黒い同居人の話
私が部屋を借りている家は高床式の住居になっている。通常の家屋もある中で、伝統的な家屋に彼らは住んでいる。ネイティブへ婿入りし、その家屋を継いだ関係で同じ故郷の私が伝統に触れるチャンスを貰っている。大変ありがたいことに、自室を与えられ、小さな物書き用の机を用意までしてもらい、こうして日々のあれこれを書き起こしている。
日中は仕事に勤しみ、夜は明かりを消す僅かな時間に書いているのだが、その日は疲れていて少しだけウトウトしていた。そしたら頭の上に何かが乗っかったので驚いて飛びあがった。それは黒い毛玉だった。よく見ると周囲に同じようなものが積もっている。突然のことで慌てて部屋を出ると、大広間も同様に黒いものが積もっていた。家主一家も大慌ての様子で家族の安全を確認している。よく聞くとどうやら地震があったらしい。私が気が付かない程度なので大きなものではないだろうし、家財なども倒れた感じがしない。
窓から近所を見ると地震に驚いて飛び出した住民たちの安全を確認する声が聞こえる。地震の滅多にないところでは少々の揺れでもパニックになると、どこかのネタくらいに思っていたが、実際に目の当たりにするのは色々と違う。まるで世界の終わりが来たかのような騒ぎようだ。私からすれば、床に落ちている黒い物体の方が恐ろしい。これ、なんだろう。
皆が落ち着き始めたところで、家族の一人に黒い物体が何か聞いてみた。すると先ほどまで騒いでいた人と思えないくらい冷静な顔で、ああ屋根の汚れだよ、地震で落ちて来たんだね、とあっさり返ってきた。屋根の汚れがこんなになるのか。よく見ると埃や煤の固まったものに見える。それがブロック状になるくらい梁の上に積みあがっていたのか。だとすると、どれくらい掃除していないのだろうか。室内で暖炉を使ったりタバコを吸ったり、それが湿気によって固まったりしながら、十年単位の掃除が行われてこなかった証拠に思える。確認すると実際のところいつから掃除していないのか分かってないらしい。彼らが家を引き取ったときには積もっていたそうなので、このゴミは住民より長く家に居座っていたことになる。それが住民と同じように地震に驚いて飛び降りてきた、ということだ。だが、彼らを元いた場所に戻してやる義理はない。これをどう処分したものか、と家主に相談すると、良く燃えそうだから炭の代わりにするか、と言い出した。それは流石に危険な気がするのでやめた方がよいと止めると、そうか、と言って考え出した。地面に埋めるか何か別な手段で処分するとして、取り合えず掃除しよう、と提案した。
それから、夜中の大掃除が始まった。子供達も眠そうな目を擦って古い住民を家から追い出す。何の気なしにそんなことを子供たちに話すと、子供たちは急に黒い塊が愛おしくなったのか、勿体ないと言い出した。家主はそれを聞いて気持ちは分かるが、家賃も払わず居座る同居人はご退場頂こう、と説得して何とか掃き出すことが出来た。子供たちは相変わらず気にしているようだ。せめて長いこと見守ってくれたのだから、何かしら最後にやってあげたらどうか、と提案すると家主も気になっていたようで、盛大に燃やして送り返そう、ということになった。
翌日、仕事から帰ると家から離れたところに穴が掘られていて、そこに黒い同居人が身を寄せ合っていた。そして、なんとシャーマンが来て祈祷していた。私が帰ってきたのを確認すると火を入れ始めた。濛々と良くない煙が立ち上がる。こんなものをキッチンで使っていたらどんなことになっていたことか。子供達も一緒になって祈る。こんなものでも長いこと家を見守っていたのだ。彼らが住む前から、この家で生まれ、死んでいった人たちを見ていたはずだ。私のここでの生活も、今はこの家の人々が見守ってくれている。立ち上る黒い煙に私も祈りを込めた。これからも、この家で生きていく人々を見守ってくれるように。地震一つで近所に声を掛けるような、お互いを家族の様に見守る島での生活が、失われず続きますように。




