魔女の名前は立花ソラノ
急な転校は僕にとって、とてもつらいものだった。しかも新幹線で二時間ほど離れた場所に住むとなっては、その遠さはなおさらつらかった。
親しみのある土地との別れ、友達との別れ、親戚との別れ……ネットで繋がれる時代とはいえ、別れの寂しさは今も昔も似たようなものだろう。
「父さんの仕事の都合とはいえ、すまないな」
「異動ならしょうがないよ」
いつもは険しい顔つきの父も、さすがに引っ越しを告げる時ばかりは申し訳なさそうにしていた。
ただ、ダメージが少なかったのは、僕に彼女がいなかったことだ。もし彼女がいれば、僕は一人暮らしをするとでも言っていただろう。
彼女がずっといないダメージだけを新しい土地に持ち込みつつ、僕はしぶしぶ引っ越した。
そしてある少女と出会う。
その少女は僕にとって、忘れられない存在となる。
高校二年生を迎えた五月、僕は雨傘峰高校に転校した。
今まで住んでいた場所とは違い、少し離れたところに田んぼがある。そんな近郊の学校。でも校舎の大きさも、生徒のにぎやかさも、大して変わりはなさそうだった。
そしてこの二年A組の教室も、以前いた教室と雰囲気は変わりない。
「自己紹介、お願いしてもいいかな?」
ほっそりとして僕より小さな若い女性の担任、若槻先生が僕にそう言ってチョークを持たせた。
クラスの視線が僕に集まる。
僕は少し緊張しつつ、黒板に自分の名前を書いた。
城山恵一
「城山恵一です。○○県××市からきました。まだ街のことも分からないので、色々と教えてくれると助かります。よろしくお願いします」
厳しい視線から一転、教室中に拍手の音が鳴り響いた。
「はい、じゃあー席はうしろの方ね! みんな仲良くしましょう!」
僕は若槻先生が示した座席に向かった。教室の一番うしろだ。
クラスの人たちは僕に次々と視線を送る。優しい笑みを浮かべているあたり、歓迎はされているらしい。
イジメられたりしたらどうしよう、などと少しは考えていたので、僕はホッとして席についた。
休憩時間になると、人がドッと僕に集まってきた。
テレビとか小説とか映画とかライン交換とか、転校生に対して行われる定番的な質問に対して僕はたどたどしくも、その都度、包み隠さず丁寧に答えていった。
答えていく過程でアニメ好きだということがバレてしまったが、そのことは特にクラスの女子であっても気にしてそうではなかった。今の時代、可愛い絵柄のアニメ映画が百億稼いだりするし、ボカロが流行ったりするぐらいだから、あまり偏見はないのかもしれない。
そんな質問が飛び交うなか、右隣にいた男子が僕に声をかける。
「よっ、俺、石川大輝だ。大輝って呼んでくれよな、よろしくッ!」
突然の馴れ馴れしさと、チャラそうな茶髪に気圧されて僕の返事は遅れた。
「……あ、どうも」
「なあ、恵一。一つ、このクラスの注意事項を教えてやるよ」
初対面の僕に馴れ馴れしく言ってきた大輝は、耳が隠れるほど伸ばした茶髪をかきあげながら、視線を窓際の方へとやった。
「あいつを見ろ」
開口一番、偉そうに忠告してくる大輝に、僕は少し不快なものを覚える。しかし、そんな大輝と同じく視線をうしろへとやった。
僕は視線をそこに向けただけで、少しだけ納得がいった。
視線の先には何人ものクラスメイトがいる。でも、一人だけ間違いなくその雰囲気に溶け込めていない女子がいた。
「あの女子のこと?」
「そうだ。あいつには接しない方がいいぜ」
その女子は寝癖なのかボサボサになっているボリュームのある髪の毛をまったく気にすることなく、虚空をジッと見つめていた。僕たちの視線には一切気付いていない。
「何だか変わってそうな子だね」
僕は静かに、大輝に言う。
「変わってるなんてもんじゃないさ。ヤバいよ。噂じゃ人を呪い殺してるんだ」
「呪いだって?」
「そうさ、呪いさ。なんてったってあいつは魔女だからな」
バカな、という言葉が口をついて出そうになっていた。
魔女?
