第17話 「十六人対一人」
一
「……やめろ、エリス」
大賢者が、言った。
彼は、十六人と、エリスの間に、立った。
「……どいてください」
エリスは、言った。
「……どかん」
「……どいてください」
「……エリス」
大賢者は、続けた。
「……あの子たちは、関係ない」
「……関係、ある」
エリスは、答えた。
「……あの子たちがいるから、あなたは、来なかった」
「……違う」
「……違わない」
彼女は、剣を、握りしめた。
「……先生。……一つ、聞きます」
「……」
「……あの子たちを、育てるのは、楽しいですか」
大賢者は、答えなかった。
「……答えてください」
「……」
「……楽しい、ですか」
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……楽しい」
エリスの顔が、歪んだ。
「……そうですか」
彼女は、言った。
「……私を育てていたときは、どうでしたか」
「……楽しかった」
「……嘘です」
「……嘘ではない」
「……嘘です!」
エリスは、叫んだ。
「……楽しかったなら、なぜ、いなくなったんですか!」
大賢者は、答えられなかった。
「……いいです」
エリスは、言った。
「……もう、いいです」
そして、彼女は、大賢者を、見た。
「……先生」
「……なんだ」
「……手を、出さないでください」
「……なに?」
「……これは、弟子同士の問題です」
エリスは、続けた。
「……先生が手を出したら、私は、二度と、あなたに会いません」
「……」
「……国を出て、どこかで、死にます」
その言葉に。
大賢者は、動けなくなった。
「……卑怯だぞ」
彼は、言った。
「……はい」
エリスは、頷いた。
「……あなたから、学びました」
二
大賢者は、十六人を、見た。
そして、しばらく、迷った。
「……先生」
バルドが、言った。
「……なんだ」
「……大丈夫です」
「……バルド」
「……戦います」
バルドは、答えた。
「……勝てんぞ」
大賢者は、言った。
「……はい」
バルドは、頷いた。
「……知っています」
「……」
「……でも、逃げたら、あの人は、また、砦を落とします」
バルドは、続けた。
「……ラウム砦に、千二百人。……その次は、王都」
「……」
「……止めなきゃ、いけません」
大賢者は、その言葉を、聞いていた。
そして、言った。
「……バルド」
「……はい」
「……一つだけ、約束しろ」
「……なんですか」
大賢者は、言った。
「……誰も、死なせるな」
バルドは、その言葉に、頷いた。
「……はい」
三
大賢者は、下がった。
砦の壁際まで。
そして、そこに、立った。
「……エリス」
彼は、言った。
「……なんですか」
「……一つ、条件がある」
「……」
「……あの子たちが、死ぬと判断したら、私は、止める」
エリスは、しばらく、考えた。
そして、頷いた。
「……いいでしょう」
彼女は、答えた。
「……では、私も、条件を」
「……なんだ」
「……殺しません」
エリスは、言った。
「……え?」
「……あの子たちは、殺しません」
彼女は、続けた。
「……ただし、二度と、剣を握れない体には、します」
大賢者の顔が、強張った。
「……エリス」
「……それが、私の、譲歩です」
エリスは、言った。
「……先生の弟子でいることが、どういうことか」
彼女は、続けた。
「……教えてあげます」
四
十六人は、砦の中庭に、並んだ。
エリスは、その二十メートル先に、立った。
「……名乗りなさい」
彼女は、言った。
「……え?」
レオンが、聞いた。
「……名前です」
エリスは、続けた。
「……私は、殺した相手の名前を、覚えます」
「……」
「……殺さないとしても、同じです」
彼女は、言った。
「……戦う相手の名前は、覚えます」
十六人は、顔を見合わせた。
そして、レオンが、前に出た。
「……レオン・グランツ」
「……ミア・ルーン」
「……ガルド・バルガス」
