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大賢者と16人の落ちこぼれ弟子  作者: 伝説の男前
第一部 賢者塾開校編

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14/38

第14話 「北へ」

一


出発から、四日。


十六人は、山の中にいた。


道は、なかった。


正確には、道と呼べるものは、なかった。


獣道。


崩れた斜面。


倒木を跨ぎ。


沢を渡り。


そういう場所を、ニナは、迷いなく進んでいく。


「こっち!」


彼女は、振り返って、叫んだ。


「ニナ」


トムが、息を切らしながら、聞いた。


「今、三回、方向変えたよね」


「うん!」


「なんで」


「なんとなく!」


「……」


トムは、笑った。


そして、後ろを振り返った。


十四人が、必死についてきている。


「みんな、大丈夫か」


「……だ、だめです……」


ミアが、呻いた。


「……もう、限界です……」


「あと、少し!」


ニナが、叫んだ。


「あと、少しって、何回目ですか!」


リナが、叫び返した。


「たぶん、八回目!」


「数えてたんですか!」


森に、笑いが起きた。


疲れているのに、笑えた。


それが、この四日間で、十六人が得たものだった。


二


昼。


沢のほとりで、休憩をとった。


ココが、火を起こし、鍋をかけた。


「今日は、何ですか」


エマが、聞いた。


「うーん」


ココは、考えた。


「昨日の残りと、今朝ニナが見つけたキノコと、あと、モモが採ってきた葉っぱ」


「……キノコ、大丈夫ですか」


「モモが、大丈夫って言った!」


「……はい」


モモが、頷いた。


「……これは、食べられます。……たぶん」


「たぶん!?」


「……いえ」


モモは、慌てて、言い直した。


「……確実に、食べられます。……傘の裏の色と、茎の断面で、判断しました」


「モモ、すごいな」


ドグが、言った。


「一か月前まで、植物枯らしてたのに」


「……はい」


モモは、少し、笑った。


「……枯らしたから、わかるようになりました」


その言葉に、十六人は、頷いた。


失敗の数だけ、知識がある。


それは、全員が、身をもって知っていることだった。


三


スープが、できた。


色は、灰色がかった緑。


見た目は、相変わらず、不気味だ。


しかし、十六人は、もう、驚かなかった。


「いただきます」


全員で、飲んだ。


「……うまい」


ガルドが、呟いた。


「でしょ!」


ココが、笑った。


「あたし、料理だけは、負けないから!」


「料理『だけ』じゃないだろ」


レオンが、言った。


「え?」


「お前、この四日間、俺たち全員の体調、把握してるだろ」


レオンは、続けた。


「昨日、ミアの分だけ、味が濃かった」


ミアが、驚いた。


「……え、そうなんですか?」


「うん」


ココは、あっさりと答えた。


「ミア、汗かいてたから。塩、足した」


「……気づきませんでした」


「気づかせないのが、料理人だよ」


ココは、笑った。


「先生が、そう言ってた」


十六人は、その言葉に、感心した。


そして、レオンが、思った。


自分たちは、それぞれの持ち場で、確実に、成長している。


一年前なら、考えられなかった。


「味見しました! たぶん!」


そう言って、爆笑を取っていた少女が。


今は、十六人の胃袋を、支えている。


四


午後。


山を下り、街道に近づいた。


そして、そこで。


彼らは、最初の異変に、出会った。


「……止まって」


ノアが、小さく言った。


十六人が、止まった。


「……どうしたの」


ミアが、聞いた。


「……音が、します」


シルフィが、答えた。


「……大勢の、足音」


「敵か!?」


ガルドが、身構えた。


「……いえ」


シルフィは、首を振った。


「……子供が、います」


「……子供?」


「……はい」


シルフィは、続けた。


「……あと、泣き声も」


十六人は、顔を見合わせた。


そして、ポチが、言った。


「犬に、見に行かせる」


彼は、犬笛を吹いた。


五匹の犬が、走り出した。


そして、三分後、戻ってきた。


犬たちは、ポチの周りで、様々な動きをした。


尻尾。


耳。


鳴き声。


ポチは、それを、読んだ。


「……人だ」


彼は、言った。


「たくさんいる。三百人以上」


「……三百」


「武器は、持ってない」


ポチは、続けた。


「怪我人が、多い。それと――」


彼は、犬の様子を、見た。


そして、顔を、曇らせた。


「……死んだ人も、いる」


五


十六人は、街道に、出た。


そして、その光景を、見た。


人の、列。


長い、長い列。