でも僕は我慢した。
大輝は冗談を言っているような顔つきではなく、真顔だった。
僕はもう一度、その女子のことを見る。
すると、彼女は僕の存在にようやく気付いたのか、目をあわせてきた。
「こっち見てきた!」
大輝は「ひえー」と言って僕の席からそそくさと逃げた。僕は逃げる意味が分からなかったので、逃げなかった。
僕と彼女はようやくそこで、初めて目を合わせた。
なんてことはない視線だった。
普通の人間の視線だ。
だけど彼女の瞳はどこか、気にして見ると確かに少し変わっていて、違っても見えた。
人を呪い殺してきたと噂されるボサボサ髪の女子の瞳は少し違って見えたが、それでも魔女とは思えなかった。もちろん、格好も魔女っぽくはなかった。
彼女は学校指定の制服を着ている。白色の長袖のブラウスに、紺色のベスト、そして赤色が基調のチェックのスカートを着ている。そこまでは普通だ。
ただ、ちゃんと着ているかというと、疑問だ。
ブラウスは大きいものを選んでいるのか、袖からちゃんと手が出ていない。ベストはパッチワークがされているが、同じ紺色ではなく黄色の布が縫い付けられている。あと彼女は靴をちゃんと履いていない。脱いで足を心地よく伸ばしているのではなく、そのまま床に足をつけている。土足厳禁の学校じゃないので、床はグラウンドの砂がいくらでも落ちている。
いわゆる、だらしなさの塊のように見えた。ボサボサの髪の毛はちゃんとクシを通せば、綺麗なロングヘアーになるはずなのに、彼女はあえてしていない。
大輝はもしかすると、見る目がないんじゃないかと思えた。
魔女と呼ばれた彼女はひょっとすると、だらしない系の可愛さをもった女子でしかないのでは、と。
僕は昼休み、大輝のグループと一緒に弁当を食べた。
大輝は喋るとうるさかったが、それ以上に、大輝の友人たちの方がもっとうるさかった。完全な体育会系のノリだった。
矢継ぎ早に「水曜日のダウソタウソ、見たことある?」「女優、誰好き?」「あっちで彼女いたの?引っ越すときどうした?」と質問をしてくる。僕が短く答えると、次の話題にすぐ移っていく。どうして彼らに落ち着きがないのか、考えながら弁当を食べていた。
そんな会話の隙をみて、僕はチラッと魔女と呼ばれる彼女のことを観察し続けた。
彼女も人間なので、弁当を食べている。弁当はブロッコリー、唐揚げ、シュウマイ、チャーハンと中華なメニューが並んでいる。冷凍食品が集まった弁当のようだ。
彼女は一人でそれを黙々と食べていた。
この昼休みにグループを作らず、一人で食べているのは彼女だけだ。
魔女かどうかはさておき、その状況に僕は嫌な予感をもつ。
「どうした恵一、立花ソラノみたいなやつがタイプなのか?」
考えにふけっていると突然、大輝が声をかけてきた。
立花ソラノ?
「立花ソラノって誰?」
「あいつ、うちのクラスの魔女の名前。立花ソラノ。そういや自己紹介タイムとかなかったもんなー。若槻ちゃん、担任なのにそういう配慮ホントないんだよなー。で、あんなのが好きなの、恵一」
「いや、全然! 好きとかそういうのじゃないよ」
僕は少しだけ硬い笑みを浮かべていた、と思う。
好きとかそういう考えはない。嘘は言っていない。でも、言葉すら交わしていない立花ソラノのことがとても気になっていた。




