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第6話 在る筈で在ってはならないモノ

 南方諸国は東西南北に分かれた中では比較的にマシな被害で済んだとされていた。


 人的被害は甚大だったが土地を守れた北方。

 土地の破壊によって復興の目処が立たなかった東方。

 土地も人も消耗したが復興の目処が真っ先に見えた西方。


 これら三つの地方を差し置いて、南方諸国はマシだった。

 魔王軍によって、最もはやく、呆気なく制圧されたが故に、戦後に残る被害は少なかったのだ。

 多くの奴隷階級や流浪人を生み出しはしたが、人も多く土地も豊なまま。

 戦後の騒乱が静まり、治安を取り戻せば、人族社会の中心になるのは南方の諸国だろうと、現状を正しく認識できる賢者たちは評価していた。

 そんな未来ある南方諸国の人々が、耐えなればならないその数年、長くても十年。


 その時間を南方の鉱山で過ごしたのがリアリーだった。


 奴隷から解放されて、大勢の人族が職を求めて鉱山にやってきた中に、彼女はいた。

 リアリーは最初から首を絞められていたわけではない。

 最初は名前もない坑夫と同じく、ツルハシを片手に魔石掘りをしていた。

 女の坑夫が珍しいわけでもない。

 大勢いた中の一人で多数に埋もれて突然の立場だった。


 だが、リアリーは光だった。


 それはその時、耐え難い苦しみを味わった南方の鉱山にいた鉱夫たちが、共有して想いだった。

 少なくてもリアリーの首を絞める役を担った坑夫はそう思っていた。


 それ故に――鉱夫はその首を絞めなければならない。


 それはリアリーの指名であり、坑夫の望みだった。



 だって、他の人だと苦しいと思ったから。

 大事に絞めてくれるでしょう?


 だって、この首を誰より絞めたくないのは俺だから。

 俺よりも大事にこの首を絞めれる奴がいないから。



 必要に迫られて。

 望まれて、望んで。

 鉱夫は愛しい人の首を絞める。

 毎日、毎日、その柔らかい肌に指を埋め、決して折らぬように、苦しみが少ないように祈って。



 ――絞める。


 

「なんでこの語り手の鉱夫は首を絞めるの?」


 そう愛にきかれたのはまだ『リアリーの英雄』が書籍化されてない頃。

 もうじき書きたいことも書き終わって、


 これがお前らの憧れる異世界のリアルだよ! 思い知ったか! 


 と、俺の溜飲が下がる予定だった頃だ。

 鉱夫がなぜ首を絞めるのか。

 それを聞くということはまだ序盤である。

 愛はそんな序盤ですでに俺が作者だとわかっていた。

 隠してもしょうがないから、ネタバレだったがちゃんと言った。正直、愛に読まれるのが恥ずかしい気持ちもあったから、疑問を晴らしたら読むのをやめてくれるんじゃないかと期待していた。


「この世界には、霊格……魂の形ってのがあるんだよ。肉体とは別な? ……鉱夫はソレをリアリーの身体から離すために首を絞めてたんだ」


 他人事のように話せば、古傷も開かない。

 もう何年も前の話、前世の話だ。

 大丈夫だ。もうあの手じゃない。リアリーの首を絞めていた手ではない。

 だから大丈夫、大丈夫だ。


「眠らせるわけにはいかないんだよ。眠りだと追い出せない。だから、気絶させる必要があって、もっとも確実な意識喪失が首を絞めることだった」


 ほら。言えた。

 言えたじゃないか。


「ネタバレになるけど、リアリーの霊格は光ってたんだ。黄金色に。……輪廻転生って言えばいいのかな。リアリーは繋いできた魂のリレーの中に、精霊や神様とか、そういう立派な存在がいたんだよ。想像だけど」


 この小説に俺は想像はかけないが、実際前世でした予想では、そうみんなで話していた。

 きっと巡り巡って、こんなに光り輝くような魂が人に宿ったのだと。


「幽体離脱を人為的に起こしたくて首を絞めてたのね? ……好きな人の首を」

「あぁ、そうさ。……これもネタバレしておくか。それが理由で鉱夫はリアリーと結ばれないんだ。自分の手を見つめて、あの柔らかさを感じて、死ぬ時まで大事な人の首を絞めた自分を許さなかった」

「へぇ……なら、童貞で死んだんだ?」

「言ってやるなよ。……まぁそうなるな」


 女の白い首を見つめるたびにリアリーを思い出しては、首を絞めなければならない脅迫概念に支配されていた。

 そんな鉱夫は、金で買った女すら抱けず、死ぬ時まで童貞だった。


「幽体離脱させたかったのはわかったけど、それはなんで?」

「魔力は霊的ではあるが物質的ではない。霊力も同じ。だけど、霊格は別。魂そのものだから、触れることも可能だったし、触れられないことも可能だった。少なくても、誰かに意図的に危害を加えられない限りは、何も危険がなく鉱道を進むことができた」

