【BABYLON】君が消えないように
また深夜というか早朝までTRPGにいそしんでしまった。きっとみんなに注意されるだろうと思いながら楽屋のドアを開くと、室内中央に置かれているテーブルに、玲司と伊吹がついていた。
「まっちゃん、おはよ」
「おはよ~! 何なにぃ? お二人さん、どういう関係?」
「亮くん、それおもしろくないです」
いつも伊吹にスパッと切り捨てられるのに、亮は懲りずに冗談を言う。それは過去にいじめられた経験があり、無意識に茶化して場をしのぐ癖がついているからだろうか。かといって、伊吹にもべつに亮に悪意があるわけではなく、つまり二人はただ「噛み合わない」だけなのだ。すると伊吹の参考書に目を落としていた玲司が顔を上げ、困った表情で口を開く。
「まぁまぁ伊吹、まっちゃんにやさしくしてあげて。たしかにつまんないけどさ」
「菊ぴー、追い打ちかけてる!」
大げさに傷ついた様子を見せるが、伊吹はそんな亮を観察するように眼鏡の奥の瞳を光らせるだけだ。最近距離が近い玲司と伊吹を応援したい気持ちを否定されたような気になり、亮はしゅんと肩を落とした。
「あ、佳樹は……来てる?」
「そういえば、俺の次に来たけど、どっか行っちゃったな」
玲司が代表でそう言い、佳樹が置いていった大きなバッグを指し示した。そこには手鏡やら、リップやらメイク用品がたくさん入っており、先日は自分も髪を切ってもらったばかりだと思い出す。
「待ち時間は有効に使ってほしいものですね。佳樹くんはふわふわしすぎです。俺みたいな頑固者になれとは言いませんが」
「伊吹は頑固なんじゃなくて、照れ屋さんなんだよね?」
「人によって感じ方は異なります」
「うんうん。そんな最年少くんがお兄ちゃんたちはかわいいわけよ」
玲司が棒立ちになったままの亮を見上げ、ね、と首を傾げて同意を求める。確かに伊吹の物言いは冷たく感じるが、決して相手を拒絶しているわけではない。伊吹は伊吹なりにメンバーを大切に想い、そして最年少ながら、BABYLONを引っ張ろうとしている。そんな伊吹から学ぶことはたくさんあると、亮は玲司と一緒に力強く頷いた。
「佳樹がどこ行ったのか、心当たりある?」
「トイレにしては長いし、誰か芸能人に掴まって話し込んでるとか」
「や、芸能人って。俺らもでしょ」
「戻って来てからでは遅いんですか?」
「うーん、それでもいいけど、ちょっとした……ね。二人きりの話がね」
そう意味深に返答してみたが、やはり伊吹と玲司は乗って来なかった。仕方なくバッグを置いてスマホと細長い箱だけを取り、二人に背を向けながら出入口へと向かう。
「ちょっと探してくるね~ん。お二人さんはどうぞごゆっくり」
「まっちゃん、佳樹のマネしないでよ」
「俺たちは勉強してるんですよ」
呆れた顔で順番に言う玲司と伊吹を仏のように一瞥し、亮はスキップで楽屋を出て行った。背中を大きなため息が追ってきたが、それが気にならないくらいには、亮はTRPGのバッドエンドもあってか浮かれている。
トイレ、喫茶店、空き部屋と探してみたが、どこにも佳樹の姿はなかった。いっそ電話してみるか、と亮がパンツのポケットからスマホを出したところで、佳樹の笑い声が聴こえてくる。
それは、すぐ隣のメイクルームからだった。開け放してあるドアを軽くノックしながら一歩中に入ると、佳樹が女性タレントの髪をブローしている。
「あ、まっちゃん、おっはよ~。どったの?」
「どったの? じゃないよ! お前こそ何やってんだよ!」
「見てわかるでしょ。麗華ちゃんのヘアセット。お顔はメイクさんが整えてくれました~」
「あ、宇治原さん。おはようございます」
鏡の中で亮と目を合わせ、新人アイドルグループに所属する谷垣麗華がぺこりと頭を下げる。その後ろでは、メイクアップアーティストが仕事道具をしまい、しきりに佳樹の横顔を見て頷いている。
