第23話 「宰相の招待」
一
王都の門は、高かった。
十メートル。
そして、厚さが、二メートル。
「……でかい」
ドグが、呟いた。
「……これ、どうやって、作ったんだ」
「……百年かかったそうだ」
大賢者が、答えた。
「……百年」
レンが、その門を、見上げた。
「……傾いてませんね」
「……当たり前だろ」
ガルドが、笑った。
「……いえ」
レンは、首を振った。
「……本当は、傾いた方が、強いんです」
彼は、続けた。
「……でも、この門は、真っ直ぐです」
「……なんで」
「……美しさを、優先したんだと、思います」
レンは、言った。
「……強さより」
二
門をくぐると、そこは、別世界だった。
人。
人。
人。
道は、石畳。
両側に、店が、並んでいる。
そして、そのすべてが、賑やかだった。
「……すごい」
リナが、叫んだ。
「……人が、いっぱい!」
「……ポチ、犬は」
バルドが、聞いた。
「……外に、置いてきた」
ポチは、答えた。
「……この人混みじゃ、無理だ」
「……そうですね」
十六人は、その街を、歩いた。
そして、ミアが、呟いた。
「……ここ、豊かですね」
「……はい」
ノアが、頷いた。
「……ミルドンとは、全然、違います」
「……何が、違うんですか」
「……服です」
ノアは、答えた。
「……みんな、新しい服を、着ています」
彼女は、続けた。
「……そして、買い物を、しています」
「……見るだけじゃ、なくて」
「……はい」
三
「……先生」
トムが、聞いた。
「……なんだ」
「……なぜ、王都だけ、豊かなんですか」
大賢者は、答えた。
「……税が、集まるからだ」
「……集まる?」
「……ああ」
彼は、頷いた。
「……地方から、税を、取る」
「……」
「……そして、それは、王都に、送られる」
大賢者は、続けた。
「……そこで、使われる」
「……」
「……道の整備。城の修繕。役人の給料」
彼は、言った。
「……すべて、王都で、使われる」
トムは、その説明に、眉を、寄せた。
「……じゃあ」
彼は、言った。
「……ミルドンの人たちが、払った税で」
「……ああ」
「……この街が、豊かになってる」
「……そうだ」
大賢者は、頷いた。
「……それが、国というものだ」
四
十七人は、王城に、案内された。
そして、その規模に、圧倒された。
城壁の内側だけで、村が、丸ごと入る。
庭園。
噴水。
そして、彫刻。
「……なんだ、これ」
ガルドが、呟いた。
「……こんなに、金かけて」
「……ガルドさん」
エマが、小声で、言った。
「……声、抑えて」
「……あ、悪い」
そのとき。
一人の男が、現れた。
年齢は、五十代。
痩せている。
銀色の髪。
そして、鋭い目。
「……ようこそ、王都へ」
彼は、言った。
「……宰相、アルヴィス・グレイルです」
五
十六人は、緊張した。
しかし、アルヴィスは、笑った。
穏やかに。
「……そう、固くならないでください」
彼は、言った。
「……皆さんは、客人です」
「……」
「……そして、私は、皆さんに、感謝しています」
「……感謝?」
バルドが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……白い翼を、止めてくださった」
「……」
「……あれは、王国にとって、最大の脅威でした」
彼は、続けた。
「……それを、止めたのは、皆さんです」
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……僕たちは、何も」
「……謙遜は、不要です」
アルヴィスは、言った。
「……報告は、受けています」
彼は、続けた。
「……ヴェルド砦で、白い翼と、対峙した」
「……」
「……そして、彼女を、止めた」
アルヴィスは、言った。
「……見事です」
六
「……ところで」
彼は、大賢者を、見た。
「……大賢者殿」
「……なんだ」
「……お久しぶりです」
「……ああ」
「……十二年、ぶりでしょうか」
大賢者は、答えなかった。
「……あの頃は、よく、議論しましたね」
アルヴィスは、続けた。
「……国の、あり方について」
「……」
「……懐かしい」
彼は、笑った。
しかし、大賢者は、笑わなかった。
「……アルヴィス」
彼は、言った。
「……用件を、言え」
「……せっかちですね」
アルヴィスは、笑った。
「……昔から」
彼は、続けた。
「……いいでしょう」
そして、言った。
「……三日、滞在してください」
七
「……三日?」
バルドが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……その間、王都を、見てください」
「……見る?」