「……リナ・ボムレット」
「……ノア・ベル」
「……ココ・フライパン」
「……エマ・メディカ」
「……ドグ・ハンマー」
「……シルフィ・アロー」
「……ポチ・ワンデル」
「……トム・ノーマル」
「……ニナ・マヨイ」
「……シオン・ダンマリ」
「……バルド・アワアワ」
「……レン・ナナメ」
「……モモ・タネマキ」
エリスは、その十六の名を、聞いた。
そして、頷いた。
「……覚えました」
彼女は、言った。
「……では、始めましょう」
五
バルドは、深く、息を吸った。
そして、指示を、出した。
「……第一段階」
彼は、言った。
「……ポチさん」
「……おう!」
ポチが、犬笛を、吹いた。
そして、五十匹の犬が、現れた。
砦の門から、なだれ込んできた。
エリスを、包囲する。
「……犬」
エリスが、呟いた。
「……珍しい召喚術ですね」
彼女は、剣を、構えた。
そして。
一度、振った。
音が、鳴った。
風が、走った。
五十匹の犬が。
一瞬で、消えた。
いや。
消えたのではない。
送還されたのだ。
「……!」
ポチが、悲鳴を上げた。
「……犬が!」
「……安心しなさい」
エリスは、言った。
「……殺してはいません。……送り返しただけです」
彼女は、続けた。
「……犬に、罪はない」
六
「……第二段階!」
バルドが、叫んだ。
「……ミアさん、リナさん!」
「はい!」
ミアが、地面に、魔法陣を展開した。
同時に、リナが、爆弾を、投げた。
十個。
エリスの、周囲に。
そして、ミアが、微量の魔力を、放出した。
起爆。
爆発が、連鎖した。
十連続。
砦の中庭が、炎に包まれた。
「……やった?」
リナが、叫んだ。
しかし。
炎の中から。
エリスが、歩いて、出てきた。
無傷で。
「……嘘」
ミアが、呟いた。
「……いい爆発でした」
エリスは、言った。
「……特に、起爆の制御が、見事です」
彼女は、続けた。
「……しかし」
エリスは、剣を、掲げた。
「……爆発は、熱と、圧です」
そして、剣を、振った。
「……それは、逃がせます」
爆風が。
彼女の周囲から。
外側へ、押し出された。
十六人は、その圧に、吹き飛ばされそうになった。
「……なんだ、これ」
ガルドが、呻いた。
「……魔力が、ないのに」
ミアが、震えていた。
「……なんで、こんなことが」
七
「……第三段階!」
バルドが、叫んだ。
「……レオンさん、シルフィさん!」
「おう!」
レオンが、駆け出した。
同時に、シルフィが、矢を、放った。
三本。
エリスの、頭部、胴体、脚。
エリスは、剣を、一度、振った。
三本の矢が、砕けた。
しかし。
その瞬間。
レオンが、彼女の懐に、入っていた。
「……!」
エリスが、驚いた。
「……速い」
レオンが、剣を、振った。
エリスは、それを、受けた。
そして、その勢いで。
レオンは、転んだ。
意図的に。
そして、転がりながら、二撃目を、放った。
「……!」
エリスは、後ろに、跳んだ。
そして、レオンの剣が、彼女の鎧を、掠めた。
「……当たった!」
リナが、叫んだ。
しかし。
エリスは、笑っていた。
「……面白い」
彼女は、言った。
「……転倒を、攻撃に変えている」
「……」
「……その剣、誰が教えました」
「……先生だ」
レオンが、答えた。
「……そうですか」
エリスは、頷いた。
「……では、対策も、教わっているはずです」
彼女は、剣を、構え直した。
「……あなたの弱点は」
そして、言った。
「……転倒中、目が見えないことです」
八
エリスが、動いた。
レオンには、見えなかった。
いや。
見えていた。
しかし、間に合わなかった。
彼は、転んで、躱そうとした。
しかし。
エリスは、その転倒の、先に、いた。
「……!」
レオンの体が、宙に、浮いた。
そして、五メートル、吹き飛んだ。
地面に、叩きつけられた。
「……レオン!」
シルフィが、叫んだ。
「……安心しなさい」
エリスは、言った。
「……骨は、折っていません」