三百人。


いや、それ以上。


老人。


女。


子供。


その全員が、疲れ切った顔をしていた。


服は、ぼろぼろ。


裸足の者も、いる。


荷物は、ほとんど持っていない。


そして、その列の中に、荷車があった。


荷車の上には、布に包まれた、いくつかの塊。


「……」


エマが、息を呑んだ。


「……遺体、です」


十六人は、動けなかった。


戦争。


その言葉は、知っていた。


しかし、これが、その現実だった。


「……」


レオンが、拳を握った。


そして、一歩、前に出た。


「待って」


トムが、止めた。


「え?」


「今、僕たちが近づいたら、あの人たち、怖がる」


トムは、続けた。


「武装した集団だよ、僕たち」


「……あ」


レオンは、剣を、背中に回した。


「じゃあ、どうする」


「……私が、行きます」


ノアが、言った。


「え?」


「……私と、シオンさんで」


ノアは、続けた。


「……武器を、持っていませんから」


トムは、頷いた。


「頼む」


六


ノアとシオンが、列に、近づいた。


避難民たちが、警戒した。


母親が、子供を、後ろに隠した。


老人が、杖を、握りしめた。


しかし。


ノアは、何もしなかった。


ただ、五メートル手前で、止まった。


そして、座った。


地面に。


シオンも、同じように、座った。


二人とも、何も言わない。


ただ、座っている。


避難民たちは、困惑した。


一分。


二分。


三分。


沈黙。


そして、五分後。


一人の老婆が、前に出た。


「……あんたら」


彼女は、聞いた。


「……何しに来た」


ノアは、俯いたまま、答えた。


「……北へ」


「……北?」


老婆は、驚いた。


「……北は、駄目だ」


「……なぜですか」


「……あそこは、地獄だ」


老婆は、言った。


その言葉に、ノアは、顔を上げた。


そして、老婆の目を、見た。


一秒だけ。


そして、見た。


恐怖。


深い、深い、恐怖。


そして、その奥に――


罪悪感。


「……」


ノアは、俯いた。


そして、聞いた。


「……何が、あったんですか」


老婆は、答えなかった。


ただ、震えていた。


七


十六人は、避難民たちに、食糧を分けた。


ココが、大鍋で、スープを作った。


三百人分。


材料は、足りなかった。


しかし、モモが、周囲の山から、食べられる植物を、大量に集めてきた。


「……これ、全部、食べられます」


彼女は、言った。


「……味は、保証しません」


「あたしが、なんとかする!」


ココが、答えた。


そして、二時間後。


三百人分の、スープができた。


避難民たちは、それを、貪るように、食べた。


何日も、まともに食べていなかったのだ。


「……ありがとう」


老婆が、言った。


「……ありがとう」


彼女は、泣いていた。


エマは、怪我人を、診て回った。


三十人以上が、負傷していた。


しかし、その多くは、戦闘による傷ではなかった。


逃げる途中の、転倒。


擦り傷。


骨折。


そして、栄養失調。


「……変です」


エマは、バルドに、言った。


「……何が」


「……戦闘で負傷した人が、少なすぎます」


エマは、続けた。


「……砦が落ちたなら、もっと、剣や矢の傷があるはずです」


「……」


「……でも、ほとんど、ありません」


バルドは、その言葉を、考えた。


砦が陥落した。


しかし、避難民に、戦闘の傷がない。


「……つまり」


彼は、呟いた。


「……戦闘に、巻き込まれていない?」


八


その夜。


避難民たちと、十六人は、同じ場所で、野営した。


焚き火が、いくつも、点いていた。


そして、その一つの前で。


一人の男が、座っていた。


他の避難民たちから、少し、離れた場所に。


彼だけが、鎧を着ていた。


王国軍の、鎧。


ただし、ぼろぼろだった。


血に、汚れていた。


「……あの人」


シルフィが、言った。


「……兵士です」


「え?」


「……砦の、兵士だと思います」


十六人は、その男を、見た。


年齢は、二十代の後半。


無精髭。


そして――


目が、虚ろだった。


何も、見ていない。


ただ、焚き火を、見つめている。


「……行こう」


トムが、言った。


「話を、聞かないと」


九


トムとバルドが、その男に、近づいた。


「……あの」


トムが、声をかけた。


男は、答えなかった。


「……すみません」


もう一度。


答えない。


「……あの、僕たちは」


「……帰れ」


男が、初めて、口を開いた。


「……え?」


「帰れ、って言ってんだよ」


彼は、顔を上げた。


そして、二人を、睨んだ。


「お前ら、北に行くつもりだろ」


「……はい」


バルドが、答えた。