「速水くん、腕が良くてイケメンで助かるわぁ。毎回やってほしかったりして」
「あはっ、いいですよ~。でも、いつも同じスタジオじゃないですよね」
「そうなのよ。ねぇ、BABYLONやめてメイクに専念してみない?」
「そこまでいくとちょっとぉ。俺もそれなりにBABYLONには愛着ありますから」
亮そっちのけで話す二人は、まるで古くからの知り合いのようだ。こうして現場に立ち会ったのは初めてだが、もしかしたら、今までにもこうして佳樹が人のメイクを手伝ったことがあるのかもしれない。つい最近も、佳樹に髪を切ってもらったことを思い出し、亮は得体のしれない寂しさに見舞われた。だが、佳樹の口から聞く「BABYLONに愛着がある」という言葉は、不思議と心を癒してくれた。
「はい、麗華ちゃん、お疲れさま~。今日もかわいいよ」
「わぁっ! 速水さん、ありがとうございます! 次誰にする~?」
麗華の声にさらに中に踏み込むと、ざっと見て七人ほどの女性タレントが待機していた。佳樹は「さすがにもう出来ない」とジェスチャーで示し、ドライヤーをメイクの女性に返す。
「ありがとうございました。楽しかったです。またお役に立てる時はいくらでも」
「ううん、速水くんに頼りすぎちゃった。でも、また会ったら一人だけでもぜひお願い」
「りょーかいです。では、佳樹くんはBABYLONの仲間といちゃいちゃしてきますぅ」
麗華を含めた数人がキャーッという黄色い声を上げ、佳樹は亮と腕を組んで、反対の手を彼女たちに振って笑顔で去っていく。それがプロのアイドルらしい姿なのか、それとも女性とは極力交流しない方がいいのか、そして佳樹が男女問わず人気なのはなぜなのか。亮はただ佳樹に引きずられながら、そんなことを考えていた。
「まっちゃん、ねぇ、まっちゃん」
「はっ!」
袖を引っ張られてようやく帰ってきた亮が、佳樹の紅く美しい瞳と出会う。BABYLONの楽屋とはもう目と鼻の先だが、自分は佳樹と二人きりで話をしようとわざわざ探しに行ったのだと思い出す。
「佳樹、俺たちやっと報われ始めたアイドルだからさ、あんまり女性タレントと親密にはならない方が身のためだぞ」
「あはっ、べつにヘアセットくらいいいでしょう。表に出るもんでもなし。それに、熱愛報道とかでいちいち担降りだ、なんだってさわぐような子は俺のファンじゃないと思うよ」
「まぁそうだけど……。いや、そんな話がしたいわけじゃないんだよ」
他のバラエティ番組のディレクターとすれ違う時、二人はそれぞれ「おはようございます」と挨拶をした。大物芸人が司会のあの番組は、なぜだかスタッフまで偉そうに振舞っている。
「佳樹、誕生日おめでとう。これ、つまらないものですが」
「つまらないもの? を、まっちゃんが?」
「いえ、めちゃくちゃ悩んで迷って選びました。俺の時に超高級ネクタイもらっちゃったし、どうにかそれに釣り合うようなものを、とね」
「まっちゃん、役者の仕事成功してお金持ってるもんね」
「誕プレでお金の話するのやめようぜ」
いいからさっさと開けてくれ、と促すと、佳樹はにこにこしながら青いリボンをほどいていった。細長く浅い、上品な箱の中から現れたのは、ブランドものの腕時計だ。
「おぉ~、おっとな」
「いや~、佳樹、腕時計しないよな……?」
「うん、しないね。でもほら、仕事でパーティに出なきゃいけないこともあるから、その時に活用させてもらおうかな。ありがとう」
「お、押忍……」
今までにもメンバーに誕生日プレゼントを選ぶ機会はあったが、中高生の年齢の頃はそれなりの品だった。自分も佳樹も、いや、BABYLONそのものが大人になったのだと、亮は感慨深い気持ちになる。
