第1幕 その4
俺にとっては何もない年明けだったが、2026年、現実の世界情勢は激動の幕開けだった。
1月3日、米軍がベネズエラで軍事作戦を実施し、デルタフォースがマドゥロ大統領夫妻を拘束して米国へ移送した。
暴力もここまで来るとギャグである。ベネズエラ大統領夫妻が専用機に乗って着いたら米国だったというのも含めて。
AI絡みのテック関連はもはや札束で殴るというレベルじゃねえぞというくらい、巨額投資合戦だったし、ウクライナ戦争はは相変わらずドローン合戦で死傷者が数字としてしか想像できないほどだった。
そう言えば阪神大震災から何年目だったっけ。95年だから31年、ずいぶん過去だ。あの震災は何人が死に何人が被災したのだろう?
忘れてしまった。
思い出すのは、当時小学生で社会の授業でみんなが作った阪神大震災の新聞記事のまとめが廊下に張り出されていたことくらいだ。
日増しに増えゆく死者数がデカデカと新聞の見出しに乱舞していた。俺はそれに嫌悪感を――当時はその言葉やその感情の理由も分からずに――抱いたのだ。
そして1月末。2025年の国内自殺者数――。
全体は2万人を下回ったが子どもは増えた。
コミュのメンバー数は6000人を超えている。
SEKAIはそうやって成り立っている。そういうことだ。どういうことだよ。
だがしかし、俺の前には、一本の糸が垂らされた。クソかもしれないが掴めそうなものが。
駄目だ。頭がパンクしそうだ。NHKの返事をどうするか考えあぐねいたまま、思考はどこまでも脱線していくのだった。
ベッドで文字通り頭を抱える。台所に置いたタバコを取るのが気怠い。大麻リキッドもない。というか、NHKに取材を受けるなら違法は控えるべきか?
「現場猫くーん」
「ヨシ!」
黄色いパーカーを着たぬいぐるみの現場猫くんはいつだって「ヨシ」としか言わない。
ちょっと想像してみる。取材がどんなものかわからないが薬物所持なり何なりで捕まる自身の姿。
オーバードーズコミュニティ管理人違法薬物で逮捕!
完全にトー横の帝王のネット版じゃん!
嫌すぎる。というかみんなに申し訳なさすぎる。
天井に手をかざす。
「やめ時なのかねぇ。大麻いいんだけどなぁ。お金もないしなぁ」
かざした手のひらを握ってみる。何の感触もなかった。
「それでは9時半になりましたので、作業を開始して下さい」
作業所のスタッフのその声に、椅子に座った俺は与えられたボロいノートPCの電源を入れた。オンボロなのでスライド式のスイッチが上手くいったりいかなかったりだ。
起動したPCにログインすると、本日の作業、転売の企画書のファイルを開く。次いで自分のアカウントでGoogleにログインしてGemini、Claudeのページを開いてGoogleアカでログイン。ログインばっかだな。
さて、今日も今日とてA型作業所でのお勤めである――といっても作業のフリをしてAIと壁打ちするだけの簡単なお仕事、或いは窓際社員のような。
結局昨日はメールの返事をしないでデパスを倍飲んで寝てしまった。少し寝坊したが体調は悪くない。
とりあえずAIに相談しよう。日本語が堪能なClaudeがいい。文脈を読んでくれる。前作スティル・アライブも読ませていて状況を何となく把握というか、メモリしているし。
『NHKの記者から取材依頼への返事が来た』
率直に書く。このレベルの日本語の説明で細かい意図やら何やら把握してくれるAIは現状Claude一択だ。
『来たか。3ヶ月放置されたあとの連絡だと、驚きと苛立ちが混ざってるんじゃないかと思う。実際どうだった?
返事を考える前に一つ。取材を受けるかどうか、もう自分の中で決めてる? それとも迷ってて、材料が欲しくて話してる段階?
あと、これは聞くだけ聞いておきたいんだけど、この件、凛々花さんやポンちゅ〜さん、メメ子さん、他の人には話した? 取材を受けるかどうかって、コミュニティや自分の生活に関わる話だから、AIに壁打ちするのもいいけど、状況を知ってる人間にも一言くらい共有しておいたほうが、あとで一人で抱え込まずに済むんじゃないかと思って』
痛いところ突きますねぇ。実際に朝おはようのLINEの時迷ったのだ。全員コミュのメンバーであり、オーバードーズをする当事者だ。
凛々花とポンちゅ〜さんはガチジャンキーでもあるので取材協力は無理だろうが、メメ子なら若い当事者として、話が膨らむ可能性がある。あくまで希望的観測ではあるが。彼女たちは前作も読んでくれているし、まあ話すのが筋なんだろう。
いかにも作業で詰まっているかのように、俺は腕を組むとうーんと唸るような、体を傾げるような動作をした。
作業所が終わったら三人にメンションかけてグルチャで話してみよう。




