第15話 「山越え」
一
その山には、名前がなかった。
正確には、地図に、載っていなかった。
「……本当に、ここを越えるんですか」
ミアが、聞いた。
十六人は、山の麓に、立っていた。
見上げると、頂上は、雲に隠れていた。
斜面は、急だ。
そして、まだ、雪が残っている。
三月末。
南では、春だった。
しかし、北の山は、まだ、冬だった。
「……高さ、どのくらいですか」
レンが、聞いた。
彼は、建築家だ。
高さの推定は、得意だった。
「……たぶん、千五百メートルくらい」
彼は、自分で答えた。
「……いや、もっとあるかも」
「越えられるのか」
ガルドが、聞いた。
「……装備が、足りません」
レンは、答えた。
「……雪山を越えるなら、本当は、専用の装備が要ります」
「……ないです」
モモが、言った。
「……防寒着も、足りません」
十六人は、沈黙した。
そして、全員が、ニナを、見た。
「……ニナ」
トムが、聞いた。
「本当に、この山、越えられる?」
ニナは、山を、見上げていた。
そして、答えた。
「……たぶん」
その声は、いつもより、小さかった。
二
「……ニナ?」
トムが、聞いた。
「どうしたの」
「……ううん」
ニナは、首を振った。
「なんでもない」
しかし。
「……嘘です」
ノアが、小さく言った。
「……え?」
「……ニナさん、怖がっています」
ニナの体が、こわばった。
「……そんなこと、ないよ」
「……足です」
ノアは、続けた。
「……さっきから、右足のつま先が、後ろを向いています」
「……」
「……逃げたい人の、立ち方です」
ニナは、俯いた。
そして、しばらく、黙っていた。
そして、言った。
「……ごめん」
「謝らなくていいよ」
トムが、言った。
「何が、怖いの」
ニナは、答えなかった。
十五人が、待った。
急かさなかった。
そして、五分後。
ニナは、言った。
「……あたし、山、嫌いなの」
三
その夜。
山の麓で、野営した。
明日、登り始める。
その前に、体力を回復させる必要があった。
焚き火。
ココのスープ。
老婆にもらった塩が、入っていた。
「……うまい」
ガルドが、呟いた。
「塩、すごいな」
「うん」
ココが、笑った。
「塩って、すごいんだよ。全部の味を、引き出すの」
十六人は、スープを、飲んだ。
体が、温まった。
そして、その温かさの中で。
ニナが、口を開いた。
「……あのさ」
「……ん?」
「……あたしの話、聞いてくれる?」
十五人が、彼女を、見た。
「……うん」
トムが、答えた。
「聞くよ」
ニナは、しばらく、焚き火を、見つめていた。
そして、話し始めた。
四
「……あたし、六歳のとき、山で、三日間、行方不明になったの」
「……三日?」
エマが、驚いた。
「……六歳で?」
「うん」
ニナは、頷いた。
「……村の人たち、みんなで、探してくれた。……でも、見つからなかった」
「……」
「……三日目の夜に、あたし、自分で、帰ってきた」
「……」
「山から、下りてきたの。……ふらっと」
ニナは、続けた。
「……で、みんな、びっくりして。……お母さん、泣いて」
「……」
「……そりゃ、そうだよね。……六歳の子が、三日、山にいたんだから」
ニナは、笑った。
しかし、その笑いは、乾いていた。
「……でもね」
彼女は、続けた。
「……あたし、一人じゃ、なかったの」
五
「……一人じゃ、ない?」
ミアが、聞いた。
「うん」
ニナは、答えた。
「……弟を、連れてた」
十五人は、驚いた。
「……弟さん、いるんですか」
「うん」
ニナは、頷いた。
「……四歳の、弟。……ケイって、いうの」
「……」
「……その、三日前にね」
ニナは、続けた。
「……ケイが、いなくなったの」
六
「……村中、大騒ぎになった」
ニナは、言った。
「……四歳の子が、いなくなったんだから」
「……」
「……大人たちが、山を、探した。……三十人くらいで」
「……」
「……でも、見つからなかった」
ニナは、続けた。
「……一日目、見つからない。……二日目も、見つからない」
「……」
「……大人たちは、言った。『もう、駄目かもしれない』って」
「……」
「……お母さん、泣き崩れて。……お父さんは、何も言わなくなって」
ニナは、膝を抱えた。
「……で、あたし、思ったの」
