取り敢えず衣食住をなんとかしよう。
「今、何時なんだろ。」
驚きとショックで呆然とし、恐怖と不安で大泣きして数時間後、万智は少し落ち着きを取り戻していた。すっかり夜が更け、物音一つしない真っ暗な世界。街灯なんて便利なものが森にあるはずなく、スマホを手探りで探し、画面を付ける。母からのメッセージが目に入り、涙が出てきた。もちろん電波は立っておらず、返信を試みるがエラー表示になってしまう。インターネット検索も出来ず、動画閲覧も出来ない。スマホで使える機能はメモ帳とカメラ、ライト、スマホ本体にダウンロードしていた電子書籍を読むことくらいだと、ぼんやりと考える。電池残量は67%であることを確認し、電池の無駄使いは出来ないと電源を落とした。
「もう23時かー。そりゃ疲れるはずだ。お腹もすいてるはずなのに食欲わかないし。あーあ。何でこんなことに。普通さ、異世界トリップしたらチート能力で無双するみたいな展開じゃないの。せめて能力なくても誰かに保護されるものなんじゃないの。こんな状態でこんな場所に放り出されるなんて、最初から詰んでんじゃねーか。」
独り言をつぶやくうちに、理不尽な現状にだんだんと怒りが湧き上がってきた。本来であれば、自宅に帰り好きな映画を見ながらケーキを食べ、ゆっくり湯船につかり、新作ゲームをプレイし、温かい布団で寝ていたはずなのだ。万智は仕事をそこそこして、一人で生きていくだけの金銭を得られて、ほんの些細な喜びがたまにある生活が一番幸せだと考えていた。別に贅沢したいわけでも多くの人から評価される何者かになりたいわけでもなかったのだ。だからこそ、今の自身の生命が危ぶまれている状況は我慢ならなかった。そして、平穏な日常を奪われた怒りをどこにぶつければ良いかもわからず途方に暮れた。そんな事を考えているうちに身体を丸め寝てしまっていた。
「あ、暑い。もう朝?」
じりじりと太陽が照り付け、不快な暑さに目を覚ます。太陽は空のてっぺんにあり、随分と長い間眠っていたようだった。万智はこんな環境で呑気に寝ていられる自分のずぶとさに驚いた。そしてお腹がとても空いていることに気が付く。ふと昨日買ったケーキの存在に気が付き、ケーキの箱を開けるクリームはとけ、やや形は崩れているが食べれそうだった。一つ食べ、もう一つは残しておくか少し悩み、どうせ残しておいても冷蔵庫は無く、傷んでしまう可能性が高いならと、両方一気にケーキを食べてしまった。ケーキの甘さがささくれ立った心にしみた。
「よし。この世界での目標は最低限の衣食住に困ることなく生きること!そして、少しでも楽しいこと嬉しいことが出来たらいいな。」
万智はぐっと伸びをして、自分自身にそう宣言した。
「衣食住の中でまずは食を何とかしなきゃだよね。不幸中の幸いだけど、大きな湖は見つけてるから一番重要な水分調達は問題なさそう。後は食糧問題かな。」
バックの中から水筒と弁当箱を取り出し、湖できれいに洗った。水筒に水を入れ、湖の位置を見失わない範囲で食料がないか探索することにした。
幸いなことに、この森には食べられそうな木の実は豊富にあり、弁当箱いっぱいに木の実を持ち帰ることが出来た。ひとまずたちまち飢えてしまうことはなさそうである。しかし、栄養素は偏り、長期間森の中で過ごすことは不可能に感じられた。どこかで一か八か森を抜けだすことを考えなければいけない。森を抜け出すための準備も同時に進めていく必要がありそうだと万智は考えた。
数日は周囲を探索し、木の実の場所、水源の場所を確認していった。水源をみつけたら、そこに拠点を移し周囲を探索するということを繰り返した。心は折れそうだったが、生き残るという目標を思い出し、心を奮い立たせていた。
そしてついに、明らかに人が作ったであろう道を見つけたのであった。




