本音の海と、謎の『鉄壁』
正門を一歩くぐった瞬間、私は立ち往生した。
「……情報の、大洪水だ……っ」
新入生、数百人。
その全員の頭の上に、本人そっくりのミニキャラが乗っている。
「友達できるかな」とガタガタ震えながら白旗を振っている子。
「絶対目立ってやる」と鼻息荒くシャドーボクシングをしている子。
中には、本人はお淑やかに歩いているのに、頭の上のミニキャラは「よっしゃー!自由だー!」とサンバを踊っている子までいる。
もはや本体の人間よりも、その頭上のミニキャラたちの主張の方が激しくて、視界がチカチカするほどだ。
「……本音が、うるさすぎる……」
これからの三年間、この情報量の中でやっていけるんだろうか。
そんな不安がよぎったその時。
ふと、喧騒から少し離れたところで、校舎の壁に寄りかかっている一人の女子生徒が目に入った。
「(……えっ?)」
私は思わず二度見した。
彼女の周りだけ、空気が止まっているみたいに静かだった。
何より異常だったのは、彼女の頭の上だ。
そこにいるはずの「ミニキャラ」が、一分一秒の狂いもなく、本人と全く同じポーズで、全く同じ無表情をして、微動だにせず座っていた。
他の人のミニキャラが、喜怒哀楽を爆発させて暴れまわっているのとは正反対。本人が無表情なら、ミニキャラも完璧な無表情。
まるで、鏡合わせの精密機械みたいに、本音を一切漏らしていない。
「(……なにあれ。本音、どこ……!?)」
今まであんな人は見たことがない
私が呆然と彼を見つめていると、頭上のルンが急にソワソワし始めた。
いつもは自由奔放なルンが、珍しく警戒するように私の髪をギュッと掴み、その女子生徒をじっと見つめている。
「ちょっ、ルン。……痛いってば」
その時、彼女がゆっくりと顔を上げた。
冷たくて、どこか透き通った瞳が、真っ直ぐに私の方を向く。
もちろん、彼女に私が見えているはずはないし、ましてやルンの存在なんて知る由もない。
それでも、その一点の曇りもない瞳に見つめられると、まるで自分の心まで見透かされているような錯覚に陥る。
「……あ」
心臓が跳ねる。
慌てて視線を逸らし、逃げるように掲示板へと辿り着いた。
「……何してるの。早くクラス確認しないの?」
いつの間にか、隣の小学校へ行ったはずの依夜……ではなく、依夜にそっくりなしっかりした雰囲気の先生が私の横を通り過ぎ、現実に引き戻された。
私は逃げるように掲示板へと駆け寄った。
人混みをかき分け、自分の名前を探す。
「……和田 暖乃、あった。1年2組…。」
自分の名前を確認して、私は一刻も早くあの視線から逃れるべく、教室へと駆け込んだ。
1年2組の教室
私の席は、入り口から一番近い、廊下側の最後列だった。
「……よし、一番後ろなら目立たない……」
ホッとして荷物を置き、ふと教室の対角線――窓際の一番前の席に目を向けた。
「(……あ)」
そこには、さっきの彼女が座っていた
窓から差し込む春の光を浴びて、彼女はただ静かに窓の外をみつめている
そして、その頭上。ミニキャラも全く同じように、全く同じ角度で窓の外を見つめていた
一番遠い席なのに、その異様な静けさは、騒がしい教室の中で存在感を放っていた。机の角に貼られた名前を、私の無駄にいい視力で読み取った。
『安藤 結』
「(安藤……さん。出席番号、一番……?)」
私の「和田」からは随分と離れた、クラスの先頭。物理的な距離はあるはずなのに、なぜか目が離せない。
その時、頭上のルンが、いつになく真剣な顔で安藤さんのミニキャラを指差したかと思うと、今度は私の首筋にピタッとしがみついた。
「わっ……冷たっ! ルン、どうしたの?」
ルンの怯えたような反応に戸惑っていると、一番前の席で安藤結さんが、再びゆっくりと顔を上げた。
教室の端から端。
何十人もの「暴れる本音」を飛び越えて、彼女の完璧な無表情が、真っ直ぐに私を射抜いた。
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