「……」
「……ただ、しばらく、動けないでしょう」
レオンは、動けなかった。
意識は、ある。
しかし、体が、言うことを聞かない。
「……くそ」
彼は、呻いた。
「……なんで」
「……転倒の、癖です」
エリスが、答えた。
「……あなたは、転ぶ前に、必ず、左足に体重を乗せます」
「……」
「……だから、そこを、先に、取りました」
九
「……第四段階!」
バルドが、叫んだ。
「……ガルドさん、エマさん!」
「おう!」
ガルドが、駆け出した。
そして、エマが、叫んだ。
「……右肩です!」
「……なに?」
「……あの人の、右肩!」
エマは、続けた。
「……古傷があります! ……動きが、わずかに、遅れます!」
エリスの動きが、止まった。
「……見えるのですか」
彼女は、言った。
「……はい」
エマは、答えた。
「……肩の、上がり方が、左右で違います」
「……なるほど」
エリスは、頷いた。
「……いい目です」
そして。
ガルドの拳が、彼女の右肩に、飛んだ。
一撃必殺。
全身の力を、一点に、集約させた拳。
エリスは、それを。
避けなかった。
受けた。
肩で。
「……!」
音が、鳴った。
そして。
ガルドの拳が、止まった。
「……なんだ、これ」
彼は、呻いた。
「……効いて、ない」
「……いえ」
エリスは、答えた。
「……効いています」
彼女の右肩から、血が、流れていた。
「……いい拳です」
エリスは、言った。
「……ですが」
そして、左手で、ガルドの腕を、掴んだ。
「……一撃しか、撃てないのが、弱点ですね」
そして、投げた。
ガルドの体が、十メートル、飛んだ。
十
「……ガルド!」
エマが、駆け寄った。
「……来るな、エマ!」
ガルドが、叫んだ。
しかし、遅かった。
エリスは、すでに、エマの背後に、いた。
「……!」
エマが、振り返った。
そして、エリスの剣が、振られようとした。
そのとき。
「……待ってください」
声が、した。
ノアだった。
エリスの動きが、止まった。
「……なんですか」
「……一つ、質問が、あります」
ノアは、言った。
俯いたまま。
「……なんでしょう」
「……あなたは」
ノアは、聞いた。
「……本当に、先生に、会いたかったんですか」
十一
エリスの動きが、完全に、止まった。
「……どういう、意味ですか」
「……そのままの、意味です」
ノアは、続けた。
「……あなたは、十年間、手紙を書きました」
「……」
「……でも、探しには、来ませんでした」
「……」
「……なぜですか」
エリスは、答えなかった。
「……あなたは、強い」
ノアは、言った。
「……砦を、一人で落とすほどに」
「……」
「……その力があれば」
ノアは、続けた。
「……先生を、探すことも、できたはずです」
「……」
「……でも、しなかった」
ノアは、顔を、上げた。
そして、エリスの目を、見た。
一秒。
そして、言った。
「……怖かったんですね」
エリスの体が、震えた。
「……」
「……会って、拒絶されるのが」
ノアは、続けた。
「……だから、手紙だけにした」
「……」
「……手紙なら、届かなかっただけかもしれない、と思えるから」
エリスは、剣を、握りしめた。
「……黙りなさい」
「……いえ」
ノアは、首を振った。
「……もう一つ、あります」
彼女は、言った。
「……あなたは、今も、怖がっています」
十二
「……何が、怖いというのですか」
エリスは、聞いた。
「……私たちです」
ノアは、答えた。
「……」
「……あなたは、私たちを見た瞬間、殺すと言いました」
ノアは、続けた。
「……でも、まだ、誰も殺していません」
「……」
「……レオンさんも、ガルドさんも、生きています」
「……」
「……あなたは、殺せます」
ノアは、言った。
「……でも、殺していません」
エリスは、答えなかった。
「……なぜですか」
ノアは、聞いた。
沈黙。
長い、沈黙。
そして、エリスは、答えた。
