第十節.敗北の残響 前編
薄暗い檻の中、重い体を起こす。
「あ、やっと起きた。赤城くんだよねー?」
檻の外、クスクスと微笑む女。紛うことなき、俺と御門を転送した張本人だ。前髪は重く、表情は上手く読み取れない。
隣には、御門が倒れている。状況は最悪だ。どのくらい、気を失っていたか分からない。
目覚めた檻の中は外界と遮断されており自分が今どこにいるか、時間すらも把握することができない。おまけに、カグヤG3も失っている。
「お前、誰だ。」
一通り状況を整理し目の前にいる女に質問を投げかける。
「誰って、しがない研究者の冴えない助手だよ。」
「この街の、霊獣たちはお前らの仕業だな。目的は何だ、答えろ。」
女は一瞬きょとんとした後、くすりと笑った。
「そうだけど、目的を言う必要性はないよね。君、立場わかってる?」
「……」
言葉が詰まる。
女の言うことは事実だ、主導権は完全に向こうにある。
だが――それでも。
「……関係ないな。」
低く、吐き捨て言葉を続ける。
「立場がどうあれ、聞くべきことは聞く。」
檻越しに女を見据える。相変わらず、目は合わない。
「この街で何をしている。目的は何だ。なんで霊獣を生み出している。」
「霊獣を作るのは、手段であって目的では無いよ。本当の目的はね――」
◇
虚ろな視界、身体は動かない。目の前のボヤけた現実を直視することができず微睡みの淵。
意識を手放す刹那、聞き慣れた忘れるはずのない声が聴こえた気がした。
『楓、ごめん。先に行く。―――』
意識は、暗い水底へと沈んでいく。落ちた先にあったのは、過去の遺恨だった。
◇
俺と小泉は、異質なライバル関係だった。最初の記憶は、小学五年の春。
小泉は、転校生だった。
『小泉颯です。走るのが得意です。』
それが、あいつの最初の言葉だった。第一印象は、つまらなそうな奴。感情の起伏が薄くて、何を考えているのか分からない。 正直、印象は最悪だった。
一方の俺は、小学五年にして中学生相手でも走ることだけは負けることはなかった。
校内で俺の名前を知らない奴はいない――なんて言えば少し盛ったことになるかもしれない。でも、それくらいには速かった。
当然、自覚も自信もあった。
クラスの中心にいたし、自分で言うのもなんだが、女子からもそこそこ人気はあったと思う。
あの頃の俺は、本気で思っていた。
自分は、特別なんだって。
小泉が転校してきてすぐの、体育の授業。100メートル走で、あいつと同じレーンに並んだ時。
胸の奥が、妙にざわついた。当時の俺に、その理由は分からなかった。
――On your marks.
――Set.
空砲と共に走り出す二つの影。燦然と輝く太陽と、群青色に染まる大空の下に地面を打ち付ける運動靴の音が響いている。乾いた砂が跳ね、流れる汗は舞う。
一歩、踏み出す事に加速していく鼓動と荒い呼吸音。眼前に迫るゴール。視界の端に映るのは、並走する小泉の影。
それでも、圧倒的なトップスピードを以て突き放す。
感じたざわつきとは裏腹に、勝負に勝ったのは俺だった。
『あんた、思ったより遅いね。』
何故か勝手に口に出していたその言葉。それからは、特に何も無くただただ時間が過ぎていく。俺は相変わらずクラスの中心で、小泉はクラスの端にいるつまらないヤツだった。
そんなクラスの、学校での力関係が大きく変わるきっかけは同じ年の九月。体育祭の日だ。
うちの小学校の恒例行事。学年対抗の100メートル走。四年生以上の学年の中から2名選抜し、6年までの計六名で一位を競い合う、体育祭の大トリを飾るイベントだ。
俺たち5年の中からは、事前に測ったタイムの上位二位以内が選ばれた。
メンバーは俺と、
――小泉だった。
クラス、学校の話題は決まって
『東雲くんが勝つでしょ!』
『やっぱ、楓だな!』
『楓くん以外ありえない!』
俺自身も、それは納得だった。俺の人生において、俺以上に足が速いやつなんていた事がなかった。
『体育祭、最後の大トリは学年対抗100メートル走です!今年の王者は、去年と同じく東雲楓か!それとも王を喰らう新たな韋駄天が現れるのか!選手の皆さん、レーンにどうぞ!』
実況の合図で、レーンへ入っていく。緊張はない。今年も勝つのは俺だ。
――On your marks.
頭は下げるが、視界は地平線の先。勝者の栄光は要らないし興味ない。いつもと同じ、勝つべくして勝つ。
――set.
鼓膜以外の全感覚をシャットアウトする。思考も、雑念も、何も要らない。
太陽の光すら届かない、曇天の下戦いの狼煙が上がる。合図の元、6人が同時に走り出した。
こちらの作品は、現在公開されている
『【通常版】アカシックテイル〜正義と魔術が交錯する現代魔導戦記〜』のエピソードを分割して公開している作品です。
【通常版】も一緒に、よろしくお願いします!




