第24話 「十六の破片」
一
翌朝。
十六人は、眠れていなかった。
誰も。
部屋の窓から、朝日が、差し込んでいた。
「……朝、ですね」
ミアが、呟いた。
「……ああ」
レオンが、答えた。
十六人は、床に、座っていた。
一晩中、そこにいた。
「……なあ」
ガルドが、言った。
「……ん?」
「……俺、一つ、わかんねえことがある」
「……なに?」
「……俺たち、なんで、生きてるんだ」
十六人が、彼を、見た。
「……いや」
ガルドは、続けた。
「……処分するって、書いてあっただろ」
「……はい」
バルドが、頷いた。
「……で、先生が、止めた」
「……はい」
「……でもさ」
ガルドは、言った。
「……なんで、王国は、それを、聞いたんだ?」
二
十六人は、その疑問に、考えた。
「……確かに」
トムが、言った。
「……大賢者が、一人、反対したくらいで」
彼は、続けた。
「……国の決定が、覆るか?」
「……普通は、覆りません」
ノアが、答えた。
「……はい」
バルドも、頷いた。
「……つまり」
トムは、言った。
「……先生には、それだけの、力があった」
「……」
「……国の決定を、覆せるだけの」
十六人は、その事実に、気づいた。
「……先生って」
リナが、呟いた。
「……何者なの?」
誰も、答えられなかった。
三
そのとき。
扉が、ノックされた。
「……はい」
バルドが、答えた。
扉が、開いた。
そこに、アルヴィスが、立っていた。
「……おはようございます」
彼は、言った。
十六人は、緊張した。
「……眠れませんでしたか」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……当然です」
アルヴィスは、頷いた。
「……あのような話を、聞いた後では」
彼は、部屋に、入ってきた。
そして、椅子に、座った。
「……今日は、続きを、話します」
「……続き?」
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……昨日は、事実だけを、話しました」
彼は、続けた。
「……今日は、意味を、話します」
四
「……まず、一つ、質問します」
アルヴィスは、言った。
「……はい」
「……あなた方は、なぜ、十六人なのだと、思いますか」
十六人は、その問いに、考えた。
「……たまたま、じゃないんですか」
リナが、答えた。
「……いいえ」
アルヴィスは、首を振った。
「……十六という数字には、意味があります」
彼は、続けた。
「……賢者の能力を、分類すると」
アルヴィスは、指を、折った。
「……剣術。魔術。格闘。錬金術。商才。料理。医術。鍛冶」
「……」
「……弓術。召喚術。汎用性。探索。交渉。指揮。建築。農業」
彼は、言った。
「……十六です」
十六人は、その言葉に、息を、呑んだ。
「……これが、賢者の、構成要素です」
アルヴィスは、続けた。
「……当時の研究者たちは、そう、考えました」
五
「……で、どうしたんですか」
バルドが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……一人の赤子に、十六の能力を、全部、与えようとしました」
「……」
「……しかし、失敗しました」
彼は、続けた。
「……赤子は、耐えられなかった」
「……死んだんですか」
エマが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……三人、死にました」
十六人は、その言葉に、沈黙した。
「……そこで」
アルヴィスは、続けた。
「……方針が、変更されました」
彼は、言った。
「……一人に、十六の能力を、与えるのではなく」
「……」
「……十六人に、一つずつ、与える」
六
「……分けたんですか」
トムが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……賢者を、十六に、分割しました」
彼は、続けた。
「……そして、それを、十六人の赤子に、埋めました」
「……」
「……理論上は」
アルヴィスは、言った。
「……十六人が、揃えば、一人の賢者に、なるはずでした」
十六人は、その説明を、聞いた。
そして、バルドが、呟いた。
「……十六の、破片」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……それが、私が、言った言葉の意味です」
七
「……でも」
ミアが、言った。
「……はい」
「……失敗した、って」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……なぜ、失敗したんですか」
彼は、答えた。
「……副作用です」
「……副作用?」
「……はい」
アルヴィスは、続けた。
「……一つの能力を、極大にすると」
彼は、言った。
「……その反対側が、極小になる」
「……」
「……剣術の適性を、極大にすれば」
アルヴィスは、続けた。
「……平衡感覚が、失われる」
レオンが、その言葉に、反応した。
「……俺、ですか」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……あなたの剣術適性は」
彼は、続けた。
「……記録上、史上最高です」
八
「……史上、最高?」
レオンが、聞き返した。
