ある工場長の話
今日は小さな食品工場の周囲を担当していた。こういう仕事の良いところは合間に差し入れとして食べ物が振舞われる。工場勤務の社員と一緒に食卓を囲むのだが、生産しているものを使った料理を振舞われるのは料理のバリエーションが増やせるので、買って帰って家主の一家に作ってあげると喜ばれる。ここでは豚肉の加工をしており、干し肉も生産している。それを煮込みに使った料理だが、肉の旨味が良く出で、島に来て久々に良い出汁の効いたスープを飲んだ。これは良い。是非買わせてほしいとお願いすると、担当してくれた男性社員は喜んでくれた。ただ、そのときに聞いた話だが、この工場もここまで来るのに色々あったらしい。
以前は別な経営者で、日持ちしない肉を加工して島中に届けていたが、一時期は安定した品質に売り上げが上がったものの、基本は各エリアで育てた動物を自分たちで消費するのが当たり前だったせいか経営が傾き始めた時期があった。
加えて島の外から来る肉を加工しているものの輸入の状況や価格でも安定しないことがあり、丁度時期が被ってしまい、経営に打撃を負った。
経営者は別な人に事業を売り払うことにしたが、その入れ替えの間は工場が止まり、当時若手だった彼も仕事を失っていた。
そこで当時の工場長をしていた年配の男性社員が、どうせ捨てるくらいなら、と肉を様々な加工をして長持ちさせて社員に振舞い始めた。
新しい経営者が来ると同時に工場長も変わるため、彼はお払い箱になるのだが、そう見せないように振舞っていた。
スモークしたり、塩とスパイスをして干したり、今までにないチャレンジをしながら稼働していない工場で毎日楽しく食べて過ごしていたらしい。
工場長が来ると同時に引継ぎが終わり、彼は簡単な挨拶だけして去っていった。勝手に工場の肉を使ったこともあり、新しい経営者は容赦なくクビにした。
だが、試行錯誤した加工品を食べてみると良い味がしたため、新しい経営者の名前が付いた製品として島に売り出した。
これがヒットし、今は順調に工場も稼働し、家族を食べさせてやれている、と彼は言った。
引退された工場長とはその後会われたのか、と聞いたが彼は故郷に戻ってしまったので会っていない、と返ってきた。寂しい話ですね、と言うと、我々はこの製品を作ったのが彼であることを知っているし、それを新しく入ってきた人にも伝えている、彼の誇りは我々が守っている、と笑っていた。
いつか引退するときが来たとして、そのように次の世代に託して去ることができるだろうか。若い芽が育つために古い木が倒される。そんなことを私自身の仕事としてやっているが、それが我が身に降りかかったとき、私は冷静でいられるだろうか。
顔も知らない工場長の当時の心中を推し量りながら、私はスパイスの効いた干し肉を手に家に帰ることにした。