「……先生が、悲しむからです」
十三
「……そうですか」
ノアは、頷いた。
「……あなたは、まだ」
彼女は、続けた。
「……先生の弟子です」
エリスは、その言葉に、動けなくなった。
「……違います」
彼女は、言った。
「……私は、捨てられました」
「……いいえ」
ノアは、首を振った。
「……先生は、あなたを、一度も『捨てた』と言っていません」
「……」
「……『置いていった』と、言いました」
ノアは、続けた。
「……そして、『理由は言えない』とも」
「……」
「……それは、拒絶ではありません」
ノアは、言った。
「……秘密です」
エリスの目から、涙が、こぼれた。
「……そんなの」
彼女は、呟いた。
「……そんなの、わかりません」
「……はい」
ノアは、頷いた。
「……だから、苦しいんですよね」
その言葉に。
エリスは、崩れそうになった。
しかし。
彼女は、首を、振った。
「……やめてください」
彼女は、言った。
「……あなたに、何がわかるんですか」
「……わかりません」
ノアは、答えた。
「……でも、見えます」
十四
エリスは、剣を、構え直した。
「……もう、いいです」
彼女は、言った。
「……話は、終わりです」
そして、駆けた。
ノアに向かって。
「……ノア!」
トムが、叫んだ。
しかし、間に合わない。
そのとき。
エリスの足が、止まった。
いや。
止められた。
「……!」
彼女の足元に。
蔓が、絡んでいた。
「……モモ!」
トムが、叫んだ。
モモが、地面に、しゃがんでいた。
そして、その手には、種があった。
「……この砦、土が、いいんです」
彼女は、言った。
「……だから、育ちます」
「……植物を、操れるのですか」
エリスが、聞いた。
「……いえ」
モモは、首を振った。
「……操れません」
彼女は、続けた。
「……ただ、どこに蒔けば、どう育つかは、わかります」
エリスは、その蔓を、剣で、断ち切った。
しかし。
その一瞬で。
十六人は、陣形を、変えていた。
十五
「……第五段階!」
バルドが、叫んだ。
「……ドグさん、レンさん!」
「おう!」
ドグとレンが、動いた。
彼らは、砦の資材を、使っていた。
木材。
石材。
そして、二人は。
エリスの周囲に。
即席の、壁を、作り始めた。
「……何をしているのですか」
エリスが、聞いた。
「……閉じ込めてる」
ドグが、答えた。
「……無駄です」
エリスは、剣を、振った。
壁が、崩れた。
しかし。
「……いえ」
レンが、言った。
「……崩れる方が、いいんです」
「……なに?」
エリスは、その意味が、わからなかった。
そして。
崩れた壁の、破片が。
彼女の足元に、散乱した。
「……!」
彼女は、足を、取られた。
一瞬。
わずか、一瞬。
しかし。
「……今です!」
バルドが、叫んだ。
十六
シルフィの矢が、飛んだ。
五本。
同時に。
しかし、それは、エリスを狙っていなかった。
彼女の、周囲。
地面を、狙っていた。
矢が、地面に、刺さった。
そして。
「……リナ!」
「はい!」
矢の先端に、爆薬が、仕込まれていた。
爆発。
五連続。
土煙が、上がった。
視界が、消えた。
「……小賢しい」
エリスの声が、聞こえた。
しかし。
その土煙の中で。
十六人は、動いていた。
「……ニナさん!」
「こっち!」
ニナが、先導した。
土煙の中。
視界ゼロ。
しかし、彼女には、わかっていた。
風の、行き先が。
十六人は、その道を、走った。
そして。
砦の、反対側に。
移動した。
十七
土煙が、晴れた。
エリスは、そこに、一人で、立っていた。
十六人は、いない。
「……逃げましたか」
彼女は、呟いた。
しかし。
「……いえ」
声が、した。
エリスが、振り返った。
そこに、十六人が、いた。
しかし、その並び方が、変わっていた。
彼らは、円を、描いていた。
エリスを、囲むように。
そして、その中央に。
バルドが、立っていた。
「……何を、するつもりですか」