はじめて役者の仕事をしたのは、十七歳の時だった。もちろん当時は主役の俳優は他にいて、自分はクラスでちょっと目立つ位置にいる程度の、いわゆるチョイ役だった。それからチョイ役のドラマ出演が何度か続き、亮はそんなごくわずかなシーンで注目を集める芝居を心得ていった。今ではドラマも映画も主演が続き、三十歳を過ぎたらアイドルよりも役者の方を中心に活動したいと思っている。
そこで気になるのが佳樹だ。佳樹に今後の希望とか、夢とか、BABYLONで達成したいことはあるのだろうか。いつもはぐらかしてばかりの佳樹にクサい台詞は吐けず、亮は再び唇を結んで楽屋に戻ろうとする。
「まっちゃん」
その背中に、佳樹の繊細な指が触れた。亮の羽織るジャケットの中央に爪を立て、佳樹が消え入りそうな声で言う。
「俺ね、人に合わせるのが苦手なんだ。芸能人なのにおかしな話だけど、我慢するとストレスでどうにかなりそうなの」
佳樹は自分に確認しながら話しているようだった。亮はそんな佳樹を急かすでもはぐらかすでもなく、黙って続きを待っている。
「でもBABYLONは好き。自分が好き。BABYLONは一番自分でいられて、みんなが俺を愛してくれるから好き。まっちゃんのことももちろん好きだよ。誤解のないよう言葉で説明するのは難しいけど……、この居場所はなくしたくない。それだけは言える」
佳樹の話が終わったことを察し、亮は振り向いてその頭を撫でた。普段は「セットが乱れる」と嫌がる佳樹だが、今日は大人しくされるがまましばし黙る。
「おお……佳樹、よしよし。今日はよくしゃべったな」
「いつも俺がしゃべるの止めるからじゃ~ん」
「それは佳樹くんにアイドルの自覚が足りないからです」
伊吹の声真似をして言うと、佳樹は笑ったまま顔を逸らせ、そのあとふっと表情をやわらげた。ミッシングに所属する誰より、いや、他の事務所もひっくるめたアイドルの誰よりも努力し、挫折し、それでも前を向き続けてきた俺たちが最強だ。そう自負していても、不安にはなる。だって佳樹は、きっといつか消えてしまうから。
亮は、自分が佳樹に対しそんな感情を持っていたことに驚き、そして考えを改めようとする。いま最高に波が来ているBABYLONで、全国を制覇してやりたいのだ。
「夏コンさ、またオタ芸やるんだって」
「え~、またぁ? もう、みつるくんだけでいいじゃ~ん」
「そういうわけにいかないんだって。去年の夏コンのDVD、売り上げ通常の三倍だったらしいよ」
「ははっ、専用じゃん。誰のだよ。オタクは自分用、保存用、布教用の三枚が基本だからね」
いまだに佳樹を理解したとは言えない。大好きと言われても、どうしても同じ言葉を返せない。それでも亮は、佳樹を大切にしたかった。いつか佳樹がもっと飾らず話してくれたら、その時は自分の過去をもさらけ出そうと思った。
「おはよー。何やってんの~」
「あっ、オタ芸の言い出しっぺ」
「え~、オタ芸楽しいじゃ~ん。細マッチョキープ出来るし! ファンの子の希望は叶えてあげるのがプロのお仕事」
言うだけ言って、みつるは楽屋に向かったらしい。さっさと切り上げたかったところを見るに、またSNSでファンのペットにいいねを押しまくるつもりなのだろう。
「……まぁ、みつるくんの言うことも正しいわな」
「だな。逃げられるもんでもないし」
順番に言うと、佳樹はもらったばかりの腕時計を手首に合わせる。そして亮に向き直り、素直な笑顔を見せた。
「似合う?」
「もちろん」
「へへっ」
そんな佳樹は、普段の大人びた雰囲気から一転、幼い子供のようにも見えた。ふと廊下の向こうを見ると、マネージャーの増田が大きく手を振りながら近づいてくる。亮と佳樹は頷き合い、両手を挙げて増田の方に走っていった。