「……はい」
彼は、答えた。
「……市場。図書館。訓練場」
アルヴィスは、続けた。
「……どこでも、自由に」
「……なぜ、ですか」
「……皆さんに、知ってほしいからです」
彼は、言った。
「……この国を」
「……」
「……そして、三日目の夜」
アルヴィスは、続けた。
「……お話が、あります」
「……何の、話ですか」
彼は、答えた。
「……皆さんの、出自について」
十六人は、その言葉に、動揺した。
そして、大賢者が、初めて、口を開いた。
「……アルヴィス」
「……はい」
「……やめておけ」
「……なぜ、ですか」
大賢者は、答えた。
「……まだ、早い」
八
「……早い?」
アルヴィスは、聞き返した。
「……そうだ」
「……いつまで、待つのですか」
彼は、続けた。
「……十年ですか。二十年ですか」
「……」
「……大賢者殿」
アルヴィスは、言った。
「……あなたは、時間を、無限に持っている」
「……」
「……しかし、この子たちは、違います」
彼は、続けた。
「……人間には、寿命がある」
大賢者は、答えなかった。
「……そして」
アルヴィスは、言った。
「……知らないまま、死ぬのは、残酷です」
「……」
「……私は、そう思います」
彼は、大賢者を、見つめた。
「……あなたは、どう、思いますか」
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……三日、待て」
「……はい?」
「……三日後に、決める」
大賢者は、答えた。
「……その間、この子たちに、何も言うな」
アルヴィスは、しばらく、考えた。
そして、頷いた。
「……いいでしょう」
九
その夜。
用意された部屋。
十六人は、そこに、集まっていた。
部屋は、広かった。
そして、豪華だった。
ベッド。
絨毯。
そして、暖炉。
「……いい部屋だな」
ガルドが、言った。
「……はい」
「……でも」
彼は、続けた。
「……落ち着かねえ」
「……わかります」
ミアが、頷いた。
「……村の方が、いいです」
十六人は、笑った。
そして、バルドが、言った。
「……皆さん」
「……ん?」
「……宰相の言った、『出自』って」
十六人が、静かになった。
「……何だと、思いますか」
沈黙。
そして、トムが、言った。
「……たぶん」
「……はい」
「……僕たちが、なぜ、落ちこぼれなのか」
彼は、続けた。
「……その理由だと、思う」
十
「……理由?」
レオンが、聞いた。
「……うん」
トムは、頷いた。
「……考えてみて」
彼は、続けた。
「……僕たち、十六人」
「……」
「……全員が、何か一つ、極端に、駄目だ」
トムは、言った。
「……レオンは、転ぶ」
「……ミアは、魔力が、ない」
「……ガルドは、体力が、ない」
「……」
「……それって、偶然?」
十六人は、その問いに、考えた。
「……偶然、だろ」
ガルドが、言った。
「……そうかな」
トムは、首を振った。
「……僕たち、全員、他は、普通なんだ」
「……え?」
「……レオン。お前、転ぶ以外は、普通だろ」
「……まあ、そうだな」
「……ミアも、魔力以外は、普通だ」
「……はい」
「……ガルドも、体力以外は、普通」
トムは、続けた。
「……全員、そうだ」
彼は、言った。
「……一つだけ、極端に、駄目」
「……」
「……そして、他は、全部、普通」
十一
十六人は、その指摘に、沈黙した。
確かに。
そうだった。
「……普通、そんなことある?」
トムは、聞いた。
「……人って、もっと、バラバラだろ」
「……」
「……得意なことも、苦手なことも、いくつかある」
彼は、続けた。
「……でも、僕たちは、違う」
「……」
「……一つだけ、駄目」
トムは、言った。
「……まるで」
彼は、続けた。
「……誰かが、そう、作ったみたいに」
その言葉に。
十六人が、凍りついた。
「……作った?」
エマが、聞いた。
「……うん」
トムは、頷いた。
「……たぶん、そういうことだと思う」
十二
「……そんなの」
リナが、言った。
「……嘘だよ」
「……そうかも」
トムは、答えた。
「……でも」
彼は、続けた。
「……宰相は、知ってる」
「……」
「……そして、先生も、知ってる」
トムは、言った。
「……先生は、『まだ早い』って、言った」
「……」
「……つまり、いつかは、話すつもりなんだ」
十六人は、その言葉を、聞いた。
そして、バルドが、言った。
「……皆さん」
「……はい」
「……三日間、王都を、見ましょう」
彼は、続けた。
「……宰相の言う通り」
「……いいの?」
リナが、聞いた。
「……罠かも」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……たぶん、罠です」