「……理解、できた」

「まじか。すごいな」

「理屈のつけ方だもの。すり抜けるのも触るのも自由な幽霊になってそれで作業を楽にしようとしたのね。で、魂が光ってるから灯りにもなって見失わない。で、それだけ魂が強い人……質のいい人でいいのかな? じゃないといけない。普通の人だったら幽体離脱させたら戻って来れないんでしょ?」

「愛……お前が続き書くか?」

「やーよ。私が書いたら、魔法少女がステッキ振るわよ?」


 愛の読解力、推察力はすごい。

 俺なんかよりよっぽど作家に向いてる気がしたが、魔法少女物は全然流行りではないし、厳しいのかもしれない。


「愛のいう通りさ。……それに加えて、魔石の中でも、竜石……竜の骨に近いところで取れる石があって、それがとっても貴重なんだよ。中央の山の上なら普通に取れるんだけど、この東西南北に分かれた地方じゃ、滅多なことで取れない。その貴重な石が――」

「はい。先生。私の予想を先にさせて? ……普通の光や、魔力の光を、発掘するときに浴びせちゃいけない石だったんでしょ? そういうのあるじゃない。取り出す時に振動与えちゃいけないとか。だから、リアリーの幽体離脱は役に立つわけ。どう?」


 得意げに予想した愛に俺は降参の意を示して、両手をあげた。

 本当に、想像力があって羨ましい。

 俺にはそんな想像力はない。

 俺にそんな先を読む力があれば。


 あれば、何か、変わったのだろうか?


