渋谷スタンピード
厚い雲が、空を覆い隠す。嵐が吹き荒れ、激しい雨が、冒険者たちの状態異常を解除する。呪いが、洗い流されていく。彼らは我に返ったような表情で動きを止めた。よし……正気に戻ったな? 困惑する彼らに向かって俺は叫ぶ。
「ダンジョンから、距離をとってくれ! もうじきスタンピードが起こるぞ!」
彼らだって、スタンピードが危険なものだということは知っているはず。冒険者たちが急いで空間の歪みから距離をとる中、渋谷中に散らばっていたクニハラの影分身たちがここへ集まってきた。流石はクニハラの分身、役割を果たしているな。そう思いながら、俺は更に叫ぶ。
「頼む! 戦える者はスタンピードの包囲に加わってほしい! 戦えない者は後方に避難してくれ!」
冒険者たちは互いの顔を見ながら「どうする」「どうって」「そんなこと決まってる」という感じに話し合っている。どうなる? 胃がキリキリする。
「決まってる。手伝うぞ!」
「ここで逃げたりしないさ。どうせ逃げても間に合わんしな」
「俺たちは、変になってたみたいだが、それでもスタンピードを止めにきたんだ」
積極的に包囲に参加してくれる者たちが、口々に言う。その言葉が頼もしい。
「……お、俺たちだって冒険者だ! やってやるよ! やりゃあ良いんだろ!」
「臆病者だなんて言わせねえぞ……!」
恐怖を感じながらも、踏みとどまってくれる者たちも居る。ほんと……ありがとうな。その勇気は、絶対無駄にはさせないぞ!
「皆が共に戦ってくれるのなら、凄く嬉しい!
であれば、どうか! 俺の指示を聞いてはくれないか!」
「「「おう!」」」
俺の図々しいお願いを、皆は受け入れてくれた。それがとてもありがたい。指揮はS級冒険者の俺がとるのが、最も良いと思うのだ。そう考えていると、後方から声が聞こえる。
「……ウイウイ。実況変わってくれ。私も戦う」
「ええ、了解ですわ。ハルカさん」
スタンピードとの戦いに向かう俺たちの様子を、ハルカさんに変わり、ウイカゼさんが実況する。彼女たちの配信が、東京中……いや、世界中に繋がって皆の士気を上げてくれると信じている。
「皆さん! 渋谷スクランブル交差点から配信をしていますわ。ウイカゼです! 辺りには、私が呼んだ嵐が吹き荒れていましてよ。もうすぐ、渋谷でスタンピードが起きようとしています! それを私たち漆黒の騎士団が止めますわ! 皆さん、応援をお願いします!」
※うおおおぉー!
※頑張ってくれー!
※東京を守ってくれ
※俺たちリスナーも各所の避難所を守ってるぞ
※交差点の冒険者たちは正気に戻ったのか? とにかく頑張れ!
さて、問題もある。クニハラの影分身がここへ集まってきてるということは、渋谷の警備を撹乱させていたものが今はなくなったってことだ。近いうちに敵の増援がここへ来るぞ。そうなれば、そいつらの方もなんとかしないとだ。ほんと、大変だな。
「……影犬!」
多めの影犬をこの場に呼び出す。影犬たちには、敵の増援が来たら相手をしてもらう。結構な数の影犬を呼び出したから、魔力は結構消費してしまった。不安要素はあるが、今はこれが精一杯だ。
ひとまず、スタンピードと戦うための準備はできた。これで、魔物たちの進行を、いくらか止めることはできるだろう。あとは、こちらも味方の増援に期待したいところだ。
で、この近くに居るはずの白漂デイモンも探さなければならないのだが……なんて考えていたところ。都合良く……か? ダンジョンの中から、やつはやって来た。
「白漂デイモン!」
俺は一歩前に出て、やつの名を呼んだ。やつは、のんびりとした様子で辺りを見回す。そして困ったように肩をすくめた。わざとらしい動きが癇に触る。
「ちょっと、ダンジョンの様子を見ていたんですがね。冒険者たちにかけた魅了が解けているじゃないですか。これは、君か……君の仲間の仕業ですかね? アキヤ君」
「俺の名前を……そういえば、知っているんだったな」