エリスが、聞いた。
バルドは、答えた。
「……お願いが、あります」
「……お願い?」
「……はい」
バルドは、頷いた。
そして、言った。
「……僕たちに、教えてください」
十八
エリスは、その言葉に、絶句した。
「……なんですって?」
「……教えてください」
バルドは、繰り返した。
「……あなたは、強い」
彼は、続けた。
「……僕たちは、弱い」
「……」
「……今、はっきり、わかりました」
バルドは、言った。
「……僕たちは、あなたに、勝てません」
「……」
「……百回やっても、千回やっても、勝てません」
エリスは、その言葉を、聞いていた。
「……だから、諦めるのですか」
彼女は、聞いた。
「……いえ」
バルドは、首を振った。
「……だから、教わりたいんです」
「……」
「……あなたに」
エリスは、剣を、下ろした。
「……なぜ、私に」
彼女は、聞いた。
「……先生が、いるでしょう」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……でも、先生は、教えてくれません」
「……え?」
「……先生は、答えを、教えない人です」
バルドは、続けた。
「……いつも、僕たちに、考えさせます」
「……」
「……それは、正しいと、思います」
バルドは、言った。
「……でも、今日、僕たちは、あなたに、何もできませんでした」
「……」
「……考えても、届かない差が、あります」
彼は、続けた。
「……その差を、埋める方法を、あなたなら、知っていると思います」
十九
エリスは、しばらく、黙っていた。
そして、聞いた。
「……あなたたちは」
「……はい」
「……私が、何をしたか、知っていますか」
「……はい」
バルドは、答えた。
「……八百人を、殺しました」
「……知っていて、教わりたいと?」
「……はい」
「……なぜです」
バルドは、答えた。
「……あなたが、間違っているからです」
エリスの動きが、止まった。
「……なんですって?」
「……あなたは、間違っています」
バルドは、繰り返した。
「……八百人を殺したのは、間違いです」
「……」
「……絶対に、許されません」
バルドは、続けた。
「……でも」
彼は、言った。
「……あなたが、間違ったのは」
「……」
「……誰も、教えてくれなかったからだと、思います」
二十
エリスの手から。
剣が、落ちた。
「……」
彼女は、動かなかった。
「……あなたは、十年、一人でした」
バルドは、続けた。
「……誰にも、相談できなかった」
「……」
「……だから、間違えました」
バルドは、言った。
「……僕も、間違えます」
「……」
「……この前、盗賊団と戦ったとき」
彼は、続けた。
「……僕は、『殺すしかない』と、思いかけました」
「……」
「……でも、仲間が、止めてくれました」
バルドは、言った。
「……第三の道が、あるって」
「……」
「……もし、その仲間がいなかったら」
彼は、続けた。
「……僕は、人を、殺していました」
エリスは、その言葉を、聞いていた。
「……だから」
バルドは、言った。
「……あなたと、僕は、そんなに、違いません」
「……」
「……ただ」
彼は、続けた。
「……僕には、十五人の仲間がいて」
「……」
「……あなたには、いなかった」
二十一
エリスは、その場に、崩れ落ちた。
膝から。
そして、両手で、顔を、覆った。
「……ずるい」
彼女は、呟いた。
「……ずるいです」
「……」
「……そんなこと、言われたら」
彼女は、泣いた。
声を上げて。
「……戦えないじゃ、ないですか」
十六人は、動かなかった。
ただ、見ていた。
そして、壁際で。
大賢者が、静かに、目を、閉じた。
二十二
しばらくして。
エリスは、立ち上がった。
そして、涙を、拭いた。
「……あなた」
彼女は、バルドを、見た。
「……名前は」
「……バルド・アワアワです」
「……そうでした」
エリスは、頷いた。