「……じゃあ」
「……でも」
彼は、言った。
「……罠だとしても、見なければ、わかりません」
十三
一日目。
十六人は、王都を、歩いた。
そして、それぞれの視点で、街を、見た。
ノアとシオンは、市場に、行った。
「……ここ、豊かです」
ノアは、言った。
「……でも」
彼女は、続けた。
「……偏っています」
「……偏り?」
シオンが、聞いた。
「……はい」
ノアは、頷いた。
「……この通りは、豊かです」
彼女は、続けた。
「……でも、あっちの通りは」
ノアは、細い道を、指した。
そこには、粗末な家が、並んでいた。
「……貧しいです」
「……」
「……同じ街の中に、二つの世界が、あります」
十四
エマは、病院に、行った。
王都の、大病院。
そこには、多くの患者が、いた。
「……すごい」
彼女は、呟いた。
「……こんなに、大きい」
医師たちが、忙しく、動いている。
薬。
器具。
そして、専門的な知識。
「……あの」
エマは、一人の医師に、話しかけた。
「……なんだね」
「……見学、いいですか」
「……ああ、構わんよ」
医師は、答えた。
「……ただし、邪魔は、しないでくれ」
エマは、その日、一日、病院にいた。
そして、多くのことを、学んだ。
しかし。
夕方。
彼女は、一つのことに、気づいた。
「……あの」
彼女は、医師に、聞いた。
「……なんだね」
「……ここ、お金のない人は」
医師は、答えた。
「……来ない」
「……え?」
「……治療費が、高いからな」
彼は、続けた。
「……貧しい者は、来ても、払えん」
「……じゃあ」
エマは、聞いた。
「……その人たちは、どうするんですか」
医師は、答えた。
「……死ぬ」
十五
モモは、王都の外の、畑に、行った。
そして、驚いた。
「……広い」
畑が、地平線まで、続いている。
そして、その全部が、麦だった。
「……全部、麦」
彼女は、呟いた。
そして、土を、触った。
「……」
しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……これ、あと五年で、駄目になります」
「……なんだって?」
近くにいた、農夫が、聞いた。
「……この土」
モモは、答えた。
「……もう、限界です」
「……何を言ってる」
農夫は、笑った。
「……今年も、豊作だぞ」
「……はい」
モモは、頷いた。
「……でも、来年は、減ります」
彼女は、続けた。
「……再来年は、もっと」
「……」
「……そして、五年後には」
モモは、言った。
「……半分になります」
農夫は、その言葉に、笑った。
しかし。
その笑いは、少し、引きつっていた。
「……お嬢ちゃん」
彼は、聞いた。
「……なんで、そんなことが、わかる」
モモは、答えた。
「……土が、そう言っています」
十六
ドグとレンは、王都の、建築を、見た。
そして、その技術に、感嘆した。
「……すげえな」
ドグが、言った。
「……この石組み」
「……はい」
レンも、頷いた。
「……精密です」
しかし。
しばらく歩いてから。
レンが、立ち止まった。
「……ドグさん」
「……ん?」
「……あの建物」
彼は、一つの建物を、指した。
大きな倉庫だった。
「……どうした」
「……危ないです」
レンは、答えた。
「……危ない?」
「……はい」
彼は、続けた。
「……壁が、真っ直ぐです」
「……当たり前だろ」
「……いえ」
レンは、首を振った。
「……大きすぎます」
彼は、言った。
「……あの大きさで、真っ直ぐな壁だと」
「……」
「……地震が来たら、崩れます」
「……地震、来るのか」
「……わかりません」
レンは、答えた。
「……でも、来たら、崩れます」
十七
二日目。
ミアとリナは、王立図書館に、行った。
そこには、数万冊の本が、あった。
「……すごい」
ミアが、呟いた。
「……こんなに、本が」
彼女は、その中の一冊を、手に取った。
魔法陣の、本だった。
そして、それを、読み始めた。
一時間。
二時間。
三時間。
「……ミア」
リナが、声をかけた。
「……そろそろ、休んだら」
「……あ」
ミアは、顔を上げた。
「……すみません」
「……いいけど」
リナは、笑った。
「……で、どう?」
「……はい」
ミアは、答えた。
「……この本、間違っています」
「……え?」
十八
「……間違ってる?」
リナが、聞き返した。
「……はい」
ミアは、頷いた。
「……この魔法陣」
彼女は、ページを、指した。
「……ここの角度が、違います」
「……本当?」
「……はい」
ミアは、答えた。
「……この角度だと、魔力が、漏れます」
彼女は、続けた。