「武蔵野ダンジョンでの時に、君の名前は確認していますからねぇ。知っていましたよ」
白漂会長は余裕の態度だ。あんたにとって今の状況は良くないように見えるがな? だが、決して油断はできない。
「あの時は、とても驚きましたよ。私のスキルが、君には利かないんですからね。だがリリスを君と戦わせ、夢の中での君の行動を観察しているうちに気が付いたこともある。君の持つ、騎士の面影は、厄介なスキルだ」
「……べらべらと自分のやったことを自白して、良いのかよ? あんた自分で墓穴を掘ってることが理解できてないのか?」
「別に、理解ができてないわけ、ないだろう。私のスキルで邪魔なものは全て消してしまえば良い。そうすれば全ての問題も、無かったことになる」
「やってみろ……!」
「では、お言葉に甘えましょうか」
直後、世界が白く染まった。厚い雲の下で、暗くなっていた景色が、真っ白に変わってしまう。これはいつか金属スライムが消された時と同じ現象。俺と白漂会長以外の全てが止まっている。そして……何も起こらない……! 少なくとも、俺にはそう見える。
白漂会長は口許に手を当て、目を泳がせていた。動揺……しているな? 俺にも、だいぶ不安はあったけど、おまえはこの状況を予想ができていなかったのかよ? なら、相当な間抜けだな。良い気味だぞ!
「……な、なるほど……ふんっ! こういうことも予想はしていたさ! やはり、アキヤ君。君こそが、この世から最も排除すべき人間のようだ!」
それが白漂会長の強がりなのは、俺にも簡単に分かった。けど、このままこいつをボコボコにしてハッピーエンドだなんて、簡単な話にはならない気がする。むしろようやく、こいつと勝負をする場に立てた。そんな感覚があった。冒険者としての勘ってやつだ。
「そろそろ能力の時間切れだ……今の貴様らに、私のスキルは利かなくなっている……だがなぁ! 騎士の面影など、弱者同士が身を寄せあって、突風から身を守るようにちっぽけなスキルだ。そんなものは、貴様を叩き潰して、弱者どもから心の支えを奪った後で、改めて世界を改変すれば良いだけのこと!」
「御託は良い。さっさとかかってこい臆病者」
白く染まっていた世界が、元に戻る。時は再び動きだし、強い風雨が俺の鎧を叩いた。決戦を前にして俺は、自身が血気にはやるのを、感じていた。
「こい! 白漂……!」
「私の真名は! ベルゼビュンドだ! 大魔王ベルゼビュンド・ナー・ゲルシュテン! それが貴様を殺す者の名だ!」
白漂会長は人差し指を俺に向け、叫んだ! 良いぜ。やってみろ……!
俺は剣と盾を構える。対して、白漂会長の姿が、変化していく。その体は肥大化し、白くて、筋骨粒々な異形に変わる。腕は四本あり、背には虫の羽根。頭はバクのようで、その目は、複眼になっている。
「見よ! この、神のごとき姿を! 我が威光に恐れおののくが良い!」
「神々しいというよりはグロテスクだな。小物には相応しい姿だよ」
「はあっ!? 貴様らごときにこの美しさは分からんさ! 大物の素晴らしさというものはな! 小物には分からんのだ!」
どうだか、その言動も含めて、大物には見えないが、まあ、あいつがそう思うなら、それで良いよ。どうでも良いしな。
「そしてぇ! 貴様らはまだぁ、スタンピードが起こるまでは、少し時間があると考えているだろう。その考えは、違っているぞ! 今、この瞬間があぁスタンピードの始まる合図だ!」
白漂会長のやつ……! 魔力をダンジョンに注いでいる! 渋谷ダンジョンが急速に活性化しているぞ!? だけど、俺たちの力を合わせてなんとかするぞ!
「私が支配する遊び場に、貴様は不要なんだよ! アキヤァ!」
白漂会長の叫びに合わせ、渋谷ダンジョンから、続々と魔物が現れてくる。小鬼や鬼、軟体生物に四足歩行の獣、地を這う植物に、鹿頭の巨人まで居る。けれど、皆は絶対に守りきる。ここには、俺が居るのだから!
「皆、魔物を恐れるな! 世界の大切な全てを、皆で守る戦いだぞ!」