「馬鹿か」


男は、吐き捨てた。


「死にに行くようなもんだ」


「……」


「俺は、見た」


男は、続けた。


「あそこで、何が起きたか」


彼の手が、震えていた。


「……八百人だ。八百人が、三日で、消えた」


「……」


「そして、俺だけが、生き残った」


男は、笑った。


歪んだ、笑いだった。


「なんでだと思う?」


「……なぜ、ですか」


「見逃されたんだよ」


男は、言った。


「あいつに」


十


「……あいつ?」


バルドが、聞いた。


「白い翼だ」


男は、答えた。


その言葉に、十六人が、反応した。


「……白翼の、傭兵団」


トムが、呟いた。


「知ってんのか」


男は、驚いた。


「……名前だけ」


「そうか」


男は、頷いた。


そして、しばらく、黙った。


焚き火が、爆ぜた。


そして、彼は、話し始めた。


「……三日前の、朝だ」


十一


「見張りが、叫んだ」


男は、言った。


「『敵襲!』ってな」


「……」


「俺たちは、城壁に、上がった。そして、見た」


男は、続けた。


「……一人だ」


「……一人?」


「そうだ」


男は、答えた。


「一人の男が、砦の前に、立ってた」


「……」


「兜を被って、白い鎧を着てた。武器は、剣が一本」


男は、震えていた。


「軍勢は、いなかった。一人だけだ」


「……」


「俺たちは、笑った」


男は、言った。


「馬鹿だと思った。一人で、八百人の砦に来るなんて」


「……」


「隊長が、弓兵に、命令した。『撃て』ってな」


男は、続けた。


「五十本の矢が、飛んだ」


「……」


「そいつは、動かなかった」


男の声が、掠れた。


「……全部、避けた?」


トムが、聞いた。


「いや」


男は、首を振った。


「動かなかった」


「……え?」


「一歩も、動かなかった」


男は、言った。


「五十本の矢が、そいつに当たった。そして――」


彼は、両手で、顔を覆った。


「……全部、砕けた」


十二


「……砕けた?」


バルドが、聞き返した。


「そうだ」


男は、答えた。


「鎧に当たった瞬間、矢が、粉々になった」


「……」


「そいつは、無傷だった」


男は、続けた。


「そして、歩き出した」


「……」


「砦の門に、向かって」


男は、震えていた。


「隊長が、叫んだ。『門を固めろ!』ってな」


「……」


「俺たちは、門の内側に、材木を積んだ。三十人がかりで、押さえた」


「……」


「そして、そいつが、門の前に、来た」


男は、そこで、言葉を止めた。


長い、沈黙。


そして、彼は、言った。


「……門が、開いた」


十三


「……開いた?」


トムが、聞き返した。


「そうだ」


男は、答えた。


「勝手に、開いた」


「……そんな」


「俺も、信じられなかった」


男は、続けた。


「材木を積んで、三十人で押さえてたんだ。人力じゃ、絶対に、開かない」


「……」


「でも、開いた」


男は、言った。


「まるで、門が、自分から、開いたみたいに」


十六人は、その光景を、想像した。


そして、背筋が、凍った。


「……魔法、ですか」


ミアが、聞いた。


いつの間にか、他の弟子たちも、集まっていた。


「わからん」


男は、答えた。


「魔法師が、言ってた。『魔力の流れが、ない』って」


「……魔力の、流れがない?」


ミアは、その言葉に、引っかかった。


「……それ、おかしいです」


「え?」


「……魔法を使うなら、必ず、魔力が動きます」


ミアは、続けた。


「……魔力が動かずに、物が動くなんて、あり得ません」


「じゃあ、なんだったんだよ」


男は、叫んだ。


「俺が、見間違えたってのか!?」


「……いえ」


ミアは、首を振った。


「……たぶん、私たちが知らない、何かです」


十四


「……それで」


バルドが、聞いた。


「……門が開いた後は」


男は、答えなかった。


しばらく、黙っていた。


そして、言った。


「……そいつは、中に入ってきた」


「……」


「歩いて」


男は、続けた。


「走りもしない。ゆっくり、歩いて」


「……」


「兵士たちが、斬りかかった」


「……」


「そいつは、剣を、一度、振った」


男は、両手を、握りしめた。


「……二十人が、倒れた」


「……」


「また、振った。また、二十人」


「……」


「三回目で、俺は、逃げた」


男は、言った。


「情けねえだろ」


「……」


「仲間を置いて、逃げた」


男は、笑った。


そして、泣いた。


「……俺は、城壁の隅に、隠れた」


彼は、続けた。


「そこから、見てた。全部」


「……」


「そいつは、砦の中を、歩き回った」


男は、言った。


「そして、兵士を、殺していった」