 俺は想像力がなかったから。

 俺をみつめる愛の視線にも、全く気づいてなかった。

 中学三年生、葵が全く試験勉強をしないでいたので、ついに居残り勉強させられているのを、二人で待っていた時の事だった。




 そんな魔力や霊力、霊格や魂というのは、何も前世だけの話ではない。

 この現世にもちゃんと存在する。

 日本にも昔から陰陽師やイタコという存在がいる。

 安倍晴明なんて超がつくほどの有名人だ。

 魔法使いや魔術師の話が残ってないことから分かるように、魔力はうすかった。

 土地を眺めても血管を流れる血液のように魔力が流れている、なんてことはない。

 そんな世界なのだから、魔力を使った技術が発展せずに、飛行機や新幹線みたいな技術が進歩してるのだ。

 俺としてはそっちの方が好みだった。

 何せ俺も前世が魔術師というわけではないのだ。

 霊力と魔力、どちらも無教養の輩に相応しい使い方しかできない。


 感覚魔術というものがある。


 魔力をコストに、偶然や他者の力で魔術を発動させ、それを何度も繰り返していくうちに、使い方がわからないのに使えるようになる魔術のことだ。

 前世で代表的だった感覚魔術といえば、現世のライターである。

 指先に火を灯す魔術だ。

 俺もこれはよく使った。

 現世のヤクザの舎弟のように、煙草の火をつける仕事もあるのだ。

 何せ奴隷の時間も長かった。

 魔族の奴隷なのだから、使える感覚魔術は多くなければ仕事にならない。

 役立たずとみられれば殺されて喰われるのだから、必死になったものだ。


 そんな俺が使える感覚魔術の中でも、ライターと並ぶものが魔力感知である。


 感覚としては、瞳に魔力を集めるイメージで発動する。

 そうすることで魔力を視認できた。

 慣れれば大きさや濃さでフィルターをかけることも可能で、これができない人族も魔族もいないに決まってる代物だ。

 ライター以上にこの魔力感知は現世でもとても便利だった。なにせ現世にはライターはあるが、魔力感知の代わりになる眼鏡とかはなかったのだから。


 中学の文化祭で、俺は愛と葵を見分けるという競技をやらされたことがある。


 クラスの出し物というわけだ。

 俺たち三人が仲が良いのはみんな知っていたことであったし、俺が愛と葵を一度も見間違ったことがないのは有名だった。

 しかし、普通にやったら絶対にわかるという理由で、今考えてもおかしい条件で見分けろと言われたのだ。


 体の線が何も見えないお姫様衣装。

 演劇部が化粧済み。

 そして距離がある。


 俺の目には、愛でも葵でもなく、よそのクラスの男だったとしてしてもわからなかった。

 とはいえ、俺が二人を見分けられないなんてこと、許されるわけがない。

 なのでズルをした。

 それが魔力感知の出番だったわけだ。

 愛と葵は、葵の方が少し尻がでかいが、ほとんど同じ外見をしている。

 しかし、魔力は違った。

 愛には魔力はほとんどなかったが、葵には目を見張るほどの魔力があったのだ。

 前世の世界なら葵は魔術学校にスカウトされていたかもしれないほどである。

 俺はそんな魔力の量をみて、見事に二人を特定したのだ。

 何度やっても魔力感知をしている限りミスることはない。

 衣装チェンジを三回繰り返しても俺はノーミスだった。


 賞賛されると思っていた俺を、ドン引きの目線で周囲が見たのはいうまでもない。


 だが俺は後悔などしていない。

 その時のパーフェクトの賞品が、愛と葵からのほっぺにチューだったからだ。

 愛と葵からお遊びでチューされるのは幼稚園児の頃であれば日常だが、小学生にもなればほとんどなかった。

 それが中学生になって得られる機会である。

 

 そりゃ本気になるだろう?


 今思い返せば。

 大喜びした俺と、ほっぺにチューを喜んでしてくれた二人の姿をみていたから、両家の両親はくっつけようと決めたのかもしれない。




◆◇◆ 




「あれか」


 土日と休校の三連休初日。

 高町一の姿は、海沿いに展開する歓楽街である海成にあった。




 俺が育ったこの街は、山と海に挟まれた片田舎とも呼べる立地ではあるのだが、奇跡的に海路でも陸路でも都市部に移動できる。

 山一つ越えれば新幹線があるし、フェリーに乗れば一晩で都会である。

 その手間が田舎の証明でもあるのだが、本当の田舎に比べれば遥かにマシだろうと、この街に住んでる俺たちは自分を慰めているわけだ。


 本日は六月だというのに快晴に恵まれ、雲の数も少ない。

 まるで梅雨明けの夏だが、暑さは夏真っ盛りより遥かにマシという極めて理想的な環境だった。

 海成は海鮮に恵まれ飲食に困らず、平地であり大変過ごしやすい。

 ここしかないとも言えるほどデートに適した場所である。

 こんないい天気だ。

 視界にはデートしているカップルの姿がよく見える。

 本来であれば、この土日は三人でデートの予定だったのだが、


 ――私たちの人生を遊びで考えてるんじゃないわよ。


 どちらの家の両親にも激怒した愛の怒りは、楽観視しすぎてた葵、そして仲裁に入って宥めた俺にも向かっていた。


 ――入ったら許さないから。


 そうして自分の部屋に内鍵をかけて愛は閉じこもってしまった。

 今頃三神家では、葵が愛の部屋のまえでうろうろしていることだろう。

 葵は愛に負けたくないとよく意思表示をするが、誰より愛の傍にいる子だ。

 大喧嘩して拗ねれば、悲しくなって先に折れるのはいつも葵である。

 愛が普段通りでいてくれないと、葵には耐えられないのだ。

 それだけ仲のいい姉妹だった。


「いらっしゃいませー。……少年でいいのかな?」


 普段ならそんな愛と葵を放置して俺だけ出掛けるということはない。

 だというのに家を出た理由である露天商の前に俺は立っていた。

 そこは両親たちが匂いの原因である香油を買った場所だった。


「少年じゃない。もう十六だ。青年で頼む」

「あら。そうですかお客さん。……何かお探しで?」

「ああ。……この三つを見せてほしい。うちの両親が買ってきたんだよ」

「返品は受け付けてませんが?」

「そうじゃない。見せてくれ」


 激怒した愛の剣幕に全て話してくれた両親たちは、ここでなんにでも混ぜれて、とてもいい匂いがするという香油を買ったのだ。

 

 ――組み合わせですごくいい匂いがするのが、三人にちょうどいいと思って。

 正座してしゅんとした様子を見せた両家の母が語るにはこうだ。


 子供たちの仲をもう一歩進めたかった。

 三人で仲良くなってほしい。

 組み合わせで匂いが変わるなら三人でいい雰囲気になってくれるかもと思った。

 反省しています。ごめんなさい。


 ということらしい。

 母親たちには子供たちの組み合わせで雰囲気が変わり、盛り上がってくれればそれでよかったのだ。

 やはり、無責任な一線を超えるような影響があるとは思っていなかったらしい。


「こちらになりますが……説明は入用ですか?」

「いや、見せてくれるだけでいい」


 最近ここで商売を始めたらしい露天商が引き出してきたのは香油だけではなかった。粉末もあれば、蝋燭もある。

 匂いを扱ったリラクゼーションの品を扱っていることは間違いない。

 俺は、魔力感知の眼で品々をじっと眺め、その様子に店主が気が付いているかを慎重に確かめた。

 

