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島の貴婦人の話

 ある個人邸宅の周りの伐採をしていた。夏は過ぎ、秋の雰囲気は出ているがまだ暑い。顧客の女性は島の外からの移住者で、彼女の住宅も島には似合わぬ立派なもので、大変なお金持ちであることは一目で分かる。着ているものもとても良い仕立てであることは一目瞭然だ。長期休暇を取っては島に来ており、基本的な手入れは管理人を雇ってやらせているが、夏の間に一気に成長した植物は彼女の美的感覚には合わなかったようで急遽呼ばれた次第だ。

 数日かけた仕事が終わるとまだ昼時で、ランチに招待してもらった。家の中は同じ島とは思えない静寂と冷涼な空間になっていて、吹き抜けや直線的なデザインと一枚ガラスの大きな開口、大理石なども使った仕上げに、今生でこのレベルの邸宅に招かれるのは二度とないだろうと思わされた。

 出てきた料理も見事なもので、バルコニーの前に置かれたテーブルには何品もの料理がずらりと並べてあった。一人で食べるのは寂しいのよ、と言って招待されるには身なりとしてはみすぼらしい、汗まみれの庭師二人に立派な椅子を勧めてくれた。実に居心地が悪い。落ち着かず、椅子の上で丁度良い具合を探している私を見て彼女は笑った。身なりは気にしてないわ、人は身なりでは分からないものよ、と言って過去の出来事を話してくれた。




 私は友人の結婚式でホテルに泊まっていたの。参列者には子供を連れた方々もいらっしゃったわ。ホテルは貸し切りではなかったので、様々な旅行客もいたわ。

 その中にとても身なりのよい、ハンサムな方がいたのよ。青い目の、とても野性的な魅力を持った方だった。歩く彼を誰もが目で追っていたし、私もそうだった。

 ある時、子供連れの奥様が大切にされていたハンドバッグを無くされて、私からホテルに紛失届を書くことがあったの。大変良い物だからもしかしたら誰かがそのまま持って行ってしまったかもしれない、と諦め半分でカウンターに持っていこうとすると彼が近づいてきて、ハンドバッグを拾ったと持ってきてくださったのよ。彼が本当にジェントルマンに見えたわ。運命を感じたの。ハンドバッグを受け取っている間、彼のことを近くで何度も良く見て、私はお礼に私の名前や連絡先、部屋の番号の入った紛失届を彼に手渡したのよ。まだしばらくホテルには滞在すると伝えて別れたの。すぐに彼からお誘いが来ると思って待っていたのよ。でも彼はその日来なかった。

 翌日、ホテルが騒がしくてバトラーに聞いたら、昨晩ホテルのブティック内に飾ってあった靴が盗まれたらしく、犯人を捜しているらしいの。その犯人と言うのが、あのハンサムな方だと言うのよ。靴がなくなっていて、監視カメラには彼が夜更けにブティックに侵入しているのが映っていたそうなのよ。私は信じられなかったけど、現に彼はホテルからいなくなっていたし、そもそも名簿に彼はいなかったらしいの。

 彼の仲間がボイラー室の隅に隠れていて、部屋は紙が足の踏み場もないくらいに散らばっていたそうよ。彼の仲間は、なんというのかしら、とても個性的な方で、こちらの言うことが全く通じないような人だったらしいわ。彼の居所を聞いても真っ当な回答が出てこなったそうよ。

 その後しばらくして、私のオフィスに手紙が送られてきたの。それは彼からの手紙だったわ。そこには私と別れてから夜更けまでの間に何があったか書いてあったの。

 彼は私の連絡先をもらってとても喜んで浮かれてたそうよ。仲間に自慢して手渡したら散らばった紙の山に紛れ込んでしまった。怒って焦りながら紛失届の紙を探して、何とか見つけたころには遅い時間で一旦お風呂で汗を流したらしいの。そのときに、自分の履いている靴がホテルから盗んだ高級靴であることを思い出して夜更けに戻したらしいわ。私には後で手紙を送ることにして寝て起きたら、戻したはずの靴が消えていて、監視カメラに自分が映っていることを思い出して逃げたらしいわ。

 その手紙にはその後なんて書いてあったと思う?もう一度君に会いたい、ですって。私は幻滅して、住所を知られていることもあったし、当時住んでいるところを売り払って旅行で訪れたことのあるこの島に家を建てたのよ。お陰でビジネスで島の外で過ごすときはホテル暮らしよ。あの時から見た目で人を判断しないことにしたのよ。いくら着飾っていても、中身が盗人や詐欺師じゃあね。




 彼女は笑って、上品に肉の詰め物を口に運んだ。彼女の話で緊張も無くなった私は目の前の料理を味わえるようになっていた。冷えた白ワインも美味しい。

 人は相手の信用に対して対価を払う。他の人の信用で得られたものを盗んで我がものとしたとしても、それはただのメッキだ。信用のために身だしなみは重要だが、身だしなみが信用に繋がるとは限らない。彼は彼女と会って、初めてふさわしい自分になりたいと思ったのではなかろうか。だから盗んだ靴を戻しに行った。だからといって一度失った信頼はそれくらいで取り戻せるものではない。地道に頑張っていれば、もしかしたら彼女の隣に今頃いたのかもしれない。そして、彼女もそれを内心思っているのではないだろうか。一人前の大人の女性でとても貴族的な方はあるが、話し終えた彼女はどこか寂しそうにも見えた。

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