誰かを助けようと頑張る人たちのために
誰の姿もない武蔵野の町を走る。ところどころの建物が倒壊していて、無惨だ。この光景を俺は知っている。リリスは夢の世界を心象世界なのだと言っていた。ならば、これは俺の心象の世界なのか? 過去にスタンピードが起きた武蔵野の町が、俺の心象世界なんだろうか?
やがて、目的の病院へ到着した。ここが目的地であることは感覚で分かった。今、俺の肉体は武蔵野の病院で眠っているのか? 俺はどれほど眠っているのかと考えて、少し焦る。
病院に入る。そこには、いくつもの影が揺らめいていた。影から敵意は感じない。そこで揺らめいているだけだ。これは、この病院に避難した人々の影なんだろうか。この影は放置していて良い気がする。
リリスは六歳くらいの女の子を探せと言っていた。見つかるだろうか? とりあえず、病院の中を探してみよう。焦りつつも、それは気になるし、やるべきことだと感じるのだ。
それからほどなくして女の子は見つかった。病院の待合室で、六歳くらいの女の子が椅子に座っている。周囲の影と違って、はっきりした姿。というか、彼女は幼い頃のサナじゃないか!? 驚きを感じつつ、彼女へ近づく。
幼いサナが俺を見上げた。彼女が微笑むと、俺の心は暖かくなる。
「隣……座っても良いかな?」
「うん、良いよ」
ゆっくりとサナの隣に座る。ただ座るだけなのに、恐る恐るになってしまう。相手が幼い女の子の姿だから、そんな想像をしてしまうのだろうか?
サナの隣に座り、一度周囲を眺めた。辺りには多くの影が漂っている。患者で、いっぱいになっているみたいな印象を受ける。それなのに、サナの隣が空いているのは、俺が座るために、わざわざスペースがとられていたかようだった。
サナが、脚をぶらぶらとさせる。あまり行儀の良い行為ではないが、可愛いと思った。
「お母さんがね。怪我をしたんだ。お母さんは大丈夫だって言ってたけど、痛そうにしてた」
「そうなんだ。それは……治ってほしいね」
「うん。あのね、お母さん。おじさんに、ありがとうって言ってたよ。おじさんのおかげで、大きな怪我にならなくて済んだって」
彼女は俺を見て「おじさんは……」と口にした。そうして黙ってしまい、先を聞くことができない。俺が先を促す必要があるのだろう。彼女の言葉に興味がある。
「なんでも言ってほしいな。俺は君の話に興味があるから」
サナは少しの間、黙っていた。彼女は頷き、再び口を開いてくれる。話の続きが聞けるようで良かった。
「……おじさんは、どうして私とお母さんや、他にもいっぱいの人たちを助けるの?」
「ん、そうだな……」
俺が人を助ける理由……S級冒険者としての矜持……というのは、ここで求められている答えではないだろうな。もっと素直に俺の気持ちをぶつけるべきなんだと思う。
「おじさんは……嫌な気持ちになりたくないんだ」
「嫌な気持ち?」
「うん、誰かを助けられるのなら、助けた方が、後で嫌な気持ちにならなくて済む。俺が人を助けるのは、そういう気持ちからだよ」
「もし人を助けられなかったら、嫌な気持ちになっちゃうの?」
「そうだね。誰かが困っているのを、見て見ぬふりをするのは後で、嫌な気持ちになっちゃうかな。でもね。もしも誰かを助けようとして、だけど助けられなかったら、その時はもっと嫌な気持ちになっちゃうんだよね。だから、時々悩む」
「そうなの。なんだか意外」
サナは本当に、意外そうな顔をしていた。俺は、別に善性や責任感によって人を助けているわけじゃあない。ただ、後になって後悔したくないから。俺が人を助けるのはそういう……自分の都合だ。
「もし、助けようと思った人が助けられなかったら、恐い。他の人に任せられることなら、任せたいと思うこともある。でも、体が勝手に動いてるときがある。変だよね」