「……覚えます」
彼女は、剣を、拾った。
十六人が、身構えた。
しかし。
エリスは、その剣を。
鞘に、納めた。
「……今日は、やめます」
彼女は、言った。
「……!」
十六人が、安堵した。
しかし。
「……ただし」
エリスは、続けた。
「……あなたたちを、認めたわけでは、ありません」
彼女は、十六人を、見渡した。
「……あなたたちは、弱い」
「……」
「……弱すぎます」
エリスは、言った。
「……先生の弟子を名乗るには、あまりにも」
「……」
「……だから、一年、あげます」
「……え?」
バルドが、聞き返した。
「……一年です」
エリスは、答えた。
「……一年後、また、来ます」
彼女は、続けた。
「……そのとき、あなたたちが、私に、一撃でも、まともに入れられたら」
「……」
「……認めます」
エリスは、言った。
「……先生の、弟子として」
二十三
「……もし、入れられなかったら」
トムが、聞いた。
エリスは、答えた。
「……そのときは、殺します」
「……」
「……全員」
十六人は、その言葉に、身を、固くした。
「……エリス」
大賢者が、言った。
「……先生」
エリスは、振り返った。
「……一年後に、また」
「……」
「……それまで、砦は、落としません」
彼女は、続けた。
「……約束します」
「……本当だな」
「……はい」
エリスは、頷いた。
「……私は、あなたに、嘘をついたことは、ありません」
彼女は、歩き出した。
砦の門へ。
そして、その途中で。
一度、立ち止まった。
「……先生」
「……なんだ」
「……一つだけ、いいですか」
「……なんだ」
エリスは、言った。
「……あの子たちを、大事にしてください」
「……」
「……私みたいに、しないでください」
そして、彼女は、去っていった。
白い翼が、遠ざかっていった。
二十四
エリスの姿が、見えなくなった。
そして、その瞬間。
十六人は、一斉に、崩れ落ちた。
「……あ」
ミアが、座り込んだ。
「……腰が、抜けました」
「……俺も」
リナが、地面に、転がった。
「……こわかったあ……」
レオンは、まだ、動けなかった。
ガルドも、同じだった。
エマが、二人を、診た。
「……骨は、大丈夫です」
彼女は、言った。
「……でも、内出血が、ひどいです」
「……治るか」
ガルドが、聞いた。
「……はい」
エマは、頷いた。
「……二週間で」
「……そうか」
ガルドは、笑った。
そして、天を、見上げた。
「……くそ」
彼は、呟いた。
「……何も、できなかった」
二十五
大賢者が、歩いてきた。
そして、十六人の前に、立った。
「……先生」
バルドが、言った。
「……すみません」
「……何が」
「……勝てませんでした」
大賢者は、首を、振った。
「……勝つ必要は、なかった」
「……え?」
「……お前たちの目的は、なんだった」
バルドは、答えた。
「……先生を、連れて帰ることです」
「……そうだな」
大賢者は、頷いた。
「……そして、もう一つ」
彼は、続けた。
「……エリスの、殺戮を止めることだ」
「……はい」
「……両方、達成した」
大賢者は、言った。
「……つまり、勝ちだ」
十六人は、その言葉に、顔を上げた。
「……でも」
レオンが、言った。
まだ、動けないまま。
「……俺、何も、できませんでした」
「……そうか」
大賢者は、彼の側に、しゃがんだ。
「……レオン」
「……はい」
「……お前は、エリスに、剣を、掠らせた」
「……え?」
「……鎧に、傷が、ついていた」
大賢者は、言った。
「……あれは、お前の剣だ」
レオンは、驚いた。
「……当たって、たんですか」
「……ああ」
大賢者は、頷いた。
「……十年前の私でも、あれはできなかった」
二十六
「……ガルド」
大賢者は、次に、彼を、見た。
「……はい」
「……お前の拳は、エリスの肩を、傷つけた」
「……効いてない、って」
「……いや」
大賢者は、首を振った。
「……効いていた」
