第19話 「七百五十一人の村」
一
四月の、二十日。
避難民が来て、十日が経った。
村は、混乱していた。
朝、井戸の前に、長い列ができる。
百人以上。
水を汲むのに、二時間かかる。
「……次の人!」
「……早くしてくれ!」
「……押すな!」
怒鳴り声が、飛んだ。
十日前まで、この村の井戸は、静かだった。
二百人の村人が、のんびりと、順番に、水を汲んでいた。
しかし、今は。
七百五十一人。
井戸は、二つしかない。
「……足りません」
ニナが、言った。
彼女は、井戸の水位を、見ていた。
「……このままだと、一か月で、枯れます」
「……一か月」
バルドが、呟いた。
「……それまでに、新しい水源を、見つけないと」
「……探せますか」
「……探す」
ニナは、頷いた。
「……絶対、探す」
二
問題は、水だけではなかった。
食糧。
住居。
便所。
ごみ。
そして、なによりも。
人間関係だった。
「……おい、そこ、俺の畑だ!」
村人の男が、叫んだ。
「……え?」
避難民の男が、驚いた。
「……そこ、勝手に、耕すな!」
「……いや、誰も使ってないと」
「……使ってなくても、俺の土地だ!」
「……すみません」
「……すみませんで、済むか!」
村人の男は、鍬を、振り上げた。
「……やめて!」
近くにいた、モモが、駆け寄った。
「……やめてください!」
「……なんだ、お前」
「……その土地」
モモは、言った。
「……去年から、使われていません」
「……」
「……土が、固くなっています」
彼女は、続けた。
「……もう、三年、耕していませんよね」
村人の男は、答えられなかった。
「……関係ねえ」
彼は、言った。
「……俺の土地だ」
そして、去っていった。
モモは、その背中を、見送った。
「……モモさん」
避難民の男が、言った。
「……すみません」
「……いえ」
モモは、首を振った。
「……あの人の言うことも、正しいです」
「……」
「……土地は、あの人のものです」
彼女は、続けた。
「……勝手に、使っては、いけません」
三
その日の夜。
塾の大部屋。
十六人が、集まっていた。
「……問題が、多すぎます」
バルドが、言った。
彼は、紙に、問題を、書き出していた。
一、水が足りない 二、食糧が足りない 三、家が足りない 四、便所が足りない 五、土地の所有権 六、村人と避難民の対立
「……六つ、ありますね」
トムが、言った。
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……たぶん、もっとあります」
彼は、続けた。
「……これは、僕が気づいたものだけです」
「……」
「……気づいていない問題が、たくさんあると、思います」
十六人は、沈黙した。
「……どうする?」
ガルドが、聞いた。
「……先生に、聞くか?」
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……先生は、たぶん、答えません」
「……だよな」
ガルドは、笑った。
「……あの人、絶対、答えないもんな」
「……はい」
バルドは、頷いた。
そして、言った。
「……だから、僕たちで、考えます」
四
翌日から、十六人は、動き始めた。
まず、ニナとトムが、水源を、探しに出た。
村の周囲、五キロ。
すべてを、歩いた。
そして、三日目。
ニナが、叫んだ。
「……あった!」
村の、北東。
小さな谷。
そこに、湧き水が、あった。
「……水量は?」
トムが、聞いた。
ニナは、しばらく、その水を、見つめた。
そして、答えた。
「……たぶん、一日に、五トン」
「……五トン」
トムは、計算した。
「……七百五十人だと、一人あたり、六リットル」
「……足りますか」
「……ぎりぎり」
トムは、答えた。
「……飲むだけなら、足りる。でも、洗濯とか、風呂は、無理だ」
「……」
「……でも、井戸と合わせれば、なんとかなる」
彼は、続けた。
「……問題は」
トムは、村の方を、見た。
「……ここから、村まで、二キロある」
五
その夜。