「……何を」
「……『あたし、ケイがどこにいるか、わかる』って」
七
「……わかるって」
レオンが、聞いた。
「……どういうこと?」
「……うまく、言えない」
ニナは、答えた。
「……でも、わかったの」
「……」
「……山を見てたら、『こっちだ』って、思った」
ニナは、続けた。
「……理由は、ないの。……ただ、そう思った」
「……」
「……で、あたし、大人に言ったの。『こっちだと思う』って」
ニナは、俯いた。
「……でも、誰も、聞いてくれなかった」
「……」
「……六歳の子の言うことだから。……当たり前だよね」
ニナは、笑った。
「……『危ないから、家にいなさい』って、言われた」
「……」
「……だから、あたし、勝手に、行った」
八
「……一人で、山に?」
エマが、聞いた。
「うん」
ニナは、頷いた。
「……夜中に、家を出て。……山に、入った」
「……無茶です」
「うん」
ニナは、答えた。
「……無茶だった」
「……」
「……でも、行かなきゃって、思った」
ニナは、続けた。
「……あたしが、行かなきゃ、ケイが、死ぬって」
十五人は、その言葉を、聞いていた。
「……で、歩いた」
ニナは、言った。
「……道はなかった。……ただ、『こっち』って思う方に、歩いた」
「……」
「……一日目。……見つからなかった」
「……」
「……二日目。……見つからなかった」
ニナの声が、震え始めた。
「……お腹が、空いて。……寒くて。……怖くて」
「……」
「……何回も、『帰ろう』って、思った」
ニナは、続けた。
「……でも、帰り道も、わからなかった」
「……」
「……で、三日目の朝」
ニナは、顔を上げた。
「……見つけた」
九
「……ケイは、崖の下にいた」
ニナは、言った。
「……落ちたんだと思う。……足を、折ってた」
「……」
「……三日間、そこにいた」
「……」
「……水が、あったから、生きてた。……崖の下に、沢があって」
ニナは、続けた。
「……あたしを見て、ケイ、泣いた」
「……」
「……『お姉ちゃん』って」
ニナの目から、涙が、こぼれた。
「……あたしも、泣いた」
「……」
「……で、ケイを、背負った」
「……六歳で?」
ガルドが、驚いた。
「うん」
ニナは、答えた。
「……四歳の子だから、軽かった。……ううん、重かったけど」
彼女は、続けた。
「……でも、背負えた」
「……」
「……そして、山を、下りた」
「……」
「……不思議なんだけど」
ニナは、言った。
「……帰り道は、わかったの」
十
「……村に着いたら、大騒ぎだった」
ニナは、続けた。
「……あたしと、ケイが、一緒に帰ってきたから」
「……」
「……お母さん、泣いて。……お父さんも、泣いて」
「……」
「……ケイは、すぐに、医者に連れて行かれた」
ニナは、言った。
「……足は、治った。……今も、元気」
「……よかった」
エマが、呟いた。
「……うん」
ニナは、頷いた。
「……よかった」
しかし。
彼女の顔は、笑っていなかった。
「……でもね」
ニナは、言った。
「……その日から、変わったの」
十一
「……何が」
トムが、聞いた。
「……あたしの、扱い」
ニナは、答えた。
「……大人たちは、あたしを、褒めなかった」
「……え?」
「……怒られた」
ニナは、続けた。
「……『危ないことをするな』って」
「……」
「……『たまたま、見つかっただけだ』って」
「……」
「……『次は、二人とも、死ぬぞ』って」
ニナは、俯いた。
「……あたし、何も、言えなかった」
「……」
「……だって、その通りだから」
彼女は、続けた。
「……あたし、たまたま、見つけただけかもしれない」
「……」
「……理由なんて、説明できない。……ただ『こっちだと思った』としか、言えない」
「……」
「……そんなの、誰も、信じないよね」
十二
「……で、その後」
ニナは、言った。
「……あたし、道を教えるたびに、笑われるようになった」
「……」
「……『またニナが、変なこと言ってる』って」
「……」
「……で、あたしが指した道を行くと、確かに、遠回りだったり、崖だったりした」
ニナは、続けた。
「……だから、みんな、言うようになった。『ニナは、方向音痴だ』って」
「……」
「……あたしも、そう思うようになった」