「……」


「でも、変だった」


「……変?」


トムが、聞いた。


「そうだ」


男は、答えた。


「そいつ、探してたんだ」


十五


「……探してた?」


「ああ」


男は、頷いた。


「兵士を斬るたびに、そいつは、聞いてた」


「……何を」


男は、答えた。


「『あの人は、どこだ』」


十六人は、その言葉に、凍りついた。


「……あの人?」


レオンが、聞いた。


「そうだ」


男は、答えた。


「そいつは、そう聞いてた。何度も、何度も」


「……誰のこと、ですか」


「わからん」


男は、首を振った。


「兵士たちも、わからなかった。だから、答えられなかった」


「……」


「答えられないと、そいつは、斬った」


男は、続けた。


「そして、次のやつに、また聞いた。『あの人は、どこだ』って」


「……」


「八百人。全員に、聞いたんだ」


男の声が、震えていた。


「そして、全員が、答えられなくて、死んだ」


十六


沈黙。


焚き火の音だけが、聞こえていた。


そして、バルドが、聞いた。


「……あなたは」


「……ん?」


「……あなたも、聞かれたんですか」


男は、しばらく、黙っていた。


そして、頷いた。


「……ああ」


「……なんて、答えたんですか」


男は、答えた。


「『知らない』って」


「……」


「そしたら、そいつは、俺の顔を、じっと見た」


男は、続けた。


「兜の中から。目は、見えなかった。でも、見られてるのは、わかった」


「……」


「そして、言った」


男は、その言葉を、繰り返した。


「『お前は、本当に知らないな』」


「……」


「『では、伝えろ』」


「……伝える?」


「そうだ」


男は、頷いた。


「『南に行って、伝えろ』ってな」


十六人は、身を乗り出した。


「……何を、ですか」


男は、答えた。


「『白い翼が、待っている』」


「……」


「『あの人が来るまで、私は、砦を落とし続ける』」


「……」


「『次は、ヴェルド砦だ』」


十七


十六人は、絶句した。


「……砦を、落とし続ける」


ミアが、呟いた。


「……つまり」


「……人質だ」


トムが、言った。


「……え?」


「砦が、人質になってる」


トムは、続けた。


「あいつは、『あの人』を呼び出すために、砦を落としてるんだ」


「……」


「『あの人』が来るまで、殺し続ける」


十六人は、その意味を、理解した。


そして、レオンが、震える声で、言った。


「……『あの人』って」


「……」


「……先生、じゃないよな」


誰も、答えられなかった。


しかし、全員が、同じことを、考えていた。


大賢者。


国で最も強いとされる、賢者。


そして、王が、直々に、北へ送った人物。


「……いや」


トムが、首を振った。


「……まだ、決めつけられない」


「でも!」


レオンが、叫んだ。


「先生は、今、北に向かってる! 一人で!」


「……」


「もし、その『あの人』が、先生だったら」


レオンは、続けた。


「……先生は、罠に、向かってる」


十八


「落ち着いて」


トムが、言った。


「レオン。落ち着くんだ」


「落ち着けるかよ!」


レオンが、叫んだ。


「先生が、死ぬかもしれないんだぞ!」


「わかってる」


トムは、答えた。


「でも、慌てたら、僕たちも死ぬ」


「……」


レオンは、拳を、握りしめた。


そして、深く、息を吐いた。


「……悪い」


「いいよ」


トムは、答えた。


そして、バルドを、見た。


「バルド。どうする」


十五人の視線が、バルドに、集まった。


バルドは、震えていた。


しかし、逃げなかった。


彼は、焚き火を、見つめた。


そして、考えた。


情報を、整理する。


一、白い翼は、一人で砦を落とした。


二、白い翼は、「あの人」を探している。


三、白い翼は、次にヴェルド砦を狙うと、宣言した。


四、大賢者は、ホルム砦に向かっている。


そして――


「……あれ」


バルドは、呟いた。


「……おかしい」


「何が」


トムが、聞いた。


「……先生は、ホルム砦に、向かってます」


バルドは、続けた。


「……でも、白い翼は、次はヴェルド砦だと、言いました」


「……あ」


トムが、声を上げた。


「そうか。すれ違う」


「……はい」


バルドは、頷いた。


「……先生がホルム砦に着いても、そこには、誰もいません」


「……じゃあ」


「……先生は、ヴェルド砦に、向かい直します」


バルドは、言った。


「……つまり、僕たちが行くべきなのは」


彼は、顔を上げた。


「……ヴェルド砦です」


十九


「ヴェルド砦は、どこですか」


バルドは、兵士の男に、聞いた。


「……北東だ」


男は、答えた。


「ホルム砦から、二日の距離」


