【Prickly】Pricklyの未来予想図
地域の子供たちをターゲットにした夏祭りイベントは、大盛況のうちに終了した。公式サイトには告知を出さず、またSNSにも漏れないように徹底されたが、やはり情報通の女性ファンが数十人は集まってしまった。ミッシング所属のアイドルグループなら仕方のないことだと割り切れず、和真や裕介は少し怒っていた。何事もなくイベントが終了しますように、これ以上二人が機嫌を損ねませんようにと祈る恭平は、まだ幼稚園にも上がっていない子供と金魚すくいを楽しんだ。
「あ~、疲れた~っ!」
「ゆっけ、年じゃね? 俺は元気」
「キャズマは木陰でオレンジジュース飲んでただけじゃん! 俺と恭平は子供と遊びましたから~!」
「俺だって子供の相手したよ。ほら、盆踊りを手取り足取り」
「二人とも、仕事終わったんだから仲良くね」
仕事中でなくとも小競り合いを繰り返している和真と裕介だが、毎日のことなので恭平の言葉はやわらかい。どちらの味方をするでもなく、隣の駅前にいるというスタッフの車を目指して歩いている。
「しっかし、今年も夏が来たな。五月からすでに夏日だったじゃん」
「真夏日もなかったっけ? 日本も夏と冬しかなくなっちゃうのかな」
「そういえば温暖化ってあんまり聞かなくなったけど、どうなったんだろうね。氷河期に向かってるっていう漫画もあるし」
「いや、確実に年々気温は上がってんだろ」
恭平が素朴な疑問を口にすると、即座に和真が言う。たしかに、自分たちの親世代は、夏でもクーラーなしの教室で勉強していたらしいが、最近の学生にそれは厳しいと思った。
「でも夏って言えばさ、夏コン! BABYLONは去年からオタ芸が異常な盛り上がりを見せてるらしいじゃん。俺たちも何かそういう定番の考えようよ」
じゃんけんで負けて荷物持ちになった裕介が、パンッと手を叩いて空気を変える。どんなテレビ番組の出演より、コンサートという生の空気感が好きな三人は、楽しそうに笑って未来のステージを脳裏に描いた。
「俺はその時その時で違うことしたい」
「うん、和真くんならそう言うと思った。で、俺も同意見かな」
恭平の声が弱々しいのが気になって顔を覗き込むと、眠いのかしきりに目をこすっている。田舎の一駅分はやけに遠く、街灯の周りには小さな蛾が飛び回って明かりを遮ってばかりだ。
「まぁ、飽きっぽい俺とキャズマのキャラじゃないよね!」
「ぎゃははは! そうそう。やりたいことをやったもん勝ちよ」
「でも俺も、ちょっとだけやりたいと思った。オタ芸! だって揃ってると綺麗なんだもん」
「……裕介くん。揃えるにはそれなりの練習時間が必要なんだよ」
「あっ……、そっか。じゃあいいや」
夏コンの構成や曲目はすでに決まっており、それを想定したレッスンが組まれている。ダンスが好きな和真はもうほとんどの振りを覚えているが、裕介と恭平はそれほどではない。また、番組の企画で組んだバンドの演奏も二曲決あり、この夏はPrickly史上最高の忙しさを誇ると言ってもいい。和真や裕介は、あまり練習もせずに「なんとかなる」と楽観的だが、恭平はスタジオで無心にドラムの練習を続け、ギターとベースが追い付くのを待つ日々だ。
「Pricklyってどこへ向かってるんだろうなぁ」
唐突に裕介が言い出した。恭平と和真は裕介の真意がわからず、珍しく茶々を入れずに続きを待つ。
「ほら、さっきも言ったけどBABYLONはオタ芸で盛り返して、Cruelはデビュー直後から天下を取ったじゃん? ねむいは男の娘ユニットだから比較にならないし……。Pricklyらしさ、Pricklyとして続けていくことってなんだろうって、最近ちょっと考えてる」
「すげえ。ゆっけでも芸能人の自覚はあるんだ」
