第五節.減速 中編
こちらの作品は、現在公開されている
『【通常版】アカシックテイル〜正義と魔術が交錯する現代魔導戦記〜』のエピソードを分割して公開している作品です。
【通常版】も一緒に、よろしくお願いします!
坂の上の西区からバスに揺られて約十五分。御門さんと共に霞坂市東区へと到着する。東区の飲食街通りに降り立つ。夜の飲食街は人で賑わい、どこか食欲をそそるような香りで満たれている。
夜の喧騒を抜け、御門さんが事前に調べていてくれた定食屋へと足を運んだ。
「何名様ですかー?」
御門さんは口では言わず、右手でピースサインを作る。店員も手馴れた動きで座席へと案内をした。
促されるまま席に着きメニューを受け取る。席は窓の近くで飲食街を二階から眺めることのできる場所だった。
「楓、何食べる?」
「えっと、それじゃあこの唐揚げ定食で。」
「おっけー、じゃあ店員さん呼ぶね。」
御門さんは軽く指先で呼び出しボタンを押す。ほどなくして、店員は注文を聞きにやってきた。
「唐揚げ定食一つと、麻婆豆腐定食を一つお願いします。」
「かしこまりました。」
店員は愛想良く頭を下げ、厨房へと去っていく。
「御門さん、今日はありがとうございます。ずっと練習に付きっきりで。しかも、ご飯まで頂いちゃって。」
「全然大丈夫だよ、気にしないで。師匠としてこのくらいするのは当然だよ。」
そう言い、御門さんはどこか楽しそうに笑う。
その後は、到着した料理をそれぞれ口にした。時折お互いに他愛ない会話をして、定食屋を後にする。店を出たのは午後八時丁度。時間が少々中途半端な為、飲食街で軽く食べ歩きをした。
俺は屋台で焼き串を、御門さんはソフトクリームを購入し、歩きながら頬張る。
夜の飲食街は、相変わらず賑やかだった。
夜も更け、飲食街から離れ西区へと戻る。戻る際は来た時と違い、徒歩で戻る事にした。東区から西区の住宅街は徒歩で二十五分、食事をした後の運動としては丁度いい距離だ。
「やっぱ、夜は冷えますね。」
「そうだね、しかもここは海にも近いし尚更だよ。」
冷えた風が二人の間を静かに抜けていく。風は、微かに鉄の香りがした。何気ない路地に広がる異空間、僅かな歪みが夜風とともに日常を侵食していく。
歪みの中心には一つの現実が広がっていた。
「え……」
「まじか……また一般人が!」
今までの軽く、しかしどこか冷静で掴みどころの無い御門さんとはまるで違う。その目には、怒りと焦りが宿っていた。血溜まりの奥、確かに動く二つの影。血を啜り、死肉を食らう獣。
――霊獣だ。
体が勝手に動いていた。
「楓!」
恐怖よりも焦燥が、怒りよりも不安が俺の体を支配していく。助けないといけないという感情を起点に自身の体の魔力を循環させていく。
「やめろっ!」
魔力流れと声に反応し霊獣は新たな獲物を視界に捉える。
あの時とは違う、今は俺にもこいつと戦える力がある。という錯覚。
瞬間、衝撃が俺の体を弾き飛ばす。
「楓、一人で突っ走らない!」
衝撃が脳を揺らす。痛みと流れる血。獣の爪が腕を切り裂いた。
「楓、今は治せない。あの霊獣は人を食った、今までのとは比べ物にならないくらい強いよ。減速、できる?」
「……はい、やれます!」
左手で、右腕の傷口を抑える。幸い傷は深くない。強く抑えることで流れる血は少なくなっていく。息を吐き、意識を内側へと向ける。再び魔力は全身を満たした。
「――来るよ。」
全身を満たした魔力を術印へ、自身の中で完結していた意識を外側へ転換する。術式より早く、光陣が展開された。
「術式展開、変速―減速!」
光陣に術式が付与され、減速の結界は完成する。それと同時に、霊獣は駆け出した。結界に触れ、その場に停滞する。
それを獣が自覚するよりも早く、御門さんの光矢が獣の身体を貫く。しかし、もう一体は結界を避け一直線に御門さんの元へと駆け出していく。結界内で倒れる獣もまだ死んでいない。
「楓、そいつは任せる。これ使って!弱点は光ってる心臓!」
御門さんはそう言い、短刀を投げ渡す。
結界に入ったそれは減速し、ゆっくりと俺の手に収まる。光を吸うように黒い刀身の短刀だった。
短刀を持つ手が僅かに震える。
――やるしかない。
立ち上がる霊獣に、短刀を構え狙いを定める。吐き出す息は白く、震えていた。
光っている心臓部、霊獣の右前足のすぐそこ。青白く発光している急所へと踏み込む。
「変速――減速。」
もう一度、術式を展開する。獣の振りあげられた爪は引き伸ばされたかのように遅くなる。術式を解き、強く一歩を踏み出す。刃の切っ先は硬い皮膚を突き破り、霊獣の心臓を貫いた。
霊獣は、苦しそうにのたうち回った後に体の末端から灰になって消えていった。
「御門さん、こっちは大丈夫です!」
「うん、楓こっちも大丈夫だ。」
「被害者は一人……ですかね、御門さん。」
路地裏の奥に横たわっている死体。それは、もう人の形を留めていなかった。胴体にかろうじて繋がっている頭と右手がソレが人間であったことを示している。死体の周囲には血が飛び散り、辺り一帯は鼻腔を突き刺す血の匂い。
直視することの出来ない悽惨な現場だった。
視界に焼き付いた光景が、頭から離れない。
潰れた肉片。裂けた骨。血の匂いが、肺の奥にまで入り込んでくる。
「……っ、」
喉の奥がひきつり、呼吸が浅くなる。
次の瞬間、込み上げてきたものを抑えきれなかった。
「うっ……ぼぇっ、あぁ……。」
その場に膝をつき、胃の中のものを吐き出す。吐き終えた後も、胃の奥が痙攣するように波打っていた。口を軽く拭い、麻痺する足で立ち上がる。
「御門さん、ごめんなさい。直視できない。」
「楓、あまり無理しないで。」
「――おい、御門。それはなんだ……」
冷たい声が聞こえ振り向いたが、誰もいない。
「上だ。」
住宅の屋根の上。黒いロングコートの様な物に身を包む青年が一人、佇んでいた。
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