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……剣の才能だけなら」
彼は、続けた。
「……あなたは、大賢者殿を、超えています」
十六人が、驚いた。
「……そんな、はずが」
レオンは、首を振った。
「……俺、転ぶんですよ」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……だから、失敗なのです」
彼は、続けた。
「……史上最高の剣才を、持ちながら」
「……」
「……立っていられない」
アルヴィスは、言った。
「……それが、あなたです」
レオンは、その言葉に、拳を、握った。
「……ふざけるな」
彼は、呟いた。
「……ふざけるな!」
そして、叫んだ。
九
「……なんで」
レオンは、言った。
「……なんで、そんなことを」
「……」
「……俺、十年、練習したんだ」
彼は、続けた。
「……毎日、毎日」
「……」
「……親父に、認められたくて」
レオンの声が、震えていた。
「……でも、駄目だった」
「……」
「……何度やっても、転んだ」
彼は、言った。
「……俺、自分が、才能ないんだと、思ってた」
「……」
「……でも、違った」
レオンは、続けた。
「……才能は、あった」
「……」
「……あんたらが、壊しただけだ」
アルヴィスは、その言葉を、受け止めた。
そして、言った。
「……その通りです」
十
「……申し開きは、しません」
アルヴィスは、続けた。
「……私は、加害者です」
彼は、言った。
「……あなた方の人生を、壊した一人です」
「……」
「……謝罪しても、戻りません」
アルヴィスは、続けた。
「……だから、謝りません」
十六人は、その言葉に、驚いた。
「……謝らないんですか」
エマが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……謝罪は、加害者が、楽になるための行為です」
彼は、続けた。
「……私は、楽になる資格が、ありません」
「……じゃあ」
バルドが、聞いた。
「……なぜ、僕たちを、呼んだんですか」
アルヴィスは、答えた。
「……使うためです」
十一
「……使う?」
ガルドが、聞き返した。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……お前」
ガルドが、立ち上がった。
「……ふざけんな」
「……ガルドさん」
エマが、止めた。
「……いや」
ガルドは、続けた。
「……俺たちを、実験動物にして」
「……」
「……今度は、道具にするのか」
アルヴィスは、答えた。
「……はい」
「……!」
ガルドが、殴りかかろうとした。
しかし。
「……待ってください」
バルドが、止めた。
「……バルド!」
「……最後まで、聞きましょう」
彼は、言った。
「……この人、まだ、話し終えていません」
十二
アルヴィスは、バルドを、見た。
そして、頷いた。
「……賢明ですね」
彼は、言った。
「……では、続けます」
アルヴィスは、一枚の書類を、取り出した。
そして、机に、置いた。
そこには、こう書かれていた。
『第二期計画・実施中』
十六人が、その文字を、読んだ。
「……第二期?」
トムが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……賢者計画は」
彼は、続けた。
「……中止されて、いません」
「……え?」
「……十六年前、私が、中止させたのは」
アルヴィスは、言った。
「……第一期だけです」
十三
「……どういう、ことですか」
バルドが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……計画は、続いていました」
「……」
「……別の場所で」
彼は、続けた。
「……別の資金で」
「……」
「……私の、知らないところで」
アルヴィスは、言った。
「……そして、五年前」
彼は、続けた。
「……私は、それを、知りました」
「……」
「……第二期計画」
アルヴィスは、言った。
「……被験者、三十二名」
十四
「……三十二人」
ミアが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……第一期の、倍です」
「……なぜ、倍なんですか」
トムが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……失敗を、学習したからです」
「……」
「……第一期は、十六人に、一つずつ、与えました」
彼は、続けた。
「……しかし、それでは、副作用が、大きすぎた」
「……」
「……そこで、第二期では」
アルヴィスは、言った。
「……三十二人に、半分ずつ、与えました」
十五
「……半分?」
バルドが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……一つの能力を、二人で、分けます」
彼は、続けた。
「……そうすれば、副作用は、半分になります」
「……」
「……そして、二人揃えば、一つの能力になる」
アルヴィスは、言った。
「……理論上は、成功です」
十六人は、その説明を、聞いた。
「……成功、してるんですか」
エマが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……はい」
彼は、続けた。
「……第二期の被験者は」