「ブーッ! キャズマ減点~! だからこその自己愛なのですよ」
「たしかに」
半分寝ている恭平がうんうんと頷くと、和真は疲れを感じたのか、曖昧に笑って肩をすくめた。蒸し暑い夜道を進んでいると、首や額から汗がしたたり落ち、それがアスファルトを濡らす。
「おっ、コンビニあんじゃん!」
「やった~! アイス買お。ついでに荷物持ち、恭平代わって」
「なんで俺一択なの!? 和真くんは?」
「あいつが『はい、じゃあ代わります』って素直に聞くと思う?」
「いやぁ、ないけど……。でも」
まだもごもごと何かを言いかけている恭平を放置し、裕介はすでに和真がいる「アイスコーナー」へとスキップする。蒸し暑い夏の夜に似合うのは、ガリガリ君かパピコか、それともモナカだろうかと相談している。その姿はまるで、双子の弟のようだ。
「俺、ソフトクリームにする! 大きくて食べ応えがあるし!」
「ちょっ……、裕介くん、声抑えて。俺たちいちおうPricklyだから!」
「店員、おじちゃんおばちゃんだけだぞ」
和真もソフトクリームを選んだらしい。贅沢にパピコを二本とも食べようかと一瞬悩んだが、恭平もバニラのソフトクリームを手に取り、三人分の荷物の中から、自分の財布を取り出した。
「恭平、アイスおごって~!」
「おごって~!」
「はいはい」
レジに三つのソフトクリームを置くと、店員の女性が笑顔で応対してくれる。バーコードの位置にテープを貼って渡してくれ、入口付近を掃除していた初老の男性店員は、一度動きを止めて彼らに会釈をした。
「ありがとうございました~!」
「またお越しくださいませ」
おそらくおじちゃんおばちゃんはPricklyを知らないだろうが、和真と裕介はきゃはきゃはとはしゃぎながら店員に手を振ってそこを出る。重い荷物を肩にかつぎ直し、恭平はどうやってソフトクリームを食べ切るかと試行錯誤していた。
「ねぇ、そろそろ自分のバッグは自分で……」
「あ~っ、アイスうめ~」
「ねっ、ソフトクリーム大正解でしょ」
「お~い……」
Pricklyらしい展開に苦笑いをし、恭平も透明の蓋を取ってソフトクリームにかじりついた。じんわりと染み渡るほど良い甘みは、仕事帰りの疲れた身体をいたわってくれる。
「あっ、シャツに垂れた!」
「ああ、また。はい、ティッシュ」
「おっ、さっすが恭平」
裕介に続いて和真も服が汚れたとぐずるので、順番にティッシュで拭ってやった。地図アプリを見る限りではあと数分で着くはずだが、かずゆけコンビは常に恭平頼りで、また時間も気にしないから手がかかる。
「あのさ、さっきの話」
「うん?」
三人ともソフトクリームを完食したのをみとめ、意外にも和真が切り出した。裕介が「木陰でオレンジジュース飲んでただけ」と言っただけあって、子供の相手をほとんどしていない和真の表情は明るい。
「俺は、Cruelみたいにものすごい人気じゃなくていいから、ファンのみんなとPricklyらしい活動がしたい。具体的に言うと、地方を細かく回るコンサートとか、握手会とか、やってみたい。Pricklyにしか出来ない表現を、お前らとファンと共有したいかな」
「おお? キャズマさん、珍しく真面目なご意見ですね。俺も同感です」
和真の胸にぐりぐりと頭を寄せ、裕介が嬉しそうに笑う。恭平もやさしく頷いて共感し、そして「あっ」と声をあげてから言った。
「俺も賛成なんだけど、もうひとつ。格闘技講座とか、やってみたいかも」
「それはお前の個人活動だろ」
「じゃあ和真くんと裕介くんもソロイベント企画したらいいじゃない」
恭平はなんでもないことのように言うが、和真と裕介自身は、一体何が自分の強みなのかわからない。歌もダンスもそこそこに出来て、アイドルとして申し分ないとは思っている。だが、いつも「恭平がいればなんとかなる」と気楽にとらえていた二人にとって、それは衝撃的な事実だった。俺は、俺たちは、年下のメンバーがいなければ成立しないのか? まさか、と。
