突然の異世界トリップ
|右手には苺タルトとチーズケーキ、左手には奮発して買った新発売のゲームソフト。頬は緩み、今にもスキップしてしまいそうな気持ちを抑えながら家路を急ぐ。
今日は仕事が定時に片付き、明日は休み。頑張ったご褒美にとケーキを買った後にふらっと寄った店で入手困難と話題になっていたゲームソフトを購入できた。彼氏もいないインドア女の私は、人生をかけるような大きな志は無く、生活するために仕事する。そんな中で今日みたいな何もかも上手くいった日に些細なご褒美を楽しむ生活を私はとても気に入っている。
信号待ちの間、何気なくスマホを開くと母からのメッセージが届いていた。
「あ、万智。最近、仕事どうなの。元気にしてる?お盆の予定はどうなってるの。帰ってくるなら連絡して。そういえば、近所の日菜子ちゃん覚えてる?同窓会で同級生と再会してから付き合って、できちゃった結婚だって!奥さん嬉しそうに話してたわ。万智は同窓会とかでいい出会い無いの?お母さんの知り合いでいい人いないか聞いてみようか。」
母のテンションの高さに思わず苦笑してしまう。適当な返信では、また長文の追撃メッセージが送られてくるに違いない。27歳になると友人の結婚、出産の話をよく聞くようになる。孫の顔を見たい母の気持ちは理解できるし、その不器用な心配も嬉しかった。でも、私にとっては自分以外の人と生活を共にするなどイメージを持つことができない、遠い世界の話だった。
これは家に帰ったら久しぶりに母に電話しなければと思い、スマホの画面から視線をあげると、そこは森だった。
「え・・・。」
|何度、目をこすっても、頬をつねっても、そこは木々が生い茂り、鳥の鳴き声のようなものが聞こえる森だった。
「は、はは。ナニコレ。夢、じゃないよね。どっきりとか?私、信号待ちしてたよね。」
現実が受け止められず、思わず笑ってしまう。
「すみませーん。誰かいませんか。すみませーん。」
返ってくるのは、木々のざわめきと生き物の鳴き声のようなものだけ。
「え、噓でしょ。本当にここどこ。どうしろっていうの。」
万智はその場にぼーっと立ちすくし、現実逃避するしかなかった。
小一時間ほど歩き、大きな湖を見つけ、その湖にいるショッキングピンクのバイクほどの大きさの魚を見て、万智は異世界に迷い込んでしまったと理解した。
「これ、異世界の森に迷い込んじゃったってことよね。トラックにはねられてないけど。」
異世界トリップというものだろう、そう考えないと今の状況を説明できない。異世界トリップの小説は好きでよく読んでいた。異世界トリップといえば、勇者を求めた国に召還される、もしくは女神様から異世界の問題を解決されるようにお願いされるといった設定のイメージがあるが、今の自分の状況には当てはまりそうにない。
万智の召喚を喜ぶ人物もいなければ、女神様になんて会っていない。そもそも、この異世界がどんな世界すらも知らない。混乱する頭で以前良く読んでいた小説の内容を思い出す。
「ステータスオープン!・・・ってそんなわけないか。」
ゲームのような特別な力があるわけではなさそうだ。見た目も自身の身体の感覚も何も普段と変わりがない。
「いやいや。この展開はイケメンの獣人が彷徨っているところを助けてくれてっていう乙女ゲーム的な展開だと信じよう。」
気を取り直して周囲の散策を続けて小一時間。仕事終わりだったこともあり、足はパンパン。グーっとお腹が鳴る。
「イケメン獣人どころか、獣一匹いねえじゃねーか。」
疲労と空腹からイライラしながらぼやく。すっかり暗くなり、これ以上の探索は難しそうだった。
今、万智にあるものはケーキ2個と新作ゲームソフト、通勤用バックに入った水筒と食べ終わった弁当箱、財布、スマホといったところ。
「こんなんでどうしろっていうのよーーーーーーーーーーーー。」
力の限り叫ぶが万智に答えてくれるものは何もいなかった。




