我々
放課後。
僕は転校手続きのために少しばかり残る必要があった。
大輝と別れたあと、職員室で若槻先生から学校の規則などを簡単に聞き、そのあと色んな紙に名前を書いて、親に渡すべき物をもらった。
「クラスの人とは仲良くなれそうかな?」
小さな若槻先生が瞳を輝かせながら、僕に言う。
「もう仲良くしてもらってます。大丈夫そうです」
体育会系のノリの大輝と僕は、今後も仲良くなれるのだろうか。
僕は職員室をあとにして、鞄を取りに教室へと戻った。
三十分も経ってないというのに、教室にはほとんど誰もいなかった。
魔女と呼ばれている立花ソラノ以外は。
彼女はホウキをもっていた。
といっても、そのホウキは小枝が密集して空を飛びそうなホウキではなく、現代の日本で作られている、ごく普通の業務用ホウキだった。
そんなホウキをもって、彼女はたった一人で掃除をしている。
その様子に、転校してきたばかりとはいえ、僕は違和感を覚えた。広い教室をたった一人で掃除するのは、どう見てもおかしい。
僕は机に置かれた鞄より、一人で掃除する立花ソラノのもとへと歩み寄った。
「あの……手伝おうか?」
僕は勇気を振り絞って、少しだけ声を震わせながら言った。明らかに緊張していた。声をかけてから気付いたが、女子に声をかけるのは久しぶりのことだったし、何より立花ソラノとは今日初めて出会ったばかりだった。
馴れ馴れしかったかだろうか?
「いい、我々は掃除を頼まれただけだ」
だらしない系女子の可愛さを持つ外見とは打ってかわって、その声音はおそろしく静かで低かった。そして僕を見る瞳は、なぜだかひどく冷たいものに見えた。
それにしても『我々』とは誰のことだろう。教室には僕と彼女の二人しか姿は見えない。
ふと、不快な気持ちになって冷や汗が出る。
でも僕は喉まで出かかっていた言葉をあえて口にした。
「頼まれたというより、本当は押し付けられたんじゃないか? だとすれば、それはイジメだよ」
「イジメだよ。間違いなく。掃除は押し付けられた。転校生の君に言われなくても分かる」
「じゃあやっぱり手伝うよ。そういうのは見過ごせない」
「いらない」
立花ソラノは、その冷たい瞳で僕をにらみつけた。
歩み寄って会話をしていた僕は、少しばかりうしろに退いてしまった。
「君が手伝うと、ややこしくなる。我々は我々の規則に従って動いている。規則が乱れれば、狂いが生じてエラーが発生する。そうなると、あらゆる関係のパワーバランスが総崩れを起こすんだ。分かってくれるかな?」
「え、あ……うん?」
理解が追いつかなかった。
立花ソラノは饒舌になったかと思うと、理解不能なことばかり喋りはじめた。
規則? エラー? パワーバランス?
なにかの暗喩なのだろうか。初対面でそんなことを言われても何も分からない。
それにさっきから立花ソラノは、自分のことを『我々』と言っているようだ。聞き間違ってはいないが、意味が分からない。
「君が帰宅する前に一つ教えておこう」
立花ソラノは、帰ろうともせず、ただ立ち尽くしている僕に対してこう言った。
「イジメは良い文化だよ。我々はその獣性や人類史を尊重している。だからこそ、受け入れる」
僕は立花ソラノのその言葉を聞きつつ、鞄を肩にかけ、教室から出ていった。「さよなら」とか「バイバイ」といった挨拶もなく、無言で出ていった。立花ソラノも、やはり無言だった。
彼女は想像以上に変わっていた。
イジメられている様子は看過しがたいものがある。
でも、魔女がどうかはよく分からないが、彼女にはそれに近い何かを感じた。
大輝はその感触を魔女と呼んでいるのかもしれない。
次の日の朝。学校の教室。
「おはよう、恵一!」
「おはよう、大輝」
扉を開けると、そこには平和な世界が広がっていた。
明るい挨拶も無事、交わされた。
窓際の席にいる立花ソラノは相変わらずボサボサの髪のことなど気にせず、虚空をただ一人、ジッと見つめていた。
昨日の意味不明な会話やイジメも、まるで嘘のようだ。
「恵一、またあの魔女のこと見てるなー。どんだけタイプなんだよ」
「いや、そういうわけじゃなくて」
これは嘘でも何でもない本音だった。もう彼女のことをかわいいとか、そういう目で見ることはできそうにない。
ただ、立花ソラノの頭の中が理解できない。
そこが今も気になる。
慣れていけば気にならなくなるのだろうか?
「あっ」
会話の途中、大輝が間の抜けた声を発した。
「どうしたの?」
「今から面白いものが見れるぞ」
そうワクワクする大輝の視線の先、そこには立花ソラノと、三人の女子がいた。三人のうちの一人は髪の毛が完全に金髪だったり、加えて学校とは関係ない上着を着たり校則から逸脱しているヤンキーのような女子だった。他の女子たちは制服を着崩しているが、彼女ほどではない。
そんな彼女たちは立花ソラノの席を囲っている。
何が起こるのかは知らない。しかし、悪い予感だけは確実にあった。それはきっと面白いものではない。
「おい、魔女」
金髪の女子が立花ソラノの机の脚を蹴る。ギギッという音とともに、その机は少しだけ横に動いた。
しかし、立花ソラノは一切動じない。
「無視すんなよなーこら」
取り巻きの二人も机に蹴りを入れる。怒っているように聞こえたが、顔は完全に道具で遊ぶ子どものように笑っている。
「あのさ、うちらで魔法の生贄みたいなやつ一生懸命集めて持ってきたから、魔法唱えてよ」
金髪の女子がそう言って、一人をあごで使った。
すると取り巻きの一人が嫌なものでも見るかのように顔を歪めながら、どこからともなく持ってきた半透明のビニール袋を開け、それを傾けた。
立花ソラノの机に、ドサッと色々なものが落ちた。
湿った大量の土、泥、蛾、錆びた金属、うどん、蛙――
教室に小さな悲鳴がいくつかあがる。
机の上に広がる茶色の物体たちは、容赦なく飛びはね、立花ソラノのただでさえだらしない制服を茶色に染めた。
「うわっくっっせ。ウンコ混じってるんじゃない?」
取り巻きの一人が鼻を指でつまみつつ、「うげー」と言った。
「さすがにそれはない。うどんが腐ったんじゃない? 賞味期限切れのやつだったし」
「にしても虫はないなー。美香、よく入れたよな」
「だって魔法の儀式に生き物って必須じゃない? たぶん」