「……私には、おじさんはいつも誰かのために頑張ろうとしているように見えるよ」
「それは、後悔をしないように全力を尽くしているだけだよ。やれるだけのことはやったんだと、自分に納得させたいから、誰かを助ける時は頑張るんだ。それだけ」
「そうなんだ」
サナは何かを考えるように少しの間、黙っていたけど、やがて再び口を開く。俺は彼女が話しやすいように、時々相づちをうったりする。特に、彼女にはそうしてやりたいのだ。やがて彼女はこんなことを言う。
「おじさんは誰かに感謝されたいとかヒーローになりたいとか、そういう気持ちはないの?」
「そういう気持ちが、無い訳じゃない。むしろあるよ。でも、大事なのは後悔しないことなんだ。後悔しないように生きられたら、それで良いと、俺は思う。そう思えば、助けた誰かに忘れられたって構わない」
「もし、助けた誰からも忘れられても? それでも良いの?」
「それは、寂しいけどね。仕方ないんだと思う。俺は、その人たちにとっては、通りすがりの男でしかないから」
「やっぱり、寂しいよね……」
サナはまた少し考えているみたい。少しして彼女は「そうだ!」と興奮したように叫ぶ。何か、良い考えでも思いついたのかな? それは気になる。
「だったら私が、おじさんたちに名前をつけてあげる。誰かを助けようと頑張る人たちのために。その名前があればさ、皆がおじさんたちのことを、覚えていてくれるんじゃないかな?」
「そんなに上手くいくかな?」
「うん! かっこいい名前があれば、きっと皆は覚えてくれるよ!」
話をしながら、俺はデジャブを感じていた。俺はこの話を、過去にしている。一字一句は同じではないと思うけど、このような会話を過去にしている!
「……漆黒の騎士団! なんて、どうかな? かっこいいでしょ!」
「それは……そうだね。かっこいい」
「これできっと、皆がおじさんたちのことを覚えていてくれるね。おじさんも忘れられないし、私たちと、おじさんたちは、この名前で繋がっていられるよ!」
幼いサナの言葉に、不思議な力を感じた。俺の中に何か小さな力が湧く感覚があった。これは……騎士の面影? 俺が、このスキルを手に入れたのは、この時だったのか? どうして忘れていたのだろう? こんな大事なことを。当時の俺が疲れきっていたからだろうか?
「……おじさん。そろそろ行かなきゃなんだよね? 多くの誰かが、おじさんたちの助けを待ってる」
「ああ、そうだ。行かなきゃいけない。だから俺は、今の俺にできることを頑張る」
「頑張って。私たちは、おじさんのことを応援してるから!」
「うん、行ってくる……!」
俺は席を立ち、目的地へと向かう。どこを目指せば良いのかは感覚で分かっていた。急ぎ、夢の中の病院をぐんぐん進んで、目的の病室へ到着する。そこにはベッドで寝かされる俺の姿があった。急いで皆の元へ戻らないと……!
そう考えて……いつの間にか、横になっている感覚が俺にはあった。目を開けると、俺の手を握るサナの姿。彼女だけじゃない。ハルカさんやウイカゼさん。姉さんやクニハラ、ドブログさんの姿まである。個室みたいだけども、病室にそんな人数が集まったら狭いだろ……まあでも、なんか嬉しい。
「俺は……どれくらい寝てた?」
「アキヤおじさん。起きたんだね! 良かった! 急におじさんが起きなくなったって聞いて、私心配してたんだから……!」
「それは、ごめん。ちょっと寄り道をしていたんだ」
皆には心配をかけてしまったな。俺も、気にしてしまうよね。
「ごめんな。心配かけた」
「うん! 凄く心配した! でも、戻ってきてくれたから、許すよ!」
サナは目に涙を浮かべながら笑ってくれる。その嬉しそうな顔を見ると、俺は、正体がバレたことなど大した問題ではないと感じるのだった。