 俺が転生してきたのだ。当然他にも転生してきた奴がいる。


 このことは『リアリーの英雄』がwebに出た段階で分かっている。

 ダイレクトメールで転生者から連絡が来たことがあった。

 書籍化した際にファンレターで送られてきたこともある。

 魔力感知は見られていることに気が付きやすい。

 現世の住人ですら、何か視線を感じると違和感を覚えるものだ。

 転生者なら魔力感知された感覚は忘れようがないもので、それがこの世界で行われれば態度に出ないはずがない。


「御熱心ですねぇ。ご両親のどちらがお買いになられたので?」

「……母が、友人と」

「おお。もしやあの麗しいお客様かな。たいそうお気に入りのご様子でしたが」


 商品の説明をして、売り込みを図りたい意思を隠さない様子で話しかけてくる店主には何もおかしな様子はない。

 思い切って直接その顔をじっと眺めてみるが、二十代後半くらいの女性の顔が商品が売れそうな気配に喜んでる様子しか見えない。


「この三つ以外の、組み合わせのおすすめはありますか?」

「ええ。ありますよ。おすすめはですね、こちらとこちらをー」


 提示された組み合わせは、魔力反応なしとありの品を組み合わせたものだった。

 これでは何の魔力的な効能はない。

 やはり、無意識。

 偶然で魔術反応が生み出された組み合わせを母たちが買ったのだろう。


「センスがいいと言えばいいんだが……」

「お、そう思われます? いい匂いでしょう?」

「……ええ」


 母親たちはどちらも勘が鋭いところがある。

 俺であれば感覚魔術で誤魔化す類の判断を、母親たちはなんとなくで正解を選べてしまう。

 あの二人はどの組み合わせなら効能のある匂いになるかを、なんとなく分かってしまったので気に入ったのだろう。

 それを責めるのは息子として心苦しい。

 俺は両親を愛している。

 はじめて出会った無償の愛を注いでくれる存在なのだ。

 できれば喧嘩はしたくないし、例え責任が母にあっても追及などしたくない。

 

 だが、それで母を許してしまえば、愛の気持ちはどうなる。


 母たちにがちゃんと考えがあって俺たちを結ばせようとしているのは間違いない。

 愛は無責任に見える行動を怒ったが、それは表面的に見えるだけのはずだ。

 きっと母たちは社会的に認められなくても、子供たちが夫婦としてやっていける基盤や環境を用意できると思っているはずだ。


 しかし当事者は俺たちだ。

 俺と、愛と、葵なのだ。


 俺たちは親がいなくなっても、身一つになっても、三人揃っていれば生きていける覚悟が欲しいのだ。

 その覚悟や勇気や自信を得るために、将来に思い悩んで今やれることをやるのだ。

 愛があれほど怒ったのは、それらを無視されたからだ。

 俺はそれが嬉しった。

 それだけ真剣に一緒に生きていくことを望んでくれる相手に恵まれたことが幸せでならない。

 俺はそんな愛や、葵と結ばれるに足りる男になりたいのだ。

 

 一人でここに確認しにやってきたのもそのためのものだった。

 愛が怒りの矛先を下せるように原因を調べて、愛に納得できる説明をする。

 俺が両親を愛してるように。

 愛も両親が大好きなのだ。

 喧嘩など、したくないのである。


「それでどうでしょう? こちらの組み合わせなどはー」


 魔力感知で眺めていると熱心に見つめているように相手は感じるもので、これは買い手と見込んだのだろう店主が新しい組み合わせを示している。

 正直、転生者か偶然の結果なのか分かれば用は済んでいるので買うつもりはない。

 いくら普通の高校生よりは財布が分厚いとはいえ、しょせん親に管理されている身である。

 こんな財布に余裕がある大人を対象にした露天商の品を買うわけにはいかない。

 俺はさっと距離を取って、そのまま店を立ち去ろうとした。

 その時だ。

 ぐんと顔が吸い寄せられるように、引付けられる感覚が襲ってきた。


(――あ?)


 疑問による一瞬どころではない思考の空白は、覚えがあった。


 ――魅了チャームの魔術。


 俺の視線の先にはニッコリとほほ笑む店主が差し出した、五つの匂いの組み合わせがあった。

 そこに煌めく紫色に発光する魔力光は、魔術反応の証だった。


「こちら、買っていただけませんか?」


 新作の組み合わせです!

 と差し出してくる香油のセットを俺はいっさいの躊躇いなく買っていた。

 これが魔術の怖さである。

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