ニナは、笑った。
「……だから、言うようになったの」
彼女は、その口癖を、言った。
「……『こっちだと思います!』って」
「……」
「……『思います』って、つけるの」
ニナは、続けた。
「……そうすれば、間違ってても、許してもらえるから」
十五人は、その言葉に、胸を突かれた。
「こっちだと思います!」
明るい口癖。
いつも、笑いを取っていた、その言葉。
その裏に。
九年間の、自己否定が、あった。
十三
「……だから」
ニナは、言った。
「……あたし、山、嫌いなの」
「……」
「……山に入ると、思い出すの」
彼女は、続けた。
「……三日間、一人で歩いたこと」
「……」
「……怖かったこと」
「……」
「……そして、その後、誰にも信じてもらえなかったこと」
沈黙。
焚き火が、爆ぜた。
そして、レオンが、口を開いた。
「……ニナ」
「……ん?」
「一つ、聞いていいか」
「……いいよ」
レオンは、聞いた。
「お前、迷子になったのか」
ニナは、その質問に、驚いた。
「……え?」
「六歳のとき」
レオンは、続けた。
「お前、迷子になったのか」
ニナは、しばらく、黙っていた。
そして、答えた。
「……ううん」
「……」
「……あたし、迷子になったんじゃないの」
彼女は、顔を上げた。
「……あたしは」
そして、初めて、はっきりと、言った。
「……探しに、行ったの」
十四
その言葉が、焚き火の周りに、響いた。
そして。
「……そうだよ」
トムが、言った。
「……え?」
「ニナは、迷子じゃない」
トムは、続けた。
「探索者だ」
「……」
「六歳で、三十人の大人が見つけられなかった場所を、見つけた」
トムは、言った。
「それ、迷子にできることじゃない」
「……でも」
ニナは、言った。
「……あたし、道、間違えるよ」
「間違えてない」
トムは、答えた。
「……え?」
「ニナが指す道は、遠回りに見える。崖に見える」
トムは、続けた。
「でも、この四日間、僕たち、一度も、行き止まりに当たってない」
十五人は、その事実に、気づいた。
「……あ」
ミアが、声を上げた。
「……確かに」
「四日間だよ」
トムは、続けた。
「道のない山を、四日間。一度も、引き返してない」
「……」
「普通の道案内なら、絶対、無理だ」
ニナは、その言葉を、聞いていた。
「……でも」
彼女は、言った。
「……あたし、村では、いつも」
「村の道は」
トムが、遮った。
「人が作った道だよね」
「……うん」
「じゃあ、当然だ」
トムは、言った。
「ニナが見てるのは、人が作った道じゃない」
「……え?」
「地形そのものだ」
トムは、続けた。
「水がどう流れるか。風がどう吹くか。獣がどこを通るか」
「……」
「ニナは、それを、見てる」
トムは、言った。
「だから、人が作った道の上では、迷う。でも、道がない場所では、絶対に、迷わない」
ニナは、その言葉に、震えた。
九年間。
誰も、そう言ってくれなかった。
いや。
一人だけ、いた。
十五
「……先生」
ニナは、呟いた。
「え?」
「……先生も、同じこと、言ったの」
彼女は、続けた。
「……塾に入ったとき」
ニナは、思い出した。
一年前。
大賢者に、初めて会った日。
彼女は、こう言われた。
『君は、迷子になるのではない。地図にない道を、見つけているのだ』
「……あたし、そのとき、泣いちゃって」
ニナは、笑った。
「……初めてだったから。……そう言われたの」
「……」
「……で、思ったの」
彼女は、続けた。
「……この人に、ついていこうって」
ニナは、顔を上げた。
そして、山を、見た。
夜の、黒い山。
「……だから」
彼女は、言った。
「……あたし、行く」
「……」
「……山、嫌いだけど」
ニナは、続けた。
「……先生を、助けに行く」
彼女は、立ち上がった。
そして、十五人を、見渡した。
「……みんな」
「……ん?」
「……あたしを、信じて」
ニナは、言った。
「『こっちだと思います』じゃなくて」
彼女は、深く、息を吸った。
そして、言った。
「……『こっちです』って、言うから」
十五人は、その言葉に、頷いた。
「わかった」
レオンが、答えた。
「お前を、信じる」
十六
翌朝。
登山が、始まった。
ニナが、先頭。