「……」
「……全員、健常です」
十六
「……健常」
レオンが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……欠点は、ありません」
彼は、続けた。
「……そして、能力は、極めて、高い」
「……」
「……現在、十三歳」
アルヴィスは、言った。
「……すでに、王国軍の、精鋭を、上回っています」
十六人は、その言葉に、動揺した。
「……十三歳で」
ガルドが、呟いた。
「……はい」
「……俺たちより、強いのか」
アルヴィスは、答えた。
「……一人ずつなら」
彼は、続けた。
「……確実に、上です」
十七
沈黙。
そして、バルドが、聞いた。
「……宰相閣下」
「……はい」
「……なぜ、僕たちに、これを、話すんですか」
アルヴィスは、答えた。
「……止めたいからです」
「……第二期を、ですか」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……なぜ、ですか」
バルドは、聞いた。
「……成功しているなら」
彼は、続けた。
「……国にとっては、いいことでは」
アルヴィスは、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……三十二人は」
彼は、言った。
「……人間では、ありません」
十八
「……人間じゃ、ない?」
エマが、聞き返した。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……どういう、意味ですか」
彼は、答えた。
「……感情が、ありません」
「……」
「……喜びも、悲しみも、怒りも」
アルヴィスは、続けた。
「……何も、ありません」
「……」
「……命令に、従うだけです」
十六人は、その言葉に、凍りついた。
「……なぜ、ですか」
トムが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……副作用を、半分にするために」
彼は、続けた。
「……感情を、削ったからです」
十九
「……感情を、削る」
ミアが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……感情は、能力の妨げになります」
彼は、続けた。
「……恐怖は、剣を、鈍らせる」
「……」
「……迷いは、判断を、遅らせる」
「……」
「……だから、削った」
アルヴィスは、言った。
「……その結果」
彼は、続けた。
「……完璧な、兵士が、生まれました」
「……」
「……そして、三十二人の、子供が、消えました」
二十
「……消えた?」
バルドが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……体は、あります」
彼は、続けた。
「……歩きます。喋ります。戦います」
「……」
「……しかし、中身が、ありません」
アルヴィスは、言った。
「……名前を、聞いても」
彼は、続けた。
「……番号で、答えます」
「……」
「……『被験体七号』と」
十六人は、その光景を、想像した。
そして、震えた。
「……それ」
リナが、言った。
「……あたしたちも、そうなってたかもしれないってこと?」
アルヴィスは、答えた。
「……はい」
彼は、続けた。
「……第一期が、成功していたら」
「……」
「……あなた方も、そうなっていました」
二十一
「……つまり」
トムが、言った。
「……はい」
「……僕たちが、欠陥品だったから」
彼は、続けた。
「……人間で、いられた」
アルヴィスは、頷いた。
「……そうです」
彼は、言った。
「……皮肉なことに」
「……」
「……失敗が、あなた方を、救いました」
十六人は、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、誰も、話さなかった。
そして、ノアが、口を、開いた。
「……宰相閣下」
「……はい」
「……一つ、質問が、あります」
「……どうぞ」
ノアは、聞いた。
「……昨日、なぜ、嘘を、ついたんですか」
二十二
アルヴィスの、動きが、止まった。
「……嘘?」
「……はい」
ノアは、頷いた。
「……『失敗した』と、言ったとき」
彼女は、続けた。
「……指が、動きました」
アルヴィスは、しばらく、黙っていた。
そして、笑った。
「……なるほど」
彼は、言った。
「……報告通りだ」
彼は、続けた。
「……あなたの観察力は、異常だと」
「……答えて、ください」
ノアは、言った。
アルヴィスは、頷いた。
「……いいでしょう」
彼は、答えた。
「……第一期は、失敗ではありません」
二十三
「……成功、してたんですか」
バルドが、聞いた。
「……いいえ」
アルヴィスは、首を振った。
「……成功でも、失敗でも、ありません」
彼は、続けた。
「……当時の、目的は」
アルヴィスは、言った。
「……『一人の賢者を、作ること』でした」
「……はい」
「……その目的から見れば、失敗です」
彼は、続けた。
「……しかし」
アルヴィスは、言った。
「……別のものが、生まれました」
「……別の?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……十六人で、一つの生き物になる、集団です」
二十四
十六人は、その言葉に、息を、呑んだ。
「……あなた方は」