十六人が、集まった。
「……水路を、作ります」
トムが、言った。
「……二キロの、水路?」
リナが、驚いた。
「……そんなの、できるの?」
「……レンさん」
トムが、聞いた。
「……できますか」
レンは、しばらく、考えた。
そして、答えた。
「……できます」
「……本当に?」
「……はい」
レンは、頷いた。
「……ただし、条件があります」
「……なんですか」
「……高低差です」
レンは、続けた。
「……水源が、村より、高い位置にないと、水は流れません」
「……あそこ、高いよ!」
ニナが、言った。
「……村より、二十メートルくらい、高い」
「……なら、大丈夫です」
レンは、答えた。
「……二キロで、二十メートル。……ちょうど、いい傾斜です」
「……傾斜?」
「……はい」
レンは、頷いた。
そして、言った。
「……水路は、傾いていないと、流れません」
十六人は、その言葉に、笑った。
「……レンさん」
ミアが、言った。
「……得意分野ですね」
「……はい」
レンは、少し、笑った。
「……傾けるのは、得意です」
六
水路の工事が、始まった。
しかし、それには、人手が、必要だった。
二キロ。
十六人だけでは、一か月かかる。
「……手伝ってもらいましょう」
バルドが、言った。
「……誰に」
「……全員です」
彼は、答えた。
「……村人も、避難民も、元盗賊も」
「……無理だろ」
ガルドが、言った。
「……あいつら、仲悪いぞ」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……だから、一緒に、やります」
七
翌朝。
村の広場。
バルドが、七百五十一人の前に、立った。
「……あの」
彼は、言った。
声が、震えていた。
七百五十一人。
十六人の前で話すのとは、比べものにならない。
「……えっと」
彼の頭が、真っ白になりかけた。
「バルド」
トムの声が、した。
「みんなじゃなくて、地面を見て」
バルドは、その言葉に、従った。
そして、地面を、見た。
呼吸が、少し、落ち着いた。
「……水が、足りません」
彼は、言った。
「……あと、一か月で、井戸が、枯れます」
ざわめきが、広がった。
「……北東に、湧き水を、見つけました」
バルドは、続けた。
「……そこから、水路を、引きます」
「……二キロです」
「……二キロ!?」
誰かが、叫んだ。
「……そんなの、できるわけねえ!」
「……できます」
バルドは、答えた。
「……七百五十一人、全員でやれば、十日で、できます」
八
「……なんで、俺たちが」
村人の一人が、言った。
「……水が足りないのは、こいつらが来たからだろ」
彼は、避難民を、指差した。
「……こいつらが、掘ればいい」
「……そうだ!」
村人たちが、頷いた。
「……なんで、俺たちが」
避難民の側も、反発した。
「……あんたら、水路ができたら、使うんだろ!」
「……使わないなら、掘らなくていいけどな!」
「……なんだと!」
場が、荒れた。
怒鳴り声が、飛び交った。
バルドは、その中で、立ち尽くしていた。
「……あの」
彼は、言った。
しかし、誰も、聞いていなかった。
「……あの!」
もう一度。
聞こえない。
そのとき。
「……静かに」
声が、した。
小さな声だった。
しかし。
なぜか、全員が、それを、聞いた。
シオンだった。
彼は、バルドの隣に、立っていた。
そして、ただ、七百五十一人を、見ていた。
沈黙。
奇妙な沈黙が、広場に、広がった。
誰も、話せなくなった。
「……」
シオンは、バルドを、見た。
そして、頷いた。
九
「……ありがとうございます」
バルドは、言った。
そして、七百五十一人を、見た。
今度は、目を、逸らさなかった。
「……皆さんの言うことは、正しいです」
彼は、言った。
「……村の人は、水が減って、迷惑しています」
「……」
「……避難民の人は、居場所がなくて、不安です」
「……」
「……どちらも、正しいです」
バルドは、続けた。
「……だから、僕には、どちらが悪いか、決められません」