その後ろに、トム。
そして、十四人が、続く。
最初の三時間は、順調だった。
斜面は、急だったが、登れないほどではない。
しかし。
昼を過ぎた頃。
天候が、変わった。
「……風が」
シルフィが、言った。
「……変わりました」
「え?」
「……音が、変わりました」
彼女は、続けた。
「……北から、強い風が来ています」
その言葉の、五分後。
雪が、降り始めた。
十七
吹雪だった。
視界が、消えた。
三メートル先も、見えない。
「みんな! 固まって!」
トムが、叫んだ。
十六人は、寄り集まった。
「点呼!」
「レオン!」
「ミア!」
「ガルド!」
「リナ!」
「ノア!」
「ココ!」
「エマ!」
「ドグ!」
「シルフィ!」
「ポチ!」
「トム!」
「ニナ!」
「シオン!」
「バルド!」
「レン!」
「モモ!」
全員、いた。
「どうする!」
ガルドが、叫んだ。
「戻るか!」
「戻れません!」
レンが、答えた。
「……この斜面、下りる方が、危険です!」
「じゃあ、どうする!」
「……」
沈黙。
そして、バルドが、叫んだ。
「……ニナさん!」
「……なに!」
「……道は!」
ニナは、答えなかった。
彼女は、目を、閉じていた。
そして、風を、感じていた。
雪を、感じていた。
そして――
「……こっち」
彼女は、指差した。
その方向は。
山を、登る方向ではなかった。
横。
斜面を、横切る方向だった。
「そっち!?」
ガルドが、叫んだ。
「山、登らないのか!」
「……登らない」
ニナは、答えた。
「……こっちに、洞窟がある」
「洞窟!?」
「……たぶん」
彼女は、言った。
そして、慌てて、言い直した。
「……ううん」
ニナは、顔を上げた。
「……ある」
十八
十六人は、ニナに、従った。
斜面を、横切って、進む。
吹雪の中。
視界は、ゼロ。
ただ、前の人の背中だけを、頼りに。
十分。
二十分。
三十分。
「……ない、じゃないか!」
ガルドが、叫んだ。
「……もう少し!」
ニナが、答えた。
四十分。
五十分。
体力が、限界に近づいていた。
ミアが、倒れそうになった。
ガルドが、支えた。
「……ニナ!」
トムが、叫んだ。
「本当に、あるの!?」
ニナは、立ち止まった。
そして、振り返った。
十五人の顔を、見た。
全員、限界だった。
そして、彼女は。
一瞬、迷った。
「……」
自信が、揺らいだ。
もしかしたら、間違っているかもしれない。
もしかしたら、みんなを、殺すかもしれない。
九年前の言葉が、蘇った。
『たまたま、見つかっただけだ』
『次は、二人とも、死ぬぞ』
「……あたし」
彼女の口が、開いた。
「……こっちだと、思」
そのとき。
「ニナ」
トムの声が、した。
「……え?」
「昨日、なんて言った」
トムは、聞いた。
ニナは、その言葉を、思い出した。
『こっちです』って、言うから。
そう、言った。
昨日の夜。
自分で、そう言った。
「……」
ニナは、深く、息を吸った。
そして、叫んだ。
「……こっちです!」
彼女は、指差した。
「……あと、五十メートル!」
そして、走り出した。
十五人が、続いた。
十九
四十メートル。
四十五メートル。
五十メートル。
そこに。
岩の裂け目が、あった。
洞窟だった。
「……あった!」
リナが、叫んだ。
「あったよ! 本当に!」
十六人は、その中に、駆け込んだ。
洞窟は、狭かった。
しかし、十六人が入るには、十分だった。
そして、風が、届かなかった。
「……助かった」
ガルドが、座り込んだ。
「……本当に、助かった」
十六人は、しばらく、動けなかった。
ただ、息を、整えていた。
そして、ドグが、言った。
「火を、起こそう」
彼は、持ってきた木材を、取り出した。
そして、火を、点けた。
洞窟が、明るくなった。
温かくなった。
そして、その光の中で。
十五人が、ニナを、見た。
「……なに?」
ニナが、聞いた。
「……ありがとう」
レオンが、言った。
「……え?」
「お前が、いなかったら、俺たち、死んでた」
レオンは、続けた。
「本当に、ありがとう」
「……」
ニナは、俯いた。
そして、泣いた。
声を上げて。
九歳の頃から、ずっと、我慢していたものが。
一気に、溢れた。
二十
その夜。
洞窟の中。
十六人は、火を囲んでいた。
