玄関の鉢の話
夜はほとんど人が出歩かない。街灯もないので夜の明かりは家々の明かりだけが頼りになる。それ以外となると残業帰りの車のハイビームくらいだ。
そんな夜の家々の間を人影が音もなく移動し、玄関先に立ち止まっては家の中を覗き込む。もしそれに気づかず玄関を開けてしまうと家に不幸が訪れる。子供たちが家を抜け出さないように親が話す怪談話だ。
早朝、雇用主の家に向かっていると雇用主の娘さんが違う家の玄関に立っているのが見えた。そこにはもう一人の姿があり、そこの家の夫人だというのは直ぐに分かった。夫人の取り乱した様子が気になり近付いた。二人は玄関に置いてある鉢の中を見ている。大人の膝くらいの高さと肩幅以上はある鉢で、中には当然ながら土と小さい芽が出ているのだが、それ以上に目を引くのは何かの紙と、銀色に光る箱のようなものだった。それを指さした夫人の口からは怒りに震えた、でも早朝なので声を押し殺しつつ、甲高い声でまくし立てているが、正直何を言っているのか分からなかった。娘さんは私が来たことで安心したのか、こちらに鉢に何か捨てられていて夫人が怒っているの、と伝えてきた。それは分かる。分かるが、見慣れない何かを調べようとするのは気が引けるものだ。しかし頼られたら勇気を出すしかないので、まずは紙の方を取ってみた。
なんか見慣れたそれは、よく見ると学校のテストの用紙だった。どうやら赤点のテストが捨てられているようだ。しかも丁寧に名前も書いてある。名前に見覚えがないので娘さんに確認するが、彼女も知らないらしい。島の学校は一つしかないので、街に行ったついでに学校に持って行って確認してみよう、と夫人に伝えた。後は見慣れない箱だ。そちらはビニールに包まれているようだった。薄い箱で空いている。持ち上げてみると、その雰囲気や臭いから海外のタバコの箱であることが想像できた。ただ知らないブランドだ。私の知っている箱より薄く、縦に長い。この島に来てタバコを吸う人たちは見てきたが、手巻きタバコか、メジャーなブランドが多い。娘さんもやはり知らないようだ。街の方のタバコ屋は中心地を除けば三軒しかない。手当たり次第に当たれば誰が買ったか分かるかもしれない。
夫人の怒りは収まる感じはしないが、犯人捜しはするから、と約束して家の中に押すように戻した。娘さんは調査を手伝うと言って、仕事の車に同乗することになった。雇用主はそれならと娘に任せて休むことにしたらしい。
街に向かう道すがらタバコ屋を通りかかるが朝から開いてはいない。まずは学校に寄ることにした。早朝でも先生方は既に出勤しているのでプリントを渡すと申し訳ないように引き取ってくれた。名前を書いた子は私たちの住むエリアの子供ではないらしい。なぜ赤点のプリントが全く違うエリアの、知らない人の玄関の鉢に捨てられていたのかは気になるので、仕事帰りに立ち寄って聞くことにした。
そのまま仕事を二人でして、立ち寄る場所がいくつかあるので早めに切り上げて犯人捜しを再開することにした。最初に立ち寄った以外のタバコ屋だと、取り扱っているブランドではあったが人気がないので売れてないらしい。それでもたまに買う人がいるのだが、それがどこの人かはしらなかった。
学校に向かうと今朝対応してくれた先生が出てきて、今回の赤点テスト事件の内容を語ってくれた。赤点を取った生徒は親に隠すために友達に処分を任せたらしく、その友達が近所の玄関先の鉢の中に捨てたらしい。既に当人たちにはたっぷりとお叱りをした上で、鉢に捨てた生徒には夫人に対して謝罪するように言ったらしい。彼は既に帰ったとのことで、これはこれで解決であろう。
次いで行くのは残ったタバコ屋。今朝通りかかったところだ。行ってみると空いていてブランドも扱っていた。そのタバコは普通のものより細くて長いのが特徴で気取った雰囲気が出せるものらしい。そして買うのも決まって一人であり、名前も知っていた。その名前は聞き覚えがあり、近所に住む男性だった。感謝して家に戻ると、さっそく二人で夫人の元を訪ねた。
件の生徒は既に謝罪に来たらしく、反省しているようだったので軽く注意して帰したらしい。後はタバコを捨てた不届き者だが、玄関に入って話していると外から足音と何か乾いた音がした。嫌な感じがして玄関を出ると、一人の男が丁度鉢に物を捨てた直後だった。
待ちなさい、と声を掛けると彼はなんのようかと振り返った。ここはゴミ箱じゃないよ、と注意すると昨日はゴミ箱だったじゃないか、と返してきた。これは夫人の鉢であってゴミ箱ではないから、ゴミを持ち帰るように伝えると彼は結局同じゴミとして捨てるんだから変わらないだろと、何か自身が間違ったことを言ってないと信じているような回答だった。同じエリアだから同じゴミとして収集されるが、各家庭のゴミは各家庭でまとめて出さなくてはいけないと伝えると、分かったよ、と渋々ゴミを拾いつつ、首を傾げながら今にも道端に捨てそうな感じの持ち方でごみを持って帰っていった。
夫人はその態度に怒っていたが、彼女と私は鉢を見つつ、赤点のテストは隠したい気持ちは分かるなぁと呟くと、彼女もこっそりゴミ箱の隅に押しこんだことがあると言って笑った。
後日、タバコを捨てた男性が自宅の玄関で頭を打って倒れているのが見つかった。夜にタバコを吸いに玄関のポーチに出ようとしていたらしい。彼は亡くなっていたのだが、それを聞いた夫人は、玄関に立っているものを迎え入れてしまったのだろう、と言って清々した感じであった。