「……効率が、二割、落ちます」
リナは、その説明を、聞いた。
「……で、正しい角度は」
「……こうです」
ミアは、紙に、書いた。
「……これなら、漏れません」
リナは、その図を、見た。
そして、言った。
「……ミア」
「……はい」
「……あんた、天才じゃない?」
「……いえ」
ミアは、首を振った。
「……ただ」
彼女は、続けた。
「……魔力が、少ないから」
「……」
「……漏れに、敏感なんです」
十九
そのとき。
背後から、声が、した。
「……失礼」
二人が、振り返った。
そこに、一人の老人が、立っていた。
白い髭。
そして、学者のような、服装。
「……今の話」
彼は、言った。
「……本当かね」
「……あ、はい」
ミアは、答えた。
「……その魔法陣、間違っているというのは」
「……はい」
彼女は、頷いた。
老人は、その本を、手に取った。
そして、ページを、見た。
「……これは」
彼は、呟いた。
「……私が、書いた本だ」
ミアの顔が、青ざめた。
「……す、すみません!」
彼女は、頭を、下げた。
「……いや」
老人は、首を振った。
「……謝る必要は、ない」
彼は、続けた。
「……それより」
老人は、聞いた。
「……なぜ、間違いだと、わかった」
二十
ミアは、説明した。
魔力の、流れ。
角度による、漏れ。
そして、効率の、計算。
老人は、それを、聞いていた。
三十分。
そして、最後に、言った。
「……君は」
「……はい」
「……魔力が、少ないな」
ミアは、驚いた。
「……なぜ、わかるんですか」
「……見ればわかる」
老人は、答えた。
「……魔力の多い者は、こういう発想を、しない」
彼は、続けた。
「……余裕があるから、漏れを、気にしない」
「……」
「……しかし、君は、余裕がない」
老人は、言った。
「……だから、一滴も、無駄にできない」
ミアは、その言葉に、頷いた。
「……はい」
「……いい才能だ」
老人は、言った。
「……名は」
「……ミア・ルーンです」
「……ミアか」
老人は、頷いた。
「……覚えておこう」
そして、彼は、去っていった。
「……誰だったんだろ」
リナが、呟いた。
そのとき。
司書が、近づいてきた。
「……お嬢さん方」
「……はい」
「……今の方、ご存じですか」
「……いえ」
「……宮廷魔導師長、ヴィクトール様です」
二十一
三日目。
十六人は、王都の、訓練場に、行った。
そこには、王国軍の兵士たちが、いた。
数百人。
訓練を、していた。
「……すげえ」
ガルドが、呟いた。
「……本物の、軍隊だ」
彼らの動きは、揃っていた。
号令に、合わせて。
一斉に。
「……綺麗ですね」
ミアが、言った。
「……ああ」
しかし。
バルドは、それを、見て、何かに、気づいた。
「……あれ」
彼は、呟いた。
「……どうした」
トムが、聞いた。
「……あの動き」
バルドは、言った。
「……全部、同じです」
「……そりゃ、そうだろ」
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……全員が、同じ動きを、しています」
彼は、続けた。
「……つまり」
「……」
「……号令が、なかったら、動けません」
二十二
「……あ」
トムが、声を、上げた。
「……そうか」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……僕たちは、逆です」
彼は、続けた。
「……全員、違う動きを、します」
「……」
「……そして、号令は、要りません」
バルドは、言った。
「……情報を、共有すれば、勝手に、動けます」
トムは、その分析を、聞いた。
「……どっちが、強い?」
彼は、聞いた。
バルドは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……人数が、多ければ、あちらです」
「……」
「……千人で、同じ動きをすれば、圧倒的です」
彼は、続けた。
「……でも」
「……でも?」
「……予測、できます」
バルドは、言った。
「……号令を、聞けば、次の動きが、わかります」
二十三
そのとき。
背後から、声が、した。
「……いい分析だ」
十六人が、振り返った。
そこに、一人の男が、立っていた。
甲冑。
そして、見覚えのある顔。
「……ロラン卿!」
バルドが、叫んだ。
「……久しいな」
ロラン・デュヴァルが、笑った。
「……なぜ、ここに」
「……私の職場だ」
彼は、答えた。
「……第二師団は、王都に、駐屯している」
「……あ」
十六人は、頭を、下げた。
「……その節は、ありがとうございました」
「……礼は、不要だ」
ロランは、答えた。
