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「蒼人くん、おかえり」
「お待たせしました」
あからさまにホッとしたような表情をする獅子道くん。俺だって、アイツと同じような欲を貴方に抱いているっていうのに。何の疑いもなく、無邪気に俺を信用している姿にイライラが少しだけ緩和されるけれど、それはそれで大丈夫なのかと心配は募るばかり。
「やっぱり絡まれてましたね」
「蒼人くんが思っとるような状況やなかったで。ただ、道聞かれとっただけ」
「ああいうのは、そういう口実で連れ出そうとするんですよ。何も獅子道くんに聞かなくても店員さんだっているし、近くには交番だってあるじゃないですか」
「そうかもしらんけど、ちゃんと待っとる人がおるって断ったもん……」
「…………」
「そもそも、蒼人くんが俺をひとりにするんが悪いんやし……」
燻った感情を誤魔化すために意地悪を言えば、獅子道くんはムスッとして下唇を噛んだ。ひとり置いていったのがよっぽど不服だったみたい。確かに、今のは俺が言い過ぎたけれど、反省よりも先にぽつりと落とされた爆弾に顔が赤くなる。
どうして、貴方はこう、突然ドキマギさせることを言うのだろう。無意識に甘えられている。こんな風に責められるのは、大歓迎だ。
「……すみません」
「ん……」
「俺が獅子道くんの傍にいなかったのが悪いですもんね。ずっと隣にいるべきでした」
「……、ち、ちが、そういうことを言いたかったわけちゃう」
「はいはい、分かってますよ。でもまぁ、物理的に常に傍にいることは難しいので、これ……」
「え?」
真面目くさった顔で渡すのは、まだまだ気恥ずかしくてできそうにないから。本当はもっとスマートに渡したかったけれど、それはまた今度の機会に。背伸びをした俺の精一杯、ぶっきらぼうにショッピングバッグごと差し出せば、不思議そうにしながらも受け取ってもらえた。
「これ、俺に……?」
「いらないって言うなら、大丈夫です。誰か他の人に、」
「嫌や、やって俺のために買ってきてくれたんやろ?」
「はい」
「じゃあ、受け取らせて?」
言い訳みたいに本心にないことを並べようとすれば、獅子道くんの落ち着いた声に遮られる。形勢逆転。俺の抱える重たい気持ちごと受け取ってもらえたみたいで、今日一日のネガティブな感情が全て救われた気がする。心臓がドクンドクンとうるさく主張する。恥ずかしさと、ほんの少しの後悔と共にこくんと頷くと、獅子道くんは破顔した。
「今、開けてもええ?」
「……はい」
許可をもらった獅子道くんがクリスマスプレゼントをもらった子どものように目をキラキラさせながら、丁寧にリボンを解いていく。パカッと箱を開けて、獅子道くんがはっと息を飲んだ。
「……っ」
「獅子道くんは強い人だから、もうお守りはいらないかもしれないけど。獅子道くんの味方はいるんだよって、これを見る度に思い出してもらえたらと思って……」
「…………」
獅子道くんは固まったまま、何も言葉を発さない。重たくて引かれた? その姿にじんわりと後悔が増殖していって、獅子道くんの手の中にあるそれに手を伸ばす。
「すみません、いきなりすぎて重いですよね。やっぱり、これは無しで……」
「あっ、あかんよ」
引き取ろうとした瞬間、我に返った獅子道くんがそれを拒否するように強く指輪を抱きしめた。伸ばした手が空中で固まって、気まずい上に不格好で、何にも様になってない。
「もうこれは俺のやもん」
「獅子道くん?」
「……ほんまに貰ってええの?」
「はい、獅子道くんが嫌じゃなければ」
「嫌になんかなるわけない。ありがとぉ、ほんまにめっちゃうれしい」
浮いたままになった手を取って、きゅっと控えめに握られる。珍しい、獅子道くんからのスキンシップ。そして、とびっきりの笑顔が俺を射抜いた。
真正面からこんなにかわいい笑顔を受け止めてしまって、顔が火照る。まさか、ここまで喜んでもらえるとは思わなかった。嬉しそうに表情筋を緩ませる獅子道くんを見ているだけで、あたたかいものが胸の奥に広がっていく。
俺の方が幸せをもらっちゃってどうするんだ。
そんなことを思いながら、俺もふと表情を柔らかくしていると、慎重に箱から指輪を取り出した獅子道くんが、そわそわとウキウキが入り混じった様子で指輪を着け始める。前まで少しぶかぶかのものだったけれど、今は人差し指にぴったりと嵌っている。俺の目論見通り、獅子道くんにすごく似合っていた。
「えへへ」
「……そんなに嬉しいんですか」
「うん、蒼人くんからのプレゼントやもん。俺のためなんやなぁって分かるから、何でも嬉しいよ。その俺に向けてくれた蒼人くんの気持ちが一番嬉しい」
やっと、ちゃんと気持ちを受け止めてもらえた気がする。報われたんだなぁとうまく言葉を返せない俺は、こみ上げてくるものを誤魔化すために残りのカフェオレを一気に飲み干した。その様子を獅子道くんは柔らかな瞳で見守っていた。
店を出てから、獅子道くんは何度も天に手をかざして指輪を見つめている。その瞳がキラキラと輝いていて、何よりも美しかった。
「ほら、前向いてないと危ないですよ」
「へへ、嬉しくってつい」
子どもみたいにはしゃいじゃって、これじゃあどっちが歳上か分からない。それでも、自分がプレゼントしたものでこんなに喜んでもらえるなら、たとえ衝動に任せたものであってもプレゼントした甲斐があったというものだ。
「ふふ、大事にするね」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちの方やで。ほんまにありがとう」
ニカッと太陽にも負けないほどの眩しい笑顔。この笑顔を見れるなら、俺は何だってできるかもしれない。
「それに、今日、蒼人くんがおらんかったら、たぶん一人でずっと落ち込んどったから……」
「辛いときは、この指輪を見て俺のことを思い出してください。俺はいつだって獅子道くんの味方だし、貴方だけのヒーローになりたいです」
「っうん、蒼人くんがついてくれてるって思ったら何でも頑張れるわ」
うるっと瞳を潤ませた獅子道くんの手を取る。すりと指先で撫でれば、涙の溜まった瞳が困ったように俺を見上げてくる。真面目な場面だっていうのにふつふつと浮かんでくる、この場に似つかわしくない感情。そうやって俺にだけ縋って、俺しか見えなくできたらいいのに……なんて、かわいくない独占欲。
彼の指に、自分のあげたものが四六時中着いているという事実。征服欲が満たされるけれど、それはまだ獅子道くんにはバレちゃいけない。もしかしたら、薫さんよりも重たいものを手にしてしまったかもしれないというのに、無垢に喜んでいる獅子道くんはまさに太陽。妬みや嫉み、そんな仄暗い気持ちが入り混じった指輪も、きっとそのうち浄化されてしまうのだろう。
俺に手を取られたまま大人しくしている獅子道くんは、みるみるうちに顔を赤くさせる。今はこれだけだ満足。俺がそうしているのだという優越感に浸る。
でもなぁ、まだ言うときじゃないって分かっているけれど……。あーあ、早く俺のものになってよ、獅子道くん。