彼は、言った。
「……でも、一つだけ、わかることが、あります」
「……」
「……このままだと、全員、水がなくなります」
バルドは、言った。
「……村の人も、避難民の人も」
「……」
「……七百五十一人、全員が」
沈黙。
「……だから」
バルドは、続けた。
「……お願いします」
そして、頭を、下げた。
「……一緒に、掘ってください」
十
沈黙が、続いた。
そして。
「……やるよ」
声が、した。
ジャンだった。
「……俺たち、三十四人、やる」
彼は、言った。
「……お前ら、盗賊だろ」
村人が、言った。
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……盗賊だった」
「……」
「……で、この村を、襲うつもりだった」
村人たちが、ざわめいた。
「……なんだと!?」
「……本当だ」
ジャンは、答えた。
「……去年の秋、俺たちは、この村を、標的に選んだ」
「……」
「……小さくて、守りが薄いからな」
彼は、続けた。
「……でも、襲わなかった」
「……なぜだ」
「……あいつらに、負けたからだ」
ジャンは、十六人を、指差した。
「……一人も、殺されずに、負けた」
「……」
「……で、この村で、一年、働くことになった」
ジャンは、言った。
「……最初は、嫌々だった」
「……」
「……でも、今は」
彼は、村を、見渡した。
「……この村が、好きだ」
十一
「……だからな」
ジャンは、続けた。
「……俺は、掘る」
「……」
「……この村のために」
彼は、言った。
「……お前らが、どうするかは、知らねえ」
そして、鍬を、担いだ。
「……行くぞ!」
「……おう!」
三十三人が、続いた。
三十四人が、歩き出した。
北東へ。
そして。
「……待って」
声が、した。
避難民の、老婆だった。
「……あたしも、行くよ」
「……ばあちゃん」
ココが、驚いた。
「……危ないよ」
「……大丈夫さ」
老婆は、笑った。
「……あたし、土いじりは、得意なんだ」
彼女は、歩き出した。
そして、避難民たちが、続いた。
十人。
五十人。
百人。
三百人。
五百人。
避難民、全員が、動いた。
そして。
村人たちは、その光景を、見ていた。
「……くそ」
村人の一人が、呟いた。
そして、鍬を、担いだ。
「……行くぞ」
「……おい」
「……あいつらだけに、やらせて、どうする」
彼は、言った。
「……俺たちの、村だぞ」
村人たちが、動き出した。
二百人。
そして。
七百五十一人が、北東へ、歩いていった。
十二
工事は、十二日、かかった。
予定より、二日、遅れた。
しかし、完成した。
二キロの、水路。
そして、水が、流れた。
村へ。
「……来た!」
誰かが、叫んだ。
「……水が、来た!」
七百五十一人が、歓声を、上げた。
そして、その水を、飲んだ。
冷たい。
そして、甘い。
「……うまい」
ジャンが、呟いた。
「……本当に、うまい」
「……そうだね」
老婆が、笑った。
そして、二人は、笑い合った。
盗賊と、避難民が。
一か月前なら、あり得なかった光景だった。
十三
しかし。
それで、問題が、解決したわけでは、なかった。
五月。
新しい問題が、起きた。
盗みだった。
「……誰だ!」
村人の男が、叫んだ。
「……俺の家から、パンが、なくなった!」
彼は、広場で、叫んでいた。
「……昨日の夜だ!」
「……」
「……絶対、あいつらだ!」
彼は、避難民を、指差した。
「……何を根拠に!」
避難民の男が、反論した。
「……お前ら以外に、誰がいる!」
「……ふざけるな!」
また、対立が、始まった。
そして、その日、村中が、パンの犯人を、探した。
しかし、見つからなかった。
十四
その夜。
十六人が、集まった。
「……どうします」
バルドが、聞いた。
「……犯人、探すの?」
リナが、聞いた。
「……はい」
「……でも、どうやって」
そのとき。
ノアが、言った。
「……知っています」
十五人が、驚いた。
「……え?」
「……犯人、知っています」
ノアは、続けた。