アルヴィスは、続けた。
「……一人では、欠陥品です」
「……」
「……しかし、十六人で、揃うと」
彼は、言った。
「……一人の賢者を、超えます」
「……超える?」
トムが、聞き返した。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……なぜなら」
彼は、続けた。
「……十六の視点が、あるからです」
「……」
「……一人の賢者は、一つの視点しか、持てません」
アルヴィスは、言った。
「……しかし、あなた方は、十六」
「……」
「……同時に、十六の場所を、見られる」
二十五
「……それが」
バルドが、言った。
「……はい」
「……『十六の破片』の、本当の意味ですか」
アルヴィスは、頷いた。
「……そうです」
彼は、続けた。
「……あなた方は、破片です」
「……」
「……しかし、割れた壺の破片では、ありません」
アルヴィスは、言った。
「……それぞれが、独立した、目です」
彼は、続けた。
「……そして、それが、十六個、繋がっている」
「……」
「……そんなものは」
アルヴィスは、言った。
「……歴史上、存在しません」
二十六
「……だから」
彼は、続けた。
「……私は、あなた方を、使いたい」
十六人は、その言葉を、聞いた。
「……何に、ですか」
バルドが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……第二期計画を、止めることに」
「……」
「……場所は、わかっています」
彼は、続けた。
「……北の、山中」
「……」
「……しかし、私には、動かせる兵が、いません」
アルヴィスは、言った。
「……なぜ、ですか」
トムが、聞いた。
「……計画の、後ろ盾が」
アルヴィスは、答えた。
「……王だからです」
二十七
十六人が、凍りついた。
「……王様が」
ミアが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……陛下は、第二期計画を、承認しています」
彼は、続けた。
「……そして、その完成を、待っている」
「……なぜ、ですか」
バルドが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……ゲルニア公国です」
「……」
「……三年前の紛争は、終わっていません」
彼は、続けた。
「……いずれ、大規模な戦争が、起きます」
「……」
「……そのとき」
アルヴィスは、言った。
「……三十二人の、感情のない兵士が、必要になる」
二十八
「……それで」
ガルドが、言った。
「……子供を、壊すのか」
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……ふざけるな」
ガルドは、拳を、握った。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……ふざけています」
彼は、続けた。
「……だから、止めたい」
十六人は、その言葉を、聞いた。
そして、バルドが、聞いた。
「……一つ、確認します」
「……どうぞ」
「……あなたは、王に、逆らうつもりですか」
アルヴィスは、答えた。
「……はい」
「……それは」
バルドは、続けた。
「……反逆です」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……死罪です」
彼は、言った。
「……知っています」
二十九
「……なぜ」
エマが、聞いた。
「……なぜ、そこまで」
アルヴィスは、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……私には、娘がいました」
十六人が、彼を、見た。
「……いました?」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……過去形です」
彼は、続けた。
「……三年前に、死にました」
「……」
「……第二期計画の、被験者でした」
十六人は、その言葉に、絶句した。
三十
「……娘さんが」
エマが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……私が、知らないうちに」
彼は、続けた。
「……連れて行かれました」
「……」
「……そして、処置を、受けました」
アルヴィスは、言った。
「……三十二人のうちの、一人として」
彼の声は、平坦だった。
しかし。
その手は、震えていた。
「……そして」
彼は、続けた。
「……処置に、耐えられませんでした」
「……」
「……九歳でした」
三十一
沈黙。
長い、沈黙。
そして、リナが、言った。
「……ごめん、なさい」
「……なぜ、謝るのですか」
アルヴィスは、聞いた。
「……あたし」
リナは、答えた。
「……あんたのこと、ひどい人だと、思ってた」
「……ひどい人ですよ」
アルヴィスは、言った。
「……私は、第一期の、実務担当でした」
彼は、続けた。
「……十六人の、赤子を、壊した」
「……」
「……その報いが」
アルヴィスは、言った。
「……娘の死です」
彼は、続けた。
「……当然の、報いです」
三十二
「……違います」
エマが、言った。
「……え?」
「……娘さんは、関係ありません」
彼女は、続けた。
「……あなたの罪と、娘さんの死は、別です」
「……」
