薄紫の花を探して
違和感を感じている。最近、妙に周囲が赤色に染まって来たな、とは思っていた。だが、仕事上、森の近くに居ることが多く、そこだけを切り抜くと華やかな色の物は周囲に存在しない。そこで突然、雇用主の娘さんに出かけようと声を掛けられたのだ。一緒に車で出かけると、島には珍しいステージが組みあがっていた。そしてステージ前には人だかりが出来ていた。島に来て以来、こんなに人が集まっているのは初めて見たかもしれない。バイクのレースではコースの周囲に人だかりが出来ていたため、密度は感じなかった。だが、今目の前の人々はステージ前にギュッと寄っている。彼女に引っ張られて移動すると、人々が今か今かとイベントの開始を待ち構えていた。
ステージに上がったのはこのエリアの長で、マイクに向かって長々しい挨拶を始めた。挨拶が終わり、イベントの趣旨の説明が始まったことで、やっとどのようなイベントなのか分かってきた。最近増えてきたのは花だった。薄い赤や紫などの花弁が周囲に溢れかえって街中が染まっていたのだ。そして今回はその中から指定されたクレマチスの花を探すイベントだった。
花の特徴が発表される。花弁の数、色、葉の特徴などが図解されるが、刈るのが専門の私には薄紫色であるくらいしか分からない。そうこうしている内に開始の合図がされると会場の皆が思い思いに散っていく。友人知人と、あっちへ行ってみようと言わんばかりに、虚空指さしそぞろに歩いていく。そういう私も隣の娘さんに腕を引っ張られてステージ裏に移動した。ステージ裏にもびっしりと植物が生えていて薄紫で埋め尽くされている。楽勝ではないかと一輪手折るが、慎重に一輪ずつ探す彼女から速攻、それは違う、と否定されてしまった。よく見ると花弁の数が違う気がする。なんだったら梯子を持ち出して上の方で探している人もいる。私も倣って一輪ずつ確認してみるが、よく見ると異なる種類の花が混ざっていて先ほど見た花がどこにあったのか見失ってしまう。段々気分が滅入ってくる中、ステージの上の方に登って、少し窪んだ段差のところに、無数の紫の花に混ざって、枯れて黄色くなり始めた花を見つけた。それを手折ることに躊躇ったが勇気を出して手に取り彼女に見せると、それよ、と嬉しそうな笑顔が見られた。
その後も周囲を見ていたが先ほど手に入れた一輪以外はないようだったため、南の方に足を延ばすことにした。南は木が生い茂ったエリアだが森ではなく住居が所々にあるため子供達も沢山いた。道沿いには出店もあり、様々な料理や飲み物、お菓子があり、故郷の祭りを思い出す光景だった。浅い川も流れており優しいせせらぎが聞こえ、賑やかな声が聞こえるというのに、どこか穏やかな雰囲気が広がっていた。出店の裏手を探してみるが全く見つからない。他の人達もまだ見つかっていないようだった。私はかなり運がよい方だったらしい。
今度は北側に向かうことになった。そこにはシェルターのようになった衣料品店があった。休憩も兼ねて中に入ると冬物の分厚いセーターなどが売っていた。そろそろ島に来て初めての冬になる。夏は南国の気候だが冬になると雪も降ると聞いている。持ってきた服だけで足りるだろうかと不安になったが、そんな私を見ていたのだろう、彼女がセーターを手に取って私の体に当ててきた。紫のセーターだが似合っていると彼女が微笑むとつられて私も微笑んでしまう。イベント中であることを忘れてセーターを買ってしまった。そんなレジ横に薄紫の花を模したハンドメイドのブローチが売っていた。それを一緒に買って彼女に渡すと、驚いた様子を見せた後、嬉しそうな顔に変わった。
時間になりイベント会場に戻ると獲得した花の数で表彰が行われた。私たちは最初に見つけた一つだけだったが、彼女はプレゼントしたブローチを胸に着けて、この花がこの中で一番きれい、と微笑んでくれた。車に戻るまでの間、彼女と手を繋いで歩く。こんな綺麗な夕日を見たことない。彼女との別れ際、すぐに会えるのに別れの挨拶を切り出すことができなかった。彼女も同じだったのだろう。しばらく車の中で押し黙ってしまった。彼女の方から、また明日ね、と言って車を降りて家の中に戻っていった。扉の前で振り返り手を振ってくれた。彼女が家に入るのを見守ると、車を動かして家に戻った。家に戻ると枯れかけのクレマチスを押し花にすることにした。買ったばかりの紫のセーターと花を並べて、これを見るたびに今日のことを思い出すことだろう。いつか別れの言葉も必要ない、二人で今日あったことをただ話し、ただ穏やかに一日を終えることが出来たら、それはどれだけ幸せなのだろうか。窓から遠くの彼女の家の明かりを見るが、彼女もこちらを見ているような気がして、植物の蔓が糸電話のように思いを伝えてくれているようだった。