「……誰なんですか」
バルドが、聞いた。
ノアは、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……七歳の、女の子です」
十五
「……女の子?」
ミアが、聞いた。
「……はい」
ノアは、頷いた。
「……避難民の子です」
「……なぜ、わかったんですか」
「……今日、広場で」
ノアは、続けた。
「……皆が犯人を探しているとき」
「……」
「……その子だけ、地面を見ていました」
「……」
「……そして、右手を、後ろに隠していました」
ノアは、言った。
「……手が、汚れていたんです」
「……」
「……パンの、屑で」
十六人は、その説明を、聞いた。
「……で、どうする」
ガルドが、聞いた。
「……言うのか?」
「……」
バルドは、答えられなかった。
七歳の子。
盗みは、犯罪だ。
しかし。
「……その子、なんで、盗んだんだろう」
レオンが、呟いた。
「……お腹が、空いてたんじゃ」
「……いえ」
ノアは、首を振った。
「……食糧は、配られています」
「……じゃあ、なぜ」
ノアは、答えた。
「……たぶん、お母さんのためです」
十六
「……お母さん?」
エマが、聞いた。
「……はい」
ノアは、頷いた。
「……その子のお母さん、具合が、悪いです」
「……」
「……三日前から、食事に、来ていません」
ノアは、続けた。
「……ココさんの配給に」
ココが、驚いた。
「……え、そうなの?」
「……はい」
「……気づかなかった」
ココは、俯いた。
「……七百五十人もいるから」
「……仕方ありません」
ノアは、答えた。
「……エマさん」
バルドが、言った。
「……はい」
「……診に行ってもらえますか」
「……はい」
エマは、頷いた。
そして、立ち上がった。
「……今から、行きます」
十七
その夜。
エマは、避難民の、仮設小屋を、訪ねた。
そこには、一人の女性が、寝ていた。
三十代。
顔色が、悪い。
そして、その横に、七歳の女の子が、座っていた。
「……こんばんは」
エマは、言った。
女の子が、飛び上がった。
「……あ、あの」
彼女は、震えていた。
「……大丈夫」
エマは、しゃがんだ。
そして、女の子と、目線を、合わせた。
「……怒りに来たんじゃ、ないよ」
「……」
「……お母さんを、診に来たの」
エマは、言った。
そして、母親を、観察した。
呼吸。
肌の色。
そして、姿勢。
「……」
彼女は、しばらく、見つめた。
そして、言った。
「……この人、栄養失調です」
「……え?」
女の子が、驚いた。
「……ご飯、食べてないんです」
エマは、続けた。
「……三日以上」
「……」
「……なぜですか」
女の子は、答えなかった。
そして、しばらくして、言った。
「……お母さん、言ったの」
「……なんて?」
女の子は、泣きながら、答えた。
「……『あたしの分は、あんたが食べな』って」
十八
エマは、その言葉を、聞いた。
そして、女の子を、抱きしめた。
「……そっか」
「……」
「……だから、パンを」
「……うん」
女の子は、頷いた。
「……お母さんに、食べさせたくて」
「……」
「……でも、あたしの分は、ちょっとしかなくて」
「……」
「……だから、盗った」
女の子は、泣いた。
「……ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
エマは、その背中を、撫でた。
「……大丈夫」
彼女は、言った。
「……大丈夫だから」
十九
翌日。
村の広場。
七百五十一人が、集まっていた。
そして、その中央に。
バルドと、七歳の女の子が、立っていた。
「……この子です」
バルドは、言った。
「……パンを、盗んだのは」
ざわめきが、広がった。
「……七歳!?」
「……子供が!?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
そして、続けた。
「……理由は、お母さんに、食べさせるためです」
「……」
「……お母さんは、栄養失調です」