彼は、続けた。
「……エリスは、あの後、右腕を、庇っていた」
「……」
「……気づかなかったか」
ガルドは、驚いた。
「……気づき、ませんでした」
「……そうか」
大賢者は、頷いた。
「……ならば、覚えておけ」
彼は、言った。
「……お前の一撃は、本物だ」
二十七
「……そして、バルド」
大賢者は、最後に、彼を、見た。
「……はい」
「……お前は、何をした」
バルドは、答えた。
「……何も、できませんでした」
「……いや」
大賢者は、首を振った。
「……お前は、エリスを、止めた」
「……」
「……剣ではなく、言葉で」
大賢者は、続けた。
「……それは、私にも、できなかったことだ」
バルドは、その言葉に、驚いた。
「……先生にも?」
「……ああ」
大賢者は、頷いた。
「……私は、エリスに、何も言えなかった」
彼は、続けた。
「……理由を、言えないからだ」
「……」
「……しかし、お前は、理由がなくても、彼女に、届いた」
大賢者は、言った。
「……見事だ」
バルドの目から、涙が、こぼれた。
そして、彼は、その場に、座り込んだ。
「……よかった」
彼は、呟いた。
「……誰も、死ななくて」
「……ああ」
大賢者は、頷いた。
「……誰も、死んでいない」
二十八
その夜。
砦の、食堂。
十六人と、大賢者が、食事をしていた。
ココが、作った料理。
材料は、砦に残っていたものだ。
「……うまい」
ガルドが、呟いた。
彼は、まだ、痛みで、動けなかった。
しかし、食欲は、あった。
「……生きてる感じがする」
「……そうだね」
ココが、笑った。
十六人は、静かに、食べていた。
そして、レオンが、口を開いた。
「……先生」
「……なんだ」
「……一つ、聞いていいですか」
「……なんだ」
レオンは、聞いた。
「……エリスさんに、勝てるように、なりますか」
大賢者は、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……一年では、無理だ」
その言葉に。
十六人は、沈黙した。
「……そう、ですか」
レオンは、呟いた。
「……ただし」
大賢者は、続けた。
「……一撃を、入れることは、できる」
「……え?」
「……彼女は、そう言った」
大賢者は、言った。
「……『一撃でも、まともに入れられたら』と」
「……」
「……勝てとは、言っていない」
十六人は、その言葉に、顔を上げた。
「……つまり」
トムが、言った。
「……可能性は、あるってことですね」
「……ある」
大賢者は、頷いた。
「……ただし」
彼は、続けた。
「……お前たち一人ひとりでは、無理だ」
「……」
「……八つのペアでも、無理だ」
大賢者は、言った。
「……十六人が、同時に、一つの生き物のように動く」
彼は、続けた。
「……それができれば、一撃は、入る」
二十九
「……十六人が、一つ」
バルドが、呟いた。
「……そうだ」
大賢者は、頷いた。
「……今日、お前たちは、八つのペアで、戦った」
「……はい」
「……しかし、ペア同士は、繋がっていなかった」
大賢者は、続けた。
「……レオンとシルフィが動いているとき、ミアとリナは、何もしていない」
「……」
「……ガルドとエマが動いているとき、ドグとレンは、待っていた」
十六人は、その指摘に、気づいた。
確かに、そうだった。
自分たちは、順番に、動いていた。
一斉には、動いていなかった。
「……それが、次の課題だ」
大賢者は、言った。
「……八つのペアを、繋げる」
「……」
「……十六人で、一人の戦士になる」
彼は、続けた。
「……それが、お前たちの、進む道だ」
十六人は、その言葉を、噛みしめた。
そして、バルドが、聞いた。
「……先生」
「……なんだ」
「……できますか」
大賢者は、微かに、笑った。
「……わからん」
彼は、答えた。
「……しかし」
そして、続けた。
「……お前たちなら、見てみたい」
第17話終了。