そして、訓練場を、見た。
「……で」
彼は、聞いた。
「……我が軍の訓練は、どう見える」
バルドは、少し、迷った。
そして、答えた。
「……綺麗です」
「……それだけか」
「……いえ」
バルドは、続けた。
「……でも、号令が、途切れたら」
「……」
「……たぶん、崩れます」
二十四
ロランは、その言葉に、笑った。
「……その通りだ」
彼は、言った。
「……三年前、それで、負けかけた」
「……え?」
「……指揮官が、死んだ」
ロランは、続けた。
「……そうしたら、部隊が、動かなくなった」
「……」
「……千人が、立ち尽くしていた」
彼は、言った。
「……号令が、ないから」
十六人は、その話に、絶句した。
「……それで、どうなったんですか」
エマが、聞いた。
「……半分、死んだ」
ロランは、答えた。
「……私が、駆けつけたときには、遅かった」
「……」
「……以来、私は、考えている」
彼は、続けた。
「……号令がなくても、動ける部隊を、作れないか、と」
ロランは、十六人を、見た。
「……そして、君たちを、見て、思った」
彼は、言った。
「……それは、可能だ、と」
二十五
「……バルド君」
ロランは、言った。
「……はい」
「……君たちは、どうやって、それを、実現した」
バルドは、答えた。
「……情報を、共有しました」
「……情報?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……見えたものを、全員に、伝えます」
「……」
「……そうすると、全員が、同じ状況を、把握できます」
バルドは、続けた。
「……そして、それぞれが、判断します」
「……」
「……判断は、違います」
彼は、言った。
「……でも、同じ状況を、見ているので」
「……」
「……結果的に、噛み合います」
ロランは、その説明を、聞いていた。
そして、言った。
「……なるほど」
彼は、続けた。
「……しかし、それは、十六人だからできる」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……千人では、無理です」
「……そうだな」
ロランは、言った。
「……しかし」
彼は、続けた。
「……十六人の、部隊を、六十個、作れば」
二十六
「……!」
バルドが、驚いた。
「……千人になります」
「……そうだ」
ロランは、頷いた。
「……そして、その六十個が、情報を、共有すれば」
「……」
「……千人が、号令なしで、動く」
ロランは、言った。
「……理論上は、可能だ」
バルドは、その発想に、震えた。
「……ロラン卿」
「……なんだ」
「……それ、やるんですか」
「……やりたい」
ロランは、答えた。
「……しかし、許可が、下りん」
「……なぜ、ですか」
彼は、答えた。
「……危険だからだ」
二十七
「……危険?」
「……ああ」
ロランは、頷いた。
「……号令なしで動く部隊は」
彼は、続けた。
「……命令なしでも、動ける」
「……あ」
トムが、声を、上げた。
「……そうか」
「……そうだ」
ロランは、言った。
「……つまり、反乱が、可能になる」
十六人は、その言葉に、沈黙した。
「……上層部は、それを、恐れている」
ロランは、続けた。
「……だから、号令式を、変えない」
「……」
「……兵が、弱くても」
彼は、言った。
「……従順な方が、いい」
ロランは、訓練場を、見た。
「……それが、この国だ」
二十八
三日目の、夜。
十六人と、大賢者は、王城の、一室に、集められた。
そこには、アルヴィスが、いた。
そして、大きな机の上に。
一枚の、書類が、置かれていた。
古い書類。
黄ばんでいる。
「……どうぞ、お座りください」
アルヴィスは、言った。
十六人は、座った。
大賢者は、立ったままだった。
「……大賢者殿」
アルヴィスは、言った。
「……三日が、経ちました」
「……ああ」
「……ご決断は」
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……話せ」
十六人が、驚いた。
「……先生?」
レオンが、聞いた。
「……いいんですか」
「……ああ」
大賢者は、答えた。
「……ただし」
彼は、続けた。
「……アルヴィスが、知っていることだけだ」
二十九
「……それは、どういう意味ですか」
バルドが、聞いた。
大賢者は、答えた。
「……アルヴィスは、全部は、知らない」
「……」
「……だから、話せることも、限られている」
彼は、続けた。
「……そして、私は」
大賢者は、言った。
「……まだ、話さない」
十六人は、その言葉に、困惑した。
「……先生」
トムが、聞いた。