バルドは、言った。
「……自分の食事を、この子に、与えていました」
沈黙。
そして、パンを盗まれた男が、口を、開いた。
「……それでも、盗みは、盗みだ」
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……その通りです」
「……」
「……だから、この子は、謝ります」
彼は、女の子を、見た。
女の子は、震えながら、前に、出た。
そして、頭を、下げた。
「……ごめん、なさい」
彼女は、言った。
「……パンを、盗って、ごめんなさい」
二十
男は、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……いいよ」
「……え?」
「……もう、いい」
男は、答えた。
「……パン一個だ」
「……」
「……そんなことで、子供を、責めねえよ」
彼は、頭を、掻いた。
「……ただな」
「……はい」
「……次からは、言えよ」
男は、言った。
「……腹が減ってるって、言えば、やるから」
女の子は、その言葉に、泣いた。
そして、もう一度、頭を、下げた。
「……ありがとう、ございます」
二十一
しかし。
バルドは、そこで、終わらせなかった。
「……皆さん」
彼は、言った。
「……この件は、この子だけの問題では、ありません」
七百五十一人が、彼を、見た。
「……なぜ、この子は、盗んだのか」
バルドは、続けた。
「……食糧が、足りなかったからです」
「……」
「……いえ、正確には」
彼は、言い直した。
「……足りていたのに、届いていなかったからです」
「……」
「……お母さんが、食事に来られなかった」
バルドは、言った。
「……でも、誰も、気づかなかった」
「……」
「……七百五十一人もいるから」
彼は、続けた。
「……一人がいなくなっても、わからないんです」
沈黙。
「……だから」
バルドは、言った。
「……仕組みを、作ります」
二十二
バルドが、提案したのは、こういう仕組みだった。
十人組制度
七百五十一人を、十人ずつの組に、分ける。
七十六組。
各組に、組長を、一人。
組長の仕事は、たった一つ。
「……毎日、十人の顔を、見ること」
「……それだけ?」
村人が、聞いた。
「……それだけです」
バルドは、答えた。
「……誰かが、来なかったら、見に行く」
「……」
「……体調が悪ければ、エマさんに、伝える」
「……」
「……それだけで、今回のようなことは、防げます」
七百五十一人は、その提案を、聞いていた。
「……あと、一つ」
バルドは、続けた。
「……組は、混ぜます」
「……混ぜる?」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……村人と、避難民と、元盗賊を」
ざわめきが、広がった。
「……なんでだ!」
「……嫌だぞ、俺は!」
「……そうだ!」
反発が、起きた。
しかし。
バルドは、引かなかった。
「……理由を、言います」
彼は、言った。
「……村人だけの組を作ると、村人しか、守られません」
「……」
「……避難民だけの組を作ると、避難民しか、守られません」
バルドは、続けた。
「……それでは、この村は、二つに、割れます」
「……」
「……だから、混ぜます」
彼は、言った。
「……嫌かもしれません」
「……」
「……でも、一年後、あなたが倒れたとき」
バルドは、続けた。
「……助けに来るのは、たぶん、隣の組の人です」
二十三
沈黙。
長い、沈黙。
そして。
「……いいんじゃねえか」
ジャンが、言った。
「……俺は、賛成だ」
「……お前は、元盗賊だろ」
村人が、言った。
「……ああ」
ジャンは、頷いた。
「……だから、わかる」
彼は、続けた。
「……一人でいると、人は、悪くなる」
「……」
「……俺たちが、盗賊になったのは、一人だったからだ」
ジャンは、言った。
「……仲間はいた。でも、社会には、いなかった」
「……」
「……誰も、俺たちを、見ていなかった」
彼は、続けた。
「……だから、何をやってもいいと、思った」
