英雄の栄光と影を見た日
今日は友人に紹介されたイベントに来ていた。プロレスに次ぐ人気スポーツが、舗装もされてないコースを土ぼこりを上げながら走るバイクのレースだ。世界的に見たら大したことない選手ばかりであろうが、村や町の有名な選手が集まって、それぞれ自慢のマシンに乗って順位を競う。
ここまでは自分で買った車で、勇気を出して誘った雇用主の娘さんを助手席に乗せて、来ていた。プロレス嫌いだからどうかと思ったのだが、バイクに関しては興味を持ってもらえたようだ。なにより、このレースに出場する選手は有名人ばかりで英雄のような扱いを受けていることから知名度も高いようで、彼女も名前くらいは知っているようだった。
小さいイベントは年に何回か開催されており、島から一堂に会して行う大会は秋の一回のみ。過去三回、同じ人がチャンピオンになったようだ。整備されているバイクの前に立っている選手は島の筋骨隆々としたむさ苦しい男と違いどこかクールな印象がある。その中でもチャンピオンは貫禄もあって遠目にも存在感を放っていた。まさにカリスマだ。ステージに招かれた選手が順番に前に出ると、一番歓声が大きいのも彼だ。そんな中でも彼女の方は様々な見たことのない仕事に興味があるようで、整備している人や、イベントを進行している人たちの方を指さして、あれはどのようなことをしているのだろうか、と聞いてきてくれた。私も一応は知識があるので、周囲の歓声でかき消されないように、彼女の耳元に寄って教えてあげた。内心、ヒーローに目を奪われてしまうのではないか、と焦ったのだが杞憂だったようだ。こんな場でも彼女は私との会話を楽しんでくれているようだった。
レース前の予選が始まった。プラクティス二回と予選一回、そして決勝だ。プラクティスで走りを確認し、気になるところを整備して再び走る。砂埃舞う中、勢いよくバイクが宙を舞う瞬間は迫力がある。それが目の前に来ると一気にエンターテイメントに変わる。彼女も楽しそうに見てくれていた。
当初、マシンを自前で用意する関係で、性能差が大きいと聞いていたのだが、実際走っている様子を見ていると大きな差は出ていないように見えた。プラクティスを見る限りでは出遅れた選手はいないように見えた。
だが予選になって不思議なことが起こった。チャンピオンが妙に遅い。他の選手が軽快にタイムを出すのだが、チャンピオンだけが極端に遅いのだ。マシンの不調だろうか。彼以外が走り終わってタイムが出る中、彼だけがまだコース上で走っていた。遅いが故に彼の集中力がないことも遠目に分かった。彼の走り終わった箇所は既に整備の人達が待ちきれず入ってきてコースを綺麗にしていた。そんな彼がゴールラインを切り、タイムが出るころには他の選手たちは決勝に向けて準備を始めていた。ステージで決勝前のオープニングイベントが行われるのだ。
もう皆がイベントを始めようとしている中、やっとゴールしたチャンピオンが声を荒げて、畜生、なんでダメなんだ、と騒いでいるのが聞こえた。バイクに跨ったままハンドルを叩いてヘルメットの上から頭を叩いている。そんなチャンピオンを遠目に誰もが見ていて誰も駆け寄る素振りもない。ただ静かにチャンピオンの悔しそうな声だけが聞こえる。
彼がバイクを降りるとスタッフが駆け寄ってバイクを支えた。チャンピオンがふらふらと歩くが、そちらは誰も支えようとしない。なかなか壇上に上がる様子がなかったが、諦めたように他の選手に並んで腰かけた。最初のカリスマは感じられず、妙に小さく見えた。
イベントが始まったが彼は姿を現さなかった。アナウンスは発熱による棄権と報じた。誰も何も言わない。去年のチャンピオンが居なくなったのに、淡々と予定が進んでいき、決勝が始まる。何もなかったかのように試合が行われ、そして終わった。新しいチャンピオンが生まれ、表彰台ではシャンパーニュが開けられ、上位三人による酒の掛け合いが始まった。予選での出来事がなかったかのように全てが終わり、観客は帰路に着いた。
帰りの車の中で、彼に何があったのだろうか、と話題に出したが推測にしかならず、お互いにそれ以上話せなくなってしまった。あんなに楽しかったのに、あの出来事を見た後では、楽しかったはずのものが空虚になっていた。皆がチャンピオンと讃える一方で、走れなかった彼の傍には誰もいなかった。彼は孤独だったのではなかろうか。輝かしく、華やかな生活に対し人は集まるが、それを失った彼に人は近付こうともしない。人の残酷さを見てしまった気がした。
彼女も同じように感じたようで、人の魅力はそれだけではなく、イベントを裏で支えている人たちにとても興味が持てた。最終的にはチームのたった一人の栄光になってしまうのだけど、それを支える人たちの魅力に優劣はなかった、と言って楽しかったのでまたどこかに誘ってください、と笑顔を見せてくれた。
後日、友人が元チャンピオンが引退したことを伝えてきた。案の定、街に戻ってきた英雄に対し誰も声を掛けず、ただ静かに引退の意思がレース主催者に伝えられただけだったそうだ。友人は、それでも彼は三回も栄光に輝いたんだ、それだけで十分に讃えるに値するだろう、なんて冷たいんだ、と憤慨していた。人の残酷さを垣間見たエピソードだった。