「……娘さんは、あなたの罪の、報いじゃありません」
エマは、言った。
「……ただ、殺されたんです」
アルヴィスは、その言葉を、聞いた。
そして、しばらく、動かなかった。
そして。
「……そうですね」
彼は、言った。
その声が、微かに、震えていた。
「……そう、ですね」
彼は、繰り返した。
そして、初めて、目を、伏せた。
三十三
その日の午後。
十六人は、王城の庭で、話し合っていた。
大賢者は、いなかった。
「……どうする」
ガルドが、聞いた。
「……宰相の、話」
「……」
「……信じるか?」
十六人は、考えた。
「……ノアさん」
バルドが、聞いた。
「……はい」
「……今日の話に、嘘は」
ノアは、答えた。
「……ありませんでした」
「……全部?」
「……はい」
彼女は、頷いた。
「……特に、娘さんの話は」
ノアは、続けた。
「……嘘では、ありません」
「……」
「……あの人、あの話をするとき」
彼女は、言った。
「……呼吸が、止まりました」
三十四
「……じゃあ」
レオンが、言った。
「……信じるってことか」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……信じることと、協力することは、別です」
「……どういうこと?」
リナが、聞いた。
「……あの人の言うことは、本当だと思います」
バルドは、答えた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……僕たちが、動く理由には、なりません」
「……なんで?」
「……危険すぎるからです」
バルドは、言った。
「……王に、逆らうんですよ」
「……」
「……失敗したら、僕たち、全員、死にます」
三十五
「……でもさ」
リナが、言った。
「……三十二人の、子供が」
「……はい」
「……壊されてるんだよ?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……見捨てるの?」
リナは、聞いた。
バルドは、答えられなかった。
「……バルド」
トムが、言った。
「……はい」
「……君は、指揮官だ」
彼は、続けた。
「……だから、迷っていい」
「……」
「……でも、決めるのは、君だ」
バルドは、その言葉を、聞いた。
そして、頷いた。
「……はい」
彼は、言った。
「……少し、時間を、ください」
三十六
同じ頃。
フェアウッド村。
エリスは、村の外れに、立っていた。
彼女は、北を、見ていた。
「……」
風が、吹いていた。
そして、彼女は、それを、聞いていた。
音を。
匂いを。
そして、気配を。
「……いる」
彼女は、呟いた。
「……エリスさん?」
背後から、声が、した。
七歳の、女の子だった。
木の枝を、握っている。
「……どうしたの?」
「……ミナちゃん」
エリスは、答えた。
「……村に、戻ってください」
「……え?」
「……早く」
彼女の声が、鋭かった。
女の子は、その声に、驚いた。
そして、走り出した。
村へ。
三十七
エリスは、剣を、抜いた。
そして、北の森を、見た。
「……出てきなさい」
彼女は、言った。
沈黙。
そして。
森から、人影が、現れた。
一人。
小柄だった。
子供のように見える。
しかし。
エリスは、それが、子供ではないことを、知っていた。
いや。
正確には。
「子供の形をした、何か」だと、感じた。
「……」
その人影は、答えなかった。
ただ、立っていた。
「……名前は」
エリスは、聞いた。
そして、その人影は、答えた。
「……被験体、十一号」
三十八
エリスの、体が、緊張した。
「……被験体?」
「……はい」
その声は、子供の声だった。
しかし、抑揚が、なかった。
完全に。
「……何をしに、来た」
エリスは、聞いた。
「……観測」
十一号は、答えた。
「……観測?」
「……はい」
「……何を」
「……第一期被験体、十六名」
十一号は、答えた。
「……現在の、能力を、観測します」
エリスは、その言葉に、気づいた。
「……あの子たちを、狙っているのか」
「……いいえ」
十一号は、答えた。
「……観測です」
彼は、続けた。
「……攻撃の、許可は、出ていません」
三十九
「……なら」
エリスは、言った。
「……帰りなさい」
「……できません」
十一号は、答えた。
「……なぜ」
「……任務です」
エリスは、剣を、構えた。
「……では、私が、帰す」
「……推奨しません」
十一号は、言った。
「……あなたの、生命活動は」
彼は、続けた。
「……残り、百八十日です」
エリスの動きが、止まった。
「……なぜ、それを」
「……観測しました」
十一号は、答えた。
「……あなたの、皮膚の状態」
彼は、続けた。
「……呼吸の、周期」
「……」
「……歩行時の、体重移動」
十一号は、言った。
「……それらから、算出しました」
四十
エリスは、その言葉に、驚いた。
「……お前」
彼女は、言った。
「……何ができる」
十一号は、答えた。
「……観測です」
「……それだけか」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……戦闘能力は、低いです」
十一号は、続けた。
「……私は、観測特化型です」
エリスは、その言葉を、聞いた。
そして、理解した。
第二期の、三十二人。
彼らは、能力を、分けられている。
つまり。
「……お前の、相方は」
