引退する老職人の笑い話
今日は同業者の組合に顔を出していた。お互いの仕事を取り合わないように、担当の取り決めをするのだが、引退する人もいれば新規参入もいるため、持ち場を引き継いだり、担当個所を譲ったり、様々なことを話し合う場だ。私はまだまだ新人枠なので、雇用主も持ち場を変わる必要なく、話し合いを見守って時間が過ぎていく。話し合いが終わる頃には外も夕暮れだった。
その後は雇用主もお世話になったことのある方の引退を労う場に向かった。物静かな雇用主に対し、彼はとても豪快で、酒飲みらしく赤鼻で、無精ひげで、体格も立派だった。だが髭も頭髪も白く、まだ現役でいられるようにも思えるが、実際のところ相当高齢なのが伺えた。若手に場所を譲るための勇退で、今後は商売道具も譲って、親族の集まる村で悠々自適に暮らすそうだ。
そんな彼も酒が回ると若いころの失敗を面白おかしく語ってくれた。食事の場としては下品だが、面白いので書き残させてもらうことにした。
仕事が終わり、家に帰ろうと車を走らせていたところ、急に腹が痛くなってきたのでトイレを探すため車を停めたんだ。
最初は外でトイレを探したんだけどな、どこも汚くて、とてもじゃないけど使う気になれず走り回ったよ。
そこで目に飛び込んできたのは病院で、もう我慢できなかったので、腹を抑えながら、小走りで病院に向かったのさ。こうやってな(片手で腹部を抑えて、内また気味にキビキビと走ってみせた)。
入ってみたら、患者たちが全員上からすっぽり被る紙の服を着てて、下には何も履いてなかったんだ。なんだったら女性が前かがみになると色々と見えちゃいけない部分が見えてさ、あれには驚いた。
そこが泌尿器科の病院だ、って気付いたのはそのときだ。俺はトイレに向かったのだけど、患者さんがどこも使用中で、俺は焦って看護婦にどこかに空いているトイレがないか聞いたんだよ。あの時には漏れてたから、鼻息荒い、顔も真っ赤で、臭いも出すやつがカウンター越しに焦ってるんだ。看護婦も驚いて声も出さずに指さしてきた。
これ以上漏らせないと必死に小走りに走って飛び込んだのだが、そこのトイレは中が覗けるようになってたんだ。多分、トイレで倒れた患者を見つけるためだと思う。
やっと便器に辿り着いたが、ズボンを下すまでの間に盛大に漏らして、下着の中は、あれだ、分かるだろ。
トイレにウォシュレットも付いてたので、下着を投げ捨てて、ケツについたものを洗い流そうとしたんだ。
下着の替えも当然無いから、なんとかそこで洗おうとしたんだが、そうやっている内にトイレが長引いていることに心配した看護師がトイレのドアをこじ開けようとして来やがった。
外に向かって、俺は大丈夫だ、放っておいてくれ、って言ったんだが、相手はついにドアを開けてきやがった。
俺は下着を捨てて、ズボンを取り合えず履いたんだが、入ってきた看護師は俺を担架に乗せて病室に連れて行こうとするんだよ。その時の俺の頭の中は、まだケツが綺麗でもないのに履いたズボンの状態が気になって仕方ない。恥ずかしくてな、そもそも病人じゃない、ってことを言い出せなくなってしまった。
結局、なぜか入院する流れになってしまい、当時付き合ってた妻に、入院の手続きの連絡をするんだが、頼んだのは替えのズボンとパンツ、後汚れたやつを入れるビニール袋を持ってきてくれ、ってお願いだった。電話越しに大笑いされてな、随分長いこと笑われた後、持ってきてくれたんだよ。いい女だとそのとき思ったんだよ。でもな、その後、まぁ色々と下半身を見せるタイミングはあるだろ?こっちの見っとも無い姿を見ては大笑いされたもんさ。
そんな妻と引退後はゆっくり二人で過ごすつもりらしい。妻の方が今は下半身に問題があって、彼が下着を変えてあげたりしているらしい。あの時世話してくれた女の下の世話なんざ苦でもないさ、と笑っていた。親族で集まって暮らしているなら、老後のサポートも周囲がしてくれるのが一般的だが、妻のために仕事を引退し傍にいてあげようとするのだから相当な愛妻家なのだろう。暗くなる素振りもなく、まだまだ働けそうな元気で逞しい彼の、楽しそうに老後を語る姿はとても眩しかった。