「……なぜ、ですか」
大賢者は、答えた。
「……話せば、お前たちが、壊れるからだ」
三十
沈黙。
そして、アルヴィスが、口を、開いた。
「……では、私から」
彼は、その書類を、十六人の前に、置いた。
十六人は、それを、見た。
そこには、こう書かれていた。
『賢者計画・第一期被験者、十六名』
「……賢者計画?」
バルドが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……今から、十八年前」
彼は、続けた。
「……この国で、ある計画が、実行されました」
「……」
「……その名を、『賢者計画』と、言います」
十六人は、その言葉を、聞いた。
「……目的は」
トムが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……人為的に、賢者を、作ること」
三十一
「……賢者を、作る?」
ミアが、聞き返した。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……賢者とは、何か」
彼は、続けた。
「……すべての分野に、精通した者です」
「……」
「……剣。魔法。医術。錬金術。建築。農業。交渉。指揮」
アルヴィスは、言った。
「……そのすべてに、超一流の者」
「……」
「……そんな人間は、通常、生まれません」
彼は、続けた。
「……しかし、この国には、一人、いました」
アルヴィスは、大賢者を、見た。
「……あなたです」
大賢者は、答えなかった。
「……そこで、王国は、考えました」
アルヴィスは、続けた。
「……『もう一人、作れないか』と」
三十二
「……作れるんですか」
エマが、聞いた。
「……わかりません」
アルヴィスは、答えた。
「……しかし、試みられました」
彼は、続けた。
「……十八年前」
「……」
「……十六人の、赤子が、選ばれました」
十六人は、その言葉に、凍りついた。
「……十六人」
レオンが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……全員、同じ年に、生まれた子供です」
彼は、続けた。
「……そして、全員、国内の、別々の場所で」
「……」
「……親には、知らされていません」
アルヴィスは、言った。
「……ただ、生後すぐに、ある処置が、行われました」
三十三
「……処置?」
バルドが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……内容は、記録に、残っていません」
彼は、続けた。
「……しかし、結果は、残っています」
アルヴィスは、その書類を、めくった。
そこには、こう書かれていた。
『被験者一:剣術適性、極大。ただし平衡感覚に重篤な障害』
『被験者二:魔術理論適性、極大。ただし魔力保有量、極小』
『被験者三:格闘適性、極大。ただし持久力、極小』
十六人は、その記述を、読んだ。
そして。
震えた。
「……これ」
レオンが、呟いた。
「……俺だ」
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……被験者一。あなたです」
三十四
「……そんな」
ミアが、言った。
「……私も」
彼女は、その二行目を、指した。
「……魔術理論適性、極大。魔力保有量、極小」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……被験者二。あなたです」
十六人は、その書類を、順に、読んだ。
そして、全員が、自分の記述を、見つけた。
『被験者四:錬金適性、極大。ただし反応制御に重篤な障害』
『被験者五:観察力、極大。ただし対人接触に重篤な障害』
『被験者七:診断能力、極大。ただし血液忌避、重篤』
『被験者十一:全分野適性、平均。突出なし』
『被験者十二:空間把握、極大。ただし方位認識に重篤な障害』
『被験者十四:戦術直感、極大。ただし言語化能力に障害』
「……」
十六人は、その全部を、読んだ。
そして。
誰も、言葉を、発せなかった。
三十五
長い、沈黙。
そして、リナが、笑った。
「……なにそれ」
彼女は、言った。
「……なにそれ」
そして、泣いた。
「……あたしの、爆発って」
彼女は、続けた。
「……そういうこと?」
「……」
「……あたし、そう、作られたの?」
アルヴィスは、答えなかった。
「……あたし」
リナは、言った。
「……ずっと、自分が、駄目な子だと、思ってた」
「……」
「……努力が、足りないんだって」
彼女は、続けた。
「……もっと、頑張れば、できるんだって」
「……」
「……でも、違ったんだ」