ココが、スープを、作った。
材料は、乏しかった。
しかし、老婆の塩が、あった。
「……うまい」
ガルドが、呟いた。
「……本当に、うまい」
十六人は、そのスープを、飲んだ。
生きている。
そのことを、確かめるように。
「……ニナ」
トムが、聞いた。
「……なに」
「あの洞窟、どうやって、わかったの」
ニナは、少し考えてから、答えた。
「……風」
「……風?」
「うん」
ニナは、続けた。
「……吹雪の中で、一箇所だけ、風の音が、違ったの」
「……」
「……風が、吸い込まれる音がした」
ニナは、言った。
「……だから、そこに、穴があるって、思った」
トムは、感嘆した。
「……それ、シルフィにも、わかった?」
彼は、シルフィに、聞いた。
シルフィは、首を振った。
「……わかりませんでした」
彼女は、答えた。
「……私は、風の音を、聞きます。……でも、ニナさんは」
シルフィは、続けた。
「……風の、行き先を、聞いています」
十六人は、その説明に、驚いた。
「……そんなこと、できるのか」
ガルドが、聞いた。
「……たぶん」
ニナは、答えた。
「……あたし、いつも、そうしてる」
「……」
「……水が、どこに流れるか。……風が、どこに行くか。……動物が、どこを通るか」
ニナは、続けた。
「……それを、見てる」
「……」
「……で、その先に、何があるか、想像する」
彼女は、言った。
「……それだけ」
「それだけ、じゃないだろ」
レオンが、笑った。
「それ、すごい才能だよ」
ニナは、少し、笑った。
「……そうかな」
「そうだよ」
「……そっか」
ニナは、頷いた。
そして、初めて。
自分の力を、肯定した。
二十一
翌朝。
吹雪は、止んでいた。
洞窟の外に出ると、世界は、真っ白だった。
新雪が、一メートル近く、積もっている。
「……これ、歩けるのか」
ガルドが、聞いた。
「……大丈夫です」
レンが、答えた。
「……道具を、作ります」
彼は、木の枝と、蔓を使って、何かを作り始めた。
「……それ、なんですか」
モモが、聞いた。
「……かんじきです」
レンは、答えた。
「……雪の上を、歩く道具です」
彼は、二時間で、十六人分を、作った。
「……レンさん、すごいです」
モモが、感嘆した。
「……いえ」
レンは、答えた。
「……傾いてますけど」
確かに、そのかんじきは、少し、歪んでいた。
しかし。
雪の上を、歩いてみると。
「……あれ」
レオンが、驚いた。
「……歩きやすい」
「……はい」
レンは、答えた。
「……歪んでいる方が、雪の抵抗が、逃げます」
十六人は、笑った。
そして、歩き出した。
雪の上を。
山頂へ。
二十二
三日後。
十六人は、山を、越えた。
そして、頂上から、北を、見た。
眼下に、平原が、広がっていた。
そして、その先に――
砦が、見えた。
「……ヴェルド砦」
トムが、呟いた。
「……着いた」
十六人は、その砦を、見つめた。
まだ、遠い。
しかし、確かに、見えた。
「……先生は」
レオンが、聞いた。
「……もう、着いてるかな」
「……たぶん」
バルドが、答えた。
「……いえ」
彼は、言い直した。
「……着いていると、思います」
そして、彼は、砦を、見つめた。
そこには。
煙が、上がっていなかった。
「……戦闘は、まだ、起きていません」
バルドは、言った。
「……なぜ、わかる」
ガルドが、聞いた。
「……煙です」
バルドは、答えた。
「……砦が攻撃されたら、必ず、火が出ます」
「……」
「……でも、煙がない」
バルドは、続けた。
「……つまり、まだ、何も、起きていません」
十六人は、その言葉に、少し、安心した。
しかし。
「……いや」
ノアが、小さく言った。
「……どうしたの」
ミアが、聞いた。
ノアは、砦を、見つめていた。
そして、言った。
「……あの砦」
「……」
「……旗が、ありません」
十六人が、目を凝らした。
確かに。
砦の上に、旗が、なかった。
「……旗がないって、どういうこと」
リナが、聞いた。
「……砦は、必ず、旗を掲げます」
ノアは、答えた。
「……どこの国のものか、示すために」
「……」
「……旗がないということは」
ノアは、続けた。
「……もう、誰も、いないということです」
第15話終了。