「……あのさ」
数秒沈黙していた裕介が、ぽつりと話し始める。恭平の手を濡らしてから滴り落ちたアイスクリームに、蟻がわぁっと寄ってきた。
「……解散とか、考えたことある?」
デビュー三年目、Cruelよりちょっと先輩の三人組。裕介は最近そんな自己紹介をしている。三人ともまだ十代で、走り出したばかりと言えるが、実際に全員四十代になって解散したミッシングのアイドルグループはいくつも存在する。
アイドルとは夢を売り、若い時にたくさん活躍して、終わっていく職業だ。アイドル時代からドラマに出演して演技力を磨き、グループ解散後は役者に専念した先輩を知っている。コメンテーターとして情報番組をメインに輝き続ける先輩を知っている。
だが、裕介は自分がそうはなれない、なりたくないと決めていた。いくつになってもアイドルでいたい、Pricklyのままでいたい。それが通るかは事務所次第というところもあるのだが、和真と恭平がどう答えるのか興味があった。
「あるよ。でも結果を出せばPricklyは長く続く。自分たち次第で未来は変えられる」
「だね。俺は二十代のうちには格闘技の試合に出てみたいんだけど、事務所が許してくれないかなぁ」
「またお前……。ちょっと格闘技から離れろよ」
「あはは。今くらいの頻度でも充分満足してるけどね。俺だってPricklyの活動の方が大事だし」
「そんなゆっけさんは? 解散するかもって不安なの?」
和真が自分より少しだけ背の高い裕介を仰ぐ。裕介はそんな和真の額に頭突きをしてから、ソフトクリームのカップを恭平に押し付けて両手を広げて言った。
「いや、全然? Pricklyの絆を確かめたかっただけ!」
和真の言う「未来」に行ってみたい。恭平に格闘技を選んでほしくない。なら自分がすべきは完璧なアイドルで居続けることだと、裕介は考えたようだ。
やっと次の駅が見えてきて、遠くからマネージャーが手を振っている。裕介はマネージャーに手を振り返すと、二人を置いて走り出した。和真と恭平が追いかける。今日も三人一緒にいる。たったそれだけの、たまたま仕事で一緒になっただけだったはずの三人組が、こんなにもやさしくて、心地よくて、飾らずにいられると、裕介は声を出して笑う。
「裕介く~ん、バッグ……」
「もう車に乗るから、持ってきて~!」
「あー、俺のも」
「はいはい。わかってました」
ため息をつく恭平がどこか嬉しそうなのに、裕介も和真も気づいている。和真だけでも、裕介だけでも、そして恭平だけでも成立しない。Pricklyは三人を表す大切な記号で、社長の藤崎にもらったグループ名だ。どこまでも尖っていこうぜ、とやんちゃな二人が親指を立てる。
「解散したら、そん時はそん時だよ」
「逆らいようがない運命ってあるもんね」
マネージャーが運転する車に揺られながら、和真と恭平が珍しく同じ意見を言っている。そこに割り込む裕介は、頬を膨らませてかわいい顔を見せつつ、今日一番の笑顔で二人を黙らせた。
「俺がPricklyを終わらせない。最高のアイドルとして君臨し続ける!」
今はまだ、進化途中だと裕介は言う。和真と恭平はそれぞれ見つめ合ってから助手席に座る裕介とハイタッチをし、こいつには敵わないとその手を上に向けて溜め息をついた。
「はぁ……、ブルース切れた。ブルースに会いたい……」
「毎日会ってんだろ」
「特別わんこ好きじゃない人にはわかんないよ……。この気持ち」
まだ二十三歳と若い犬好きのマネージャーが、裕介の言葉に何度も頷いている。運転する彼にヘッドロックを喰らわせた自分の頭に恭平のげんこつが降りてくると、裕介は大げさに叫んだ。