リナは、言った。
「……最初から、そういう風に、作られてた」
三十六
「……リナ」
レオンが、言った。
「……なに」
「……落ち着け」
「……落ち着けるわけ、ないでしょ!」
彼女は、叫んだ。
「……あたしたち、実験動物だったんだよ!?」
「……」
「……親も、知らないところで!」
リナは、泣きながら、叫んだ。
「……ふざけんな!」
そして、彼女は、机を、叩いた。
書類が、飛んだ。
「……」
アルヴィスは、それを、静かに、拾った。
そして、言った。
「……お怒りは、当然です」
「……当然?」
リナは、睨んだ。
「……あんた、他人事だと思って」
「……いえ」
アルヴィスは、首を振った。
「……私は」
彼は、続けた。
「……この計画の、責任者の一人でした」
三十七
十六人が、凍りついた。
「……なんだって?」
ガルドが、立ち上がった。
「……当時、私は、二十代の、若い官僚でした」
アルヴィスは、続けた。
「……そして、この計画の、実務を、担当していました」
「……お前が」
ガルドが、拳を、握った。
「……お前が、俺たちを」
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……私です」
ガルドが、駆け出そうとした。
しかし。
「……やめろ」
大賢者が、止めた。
「……先生!」
「……やめろ、ガルド」
大賢者は、言った。
「……なんで、止めるんですか!」
「……こいつは」
大賢者は、答えた。
「……こいつは、計画を、止めた男だ」
三十八
「……止めた?」
ガルドが、聞き返した。
「……ああ」
大賢者は、頷いた。
「……十六年前」
彼は、続けた。
「……この計画は、中止された」
「……」
「……そして、その中止を、進言したのが」
大賢者は、アルヴィスを、見た。
「……この男だ」
十六人は、その言葉に、混乱した。
「……なぜ、ですか」
バルドが、聞いた。
アルヴィスは、答えた。
「……失敗したからです」
「……失敗?」
「……はい」
彼は、頷いた。
「……賢者は、生まれませんでした」
アルヴィスは、続けた。
「……代わりに、生まれたのは」
彼は、言った。
「……十六人の、欠陥品でした」
三十九
その言葉に。
十六人が、立ち上がった。
「……なんだと」
ガルドが、叫んだ。
「……もう一度、言ってみろ」
「……欠陥品です」
アルヴィスは、繰り返した。
「……当時の、記録には、そう、書かれています」
彼は、続けた。
「……計画は、失敗」
「……」
「……被験者十六名は、いずれも、実用に耐えず」
アルヴィスは、言った。
「……よって、計画を、中止する」
彼は、書類の、最後のページを、見せた。
そこには、こう書かれていた。
『被験体十六名、処分を検討す』
四十
「……処分」
エマが、呟いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……殺す、という意味です」
十六人は、その言葉に、震えた。
「……でも」
トムが、言った。
「……僕たち、生きています」
「……はい」
アルヴィスは、答えた。
「……なぜ、ですか」
彼は、答えた。
「……ある人物が、反対したからです」
そして、アルヴィスは、大賢者を、見た。
「……この方です」
四十一
十六人が、大賢者を、見た。
「……先生」
レオンが、言った。
「……先生が」
大賢者は、答えなかった。
「……大賢者殿は」
アルヴィスは、続けた。
「……こう、言いました」
彼は、その言葉を、再現した。
「……『欠陥ではない』」
「……」
「……『それは、まだ名前のない才能だ』」
「……」
「……『十六年後、私が、証明する』」
アルヴィスは、言った。
「……そして、十六人は、それぞれの家に、返されました」
彼は、続けた。
「……記録は、封印されました」
「……」
「……そして、大賢者殿は、姿を、消しました」
四十二
「……姿を、消した?」
ミアが、聞いた。
「……はい」
アルヴィスは、頷いた。
「……十六年間」
彼は、続けた。
「……誰も、この方の、居場所を、知りませんでした」
「……」
「……そして、一年前」
アルヴィスは、言った。
「……突然、現れた」
彼は、大賢者を、見た。
「……十六人の弟子を、連れて」
十六人は、その事実に、気づいた。
そして、レオンが、聞いた。
「……先生」
「……なんだ」
「……俺たちが、塾に来たのは」
彼は、続けた。
「……偶然じゃ、なかったんですか」
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……偶然では、ない」
四十三
「……探したんですか」