エリスは、聞いた。
十一号は、答えた。
「……被験体、十二号」
彼は、続けた。
「……戦闘特化型です」
そして。
エリスの、背後で。
音が、した。
四十一
エリスは、振り返らなかった。
代わりに、横に、跳んだ。
そして、その場所を。
剣が、通り過ぎた。
「……!」
エリスは、着地した。
そして、その相手を、見た。
もう一人の、子供。
同じ背丈。
同じ服。
しかし。
その手には、剣が、あった。
「……被験体、十二号」
その子供は、言った。
そして、駆けた。
速い。
エリスは、それを、剣で、受けた。
そして。
「……!」
彼女の腕が、痺れた。
重い。
十三歳の子供の、一撃ではなかった。
四十二
「……観測」
十一号の声が、した。
「……対象、エリス・ヴァレンティア」
彼は、続けた。
「……戦闘力、推定、王国軍師団長級」
「……」
「……ただし、生命活動の、低下により」
十一号は、言った。
「……全盛期の、六割」
十二号が、その情報を、聞いた。
そして、動きを、変えた。
より、速く。
より、鋭く。
エリスは、それを、受け続けた。
しかし。
「……くっ」
彼女は、押されていた。
一年前なら。
一撃で、倒せた相手だ。
しかし。
今は。
「……六割か」
エリスは、呟いた。
「……よく、見ている」
四十三
十分間、戦闘が、続いた。
そして。
エリスは、膝を、ついた。
「……はあ、はあ」
呼吸が、荒い。
顔の傷が、痛んだ。
「……観測、完了」
十一号が、言った。
「……対象の、限界時間、九分」
彼は、続けた。
「……以後、戦闘継続、不可能」
十二号が、剣を、構えた。
「……処理、しますか」
彼は、聞いた。
「……いいえ」
十一号は、答えた。
「……攻撃の、許可は、出ていません」
「……了解」
十二号は、剣を、下ろした。
そして、二人は、背を、向けた。
「……待て」
エリスが、言った。
二人が、止まった。
「……お前たち」
彼女は、聞いた。
「……名前は、ないのか」
四十四
十一号が、振り返った。
「……名前?」
「……そうだ」
エリスは、言った。
「……番号じゃなくて」
「……」
「……名前だ」
十一号は、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……不明です」
「……不明?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……記録に、ありません」
エリスは、その言葉を、聞いた。
そして、言った。
「……お前たちには」
彼女は、続けた。
「……親が、いたはずだ」
「……」
「……そして、名前を、つけたはずだ」
エリスは、言った。
「……思い出せ」
十一号は、答えなかった。
そして、しばらくして、言った。
「……不要です」
そして、二人は、消えた。
森の中へ。
四十五
エリスは、その場に、座り込んだ。
そして、空を、見上げた。
「……まずいな」
彼女は、呟いた。
「……あの子たち」
彼女は、続けた。
「……十三歳、か」
そして、彼女は、思い出した。
自分が、十三歳だった頃を。
大賢者に、拾われた年だ。
毎日、泣いていた。
何もできなくて。
しかし。
泣くことが、できた。
「……あの子たちは」
エリスは、言った。
「……泣けない」
彼女は、立ち上がった。
そして、村へ、歩き出した。
「……知らせなければ」
彼女は、呟いた。
「……先生に」
四十六
その夜。
王城。
十六人は、大賢者の部屋に、いた。
「……先生」
バルドが、言った。
「……なんだ」
「……決めました」
大賢者は、彼を、見た。
「……何を」
バルドは、答えた。
「……第二期計画を、止めます」
十六人が、頷いた。
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、聞いた。
「……理由は」
バルドは、答えた。
「……三十二人が、僕たちだからです」
四十七
「……お前たち?」
大賢者は、聞き返した。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……十八年前、僕たちは、実験されました」
彼は、続けた。
「……そして、失敗して、捨てられました」
「……」
「……でも、先生が、拾ってくれました」
バルドは、言った。
「……だから、僕たちは、生きています」
彼は、続けた。
「……でも、三十二人は」
「……」
「……誰も、拾っていません」
バルドは、言った。
「……だから、僕たちが、行きます」
四十八
大賢者は、その答えを、聞いた。
そして、微かに、笑った。
「……そうか」
彼は、言った。
「……危険だぞ」
「……はい」
「……王に、逆らうことになる」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……死ぬかもしれん」
「……はい」
「……それでも、行くか」
バルドは、答えた。
「……行きます」
大賢者は、頷いた。
「……わかった」
彼は、言った。
「……では、行こう」
そのとき。
扉が、激しく、叩かれた。
「……失礼します!」
兵士が、飛び込んできた。
「……なんだ」
「……伝令です!」
彼は、叫んだ。
「……フェアウッド村から!」
十六人が、立ち上がった。
「……何が、あった」
「……村が」
兵士は、続けた。
「……包囲されています」
第24話終了。




