、立つ」
ジャンは、言った。
「……一年前と、同じだ」
四十八
三日目。
北の、施設。
朝。
四十八人は、食堂に、集まっていた。
そして、バルドが、言った。
「……皆さん」
「……はい」
テオが、答えた。
「……今日、王国軍が、来ます」
三十二人は、頷いた。
「……そして」
バルドは、続けた。
「……あなたたちを、連れて行きます」
「……はい」
「……戦場に」
彼は、言った。
「……はい」
テオは、答えた。
四十九
「……そこで」
バルドは、続けた。
「……選んでください」
「……何を」
テオが、聞いた。
バルドは、答えた。
「……行くか、行かないかを」
三十二人は、その言葉に、沈黙した。
「……行かない場合」
テオは、聞いた。
「……どうなりますか」
バルドは、答えた。
「……反逆になります」
「……」
「……追われます」
彼は、続けた。
「……そして、たぶん」
バルドは、言った。
「……殺されます」
五十
「……行く場合は」
テオは、聞いた。
バルドは、答えた。
「……戦場に、行きます」
「……」
「……そして、人を、殺します」
彼は、続けた。
「……たぶん、たくさん」
「……」
「……そして」
バルドは、言った。
「……あなたたちも、死ぬかもしれません」
テオは、その説明を、聞いた。
そして、言った。
「……どちらも」
彼は、続けた。
「……悪い、結果です」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……そうです」
五十一
「……では」
テオは、聞いた。
「……なぜ、選ばせるのですか」
バルドは、答えた。
「……悪い結果しか、ないときでも」
彼は、続けた。
「……自分で、選んだかどうかで」
「……」
「……その後が、変わるからです」
テオは、その言葉を、聞いた。
「……理解、できません」
彼は、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……僕も、そうでした」
五十二
「……一年前」
バルドは、言った。
「……僕は、盗賊団と、戦いました」
彼は、続けた。
「……そのとき、選びました」
「……」
「……『殺さない』と」
バルドは、言った。
「……失敗したら」
彼は、続けた。
「……仲間が、死んでいました」
「……」
「……怖かったです」
バルドは、言った。
「……でも」
彼は、続けた。
「……自分で、選びました」
バルドは、言った。
「……だから」
彼は、続けた。
「……今も、覚えています」
五十三
「……覚えている」
テオが、繰り返した。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……もし、先生が、決めていたら」
彼は、続けた。
「……僕は、忘れていたと、思います」
「……」
「……自分の人生なのに」
バルドは、言った。
「……誰かに、決められたことは」
彼は、続けた。
「……自分のものに、なりません」
テオは、その説明を、聞いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……考えます」
五十四
昼。
施設の、外。
砂煙が、見えた。
「……来ました」
シルフィが、言った。
「……数は」
バルドが、聞いた。
「……二百です」
彼女は、答えた。
「……騎兵が、五十」
「……二百」
バルドは、頷いた。
そして、ハーヴィスを、見た。
「……ハーヴィスさん」
「……はい」
「……あなたは、どうしますか」
ハーヴィスは、答えた。
「……私は、残ります」
彼は、続けた。
「……そして、説明します」
五十五
「……何を」
バルドが、聞いた。
ハーヴィスは、答えた。
「……実験は、失敗したと」
「……失敗?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……被験体に、感情が、再発した」
ハーヴィスは、続けた。
「……よって、兵器としては、使用不能」
「……」
「……そう、報告します」
彼は、言った。
「……信じますか」
バルドは、聞いた。
「……わかりません」
ハーヴィスは、答えた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……やります」
五十六
「……なぜ」
バルドは、聞いた。
ハーヴィスは、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……昨夜」
彼は、続けた。
「……七号が」
「……リオさんが」
「……はい」
ハーヴィスは、頷いた。
「……私に、聞きました」
彼は、続けた。
「……『料理に、名前をつけたい』と」
「……」
「……そして、聞かれました」
ハーヴィスは、言った。
「……『施設長の、名前は』と」
五十七
「……なんと、答えましたか」
バルドが、聞いた。
ハーヴィスは、答えた。
「……『ハーヴィス』と」
彼は、続けた。
「……そしたら」
ハーヴィスは、言った。
「……あの子は」
彼は、続けた。
「……『ハーヴィスさん』と、呼びました」
「……」
「……十三年間」
ハーヴィスは、言った。
「……『施設長』としか、呼ばれませんでした」
彼は、続けた。
「……初めてです」
ハーヴィスは、言った。
「……名前で、呼ばれたのは」
五十八
バルドは、その話を、聞いた。
そして、頷いた。
「……わかりました」
彼は、言った。
「……お任せします」
「……はい」
ハーヴィスは、答えた。
そして、彼は、大賢者を、見た。
「……先生」
「……なんだ」
「……一つ、聞いても」
「……ああ」
ハーヴィスは、聞いた。
「……私は」
彼は、続けた。
「……間に合いましたか」
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……わからん」
彼は、続けた。
「……しかし」
大賢者は、言った。
「……始めたところだ」
五十九
王国軍が、施設の前に、到着した。
二百人。
そして、その先頭に。
一人の、指揮官が、いた。
若い男。
三十代。
そして、その顔を、見て。
十六人が、驚いた。
「……あれ」
レオンが、言った。
「……知ってる人ですか」
ミアが、聞いた。
「……いや」
彼は、首を振った。
「……でも」
レオンは、続けた。
「……あの紋章」
彼は、その旗を、指した。
そこには。
白い、翼が、描かれていた。
六十
「……!」
エリスが、立ち上がった。
「……エリスさん?」
エマが、言った。
「……あれは」
彼女は、言った。
「……白翼の傭兵団です」
「……え?」
「……私が、いた傭兵団です」
エリスは、続けた。
「……なぜ、王国軍と」
そして、その指揮官が、馬から、降りた。
そして、施設の方を、見た。
そして、笑った。
「……久しぶりだな」
彼は、言った。
「……エリス」
第29話終了。
次話予告
第30話「白翼の男」
白翼の傭兵団。
そして、その団長。
彼の名は、ヴェルナー。
エリスを、拾い、育て、そして、戦場に、送った男。
彼は、言う。
「……お前の先生に、会いたかった」
そして、彼は、三十二人を、見る。
「……いい素材だ」
一方、フェアウッド村では。
七百三十二人が、王国軍の前に、立っていた。
十六人が、いないまま。
ジャンは、言う。
「……俺たちは、あいつらの、生徒だ」
そして、村の攻防が、始まる。