ジャンは、七百五十一人を、見渡した。
「……見られてるってのは、たぶん、大事なことだ」
二十四
十人組制度は、導入された。
反対も、多かった。
三十人ほどの村人が、村を、出ていった。
「……こんな村、住めるか」
そう言って。
バルドは、その背中を、見送った。
「……止めなくて、いいのか」
ガルドが、聞いた。
「……はい」
バルドは、答えた。
「……全員を、幸せにはできません」
「……」
「……僕の決めたことで、傷つく人も、います」
彼は、続けた。
「……それは、僕が、背負います」
「……重いな」
ガルドが、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……重いです」
そして、彼は、少し、笑った。
「……でも、指揮官って、そういうものだと、思います」
二十五
六月。
村は、少しずつ、落ち着いてきた。
七十六組の、十人組。
毎朝、組長が、顔を見る。
そして、誰かがいなければ、見に行く。
その仕組みは、機能した。
病人の発見が、早くなった。
エマの仕事が、減った。
いや。
正確には、増えた。
しかし、重症化する前に、診られるようになった。
「……エマさん」
ある日、村人が、言った。
「……ありがとうな」
「……え?」
「……うちの婆さん、助かった」
彼は、続けた。
「……早く、見つけてくれたから」
エマは、その言葉に、頭を、下げた。
「……いえ」
彼女は、言った。
「……組長さんが、教えてくれたからです」
二十六
同じ頃。
畑も、広がっていた。
モモの指導で。
七百人が、耕した。
「……ここに、豆を」
モモは、言った。
「……こっちには、麦を」
「……そっちは、休ませてください」
彼女は、七百人に、教えた。
一人ずつ。
丁寧に。
「……モモさん」
避難民の男が、聞いた。
「……なんで、そこ、休ませるんですか」
「……土が、疲れているからです」
モモは、答えた。
「……土って、疲れるんですか」
「……はい」
モモは、頷いた。
「……人と、同じです」
彼女は、続けた。
「……ずっと働かせると、駄目になります」
「……なるほど」
男は、感心した。
「……モモさん、詳しいですね」
「……はい」
モモは、少し、笑った。
「……あたし、たくさん、枯らしましたから」
二十七
七月。
村は、大きく、変わっていた。
家、百三十軒。
畑、五倍。
水路、二キロ。
そして、七百二十一人。
三十人は、去った。
しかし、残った者たちは。
一つの、共同体に、なりつつあった。
「……先生」
ある日、バルドが、大賢者に、聞いた。
「……なんだ」
「……僕たち、間違えていませんか」
「……何がだ」
「……戦いの訓練を、していません」
バルドは、続けた。
「……エリスさんとの約束まで、あと、九か月です」
「……そうだな」
「……でも、僕たち、水路を掘ったり、家を建てたり」
バルドは、言った。
「……戦いの練習を、していません」
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、聞いた。
「……バルド」
「……はい」
「……お前は、この三か月で、何を学んだ」
バルドは、少し、考えた。
そして、答えた。
「……人を、動かすことです」
「……ほう」
「……七百人を、動かしました」
バルドは、続けた。
「……水路を、掘るために」
「……」
「……そのとき、命令は、しませんでした」
彼は、言った。
「……お願いしました」
大賢者は、頷いた。
「……それだ」
「……え?」
「……それが、指揮だ」
大賢者は、言った。
二十八
「……バルド」
大賢者は、続けた。
「……戦場で、部隊が動くのは、命令があるからではない」
「……」
「……兵が、その指揮官を、信じているからだ」
彼は、言った。
「……お前は、この三か月で、七百人の信頼を、得た」
「……」
「……それは、剣術より、遥かに、難しい」
バルドは、その言葉を、聞いた。
「……そして」
大賢者は、続けた。
「……他の十五人も、同じだ」