「……ここからは」


「五日、ってところか」


「……五日」


バルドは、考えた。


「……先生は、ホルム砦に、いつ着きますか」


「……あの人、どこから出た」


「……フェアウッド村です」


「……なら、明日か、明後日だな」


男は、答えた。


「そこから、ヴェルド砦まで、二日」


「……つまり」


バルドは、計算した。


「……先生は、三日後か、四日後に、ヴェルド砦に着きます」


「……僕たちは、五日」


トムが、言った。


「……一日、遅れる」


「……はい」


バルドは、頷いた。


「……間に合いません」


十六人は、沈黙した。


そして、ニナが、手を上げた。


「あの!」


「……はい?」


「あたし、近道、知ってるかも!」


「……本当ですか?」


「たぶん!」


ニナは、答えた。


「あの山、越えたら、たぶん、二日短縮できる!」


十六人が、その山を、見た。


暗くて、よく見えない。


しかし、シルエットだけは、わかった。


高い。


そして、険しい。


「……あの山、越えられるのか」


ガルドが、聞いた。


「わかんない!」


ニナは、答えた。


「でも、あたし、山は、得意!」


「……」


十六人は、顔を見合わせた。


そして、バルドが、言った。


「……行きましょう」


二十


翌朝。


出発の前。


十六人は、避難民たちに、別れを告げた。


「……本当に、行くのかい」


老婆が、聞いた。


「……はい」


バルドが、答えた。


「……死ぬよ」


「……かもしれません」


バルドは、頷いた。


「……でも、行きます」


老婆は、しばらく、バルドを、見つめた。


そして、頷いた。


「……そうかい」


彼女は、懐から、何かを、取り出した。


小さな、布の袋。


「……これを、持っていきな」


「……これは」


「塩だ」


老婆は、答えた。


「うちの村の、最後の塩さ」


「……そんな、大事なもの」


「いいから、持っていきな」


老婆は、笑った。


「あんたらの、スープ。うまかったよ」


彼女は、続けた。


「あれに、塩を足したら、もっと、うまくなる」


ココが、その袋を、受け取った。


「……ありがとう」


彼女は、言った。


そして、泣いた。


二十一


そして、あの兵士も、見送りに来た。


「……おい」


彼は、バルドを、呼び止めた。


「……はい」


「一つ、言い忘れてた」


男は、言った。


「なんですか」


男は、しばらく、迷ってから、言った。


「……あいつ、女だった」


「……え?」


「白い翼だ」


男は、続けた。


「声が、女だった」


十六人は、驚いた。


「……女性?」


シルフィが、聞いた。


「ああ」


男は、頷いた。


「若い声だった。たぶん、二十代」


「……」


「それと、もう一つ」


男は、続けた。


「あいつ、『あの人はどこだ』って聞くとき――」


彼は、言った。


「泣いてた」


二十二


「……泣いて、いた?」


トムが、聞き返した。


「ああ」


男は、答えた。


「兜の隙間から、涙が、落ちてた」


「……」


「俺、それを、見たんだ」


男は、続けた。


「八百人殺しながら、あいつは、泣いてた」


十六人は、その言葉の意味を、理解できなかった。


しかし。


その言葉は、彼らの中に、深く、残った。


「……なぜ」


エマが、呟いた。


「……なぜ、泣くんですか」


誰も、答えられなかった。


「行こう」


バルドが、言った。


「……はい」


十六人は、歩き出した。


北東へ。


ヴェルド砦へ。


そして、白い翼のもとへ。


二十三


同じ頃。


ホルム砦。


大賢者は、その門の前に、立っていた。


門は、開いていた。


内部は、静まり返っていた。


彼は、中に、入った。


そして、見た。


八百人が、そこにいた。


全員、動かなかった。


「……」


大賢者は、しばらく、立ち尽くしていた。


そして、膝をついた。


一人ひとりの、目を、閉じさせていった。


八百人。


すべて。


それには、三時間かかった。


そして、終わったとき。


彼は、砦の中央に、立っていた。


そして、呟いた。


「……なぜ、こんなことを」


答える者は、いなかった。


そのとき。


彼の足元に、何かが、あった。


石板だった。


そこに、剣で、文字が刻まれていた。


『ヴェルド砦で、待つ』


そして、その下に、もう一行。


『十年、探しました』


大賢者は、その文字を、見つめた。


そして、目を、閉じた。


長い間。


そして、言った。


「……そうか」


彼の声は、震えていた。


「……お前か」


第14話終了。

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