レオンは、聞いた。
「……ああ」
大賢者は、答えた。
「……十六年間」
「……」
「……一人ずつ」
彼は、続けた。
「……お前たちを、探した」
十六人は、その言葉を、聞いた。
「……そして」
大賢者は、言った。
「……見つけた」
「……」
「……全員が、不幸だった」
彼は、続けた。
「……レオンは、父に、勘当されていた」
「……」
「……ミアは、実家で、笑われていた」
「……」
「……シルフィは、九年間、目を、閉じていた」
「……」
「……全員が」
大賢者は、言った。
「……自分を、駄目な人間だと、思っていた」
四十四
「……だから」
大賢者は、続けた。
「……私は、塾を、開いた」
彼は、言った。
「……そして、お前たちを、集めた」
十六人は、その説明を、聞いた。
そして。
バルドが、聞いた。
「……先生」
「……なんだ」
「……なぜ、僕たちを、助けようと、思ったんですか」
大賢者は、答えなかった。
「……先生」
「……」
「……それは」
大賢者は、言った。
「……まだ、話せない」
十六人は、その答えに、沈黙した。
「……なぜですか」
トムが、聞いた。
「……話せば」
大賢者は、答えた。
「……お前たちは、私を、憎むかもしれん」
四十五
「……憎む?」
レオンが、聞き返した。
「……ああ」
大賢者は、頷いた。
「……そんなこと」
「……あるかもしれん」
彼は、言った。
「……だから、まだ、話さない」
大賢者は、続けた。
「……しかし」
彼は、言った。
「……いつか、必ず、話す」
「……いつ、ですか」
バルドが、聞いた。
大賢者は、答えた。
「……お前たちが、十六人で、一人になったときだ」
「……え?」
「……エリスとの戦いで、お前たちは、一撃を、入れた」
彼は、続けた。
「……しかし、まだ、不完全だ」
「……」
「……本当に、十六人が、一つになったとき」
大賢者は、言った。
「……そのとき、話す」
四十六
その夜。
用意された部屋。
十六人は、そこに、集まっていた。
誰も、話さなかった。
一時間。
二時間。
そして、リナが、口を、開いた。
「……ねえ」
「……ん?」
「……あたしたち、どうする?」
「……どうするって」
レオンが、聞いた。
「……先生のこと」
リナは、続けた。
「……信じる?」
沈黙。
そして、トムが、言った。
「……僕は、信じる」
「……なんで?」
「……一年、一緒にいたから」
トムは、答えた。
「……あの人が、僕たちを、利用してるようには、見えない」
「……でも」
リナは、言った。
「……何か、隠してる」
「……うん」
トムは、頷いた。
「……隠してる」
彼は、続けた。
「……でも、それは、たぶん」
「……」
「……僕たちを、守るためだ」
四十七
「……エリスさんと、同じだ」
シルフィが、言った。
「……え?」
「……先生は、エリスさんにも、理由を、言いませんでした」
彼女は、続けた。
「……『言えば、君が死ぬ』と」
「……あ」
ミアが、声を、上げた。
「……そうです」
シルフィは、頷いた。
「……たぶん、同じ理由です」
十六人は、その指摘に、考えた。
「……つまり」
バルドが、言った。
「……真実を、知ると、危険」
「……はい」
「……なぜ?」
エマが、聞いた。
誰も、答えられなかった。
そして、ノアが、言った。
「……一つ、気になることが、あります」
「……なに?」
「……宰相です」
ノアは、続けた。
「……あの人、嘘を、ついていました」
四十八
「……嘘?」
バルドが、聞いた。
「……はい」
ノアは、頷いた。
「……どこで、ですか」
「……『失敗した』と、言ったところです」
彼女は、答えた。
「……」
「……あのとき、あの人の、指が、動きました」
ノアは、続けた。
「……嘘をつくときの、癖です」
十六人は、その指摘に、驚いた。
「……つまり」
トムが、言った。
「……計画は」
「……はい」
ノアは、頷いた。
「……成功していたのかも、しれません」
沈黙。
そして、バルドが、呟いた。
「……何が、成功したんだ」
誰も、答えられなかった。
四十九
同じ頃。
宰相の、執務室。
アルヴィスは、一人で、座っていた。
そして、書類を、見つめていた。
『賢者計画・第一期被験者、十六名』
「……」
彼は、その書類の、裏を、めくった。
そこには、もう一枚、紙が、あった。
それは、十六人には、見せていないものだった。
そこには、こう書かれていた。
『第二期計画・実施中』
そして、その下に。
『被験者、三十二名』
アルヴィスは、その紙を、見つめた。
そして、呟いた。
「……止めなければ」
彼は、続けた。
「……今度こそ」
第23話終了。