彼は、村を、見渡した。
「……モモは、七百人に、農業を教えた」
「……」
「……エマは、七百人の健康を、管理した」
「……」
「……ココは、七百人を、食わせた」
大賢者は、言った。
「……ノアは、七百人を、観察している」
「……」
「……ドグとレンは、百三十軒の家を、建てた」
彼は、続けた。
「……ニナは、水源を、見つけた」
「……」
「……これは、全部、実戦だ」
二十九
「……実戦?」
バルドが、聞き返した。
「……そうだ」
大賢者は、答えた。
「……戦争とは、殺し合いではない」
彼は、続けた。
「……食糧と、水と、住居と、人心の、奪い合いだ」
「……」
「……お前たちは、この三か月で、その全部を、経験した」
大賢者は、言った。
「……七百人を、飢えさせずに、生かした」
「……」
「……それができる部隊は、この国に、いくつあると思う」
バルドは、答えられなかった。
「……ほとんど、ない」
大賢者は、言った。
「……王国軍でも、できん」
彼は、続けた。
「……だから、安心しろ」
大賢者は、言った。
「……お前たちは、確実に、強くなっている」
三十
その夜。
塾の屋上。
十六人が、集まっていた。
村を、見下ろしていた。
百三十軒の家。
その窓に、灯りが、点いている。
「……増えたなあ」
レオンが、呟いた。
「……はい」
ミアが、頷いた。
「……一年前は、二百人でした」
「……今は、七百二十一人」
「……三倍以上ですね」
十六人は、その光景を、見つめていた。
「……なあ」
ガルドが、言った。
「……俺たち、強くなってるのかな」
「……先生は、そう言ってました」
バルドが、答えた。
「……でも、実感、ないんだよな」
ガルドは、続けた。
「……エリスに、負けたし」
「……はい」
「……あと、九か月で、勝てるようになるとは、思えねえ」
十六人は、沈黙した。
そして、トムが、言った。
「……勝たなくていいんだよ」
「……え?」
「……一撃、入れればいい」
トムは、続けた。
「……あの人、そう言った」
「……」
「……勝てとは、言ってない」
十六人は、その言葉を、考えた。
「……一撃、か」
レオンが、呟いた。
「……うん」
トムは、頷いた。
「……そのために、必要なのは」
彼は、言った。
「……十六人が、同時に、動くことだ」
三十一
「……で、それ、どうやるんだ」
ガルドが、聞いた。
「……わからない」
トムは、答えた。
「……おい」
「……でも、ヒントは、あると思う」
トムは、続けた。
「……この三か月だよ」
「……え?」
「……水路を掘ったとき」
トムは、言った。
「……七百人が、同時に、動いた」
「……」
「……あのとき、誰も、命令してない」
彼は、続けた。
「……でも、みんな、同じ方向に、動いた」
十六人は、その言葉を、聞いた。
「……なんで、だと思う?」
トムは、聞いた。
しばらく、誰も、答えなかった。
そして、シルフィが、言った。
「……目的が、同じだったからです」
「……そう」
トムは、頷いた。
「……水が、欲しい」
彼は、言った。
「……それだけは、七百人、全員、同じだった」
「……」
「……だから、動けた」
トムは、続けた。
「……僕たちも、同じだ」
彼は、十五人を、見渡した。
「……十六人が、同じものを、見る」
「……」
「……そうすれば、命令がなくても、動ける」
三十二
「……同じものを、見る」
バルドが、呟いた。
「……うん」
トムは、頷いた。
「……でも、それ、難しくないですか」
ミアが、言った。
「……私たち、全然、違いますし」
「……そうだね」
トムは、笑った。
「……だから、練習するんだよ」
「……練習?」
「……うん」
トムは、続けた。
「……九か月、ある」
彼は、言った。
「……十六人が、同じものを見る練習を、しよう」
十六人は、その提案に、頷いた。
そして、レオンが、聞いた。
「……具体的に、どうする?」
トムは、答えた。
「……それは」
彼は、少し、笑った。
「……明日から、考えよう」
第19話終了。




